ドグマの城

やなぎ怜

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草木萌動(そうもくめばえいずる)

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 暦の上ではもう冬も終わりであるが、“城”は相変わらず寒い。

 しかしそんな“城”の内部でも例外的に冬の寒さとはほとんど無縁の場所がある。

 “捨品”に貰った花の種を植えようと、地下植物園に向かえば、頭上では白熱電球のようなものが煌々と輝き、地上へと向かって熱を発している。そのお陰で植物園は温室ほどではないにしても温かさを感じられる。

 チカはマシロについてスコップなどを置いている戸棚へ向かう。行く道でジョウロに水を入れて植物園の奥へと進む。

「あれ、一本ないや」
「スコップ?」
「そう。だれか戻し忘れたか、植物園ここにいるのかな?」

 スコップは全部で七本あるらしい。しかしチカが戸棚を覗くと、そこにはマシロが言う通り色とりどりのスコップは六本しかなかった。

「まあいるなら途中で会うんじゃないの。植物園の広さってどれくらい?」
「言うほど広くないからたしかに途中で会うかー。広さは知らない。でも一五分あれば余裕を持ってぐるっと周れるくらいだよ」

 そうマシロは言ったものの、チカはそれがどれくらいの広さなのか把握することはできなかった。

 しかも“城”は奇妙奇天烈。もしかしたら面積が急に広くなったり狭くなったりなんてこともありそうだとチカは空想する。

 そんなことを考えながらもチカはマシロに倣って黒いスコップを手に取った。特に意識したわけではなく、なんとなくで手に取ったわけであるが、以前もそのスコップを使ったような不思議な感覚に襲われる。

「どーこに埋めようかなー」

 鼻歌交じりに植物園の奥へと向かうマシロについて、チカは同じように歩を進める。マシロはチカより背が低い――というか七人の中で一番背が低い――から、チカが大股で歩きだしたら、ちょこちょこと進む彼女を置いて行ってしまいそうだった。

「あ、いた」

 先導していたマシロが思わずといった様子でつぶやく。マシロの目線を追えば、そこには温室があった。温室はそう広くなくガラス張りであったから、中に人がいれば容易に知れる。

「おーいササー」
「おじゃまします……」

 チカとマシロは温室の入り口に掛けられたビニールカーテンを押し広げて中に入る。

 マシロが呼んだ通り、温室の内部にはササがいた。ササは緩慢な動作でこちらを振り返る。おどろいた様子は微塵もなく、いつも通りの無表情のまま、心の読めない青い瞳でこちらを見つめる。

「なにしてんの?」

 気心知れた仲……かどうかまではわからなかったものの、この“城”で共同生活を送っている間柄だ。物怖じしない性格もあるのだろうマシロは、チカとは違って表情の読めないササを前にしてもひるむ様子がない。

 チカもササのことが苦手というわけではなかったが、なんにせよ話す機会がない。ササの隣にはたいていユースケがいて、もっぱら彼がササの代わりにしゃべったりしてしまうので、チカがササと直接会話を交わした回数は両手で数えられるくらいだった。

 しかし今回は珍しいことにユースケの姿がない。チカは思わず周囲を見回すが、近くに彼がいる様子はなかった。

「ユーを捜しているのか?」
「いや、違うけど……」

 口を開いたササは、表情通りの淡々とした口調で問う。チカは気まずさもあって歯切れ悪くなる。しかしマシロはチカとは心境が違うらしく、恐れた様子もなくササに尋ねる。

「ユースケといっしょじゃないんだ」
「……そういうときもある」

 そりゃそうだよなと思いつつ、案外とササのほうはあまりユースケとべったりでもないのかとチカは考えた。

 それでもササがひとりでいるのは意外に映る。普段、あまりにもユースケといっしょにいるからだろう。しかしこれはササと言葉を交わすいい機会かもしれない。チカはそう思ってササの前にある鉢植えを見た。

 白い陶器製の鉢植えには鮮やかな青のラインが入っている。そこに植えられている植物は、見事な花を咲かせている。八重咲きと言うのだろう、ゴージャスに花びらをつけた薄桃色の花はチカの手のひらくらいはありそうだった。

「その花は……なんて名前の花?」
「知らない」

 チカは出鼻をくじかれた。一方のササは気まずさのかけらもなく、ただありのままの事実を述べただけなのだということが伝わってくる。

「ん? “捨品”じゃないの?」
「そこらへんで拾った」
「そこらへん……」

 不思議に思ったらしいマシロが問えば、ササからはざっくばらんな回答が返ってくる。チカは思わずササの言葉にオウム返しをしてしまった。

「ふーん……なんの花かな? 八重咲きのボタンっぽいけど、それにしては花が大きすぎる気がするし……」
「マシロは花くわしいの?」
「何度も図鑑を読んだから、なんとなく知ってるだけ! くわしいわけじゃない」

