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「護衛官にならなければただの犯罪者として一生を終えていただろう男」
土岐四郎の評価と言えば、概ねそのような感じであった。
「護衛官」とは、今や希少な存在となってしまった女性を文字通り護衛するための官吏のことである。
現在では護衛官が所属する部署は「警護課」と名を変えていたため、「警護官」とでも称するのが適切であろうが、未だに改称はされておらず、よって公私共に「護衛官」と呼ばれている。
護衛官はその業務の内容上、腕っぷしが強くなければお話にならない。
力づくで女性を拉致しようとしたり、あるいは加害を行おうという不逞の輩から、警護対象を守り抜かなければならないし、なんだったら場合によってはこちらも力で相手をねじ伏せる必要性がある。
身長一九〇センチメートル近い四郎は、業務を遂行する上でじゅうぶんな筋肉がついていたし、服の上からでもがっしりとした体格であることが見て取れる。
警護対象を守るために周囲を威圧するのには、及第点をきちんと超えている。
それでいて浅黒い肌が健康的に見える容姿はそれなりに整っていて見苦しさがなく、清潔感もある。
警護課の中でも抜きんでた腕こきの護衛官で、加えて突発的な状況にも強く、これまでに様々な業務をこなしてきた実績がある。
問題は、
「護衛官にならなければただの犯罪者として一生を終えていただろう男」
というところだろう。
四郎は他人に暴力を振るうことにためらいがない。
おまけにそれを楽しんでいるところがある。
つまりは、その矛先が概ね不逞の輩に向いているだけで、はっきりと言って四郎は危険人物であった。
けれども腕っぷしが強く、なにごとにも動じない、心臓に毛が生えているような男であったから、護衛官としては優秀で、評価されている。
それでも見目が悪くなく公務員で……となれば、四郎に秋波を送る女性も男性も出てはくる。
しかし四郎は男に興味はない。一方、女にも興味はなかった。
だがそれゆえに四郎は護衛官として優秀だと評価される。警護対象である女性と、種々のトラブルを起こさないからだ。
けれどもそれはそれ、これはこれというやつで、同僚からは四郎は珍獣同然であった。
女性と恋愛したくてもできない、結婚することもできない、子をなすこともできない。
多数の男性にとってそれが当たり前になって久しい中で、女性のほうからアプローチをしてくれたのもかかわらず、それを袖にできる四郎は、変「人」を通り越して珍「獣」なのだった。
四郎とて一応女性とベッドを共にしたことはあるので、まったくの童貞というわけではなかったが、楽しかった思い出がないのでここのところはすっかりご無沙汰であった。
そんな私情を四郎は口にしたことはなかったが、噂によると四郎は「君とのセックスは楽しくなかった」と、ある女性に言い放ったことがあると、まことしやかに囁かれているらしい。
それを聞いたときの四郎は、「噂も案外と馬鹿にならないときがあるのだな」と他人事のように感心した。
そしてその噂を四郎は絶賛放置している最中である。
直接問いただされたことがないから、肯定も否定もしようがなかったというのもあるが、四郎にとってそんな噂は女性と恋愛をすることと同じくらい「どうでもいい」ことであった。
しかしそういった四郎の思考や態度は、同僚たちには理解しにくいらしく、「なにをしでかすかわからない男」という評価をもちょうだいして、ついでに距離も置かれているのだった。
「――それが瓜生透也の顔写真です。潜伏期間を考慮すれば、不精ひげなどが生えていると思いますが」
休日の予定が急遽取りやめとなった昼過ぎ。
女性保護局が入っているビル内の会議室で、四郎は別の課の七瀬から渡された資料に目を通していた。
瘦せこけた頬、病人のような黄土色の肌、落ちくぼんだ眼窩――。
瓜生透也の瞳はしかし、病的なまでにギラギラと輝いているさまが、写真越しにも伝わってくるようだった。
「これから土岐さんに警護していただく瓜生千世さんの父親です。千世さんに加害するか、あるいは拉致、誘拐のために彼女に接触してくる可能性が高いので土岐さんに――……聞いてますよね?」
「――ああ、痛めつけてやればいいんだろう?」
「ハア……」
四郎としては軽い冗談のつもりだったのだが、その気持ちは七瀬には伝わらなかったようだ。
四郎より七つ歳下の七瀬は、しかし人生の先輩である四郎のことを厄介な相手だと思っていることを隠そうとはしなかった。
四郎はそれに腹を立てたりはしない。ましてや突如として暴力を振るうなどという凶行に及ぼうとは考えはしないのだが、七瀬にはそうとは思われていないらしかった。
「瓜生透也には軍歴があります。除隊後にはPMCで働いていた経歴もあります。正直に言ってまったく油断できない相手だと僕は思っています。たしかにもう結構な年齢ですが……じゅうぶん、気をつけてください。――聞いてますよね?」
「ああ」
四郎が七瀬から渡されたタブレットの画面を軽くフリックすれば、ページがスライドして新たな写真が現れた。
恐らく二〇歳に満たないだろう、まだ少女の面影が残る若い女性が無表情でこちらを見ている、ポートレートだ。
「そちらの写真が千世さんです」
四郎は彼女――千世には特に興味を持てなかった。
