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麦秋至(むぎのときいたる)
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天井から降ってきて、床を埋め尽くしているムギの穂をホウキで掃く。なんで、とか、どうして、などと言う時間はムダだということを、みなよくわかっていた。
“城”では不可思議なことが多々起こる。それに明確な原因や理由があるかどうかは怪しかったし、仮にあったとしてもチカたちがそれらを知るすべはないのであった。
「外から見たらどう思われてるんだろう……」
チカのその、思わず漏れたつぶやきは、意外にも流されることはなかった。
「なに、急に」
この場にいるのはチカ、アオ、ユースケと珍しい組み合わせであった。それ以外の四人は袋に詰めたムギの穂をエントランスホールへと運びに行っている。妙な組み合わせなのは、単純にじゃんけんで分かれた結果であった。
アオが顔を上げて、チカを見る。どこか呆れた様子だ。きっと、「ヘンなこと言ってんな」くらいのことは考えているだろうとチカは思う。
それは決して被害妄想などではないはずだ。アオにとって大事なのはマシロとコーイチで、それ以外は有象無象の存在なのだろう。……ただ、“城”にいる人間たちのことは、多少気を遣っているフシはある。本当に、「多少」だが。
そういうわけでアオから返事があるとは思っていなかったチカは、若干しどろもどろになりつつ答える。
「いや、外ではムギが熟すころってものの本で読んだなってところから……」
「……外の人間にどう思われてるかって?」
「そう。それだけ!」
言葉を引き継いでくれたのはユースケだ。アオほどあからさまではなかったものの、「くだらないこと聞いてんな」くらいのことは考えていそうだなとチカは思った。
アオがマシロとコーイチを一番に据えているように、ユースケはササが一番なのだ。それは普段の態度からよくわかっている。ユースケがせっせと世話を焼いて甘やかす対象はササだけなのだ。そこにチカたちが入る余地はない。
今さらながらチカは、よりによって一筋縄でいかないこのふたりと取り残されたことに一抹の不安を覚える。陰でこそこそとこちらをイジメてくるような人物ではないことは知っているものの、やはり不安だ。このふたりにとって、明らかにチカはどうでもいい存在なのだから。
なので「それだけ!」と強く言って話を打ち切り、床に散乱するムギの穂を掃くことに集中する。
けれどもそうはなんとやら。
「外からどう見られてるかってー? そりゃ『肉交にふける邪教の城』だと思われてるよ」
アオの口調はからかうときと同じものだった。チカは「『肉交』だなんて官能小説くらいでしか聞かないんじゃないかな」などと思った。
ちらりとユースケを見れば、彼は涼しい顔をしている。その顔のまま「まあそうだろうな」などとアオの言葉に同意したので、チカはちょっとおどろいた。
「ってーことはさあ、外の人たちは知ってるの? ……その、『そういう関係』だってことをさ」
「言わなくてもわかるだろ。二次性徴迎えた男女がひとつところに押し込まれてるんだぜ?」
ユースケは「言わなくてもわかる」と言ったが、チカにはわからなかった。
実際、アマネに言われるまで同室者同士で恋人関係であるとか、そんなことは頭の端にものぼらせはしなかったのだ。……これは、己が子供すぎるからだからだろうか、それとも記憶喪失のせいだろうか。チカはちょっと悩んだ。
「じゃあ私もそういうことしてるって思われてるのか……」
「してないの?」
「してないよ」
アオがにやにやと下世話な笑みを浮かべて聞いてきたので、チカは努めて冷静に否定した。
実際に、していないのだ。嘘を言っているわけではない。それでもなんだか気まずい気持ちになってしまうのは、なぜだろう。
「じゃあベッドはどうしてんだ?」
「いっしょだけど」
「それでなんもないんだー。ふーん」
ユースケもアオも、一瞬不思議そうな顔をした。ユースケはいつものクールな表情のままだったが、アオはにやにやと笑っている。
「アマネはなんもしてこないの?」
「……あるわけないじゃん」
一瞬、間があいたのは先日の出来事を思い出したからだ。先日の出来事……すなわちアマネにキスされた出来事である。
けれどもあれは不可思議な“捨品”のせいだった。アマネが自らの意思でしたわけではないのである。だから、ノーカウント。チカの中ではそういうことになっていた。
「なに? 記憶を失う前はアマネと恋人同士だったとか言わないよね」
「そうだって言ったら、どうする?」
アオがにやにや笑いを浮かべたまま言う。その表情から嘘だということはすぐに見抜けた。
「どうもこうも……どうもできないよ。記憶が戻らないんだから」
それはチカの包み隠さぬ本音だった。
「むしろそこからなにか始まったりしない?」
「しないでしょ。そもそも、アマネにそういう気はなさそうだし」
アオとユースケがまた不思議そうな顔をした。
「ふーん。そう」
アオは今度はにやにや笑いを浮かべず、心底つまらなさそうな顔をする。どうやら、早々に興味が失せたようだ。チカにとっては僥倖である。
