11 / 40
(11)
しおりを挟む
「じゃあ相性診断でも受けたらどうだ」
うんざりとした顔と声で言ったのは、日ごろから四郎の言動に悩まされている警護課の課長である奥村だった。
千世を連れて女性保護局を訪れた朔良が、四郎と出くわしてからわりとすぐに、七瀬が四郎の上司である奥村を呼びに行ったのだ。
しかし土岐四郎という男は、直属の上司である奥村に対して恭しい態度は取りはするものの、それが表面上だけのことだということは、四郎の本性を知る人間であればだれでもわかることだった。
それでも、一応は敬う態度は見せてくれる。一応は。
しかしこの場では、それが重要だった。
「また問題を起こしたのか、土岐」
奥村が心底うんざりした顔を見せても、四郎は動じない。
たとえハナから上司に疑ってかかられても、それに傷つく繊細な心を四郎は持ち合わせてはいなかった。
「起こしてませんよ」
「じゃあなんで私が呼ばれたか、わからないと言うのか」
「はい」
四郎は好青年のごとき微笑を浮かべて、朗らかな声でそう言い放った。
「……こちらの女性に絡んで困ると聞かされたぞ」
奥村は、朔良の背に隠されている千世を一瞥する。
千世は新たに現れた四郎の上司を前にして、いよいよ戸惑いを強くしていた。
朔良は、相変わらず渋い顔のままだ。
奥村を連れてきた七瀬は、警戒と呆れがにじんだ表情をして、四郎を見ていた。
「彼女個人に興味があるんです。それだけです」
「それが問題なんだ。護衛官なら、保護局を訪れた女性に対して不用意な接触をするのは慎むべきだ」
「そうですか」
「だからなんだ」という四郎の言葉が続きそうな、白々しい声だった。
奥村の諫める言葉が、まったく四郎の中で響いていないことは、明らかだった。
奥村は眉間のしわを深くして、ため息をついた。
土岐四郎という男に対して、懲戒などの処分をちらつかせても意味がないということを、上司である奥村はよくよく知っていた。
同時に、四郎が女性に対してその興味を向けていることに、奥村は内心でおどろく。
四郎が男にも女にも興味を持たないことは、局内では有名な話だったからだ。
その思考回路に難はありはするものの、腕っぷしは一番強く、かつ警護対象である女性に余計なちょっかいをかけないという点においては、四郎は使いやすい部下ではあった。
しかし今の四郎は瓜生千世に対して、獲物を奪われたヒグマのごとき恐るべき執着心を見せている。
こちらがいかな搦め手を繰り出そうと、今の四郎はテコでも動かないだろうという予感を、奥村は抱いた。
奥村には、朔良の後ろにいるまだ少女の面立ちが抜けない千世のなにが四郎の琴線に触れたのかは、わからない。
それはわからなかったものの、ただ四郎が千世に異様な執着心を見せていることだけは、理解できた。
そして奥村ひとりの膂力では、四郎を引きずって持ち帰ることができないことも。
だから言ったのだ。
「じゃあ相性診断でも受けたらどうだ。相性が良ければ、大手を振って彼女と会える」
奥村の提案に、七瀬は「ええっ?!」とあからさまに大きな声を出しておどろいた。
実際のところ、奥村にとっても、それは苦し紛れの言葉だった。
奥村には、四郎の思考など理解が及ばない。
だから奥村がそう提案したところで、四郎がそれに乗るかどうかは未知数だった。
奥村が口にした「相性診断」とは、二者間で子供ができやすいかどうかの相性を測る――というものだ。
これで優良な結果が出れば、四郎が瓜生千世に接触したとて、文句を言う輩はほとんどいなくなるだろう。
今の社会では、とにかく子供を儲けよという方針で、子供を作ることが絶対の正義なのだから。
「わかりました」
奥村の予想に反して、その提案を四郎は素直に了承した。
奥村からすると四郎が「そんなこと知るか」と言い出して、話がふりだしに戻る確率はそれなりにあったのだが、四郎は相性診断を受ける気になったらしい。
七瀬にとっても四郎の返答は意外だったのか、また「えっ?!」と声を上げる。
奥村は、腹芸のできないタイプだなと思って七瀬を一瞥した。
奥村にとってその提案は苦肉の策だったものの、四郎と千世では、相性優良な結果が出ないだろうという予測もあった。
奥村は朔良の上司ではないものの、彼が起こした「問題」については把握していた。