だから「女だな」という以外になにも感想が浮かばなかったのだが、七瀬は「母親似なんですよ」と的外れな言葉を続けた。
土岐四郎の評価と言えば、概ねそのような感じであった。
「護衛官」とは、今や希少な存在となってしまった女性を文字通り護衛するための官吏のことである。
現在では護衛官が所属する部署は「警護課」と名を変えていたため、「警護官」とでも称するのが適切であろうが、未だに改称はされておらず、よって公私共に「護衛官」と呼ばれている。
護衛官はその業務の内容上、腕っぷしが強くなければお話にならない。
力づくで女性を拉致しようとしたり、あるいは加害を行おうという不逞の輩から、警護対象を守り抜かなければならないし、なんだったら場合によってはこちらも力で相手をねじ伏せる必要性がある。
身長一九〇センチメートル近い四郎は、業務を遂行する上でじゅうぶんな筋肉がついていたし、服の上からでもがっしりとした体格であることが見て取れる。
警護対象を守るために周囲を威圧するのには、及第点をきちんと超えている。
それでいて浅黒い肌が健康的に見える容姿はそれなりに整っていて見苦しさがなく、清潔感もある。
警護課の中でも抜きんでた腕こきの護衛官で、加えて突発的な状況にも強く、これまでに様々な業務をこなしてきた実績がある。
問題は、
「護衛官にならなければただの犯罪者として一生を終えていただろう男」
というところだろう。
四郎は他人に暴力を振るうことにためらいがない。
おまけにそれを楽しんでいるところがある。
つまりは、その矛先が概ね不逞の輩に向いているだけで、はっきりと言って四郎は危険人物であった。
けれども腕っぷしが強く、なにごとにも動じない、心臓に毛が生えているような男であったから、護衛官としては優秀で、評価されている。
それでも見目が悪くなく公務員で……となれば、四郎に秋波を送る女性も男性も出てはくる。
しかし四郎は男に興味はない。一方、女にも興味はなかった。
だがそれゆえに四郎は護衛官として優秀だと評価される。警護対象である女性と、種々のトラブルを起こさないからだ。
けれどもそれはそれ、これはこれというやつで、同僚からは四郎は珍獣同然であった。
女性と恋愛したくてもできない、結婚することもできない、子をなすこともできない。
多数の男性にとってそれが当たり前になって久しい中で、女性のほうからアプローチをしてくれたのもかかわらず、それを袖にできる四郎は、変「人」を通り越して珍「獣」なのだった。
四郎とて一応女性とベッドを共にしたことはあるので、まったくの童貞というわけではなかったが、楽しかった思い出がないのでここのところはすっかりご無沙汰であった。
そんな私情を四郎は口にしたことはなかったが、噂によると四郎は「君とのセックスは楽しくなかった」と、ある女性に言い放ったことがあると、まことしやかに囁かれているらしい。
それを聞いたときの四郎は、「噂も案外と馬鹿にならないときがあるのだな」と他人事のように感心した。
そしてその噂を四郎は絶賛放置している最中である。
直接問いただされたことがないから、肯定も否定もしようがなかったというのもあるが、四郎にとってそんな噂は女性と恋愛をすることと同じくらい「どうでもいい」ことであった。
しかしそういった四郎の思考や態度は、同僚たちには理解しにくいらしく、「なにをしでかすかわからない男」という評価をもちょうだいして、ついでに距離も置かれているのだった。
「――それが瓜生透也の顔写真です。潜伏期間を考慮すれば、不精ひげなどが生えていると思いますが」
休日の予定が急遽取りやめとなった昼過ぎ。
女性保護局が入っているビル内の会議室で、四郎は別の課の七瀬から渡された資料に目を通していた。
瘦せこけた頬、病人のような黄土色の肌、落ちくぼんだ眼窩――。
瓜生透也の瞳はしかし、病的なまでにギラギラと輝いているさまが、写真越しにも伝わってくるようだった。
「これから土岐さんに警護していただく瓜生千世さんの父親です。千世さんに加害するか、あるいは拉致、誘拐のために彼女に接触してくる可能性が高いので土岐さんに――……聞いてますよね?」
「――ああ、痛めつけてやればいいんだろう?」
「ハア……」
四郎としては軽い冗談のつもりだったのだが、その気持ちは七瀬には伝わらなかったようだ。
四郎より七つ歳下の七瀬は、しかし人生の先輩である四郎のことを厄介な相手だと思っていることを隠そうとはしなかった。
四郎はそれに腹を立てたりはしない。ましてや突如として暴力を振るうなどという凶行に及ぼうとは考えはしないのだが、七瀬にはそうとは思われていないらしかった。
「瓜生透也には軍歴があります。除隊後にはPMCで働いていた経歴もあります。正直に言ってまったく油断できない相手だと僕は思っています。たしかにもう結構な年齢ですが……じゅうぶん、気をつけてください。――聞いてますよね?」
「ああ」
四郎が七瀬から渡されたタブレットの画面を軽くフリックすれば、ページがスライドして新たな写真が現れた。
恐らく二〇歳に満たないだろう、まだ少女の面影が残る若い女性が無表情でこちらを見ている、ポートレートだ。
「そちらの写真が千世さんです」
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