逆ハーレムの中でわたしのこと好きなの、ひとりだけだった。

やなぎ怜

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 ルークから預かった白い長毛種のネコ、スノーは、意外と――と言うと角が立ちそうだが――賢かった。

 ルークがわたしたちの家を去ったあとも、スノーはにゃごにゃごと鳴いてしばらく捜し回っていた様子だったものの、彼とは今会えないと悟ったのか、またソファの下へと隠れてしまった。

 スノーを預かった目的は、彼女をわたしの「魔女」の力で元気にするため……。

 ゆえにわたしはスノーがソファの下に隠れたままであれば、その夜はそこで寝るつもりで腹を括っていた。

 三人くらいが座れるソファであったものの、わたしが寝転がれば足は飛び出るサイズだ。

 スノーが元気になるまでどれほどかかるかはわからなかったものの、一週間くらいはソファで寝る覚悟をわたしは決めていた。

 そもそも、わたしの「魔女」の力は氷皇帝が退けられたことで弱まっている。

 だからそもそもの話として、スノーを元気にできるのかどうかは未知数。その点も、不安だった。

 けれども――

「スノー、ノノカを困らせたらダメだよ」

 にゃごにゃごと鳴くスノーに、まるで幼子に対するように優しくアイビーが言い聞かせを続けると、なぜか彼女はソファの下から出てきてくれた。

「ネコ語、話せるんですか?」

 思わずアイビーに、そんな問いをしてしまったのは仕方がないことだと思う。

 わたしのおかしな質問に、アイビーは愉快そうに笑って、「こっちの雰囲気とかはわかるんだよ。賢い子だね」と言ってスノーを見た。

 スノーはそれににゃごにゃごと鳴いて、くりくりとした黒い瞳でこちらを見上げてくる。

 それがきっかけになったのか、スノーはちゃんとわたしの寝室までついてきてくれて、ベッドに上がって眠ってくれた。

 もしかしたら、スノーはルークの家でもこうして人間とベッドで寝ていたのかもしれないが、彼からは聞いていなかったので、真実は不明である。

 いずれにせよスノーと共寝をすることはできた。

 それからはわたしの「魔女」としての力の衰え具合がほどほどであることを願って、あとはスノー本来の生命力に賭けるしかなかった。

 しかし、スノーが大人しく共寝をしてくれたのは、最初の三日四日ていどのことであった。

 一週間と経たず、スノーは元気いっぱいになって、夜中にわたしの寝室で暴れて、ナイトテーブルの上に置いてあった水差しを床に落とすなどした。

 そういうわけで、ルークから預かったスノーのごはんを使い切ることなく、彼女はルークの家に無事帰れることになった。

「本当にありがとう。あんたは命の恩人だ」

 ルークは元気いっぱいになったスノーを見て、一瞬泣きそうな顔をした。

 もちろんわたしがいたからか、ルークが泣くことはなかったけれども、彼は何度もわたしとアイビーに頭を下げて、ここに来たときと同じようにトウのカゴにスノーを入れて、連れて帰って行った。