そして瓜生千世が最低ランク女性に格付けされていることも。
もとより、妊娠能力の低い女性が相手なのだ。相性診断でいい結果はまず出ないだろう――。
それは奥村以外の人間も――七瀬や、朔良でさえも思ったことだった。
まさか四郎と千世の相性が、「これ以上ないほどに最高」の太鼓判を捺されることになろうとは、このときのだれも予想していなかった。
うんざりとした顔と声で言ったのは、日ごろから四郎の言動に悩まされている警護課の課長である奥村だった。
千世を連れて女性保護局を訪れた朔良が、四郎と出くわしてからわりとすぐに、七瀬が四郎の上司である奥村を呼びに行ったのだ。
しかし土岐四郎という男は、直属の上司である奥村に対して恭しい態度は取りはするものの、それが表面上だけのことだということは、四郎の本性を知る人間であればだれでもわかることだった。
それでも、一応は敬う態度は見せてくれる。一応は。
しかしこの場では、それが重要だった。
「また問題を起こしたのか、土岐」
奥村が心底うんざりした顔を見せても、四郎は動じない。
たとえハナから上司に疑ってかかられても、それに傷つく繊細な心を四郎は持ち合わせてはいなかった。
「起こしてませんよ」
「じゃあなんで私が呼ばれたか、わからないと言うのか」
「はい」
四郎は好青年のごとき微笑を浮かべて、朗らかな声でそう言い放った。
「……こちらの女性に絡んで困ると聞かされたぞ」
奥村は、朔良の背に隠されている千世を一瞥する。
千世は新たに現れた四郎の上司を前にして、いよいよ戸惑いを強くしていた。
朔良は、相変わらず渋い顔のままだ。
奥村を連れてきた七瀬は、警戒と呆れがにじんだ表情をして、四郎を見ていた。
「彼女個人に興味があるんです。それだけです」
「それが問題なんだ。護衛官なら、保護局を訪れた女性に対して不用意な接触をするのは慎むべきだ」
「そうですか」
「だからなんだ」という四郎の言葉が続きそうな、白々しい声だった。
奥村の諫める言葉が、まったく四郎の中で響いていないことは、明らかだった。
奥村は眉間のしわを深くして、ため息をついた。
土岐四郎という男に対して、懲戒などの処分をちらつかせても意味がないということを、上司である奥村はよくよく知っていた。
同時に、四郎が女性に対してその興味を向けていることに、奥村は内心でおどろく。
四郎が男にも女にも興味を持たないことは、局内では有名な話だったからだ。
その思考回路に難はありはするものの、腕っぷしは一番強く、かつ警護対象である女性に余計なちょっかいをかけないという点においては、四郎は使いやすい部下ではあった。
しかし今の四郎は瓜生千世に対して、獲物を奪われたヒグマのごとき恐るべき執着心を見せている。
こちらがいかな搦め手を繰り出そうと、今の四郎はテコでも動かないだろうという予感を、奥村は抱いた。
奥村には、朔良の後ろにいるまだ少女の面立ちが抜けない千世のなにが四郎の琴線に触れたのかは、わからない。
それはわからなかったものの、ただ四郎が千世に異様な執着心を見せていることだけは、理解できた。
そして奥村ひとりの膂力では、四郎を引きずって持ち帰ることができないことも。
だから言ったのだ。
「じゃあ相性診断でも受けたらどうだ。相性が良ければ、大手を振って彼女と会える」
奥村の提案に、七瀬は「ええっ?!」とあからさまに大きな声を出しておどろいた。
実際のところ、奥村にとっても、それは苦し紛れの言葉だった。
奥村には、四郎の思考など理解が及ばない。
だから奥村がそう提案したところで、四郎がそれに乗るかどうかは未知数だった。
奥村が口にした「相性診断」とは、二者間で子供ができやすいかどうかの相性を測る――というものだ。
これで優良な結果が出れば、四郎が瓜生千世に接触したとて、文句を言う輩はほとんどいなくなるだろう。
今の社会では、とにかく子供を儲けよという方針で、子供を作ることが絶対の正義なのだから。
「わかりました」
奥村の予想に反して、その提案を四郎は素直に了承した。
奥村からすると四郎が「そんなこと知るか」と言い出して、話がふりだしに戻る確率はそれなりにあったのだが、四郎は相性診断を受ける気になったらしい。
