ドグマの城

やなぎ怜

文字の大きさ
51 / 78

雷乃収声(かみなりすなわちこえをおさむ)

しおりを挟む
 夏の夕立がなくなり始めれば、もう本格的に衣替えの時期である。“捨品”の中にもこれからの冷え込みに向けた分厚い生地の服が混じり始める。

 とは言え、それらはすべて白い。なぜかは知らないが“城”の中では真っ白な服しか着られないのである。……まさか、親父ギャグで決まっているわけではないだろうが、たまにチカは疑ってしまう。

 閑話休題。とにかく白い服ばかりなので、装う楽しさとは基本的に遠い。デザインパターンが似たり寄ったりなことも一因である。たいていがワンピースタイプの白い服なのだ。さすがに貫頭衣よりも凝ったデザインではあるが、チカたちからすれば多少マシと言ったところだろう。

 だが文句は言えない。わざわざ作ってもらっているのだから、感謝こそすれ文句をつけるのは違うだろう。

 そういうわけでチカたちは今、運び込まれた白い服を黙々と点検していた。しかし特におかしいところもない。

 “捨品”にはたまにおかしなものが混じっているし、こうして目視で点検をしてもおかしなものかどうかわからないものもありはする。しかし今のところ、あからさまにおかしなものは混じっていないようなので、ひと安心だ。

 そして服をすべて点検し終わったところで、ひとつ白い箱が残った。

「これも服かな?」

 マシロがフタを開ける。中から出てきたのは――

「靴……?」
「パンプスだ」

 真っ白なハイヒールのパンプスだった。

 マシロがパンプスのかかとの辺りに指を入れて持ち上げる。

「ヒールえぐっ」
「すごいハイヒールだね。……履いてみる?」
「え? 私が?」
「うん」

 チカはスラリと長いハイヒールのその威容に恐れをなして声を上げたというのに、マシロはそれを履いてみないかと言う。

 チカが戸惑っているあいだにマシロは白いパンプスを床に置いて、さあどうぞとばかりにチカを見上げる。そんな目で見られると、なんとなく断りづらく感じてしまうのがチカの弱いところであった。

「あ、結構サイズに余裕がある……あ、あ、これダメだ……! ちょっとバランスが……!」

 パンプスに足を入れてみたチカであったが、結果は上記の通り。細いハイヒールが心もとなく、その心もとなさがそのまま脚の不安定さにつながっているのか、立つことはできても歩くことはできそうになかった。

 思わず、目の前にいるマシロの肩を思い切りつかんでしまう。ササはなにも言わずにじっとそれを見ているだけだった。

「ご、ごめん」
「いいよ。そんなに立てない感じ?」
「無理無理! ハイヒール怖すぎる……」

 不安定なところを無理に立っているからか、ぷるぷるとチカの脚が左右に震え始める。震えると言うか、ブレるというのがぴったりな動きだった。

 チカの中には「ハイヒールはカッコイイ」というある種のあこがれめいた感情があったのだが、今回の体験で己には無理だと潔く悟るにいたった。今後は見るだけでいい。そう思うにはじゅうぶんな体験であった。

「オレも履いてみたい」
「いいけど……マシロの足のサイズ的にだいぶ余りそう」

 チカと同様にマシロの中にもハイヒールに対するあこがれがあるのかもしれない。マシロは好奇心に目を輝かせてそう言ったが、彼女は七人の中でもっとも背が低い。比例して、足も小さい。チカですら若干余白があるこの白いパンプスを、履けはするだろうが――。

「わわわわ! ムリだこれー!」

 チカの予想通り、やはり歩くのは無理だったようだ。先ほどのチカと同じように脚をぷるぷると震わせているが、しかしどこか楽しそうである。あまりにも歩けなさすぎて、面白くなってしまったのかもしれない。

