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腐草為蛍(くされたるくさほたるとなる)
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“城”の中でホタルが飛んでいたとしても、もはやおどろくべきことではないとチカは考える。
マシロ曰く「そういう季節になったんだね」ということで、暗い“城”の内部を飛び交うホタルの光は風物詩であるらしいことまでわかってしまった。
「部屋に持って帰る?」
明滅するホタルの光にしばし見とれていれば、マシロがそんな提案をしてくれた。
いつものチカだったらそれを断ったかもしれない。けれども幻惑的なホタルの光に釣られたのか、気がつけば静かにうなずいていた。
マシロと共に倉庫のひとつへと赴けば、大小いくつかの虫かごが、じゃっかんホコリをかぶって眠っていた。
ホタルなりコオロギなり、虫かごに昆虫を捕らえて愛でる習慣がないのは、十中八九アオのせいだろう。アオはとことん虫がダメなのだ。
「オレも持って帰りたいけど、アオがいるからね~」
そのチカの推測を裏づけるようにマシロがそう言って残念そうな顔をする。マシロが無邪気に部屋へホタルを持ち帰れば、アオが泣き叫ぶ姿が容易に想像できる。
そういうわけで今、チカの手にはホタルが入った虫かごがある。
己の手の内に、この美しい光を放つ生物がいるのだと思うと、なんだか不思議な気持ちになった。支配欲、優越感、単に美しいものを愛でたい欲望……。様々な感情がないまぜになって、満足感を覚える。
アマネと寝起きしている部屋へと戻ったところで、彼はどういった反応をするのか気になった。
アオのように虫が苦手ということはないだろうが、少しでもイヤがるそぶりを見せたら、わざわざ捕まえてくれたマシロには悪いが放してしまおうとチカは思う。
部屋をシェアしている以上、相手に迷惑はかけられない。
そんなことを考えながら扉を開ければ、ちょうど三人掛けの大きなソファにアマネが座っていた。ローテーブルの上にはランタンがある。アマネは静かに手元の本へと視線を落としていたが、扉の開閉音に気づいたのだろう、戻ってきたチカのほうへと目を向ける。
「今年も持って帰ってきたのか」
アマネは何気なくそう言ったあとで、ハッとした顔をする。すぐに苦虫を噛み潰したような顔になって、眉間にしわが寄る。
「去年の私もホタル持って帰ってきたんだ」
チカはアマネの言葉を流そうと思えば流すこともできた。けれど、そうはしなかった。以前の己について聞く、絶好のチャンスだと思ったのだ。
しかしこれまでの六人の雰囲気からして、チカのその疑問はあまり歓迎されていないらしいことはわかっていた。
無理に失われた記憶を思い出させるのはよくないことだそうだが、それにしてもあまりにも以前のチカについて六人は話さなさすぎる。雰囲気としても、なんとなくチカから聞いてはいけないような、そんな気分にさせられてきた。
今のところ記憶を失って困ったことはほとんどない。その点については六人に感謝すべきだろう。けれどもそのままでいいと思えるほど、チカは楽天的な性格でもなかった。
知るすべがあるのならば知りたいと思うのは、人間が抱く欲求として間違ってはいないはずだ。
チカはその思いでアマネに畳みかける。
「アマネは……ずっと私とルームシェアしてたの?」
「……まあな」
「じゃあ、私のことはよく知ってるんだよね」
「……そうでもねえよ」
アマネはそう言ったあと、そらしていた視線をチカへと戻した。
「お前に家族がいたのかとか、どこで暮らしてたのかとかは知らねえ。多分、マシロも知らねえはずだ」
「ふーん……。でも“城”にきてからの私は、当然知ってるんだよね」
「…………」
「……ねえ、どうしてみんな前の私について話してくれないの?」
チカはじれて確信へと踏み込む。
アマネは眉間にしわを寄せたまま、じっとチカを見る。その視線の意味まではチカにはわからなかった。
わずかな沈黙のあと、やおらアマネが口を開く。
「お前がなに考えてるかわからねえが、別にお前に意地悪して教えてないわけじゃねえ」
「それはみんなを見てたらわかるよ。けど」
「……お前が以前とほとんど変わってねえから、他のやつらもなかなか話してやろうっていう発想にならないだけなんじゃねえの」
はぐらかされた、とチカは思った。
しかし少しは情報を得られた。アマネ曰く、チカは「以前とほとんど変わっていない」らしい。他の五人がどう思っているかはわからないものの、彼の説明には一定の納得を得られるものではあった。
「……もう寝る。お前は?」
「……私も寝るよ」
