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「お使い」の道中、ソガリはあれこれとカイに話しかけてきた。
だが肝心のカイのほうはというと、まったく話し甲斐のない態度を貫いている。
返事はするが、生返事といった調子で、聞いているのかいないのか他人にはよくわからないだろう。
だと言うのに、ソガリは変わらずにこにことご機嫌な様子でカイに話しかける。
カイの内側で、にわかにソガリへの苛立ちが湧き立つ。
いや、苛立っているのはソガリの態度にだけではない。
なによりも、カイは自分自身に苛立ちを覚えていた。
ただひとこと、ソガリにボスとの仲を問いただせばいいだけのことができない、意気地なし……。
カイからすれば、噂話だけで失恋した気になっていた冒険者たちよりも、それはずっとずっと格好悪いことだった。
前に戻ることなんて当然できず、しかし見切りをつけて次へ行くこともできない。
カイは、そんな自分が世界で一番みじめな意気地なしに思えて、仕方なかった。
「――お前は」
隣を歩くソガリを見ずに、カイはおもむろに口を開いた。
だがカイはそこからどう言葉を繋げるつもりだったかは、すぐに忘れてしまった。
「――おいお前ら、ちょっとツラ貸せよ」
「は?」
カイとソガリの行く手に立ちふさがったのは、いつだったかソガリに絡んでいた、彼女の元同級生だとかいう冒険者パーティだった。
突然、礼儀からはほど遠い言葉をぶつけられて、カイは自然と目を細めていた。
カイがソガリより半歩ほど前へ出て、パーティに近づくと、それに待ったをかけたのはほかでもないソガリだった。
「待って、カイ。話くらいは聞いてみよう?」
「……話すことなんて、あるのかよ」
「うーん……まあまあ」
ソガリにしては歯切れの悪い返事だ。
カイには、今のソガリの笑顔は「にこにこ」というよりも「へらへら」と不愉快に映る。
カイからすれば、ソガリに一方的絡み、侮辱していた元同級生だとかいう連中と話すことなんてひとつもないだろう、という結論であったが、ソガリはまた違った意見を持っているらしい。
「……ここじゃ往来の邪魔になるから、あっち行こうぜ」
リーダー格の男が、そう言って薄暗い路地を指し示す。
いかにも湿気っていて、冷たい空気が目から伝わってきそうな、広くない路地だ。
カイはまた目を細めた。
しかしソガリは警戒心がないのか、男の言葉に同意する。
「……いいよ」
「じゃあ移動しようぜ」
リーダー格の男に先導され、カイはソガリと共にひんやりとした路地へと足を踏み入れた。
カイとソガリのうしろには、リーダー格の男と同じパーティの男女がぞろぞろとついてくる。
まるでカイとソガリを逃がすまいとするように、あるいはひと目からふたりの姿を隠そうとしているように思えた。
カイの予想は当たり、路地の突き当たり、木箱が詰まれたどん詰まりまでたどりつくと、そこには年若い、冒険者らしき男たちが待ち受けていた。
カイはその男たちの顔に見覚えがあった。
パーティメンバーのひとりをわざと――おもしろがって――迷宮内に置き去りにしたことで、《六本指》のギルドカードを取り上げられた連中だ。
置き去りにされたメンバーを偶然救助したのは、カイだった。
「お礼参り」――といったところだろうか。
この両パーティから恨まれるに足る要素があるということは、カイもさすがに理解している。
「おい、おれらのこと覚えてっか? つまんねーことチクりやがってよ」
カイの想像通り、どん詰まりで待っていた男たちはカイに恨みがあって、今ここにいるらしかった。
ソガリの元同級生パーティと、このパーティがどうやって知り合い、手を組んだかは定かではない。
しかし迷宮都市内の冒険者界隈などかなり狭いものだ。
年若い冒険者同士、偶然知り合って、お互いに鬱憤を晴らすために手を組んだ――ということがあっても、おかしくはないだろう。
しかし二パーティ、合計八人の冒険者を相手取るのは、いかなカイでも少々骨が折れる。
カイはひそかにため息をついた。
「――そこの女から遊んでやれよ」
カイの目の前にいた男が、下卑た顔で言う。
カイのすぐうしろにいるソガリから、「あ」という間の抜けた声が上がった。
……別に、予想していなかったわけではない。
女と見ればすぐに手を出そうとする冒険者なんて、カイからすれば特段珍しくもない。
だがあわてて振り返った先で、ソガリが腕を引っ張られて、乱雑に体をまさぐられていたのを見て、カイは頭の中が真っ白になった。
白の正体は、途方もない怒りだった。
「――おいっ、魔法が使えるだなんて話とちげーぞ!?」
どん詰まりを作っていた重々しい木箱が――宙に浮く。
ふたつの冒険者パーティは、それを驚愕の目で見上げることしかできない。
カイの意思で宙に浮いた木箱は、引き寄せられるように一方はそのまま直進し、もう一方はカイとソガリの頭上を飛び越えて、それぞれ猛スピードで冒険者たちに、実に正確に衝突した。
木の繊維が裂け、木箱が壊れる轟音が、路地に響き渡る。
石畳の地面に倒れ込み、痛みにうめく冒険者たちの中には、割れた木の破片が刺さり、流血している者もいる。