 そう言いながらマシロは鉢植えに近寄って花の香りを嗅ぐしぐさをする。

 しかし次の瞬間、

「?! わっ、っくしょ!」

 花びらが震えるように振動したかと思うと、おしべの部分から花粉のようなものが噴出した。中空に舞うそれはキラキラと輝く銀色で、モロに花粉のようなものをかぶったマシロと、隣にいたササはたまらずくしゃみをする。

 何度か「くしゅん」という音をさせたあと、涙目のマシロは手うちわを作ってキラキラと輝く銀の花粉を遠ざけようとする。

 ササのほうはなぜか目と口を険しい形で閉じて、じっと耐えている。

 チカはふたりの腕を引っ張って、謎の花と距離を取らせた。

「あー、そっか。逃げればいいんだ」

 どうやら突然の出来事に正常な判断をくだせなかったらしい。「ありがとね」と言ってマシロはチカを見当たが、その白目の部分はちょっと赤くなっていた。

「目も含めて、洗ったほうがいいかも。白目のところ充血してる」
「え? ホント? やっばいなあ……」

 しかしマシロはそう言ったきり急に黙り込んでしまう。チカはその不自然な沈黙に内心で首をかしげながらマシロを見た。

「うーん、やばいかも」

 やがて口を開いたマシロは、真顔のままそう言う。なにが「やばい」のやらさっぱりわからないチカは、今度はリアルに首をかしげさせた。

「気分悪くなった? 吐きそうとか?」
「うーん……なんかね、コーイチとアオへの気持ちがあふれ出しそうで、やばい、かも」
「え? ……それは、どういう……?」
「今すぐセックスしたい」

 チカはぎょっとしてマシロを見た。充血した瞳はうるんでいるし、心無いか色白い肌が赤く染まっている気がする。

 あわててササのほうを見れば、なぜか彼女のほうはきょろきょろと周囲を見回している。

 そこへ、

「サっちゃーん」

 と温室の出入り口のほうからユースケの声が聞こえてきた。タイミングがいいのか悪いのかチカにはわからなかったが、もし今のササがマシロと同様の心境であれば、トラブルは必至のように思えた。

 いつもの温厚な大型犬のごとき緩慢な動作はどこへやら、ササは温室の出入り口へと一直線に駆けて行く。そしてそのままユースケの胸元に飛び込んだ。

「うわっ。え? なに? どうした?」

 突然、己の胸元へと飛び込んできたササをしっかりと受け止めつつも、ユースケは困惑した目を彼女に向ける。

 チカの位置からササの様子はうかがえなかったものの、きっとマシロと同じような顔をしているだろうことは容易に想像がついた。

「ユー、今すぐセックスがしたい」

 こっちもか。チカは頭を抱えたい気持ちになった。

 言われたユースケのほうはというと、いつも冷静沈着な彼にしては珍しく狼狽を表に出している。

 アマネ曰く、ユースケとササは恋人の関係らしいのだが、白昼堂々、他人の目がある中で「セックスがしたい」と言われれば、たいていの人間はうろたえるだろう。ユースケもその例に漏れなかっただけのことである。

「は? え?」
「ごめん……なんかそこにある花の花粉? がかかったらそんな風になっちゃったみたいで……」

 仕方なくチカがユースケに説明すれば、なぜか呆れた目で見られてしまう。

「いや、私のせいじゃないし……! ササが育ててた花で、なんか、種は拾った? とかで、えっと、だから……」

 チカが思わず言い訳を口にしているあいだにも、ササのユースケに対する態度は大胆になり、ユースケはそれどころではなくなったようだ。

 ササの肩をがっつりと抱き寄せると、いっしょにくるりときびすを返す。

「悪いけど、たぶん昼食は遅れる」

 恥ずかしがる様子など一切見せず、ユースケはそう言い切って去って行った。もちろんネコのごとく胸元に顔を擦りつけているササを連れて。

 残されたチカはこのあと、マシロの恋人であるらしいコーイチとアオに対しても申し開きをして、一連のやり取りをしなければならないのか……と思うと憂鬱で仕方がなかった。


 後日、当たり前だが花は焼却された。

 それをしたのはなんとなく釈然としない思いを抱えたチカであった。
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