チカのその言葉はため息に似ていた。アマネにそれがわからないはずもないだろうが、彼はそれには無視を決め込んだ。
チカが手にした虫かごの中で、ホタルが明滅する。つい先ほどまで感じていた奇妙なうれしさは、もう感じられなかった。
マシロ曰く「そういう季節になったんだね」ということで、暗い“城”の内部を飛び交うホタルの光は風物詩であるらしいことまでわかってしまった。
「部屋に持って帰る?」
明滅するホタルの光にしばし見とれていれば、マシロがそんな提案をしてくれた。
いつものチカだったらそれを断ったかもしれない。けれども幻惑的なホタルの光に釣られたのか、気がつけば静かにうなずいていた。
マシロと共に倉庫のひとつへと赴けば、大小いくつかの虫かごが、じゃっかんホコリをかぶって眠っていた。
ホタルなりコオロギなり、虫かごに昆虫を捕らえて愛でる習慣がないのは、十中八九アオのせいだろう。アオはとことん虫がダメなのだ。
「オレも持って帰りたいけど、アオがいるからね~」
そのチカの推測を裏づけるようにマシロがそう言って残念そうな顔をする。マシロが無邪気に部屋へホタルを持ち帰れば、アオが泣き叫ぶ姿が容易に想像できる。
そういうわけで今、チカの手にはホタルが入った虫かごがある。
己の手の内に、この美しい光を放つ生物がいるのだと思うと、なんだか不思議な気持ちになった。支配欲、優越感、単に美しいものを愛でたい欲望……。様々な感情がないまぜになって、満足感を覚える。
アマネと寝起きしている部屋へと戻ったところで、彼はどういった反応をするのか気になった。
アオのように虫が苦手ということはないだろうが、少しでもイヤがるそぶりを見せたら、わざわざ捕まえてくれたマシロには悪いが放してしまおうとチカは思う。
部屋をシェアしている以上、相手に迷惑はかけられない。
そんなことを考えながら扉を開ければ、ちょうど三人掛けの大きなソファにアマネが座っていた。ローテーブルの上にはランタンがある。アマネは静かに手元の本へと視線を落としていたが、扉の開閉音に気づいたのだろう、戻ってきたチカのほうへと目を向ける。
「今年も持って帰ってきたのか」
アマネは何気なくそう言ったあとで、ハッとした顔をする。すぐに苦虫を噛み潰したような顔になって、眉間にしわが寄る。
「去年の私もホタル持って帰ってきたんだ」
チカはアマネの言葉を流そうと思えば流すこともできた。けれど、そうはしなかった。以前の己について聞く、絶好のチャンスだと思ったのだ。
しかしこれまでの六人の雰囲気からして、チカのその疑問はあまり歓迎されていないらしいことはわかっていた。
無理に失われた記憶を思い出させるのはよくないことだそうだが、それにしてもあまりにも以前のチカについて六人は話さなさすぎる。雰囲気としても、なんとなくチカから聞いてはいけないような、そんな気分にさせられてきた。
今のところ記憶を失って困ったことはほとんどない。その点については六人に感謝すべきだろう。けれどもそのままでいいと思えるほど、チカは楽天的な性格でもなかった。
知るすべがあるのならば知りたいと思うのは、人間が抱く欲求として間違ってはいないはずだ。
チカはその思いでアマネに畳みかける。
「アマネは……ずっと私とルームシェアしてたの?」
「……まあな」
「じゃあ、私のことはよく知ってるんだよね」
「……そうでもねえよ」
アマネはそう言ったあと、そらしていた視線をチカへと戻した。
「お前に家族がいたのかとか、どこで暮らしてたのかとかは知らねえ。多分、マシロも知らねえはずだ」
「ふーん……。でも“城”にきてからの私は、当然知ってるんだよね」
「…………」
「……ねえ、どうしてみんな前の私について話してくれないの?」
チカはじれて確信へと踏み込む。
アマネは眉間にしわを寄せたまま、じっとチカを見る。その視線の意味まではチカにはわからなかった。
わずかな沈黙のあと、やおらアマネが口を開く。
「お前がなに考えてるかわからねえが、別にお前に意地悪して教えてないわけじゃねえ」
「それはみんなを見てたらわかるよ。けど」
「……お前が以前とほとんど変わってねえから、他のやつらもなかなか話してやろうっていう発想にならないだけなんじゃねえの」
はぐらかされた、とチカは思った。
しかし少しは情報を得られた。アマネ曰く、チカは「以前とほとんど変わっていない」らしい。他の五人がどう思っているかはわからないものの、彼の説明には一定の納得を得られるものではあった。
「……もう寝る。お前は?」
「……私も寝るよ」
チカのその言葉はため息に似ていた。アマネにそれがわからないはずもないだろうが、彼はそれには無視を決め込んだ。
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