「なにしてんだー?」
「……いや、ホントなにしてんだ?」

 倉庫へ“捨品”を置きに行っていた男性陣が戻ってきた。チカの腕をつかんで、生まれたての小鹿のようになっているマシロに、奇異の目が集まる。

「いや、“捨品”の中にハイヒールのパンプスがあったから……ちょっと履いてみてた」
「ちょうどいいや! コーイチたちも履いてみなよ!」

 脚をぷるぷるさせながらのマシロの提案に、チカはちょっとおどろいた。さらにおどろういたのは、意外と男性陣がパンプスを履くことに乗り気だったことだろうか。

 とは言え、パンプスに興味があるからというよりは、あまりにマシロが立つのに必死な様子だったので、どんなもんかとチャレンジするつもりなのだろう。

「うわ、なんだこれ……ヒール折れるんじゃねえのか?! 大丈夫か?!」

 一番手のコーイチは、意外にも歩けたが赤子のような足運びであった。

「うわー……これはちょっと歩くのはムリじゃない? ギブアップ」

 二番手のアオは、よどみなく立てたものの早々に歩くことをあきらめた。

「歩けはするが……走ったりするのには練習がいるな」

 三番手のアマネがもっとも安定していた。コツコツとヒールの音を響かせて、ぐるりと部屋を周る。足元をたしかめるような、ゆっくりとした動きではあったが、自然とチカとマシロは拍手をしていた。

「これは無理だろ!」

 男性陣で最後に履くことになったユースケは、そもそも立ち姿からして見る者を不安にさせた。先ほどのチカやマシロのように脚が震えているし、ササの腕をつかんでいなければ転んでしまいそうな不安定さだった。

 そして最後に残ったササはと言うと。

「えっ、すごい」

 チカは思わずそんな声を漏らした。

 ササはしっかりと両の脚で立ち、それどころかハイヒールで走ってまで見せてくれた。もちろんそこにはユースケのときに感じた、転ぶかもしれないというような不安な様子は一切なく、安定感がある。

 完全に履きこなしている。

「体幹が強いのかなー」
「そうかもね。ササって運動神経いいし……」

 六人は珍しく心をひとつにして感心していた。そしてササはどこか誇らしげであった。

「優勝はササってことで」というアオのひとことで、ひとまずハイヒールチャレンジは終了した。

 チカはササのかっこいい立ち姿はもちろん、男性陣がパンプスを履いた姿も忘れられそうにないな……などと思いながら倉庫に服を運ぶのであった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【完結】20年後の真実

ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。 マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。 それから20年。 マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。 そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。 おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。 全4話書き上げ済み。

3歳で捨てられた件

玲羅
恋愛
前世の記憶を持つ者が1000人に1人は居る時代。 それゆえに変わった子供扱いをされ、疎まれて捨てられた少女、キャプシーヌ。拾ったのは宰相を務めるフェルナー侯爵。 キャプシーヌの運命が再度変わったのは貴族学院入学後だった。

つまらない妃と呼ばれた日

柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。 舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。 さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。 リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。 ――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。

最弱白竜ですが、なぜか学園最強の銀竜に番認定されました

斉藤めめめ
恋愛
竜の血を引く者だけが貴族になれるこの世界で、白竜は最も格の低い竜の証。 白竜の男爵令嬢リーゼロッテは、特待生として国内最高峰の王立竜騎学園に入学する。待っていたのは上位貴族からの蔑みと、学園を支配する四人の御曹司「四竜」。 その筆頭、銀竜公爵家の嫡男ルシアンに初日から啖呵を切ったリーゼは、いじめと嫉妬の嵐に巻き込まれていく。 それでも彼女は媚びない、逃げない、折れない。 やがてルシアンはリーゼから目が離せなくなり―― 白竜の少女が、学園と王国の運命を変える。 身分差×竜×学園ラブファンタジー、開幕。

お久しぶりです旦那様。そろそろ離婚ですか?

奏千歌
恋愛
[イヌネコ] 「奥様、旦那様がお見えです」 「はい?」 ベッドの上でゴロゴロしながら猫と戯れていると、侍女が部屋を訪れて告げたことだった。

【完結】冷酷伯爵ディートリヒは、去った妻を取り戻せない

くろねこ
恋愛
名門伯爵家に政略結婚で嫁いだ、正妻エレノア・リーヴェルト。夫である伯爵ディートリヒ・フォン・アイゼンヴァルトは、 軍務と義務を最優先し、彼女に関心を向けることはなかった。 言葉も、視線も、愛情も与えられない日々。それでも伯爵夫人として尽くし続けたエレノアは、ある一言をきっかけに、静かに伯爵家を去る決意をする。 ――そして初めて、夫は気づく。 自分がどれほど多くのものを、彼女から与えられていたのかを。 一方、エレノアは新たな地でその才覚と人柄を評価され、 「必要とされる存在」として歩き始めていた。 去った妻を想い、今さら後悔する冷酷伯爵。前を向いて生きる正妻令嬢。 これは、失ってから愛に気づいた男と、 二度と戻らないかもしれない夫婦の物語。 ――今さら、遅いのです。

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

処理中です...