カイは散乱した木の破片をまたいで、冒険者たちに近づいた。
だが肝心のカイのほうはというと、まったく話し甲斐のない態度を貫いている。
返事はするが、生返事といった調子で、聞いているのかいないのか他人にはよくわからないだろう。
だと言うのに、ソガリは変わらずにこにことご機嫌な様子でカイに話しかける。
カイの内側で、にわかにソガリへの苛立ちが湧き立つ。
いや、苛立っているのはソガリの態度にだけではない。
なによりも、カイは自分自身に苛立ちを覚えていた。
ただひとこと、ソガリにボスとの仲を問いただせばいいだけのことができない、意気地なし……。
カイからすれば、噂話だけで失恋した気になっていた冒険者たちよりも、それはずっとずっと格好悪いことだった。
前に戻ることなんて当然できず、しかし見切りをつけて次へ行くこともできない。
カイは、そんな自分が世界で一番みじめな意気地なしに思えて、仕方なかった。
「――お前は」
隣を歩くソガリを見ずに、カイはおもむろに口を開いた。
だがカイはそこからどう言葉を繋げるつもりだったかは、すぐに忘れてしまった。
「――おいお前ら、ちょっとツラ貸せよ」
「は?」
カイとソガリの行く手に立ちふさがったのは、いつだったかソガリに絡んでいた、彼女の元同級生だとかいう冒険者パーティだった。
突然、礼儀からはほど遠い言葉をぶつけられて、カイは自然と目を細めていた。
カイがソガリより半歩ほど前へ出て、パーティに近づくと、それに待ったをかけたのはほかでもないソガリだった。
「待って、カイ。話くらいは聞いてみよう?」
「……話すことなんて、あるのかよ」
「うーん……まあまあ」
ソガリにしては歯切れの悪い返事だ。
カイには、今のソガリの笑顔は「にこにこ」というよりも「へらへら」と不愉快に映る。
カイからすれば、ソガリに一方的絡み、侮辱していた元同級生だとかいう連中と話すことなんてひとつもないだろう、という結論であったが、ソガリはまた違った意見を持っているらしい。
「……ここじゃ往来の邪魔になるから、あっち行こうぜ」
リーダー格の男が、そう言って薄暗い路地を指し示す。
いかにも湿気っていて、冷たい空気が目から伝わってきそうな、広くない路地だ。
カイはまた目を細めた。
しかしソガリは警戒心がないのか、男の言葉に同意する。
「……いいよ」
「じゃあ移動しようぜ」
リーダー格の男に先導され、カイはソガリと共にひんやりとした路地へと足を踏み入れた。
カイとソガリのうしろには、リーダー格の男と同じパーティの男女がぞろぞろとついてくる。
まるでカイとソガリを逃がすまいとするように、あるいはひと目からふたりの姿を隠そうとしているように思えた。
カイの予想は当たり、路地の突き当たり、木箱が詰まれたどん詰まりまでたどりつくと、そこには年若い、冒険者らしき男たちが待ち受けていた。
カイはその男たちの顔に見覚えがあった。
パーティメンバーのひとりをわざと――おもしろがって――迷宮内に置き去りにしたことで、《六本指》のギルドカードを取り上げられた連中だ。
置き去りにされたメンバーを偶然救助したのは、カイだった。
「お礼参り」――といったところだろうか。
この両パーティから恨まれるに足る要素があるということは、カイもさすがに理解している。
「おい、おれらのこと覚えてっか? つまんねーことチクりやがってよ」
カイの想像通り、どん詰まりで待っていた男たちはカイに恨みがあって、今ここにいるらしかった。
ソガリの元同級生パーティと、このパーティがどうやって知り合い、手を組んだかは定かではない。
しかし迷宮都市内の冒険者界隈などかなり狭いものだ。
年若い冒険者同士、偶然知り合って、お互いに鬱憤を晴らすために手を組んだ――ということがあっても、おかしくはないだろう。
しかし二パーティ、合計八人の冒険者を相手取るのは、いかなカイでも少々骨が折れる。
カイはひそかにため息をついた。
「――そこの女から遊んでやれよ」
カイの目の前にいた男が、下卑た顔で言う。
カイのすぐうしろにいるソガリから、「あ」という間の抜けた声が上がった。
……別に、予想していなかったわけではない。
女と見ればすぐに手を出そうとする冒険者なんて、カイからすれば特段珍しくもない。
だがあわてて振り返った先で、ソガリが腕を引っ張られて、乱雑に体をまさぐられていたのを見て、カイは頭の中が真っ白になった。
白の正体は、途方もない怒りだった。
「――おいっ、魔法が使えるだなんて話とちげーぞ!?」
どん詰まりを作っていた重々しい木箱が――宙に浮く。
ふたつの冒険者パーティは、それを驚愕の目で見上げることしかできない。
カイの意思で宙に浮いた木箱は、引き寄せられるように一方はそのまま直進し、もう一方はカイとソガリの頭上を飛び越えて、それぞれ猛スピードで冒険者たちに、実に正確に衝突した。
木の繊維が裂け、木箱が壊れる轟音が、路地に響き渡る。
石畳の地面に倒れ込み、痛みにうめく冒険者たちの中には、割れた木の破片が刺さり、流血している者もいる。
カイは散乱した木の破片をまたいで、冒険者たちに近づいた。
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