 スノーは可愛かったが、元気を取り戻した彼女はとんでもない暴れん坊でもあり、ルークが迎えにくるまでのあいだ、わたしの寝室から出せないほどだった。

 ネコはわたしが想像していたよりも可愛い生き物であったものの、実際に飼うとなると大変だということは今回の一件でよくわかった。

 ――スノーは、おしっことかはちゃんと所定のトイレにしてくれる賢い子だったけれども……ゲロの処理も大変だったな……。

 スノーとの日々はわずか数日だけではあったものの、彼女のことを思い返すと、思わず遠い目になってしまう。

「ネコ、飼いたくなった?」

 ルークが去ったあとの玄関で、一緒に彼の見送りをしたアイビーがそんなことを言い出す。

 わたしはあわてて首を左右に振った。

「可愛かったけれども……わたしには手に余りそうだし、飼うとなると命を預かることになるわけだし……あんまり」

 アイビーは本気で問うたわけではなかったのだろう、わたしの答えをわかっていたかのように「正直だね」と言って微笑んだ。

「手紙、読んできたら?」

 続いてアイビーはわたしの右手にある白い封筒に視線をやる。

 水色の線で優美なレース模様が描かれた白い封筒は、ルークから渡されたものだったが、中に入っている手紙は、彼が書いたものではない。

 ルークの恋人であるデイジーさんが書いたものをルークが預かってきて、わたしに手渡したものだ。

 スノーを飼い始めたのはデイジーさんだとルークが最初に言っていたことを、わたしは思い出す。

 普通に考えて、この白い封筒の中に入っているのは、スノーを預かってくれたことに対する礼を述べた手紙なんだろう。

 けれどもわたしは、デイジーさんという恋人がいるとは知らなかったとは言えど、ルークを侍らせていた過去があるわけで。

 ……少しも、読まずに捨ててしまいたい衝動がないかと問われると、ぶっちゃけ多少なりとも、ある。

 しかし読まずに捨てるだなんて、わざわざ手紙をしたためてくれたデイジーさんに失礼だろう。

 しばらくじっと封筒を見つめていたからだろうか、アイビーがふと、ささやくように「大丈夫」と言った。

 わたしは、アイビーにまた気を遣わせてしまったと思う一方、彼に背中を押された気持ちになって、デイジーさんからの手紙を読む勇気が少しだけ湧いた。

「……ここで読んでもいいですか?」
「ノノカが嫌じゃないなら、いいよ。あ、もちろん手紙を横から覗き見たりしないからね」
「うん。わかってる」

 玄関からリビングルームに戻って、ソファに座って、ペーパーナイフで慎重に封筒を開ける。

 便箋も封筒と同じく白を貴重としつつ、水色の線でレース模様が描かれ、縁取りに華を添えていた。

 四つ折にされていた便箋を開く。

『ノノカさまへ☆ミ
 はじめまして~☆ あたしデイジーっていうの(^^/』

 ……びっくりした。

 びっくりしすぎて、一瞬息が止まった。

 ――え? どういうテンション? なんかテンションおかしくない?

 わたしはデイジーさんの綴った文面が意外すぎて、びっくりしながらもどうにか先を読み進める。

 読み進めるに従い、デイジーさんのおかしな文面の理由はちゃんとわかった。

 デイジーさんはスノーを預かってくれたことに対して丁寧に礼を書き、そしてかつてルークがわたしに侍っていたことを知っているとも綴っていた。

『ノノカさまが異世界のかたであるにもかかわらず、この国のために尽くしてくれたことを理解しています。けれども、ちまたのひとびとはすべてそうであるわけではありません』

 ……まあそうだろうなとは思った。

 直接聞き及んだわけでないものの、世間では花の騎士たちを侍らせている「魔女」であるわたしのことを、面白おかしく噂しているひとびとがいること自体は、知っていた。

『そんなノノカさまにあたしが手紙を送ったと知られれば、またヘンな誤解が生まれるかもしれないと思いました』
『だから、親しげな手紙を送ろうとしたんですけれど、慣れていないのでヘンだったらごめんなさい!』
『あたしはノノカさまのこの国への献身を知っています。だから、ルークの件についてあたしたちのあいだにわだかまりはないと思っています』
『もし、ノノカさまがよければ、文通友達になってくれませんか? 返事はしてもしなくてもどっちでも気にしません!』

 わたしは思わずデイジーさんからの手紙の文面を、冒頭から見直して、くすっと笑ってしまった。

 デイジーさんはわたしに気を遣って、無理にテンションの高い文面を書いてくれたらしい。

 そういう気遣いに対して申し訳なさを感じる一方、わたしはなんだかうれしくて、でも文面はおかしくて、もう一度くすっと笑った。

「楽しい手紙だったみたいだね」

 向かいのソファに腰を下ろしていたアイビーが、優しい目を向けてくれる。

「はい。――それであの、アイビーにお願いがあるんですが……」
「なんでも言ってよ」
「レターセットを、買ってきて欲しいんです。デイジーさんに返事をしたいんです。それから……エフェメラ様にもお手紙を出したくて」

 わたしがそう頼むと、アイビーは「ふたりとも喜ぶね」と微笑んで、レターセットを買ってくることを約束してくれた。
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