七瀬にとっても四郎の返答は意外だったのか、また「えっ?!」と声を上げる。
奥村は、腹芸のできないタイプだなと思って七瀬を一瞥した。
奥村にとってその提案は苦肉の策だったものの、四郎と千世では、相性優良な結果が出ないだろうという予測もあった。
奥村は朔良の上司ではないものの、彼が起こした「問題」については把握していた。
そして瓜生千世が最低ランク女性に格付けされていることも。
もとより、妊娠能力の低い女性が相手なのだ。相性診断でいい結果はまず出ないだろう――。
それは奥村以外の人間も――七瀬や、朔良でさえも思ったことだった。
まさか四郎と千世の相性が、「これ以上ないほどに最高」の太鼓判を捺されることになろうとは、このときのだれも予想していなかった。
21
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜
来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。
望んでいたわけじゃない。
けれど、逃げられなかった。
生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。
親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。
無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。
それでも――彼だけは違った。
優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。
形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。
これは束縛? それとも、本当の愛?
穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
黒瀬部長は部下を溺愛したい
桐生桜
恋愛
イケメン上司の黒瀬部長は営業部のエース。
人にも自分にも厳しくちょっぴり怖い……けど!
好きな人にはとことん尽くして甘やかしたい、愛でたい……の溺愛体質。
部下である白石莉央はその溺愛を一心に受け、とことん愛される。
スパダリ鬼上司×新人OLのイチャラブストーリーを一話ショートに。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
好きな人に『その気持ちが迷惑だ』と言われたので、姿を消します【完結済み】
皇 翼
恋愛
「正直、貴女のその気持ちは迷惑なのですよ……この場だから言いますが、既に想い人が居るんです。諦めて頂けませんか?」
「っ――――!!」
「賢い貴女の事だ。地位も身分も財力も何もかもが貴女にとっては高嶺の花だと元々分かっていたのでしょう?そんな感情を持っているだけ時間が無駄だと思いませんか?」
クロエの気持ちなどお構いなしに、言葉は続けられる。既に想い人がいる。気持ちが迷惑。諦めろ。時間の無駄。彼は止まらず話し続ける。彼が口を開く度に、まるで弾丸のように心を抉っていった。
******
・執筆時間空けてしまった間に途中過程が気に食わなくなったので、設定などを少し変えて改稿しています。
身代りの花嫁は25歳年上の海軍士官に溺愛される
絵麻
恋愛
桐島花は父が病没後、継母義妹に虐げられて、使用人同然の生活を送っていた。
父の財産も尽きかけた頃、義妹に縁談が舞い込むが継母は花を嫁がせた。
理由は多額の結納金を手に入れるため。
相手は二十五歳も歳上の、海軍の大佐だという。
放り出すように、嫁がされた花を待っていたものは。
地味で冴えないと卑下された日々、花の真の力が時東邸で活かされる。
イケメン警視、アルバイトで雇った恋人役を溺愛する。
楠ノ木雫
恋愛
蒸発した母の借金を擦り付けられた主人公瑠奈は、お見合い代行のアルバイトを受けた。だが、そのお見合い相手、矢野湊に借金の事を見破られ3ヶ月間恋人役を務めるアルバイトを提案された。瑠奈はその報酬に飛びついたが……
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる