逆ハーレムの中でわたしのこと好きなの、ひとりだけだった。

やなぎ怜

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 新しい住居、新しい生活。……初めての、家族や、多くのひとの目がない場での暮らし。

 しかしそんな日々にわたしが胸を躍らせていたのは、せいぜい最初の一週間から二週間ていどのことだった。

 当たり前だが、日常というものは得てして平坦で、地味なものである。

 平穏や平和はありがたいことだということは頭では理解しつつも、いざそうして何週間か同じ日々を反復するとしみじみ思ってしまうのだ。

 ――地味だ。

 この家は上下水道完備で、お湯も出るし、風呂釜もある。

 風呂釜についてはわたしが先に「できれば」という形ではあったが、希望を出していたこともあり、アイビーがわざわざ風呂つき物件を探し出したと聞いて、彼にはとても感謝している。

 それらはすべて魔力を動力源にしていて……などということもない。

 春の国には魔法があると同時に科学もあるていど発達していて、上下水道完備ということで、衛生観念という面でもあまり元の世界とのギャップを感じられない。

 つくづく、わたしにとって都合のいい世界だなと思う。

 そんな異世界でわたしが直面した最大のギャップは、気軽に外に出られないことだろうか。

 わたしが「魔女」としての力を持っているから、というのが理由ではない。

 たしかに王宮に滞在していたころは、「魔女」は氷皇帝を退ける最後の切り札みたいなところもあったから、外出を制限されていたという面も少なからずあった。

 しかし、この春の国の女性は、わたしと同じようにみな外には出ない――出られない。

 圧倒的に、女性が少ないのだ。

 わたしが王宮に滞在していたあいだ、直接会ったことのある女性は、王妃であるエフェメラ様だけである。

 メイドさんだとか、侍女だとか、こういった前時代をモデルとした異世界ファンタジーにありがちな存在は、いない。

 外出もままならないのだから、女性は働きに出ない――出られないわけで、メイドさんだとかがいないのは、その前提からすると当たり前のことだった。

 アイビー曰く、「女性は家にいても危険なことがある」。

 強盗のごとく、無理に家へと押し入って、希少な女性を攫うという犯罪もあると聞いたとき、不謹慎ではあるがわたしは一番「異世界」を感じた。

 だから妻なり恋人なり娘なり、女性が家庭にいる男性は、高い金を払って高度な結界魔法とかを家にかけておくのだとアイビーは説明してくれた。

 そうしてもなお不安はあるから、自分以外の男性を、家庭にいる女性のために屋敷に常駐させることも多いと。

「それは、警備のためのひとということですか?」
「一番多いのは、他の夫かな」
「他の……え?」
「女性は複数の夫を持つことを推奨されているんだよ。それこそ警備員のごとく常時身辺警護をさせたり……安全のために、ね」

 アイビーの言葉を聞いて、わたしはまた「異世界」を感じた。

 春の国では女性にのみ複婚が許されているともアイビーから聞いた。

 王家では伝統とか法の関係で男系が王位を継承するし、王妃が複数の夫を持つことはできないようになっているとも聞いたが……。

 加えて、人間は女性から生まれるだけではないと聞いて、また「異世界」を感じてわたしは目を丸くせざる得なかった。

 なんでも人間が生まれる湖があるらしい。

 なので、男性同士でも子供を持つことができるのだという。

 女性が少なく男性が圧倒的に多いので、男性同士の恋愛や結婚は普通のことだとのことだった。

 ただし女性の同性婚は許されないものらしい。

 それから、女性の子宮で育った人間と、湖の中で育った人間には差がないと言われてはいるものの、やはり差別的な見方は存在するという。

 女性の子宮で育った人間のほうが優秀だと考えるひとは一定数存在し、ゆえに希少な女性はたくさん子供を産むのが偉いとか、そのうちに娘を持てたら、その女性の人生は素晴らしいものだったと称えられるだとか……。

 ……異世界の人間とは言えども、わたしの知る人間と差がないということはよくわかった。

 そういった春の国の恋愛事情だとか、結婚事情だとかを聞いて、わたしはただ馬鹿みたいに「異世界だなあ」と思うことしかできなかった。

「先に聞いておきたいんですけれど……この国のひとに、女性から産まれたか、湖から生まれたかって聞くのは、やっぱりセンシティブな感じですか」
「まあそうだねえ。異世界から来たノノカには、もしかしたらぴんとこないことかもしれないけれど……。ちなみに私は――いや、ここは秘密にしておこうかな」
「あ、わたしも、別に聞きだしたかったわけじゃないので……ただ常識の確認のために」
「それはわかってるから、大丈夫。……さっきも言ったけれど、女性産まれも、湖生まれも、差はないよ。どちらだって普通にきょうだいを持てるし、あたたかくない家庭で育つひともいる。けれどなんにでも優劣をつけたがるひとっているからね」

 ……そういうところは「夢あふれる異世界」っぽい感じではないな、とわたしは思った。

「あともうひとつ確認しておきたいんですけれども……」
「ん? なんでも聞いていいよ?」
「アイビーは……わたしと結婚を、したいんですよね?」
「うん。前にも言ったけれど」
「わたしが、もし、もしですけれど、他にも結婚したい男性ひとがいるって言ったら……どう思います?」

 本当に「一応」という感じでの問いかけだった。

 別にわたしには今、恋い慕う相手なんていない。

 さりとて同居――いや、同棲しているアイビーに対して恋愛感情を抱いているかというと、それも違う……というのが今のわたしの偽らざる心境だ。

 だから本当に、その問いかけは女性が複婚できるという話題の流れでの、「一応」の確認みたいなものだった。

 アイビーはわたしのそんな、馬鹿みたいな仮定の質問に、なごやかに笑って答える。

「嫉妬する」
「え?」
「あー……ノノカが結婚したいって言って、お相手も了承しているなら、たとえそのときに私がノノカの夫になっていたとしても、私に止める権利なんてないからね? 一応、それは言っておくよ。でも――嫉妬するかな。ノノカが自分から結婚したいって思って、プロポーズしたんだとしたら、余計嫉妬する」
「……なんかすごい想像が飛躍してる」
「あはは。……それくらい、私はノノカのことを想ってるんだよ。知っておいて?」
「あ、はい……」

 わたしはアイビーから少々重たい思いを告げられて、間の抜けた返事をすることしかできなかった。
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