その後、ぶちぶちと掃除に対する文句をときおり漏らすアオをいなしつつ、チカはマシロたちが早く帰ってくることをひたすら祈るばかりであった。
“城”では不可思議なことが多々起こる。それに明確な原因や理由があるかどうかは怪しかったし、仮にあったとしてもチカたちがそれらを知るすべはないのであった。
「外から見たらどう思われてるんだろう……」
チカのその、思わず漏れたつぶやきは、意外にも流されることはなかった。
「なに、急に」
この場にいるのはチカ、アオ、ユースケと珍しい組み合わせであった。それ以外の四人は袋に詰めたムギの穂をエントランスホールへと運びに行っている。妙な組み合わせなのは、単純にじゃんけんで分かれた結果であった。
アオが顔を上げて、チカを見る。どこか呆れた様子だ。きっと、「ヘンなこと言ってんな」くらいのことは考えているだろうとチカは思う。
それは決して被害妄想などではないはずだ。アオにとって大事なのはマシロとコーイチで、それ以外は有象無象の存在なのだろう。……ただ、“城”にいる人間たちのことは、多少気を遣っているフシはある。本当に、「多少」だが。
そういうわけでアオから返事があるとは思っていなかったチカは、若干しどろもどろになりつつ答える。
「いや、外ではムギが熟すころってものの本で読んだなってところから……」
「……外の人間にどう思われてるかって?」
「そう。それだけ!」
言葉を引き継いでくれたのはユースケだ。アオほどあからさまではなかったものの、「くだらないこと聞いてんな」くらいのことは考えていそうだなとチカは思った。
アオがマシロとコーイチを一番に据えているように、ユースケはササが一番なのだ。それは普段の態度からよくわかっている。ユースケがせっせと世話を焼いて甘やかす対象はササだけなのだ。そこにチカたちが入る余地はない。
今さらながらチカは、よりによって一筋縄でいかないこのふたりと取り残されたことに一抹の不安を覚える。陰でこそこそとこちらをイジメてくるような人物ではないことは知っているものの、やはり不安だ。このふたりにとって、明らかにチカはどうでもいい存在なのだから。
なので「それだけ!」と強く言って話を打ち切り、床に散乱するムギの穂を掃くことに集中する。
けれどもそうはなんとやら。
「外からどう見られてるかってー? そりゃ『肉交にふける邪教の城』だと思われてるよ」
アオの口調はからかうときと同じものだった。チカは「『肉交』だなんて官能小説くらいでしか聞かないんじゃないかな」などと思った。
ちらりとユースケを見れば、彼は涼しい顔をしている。その顔のまま「まあそうだろうな」などとアオの言葉に同意したので、チカはちょっとおどろいた。
「ってーことはさあ、外の人たちは知ってるの? ……その、『そういう関係』だってことをさ」
「言わなくてもわかるだろ。二次性徴迎えた男女がひとつところに押し込まれてるんだぜ?」
ユースケは「言わなくてもわかる」と言ったが、チカにはわからなかった。
実際、アマネに言われるまで同室者同士で恋人関係であるとか、そんなことは頭の端にものぼらせはしなかったのだ。……これは、己が子供すぎるからだからだろうか、それとも記憶喪失のせいだろうか。チカはちょっと悩んだ。
「じゃあ私もそういうことしてるって思われてるのか……」
「してないの?」
「してないよ」
アオがにやにやと下世話な笑みを浮かべて聞いてきたので、チカは努めて冷静に否定した。
実際に、していないのだ。嘘を言っているわけではない。それでもなんだか気まずい気持ちになってしまうのは、なぜだろう。
「じゃあベッドはどうしてんだ?」
「いっしょだけど」
「それでなんもないんだー。ふーん」
ユースケもアオも、一瞬不思議そうな顔をした。ユースケはいつものクールな表情のままだったが、アオはにやにやと笑っている。
「アマネはなんもしてこないの?」
「……あるわけないじゃん」
一瞬、間があいたのは先日の出来事を思い出したからだ。先日の出来事……すなわちアマネにキスされた出来事である。
けれどもあれは不可思議な“捨品”のせいだった。アマネが自らの意思でしたわけではないのである。だから、ノーカウント。チカの中ではそういうことになっていた。
「なに? 記憶を失う前はアマネと恋人同士だったとか言わないよね」
「そうだって言ったら、どうする?」
アオがにやにや笑いを浮かべたまま言う。その表情から嘘だということはすぐに見抜けた。
「どうもこうも……どうもできないよ。記憶が戻らないんだから」
それはチカの包み隠さぬ本音だった。
「むしろそこからなにか始まったりしない?」
「しないでしょ。そもそも、アマネにそういう気はなさそうだし」
アオとユースケがまた不思議そうな顔をした。
「ふーん。そう」
アオは今度はにやにや笑いを浮かべず、心底つまらなさそうな顔をする。どうやら、早々に興味が失せたようだ。チカにとっては僥倖である。
その後、ぶちぶちと掃除に対する文句をときおり漏らすアオをいなしつつ、チカはマシロたちが早く帰ってくることをひたすら祈るばかりであった。
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