この三人交際にマニュアルは存在しない。

やなぎ怜

文字の大きさ
1 / 40

(1)

しおりを挟む
「護衛官にならなければただの犯罪者として一生を終えていただろう男」

 土岐とき四郎しろうの評価と言えば、概ねそのような感じであった。

 「護衛官」とは、今や希少な存在となってしまった女性を文字通り護衛するための官吏のことである。

 現在では護衛官が所属する部署は「警護課」と名を変えていたため、「警護官」とでも称するのが適切であろうが、未だに改称はされておらず、よって公私共に「護衛官」と呼ばれている。

 護衛官はその業務の内容上、腕っぷしが強くなければお話にならない。

 力づくで女性を拉致しようとしたり、あるいは加害を行おうという不逞の輩から、警護対象を守り抜かなければならないし、なんだったら場合によってはこちらも力で相手をねじ伏せる必要性がある。

 身長一九〇センチメートル近い四郎は、業務を遂行する上でじゅうぶんな筋肉がついていたし、服の上からでもがっしりとした体格であることが見て取れる。

 警護対象を守るために周囲を威圧するのには、及第点をきちんと超えている。

 それでいて浅黒い肌が健康的に見える容姿はそれなりに整っていて見苦しさがなく、清潔感もある。

 警護課の中でも抜きんでた腕こきの護衛官で、加えて突発的な状況にも強く、これまでに様々な業務をこなしてきた実績がある。

 問題は、

「護衛官にならなければただの犯罪者として一生を終えていただろう男」

 というところだろう。

 四郎は他人に暴力を振るうことにためらいがない。

 おまけにそれを楽しんでいるところがある。

 つまりは、その矛先が概ね不逞の輩に向いているだけで、はっきりと言って四郎は危険人物であった。

 けれども腕っぷしが強く、なにごとにも動じない、心臓に毛が生えているような男であったから、護衛官としては優秀で、評価されている。

 それでも見目が悪くなく公務員で……となれば、四郎に秋波を送る女性も男性も出てはくる。

 しかし四郎は男に興味はない。一方、女にも興味はなかった。

 だがそれゆえに四郎は護衛官として優秀だと評価される。警護対象である女性と、種々のトラブルを起こさないからだ。

 けれどもそれはそれ、これはこれというやつで、同僚からは四郎は珍獣同然であった。

 女性と恋愛したくてもできない、結婚することもできない、子をなすこともできない。

 多数の男性にとってそれが当たり前になって久しい中で、女性のほうからアプローチをしてくれたのもかかわらず、それを袖にできる四郎は、変「人」を通り越して珍「獣」なのだった。

 四郎とて一応女性とベッドを共にしたことはあるので、まったくの童貞というわけではなかったが、楽しかった思い出がないのでここのところはすっかりご無沙汰であった。

 そんな私情を四郎は口にしたことはなかったが、噂によると四郎は「君とのセックスは楽しくなかった」と、ある女性に言い放ったことがあると、まことしやかに囁かれているらしい。

 それを聞いたときの四郎は、「噂も案外と馬鹿にならないときがあるのだな」と他人事のように感心した。

 そしてその噂を四郎は絶賛放置している最中である。

 直接問いただされたことがないから、肯定も否定もしようがなかったというのもあるが、四郎にとってそんな噂は女性と恋愛をすることと同じくらい「どうでもいい」ことであった。

 しかしそういった四郎の思考や態度は、同僚たちには理解しにくいらしく、「なにをしでかすかわからない男」という評価をもちょうだいして、ついでに距離も置かれているのだった。

「――それが瓜生うりゅう透也とうやの顔写真です。潜伏期間を考慮すれば、不精ひげなどが生えていると思いますが」

 休日の予定が急遽取りやめとなった昼過ぎ。

 女性保護局が入っているビル内の会議室で、四郎は別の課の七瀬ななせから渡された資料に目を通していた。

 瘦せこけた頬、病人のような黄土色の肌、落ちくぼんだ眼窩――。

 瓜生透也の瞳はしかし、病的なまでにギラギラと輝いているさまが、写真越しにも伝わってくるようだった。

「これから土岐さんに警護していただく瓜生千世ちせさんの父親です。千世さんに加害するか、あるいは拉致、誘拐のために彼女に接触してくる可能性が高いので土岐さんに――……聞いてますよね?」
「――ああ、痛めつけてやればいいんだろう?」
「ハア……」

 四郎としては軽い冗談のつもりだったのだが、その気持ちは七瀬には伝わらなかったようだ。

 四郎より七つ歳下の七瀬は、しかし人生の先輩である四郎のことを厄介な相手だと思っていることを隠そうとはしなかった。

 四郎はそれに腹を立てたりはしない。ましてや突如として暴力を振るうなどという凶行に及ぼうとは考えはしないのだが、七瀬にはそうとは思われていないらしかった。

「瓜生透也には軍歴があります。除隊後にはPMC民間軍事会社で働いていた経歴もあります。正直に言ってまったく油断できない相手だと僕は思っています。たしかにもう結構な年齢ですが……じゅうぶん、気をつけてください。――聞いてますよね?」
「ああ」

 四郎が七瀬から渡されたタブレットの画面を軽くフリックすれば、ページがスライドして新たな写真が現れた。

 恐らく二〇歳に満たないだろう、まだ少女の面影が残る若い女性が無表情でこちらを見ている、ポートレートだ。

「そちらの写真が千世さんです」

 四郎は彼女――千世には特に興味を持てなかった。

 だから「女だな」という以外になにも感想が浮かばなかったのだが、七瀬は「母親似なんですよ」と的外れな言葉を続けた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜

来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。 望んでいたわけじゃない。 けれど、逃げられなかった。 生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。 親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。 無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。 それでも――彼だけは違った。 優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。 形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。 これは束縛? それとも、本当の愛? 穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

黒瀬部長は部下を溺愛したい

桐生桜
恋愛
イケメン上司の黒瀬部長は営業部のエース。 人にも自分にも厳しくちょっぴり怖い……けど! 好きな人にはとことん尽くして甘やかしたい、愛でたい……の溺愛体質。 部下である白石莉央はその溺愛を一心に受け、とことん愛される。 スパダリ鬼上司×新人OLのイチャラブストーリーを一話ショートに。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

好きな人に『その気持ちが迷惑だ』と言われたので、姿を消します【完結済み】

皇 翼
恋愛
「正直、貴女のその気持ちは迷惑なのですよ……この場だから言いますが、既に想い人が居るんです。諦めて頂けませんか?」 「っ――――!!」 「賢い貴女の事だ。地位も身分も財力も何もかもが貴女にとっては高嶺の花だと元々分かっていたのでしょう?そんな感情を持っているだけ時間が無駄だと思いませんか?」 クロエの気持ちなどお構いなしに、言葉は続けられる。既に想い人がいる。気持ちが迷惑。諦めろ。時間の無駄。彼は止まらず話し続ける。彼が口を開く度に、まるで弾丸のように心を抉っていった。 ****** ・執筆時間空けてしまった間に途中過程が気に食わなくなったので、設定などを少し変えて改稿しています。

ヤンデレにデレてみた

果桃しろくろ
恋愛
母が、ヤンデレな義父と再婚した。 もれなく、ヤンデレな義弟がついてきた。

身代りの花嫁は25歳年上の海軍士官に溺愛される

絵麻
恋愛
 桐島花は父が病没後、継母義妹に虐げられて、使用人同然の生活を送っていた。  父の財産も尽きかけた頃、義妹に縁談が舞い込むが継母は花を嫁がせた。  理由は多額の結納金を手に入れるため。  相手は二十五歳も歳上の、海軍の大佐だという。  放り出すように、嫁がされた花を待っていたものは。  地味で冴えないと卑下された日々、花の真の力が時東邸で活かされる。  

イケメン警視、アルバイトで雇った恋人役を溺愛する。

楠ノ木雫
恋愛
 蒸発した母の借金を擦り付けられた主人公瑠奈は、お見合い代行のアルバイトを受けた。だが、そのお見合い相手、矢野湊に借金の事を見破られ3ヶ月間恋人役を務めるアルバイトを提案された。瑠奈はその報酬に飛びついたが……

処理中です...