この三人交際にマニュアルは存在しない。

やなぎ怜

文字の大きさ
31 / 40

(31)

しおりを挟む
 千世は、己の過去には触れないようにしつつ、朔良との出会いやその思いについて控えめに話した。

 千世はそんなことを今までに一度もしたことがなかったので、言語化するのには手間取ったが、雪野麗はそれを微笑ましく見守っていた。

 たどたどしいながらに朔良への思いを口にする――言葉にする千世を見ていれば、なるほど庇護欲がかきたてられるわけだと、また雪野麗も納得した。

 一方の千世は、医師やカウンセラーでもない相手に自身の思いを――しかも極めて個人的な、恋慕の情を――吐露したことで弾みがついたのか、思い切って雪野麗に相談を持ちかける。

「へえ、土岐さんのことが気になってるんだ」

 からかうでもない、素直に感心するような語調の雪野麗に、千世は内心でホッと安堵の息を吐いた。

「『女の子に言い寄られて悪い気がしない男はいない』とは言うけど……土岐さんってクセがありそうだもんね」

 雪野麗は土岐四郎についてはよく知らない。

 しかし短いながらに言葉を交わした範囲では、まったく話が通じない相手ではなさそうだったものの、雪野麗の担当官を務める朔良と会話をしているときには、その「クセ」がありそうな片鱗が見えた気がする。

 だから千世にもその印象をそのまま伝えたが、彼女が認識している土岐四郎像というものも、そう大差はないらしいことがわかった。

「お礼に、『撫でろ』って言ってきたりとか……」
「それはまた……。っていうか土岐さんってそういうひとなんだ」

 雪野麗は、護衛官という職業柄、当然のようにガタイのよい成人男性である土岐四郎が、この成人したばかりの、まだ少女という形容が似合う千世に頭を撫でることをねだるさまを想像し、なんだかむずがゆい気持ちになった。

 乾いた笑いが浮かんでしまう雪野麗には気づいていないらしく、千世はそのまま話を続ける。

「わたしは……今思い返すと、そうするのはイヤじゃ、なかったんですけど」
「うん」
「でも、朔良さんの前でするのは、なんだか、ためらってしまったというか……」
「そっか。恋人の前で、恋人じゃないひとと親しくするのは……って感じになったのかな」
「! そうです。きっと……」

 雪野麗の表現が正鵠を射たとばかりに、千世は少しだけ目を見開いて、何度かうなずいた。

「でも……わたしはたぶん、土岐さんに惹かれている……気がします。『あのとき撫でてあげればよかった』と、あとから思ってしまったので、きっと……」
「でもそれって悪いことじゃないでしょう」

 雪野麗は千世の女性としてのランクを知らなかったが、ランクがどうであれ、女性が多くの男性と関係を持つことは政府が推奨しているのだ。

 雪野麗は今のところ、男性と関係を持つようなことを避けているが、宮城朔良という恋人がいる千世がそうではないことは、わかりきっている。

 あるいは、千世は単婚モノガミー主義者なのかとも考えたが――。

「……朔良さんが、土岐さんのことをどう思っているか、わからないところがあって……」

 雪野麗は、千世から出てきたその言葉のいじらしさに、自然と口元に笑みが浮かんでしまうのを感じた。

「そかそか。宮城さんのことを大切にしたいから、慎重になっちゃうんだね」
「……そう、そうです」
「でも土岐さんと話してる宮城さんは普通……というか、むしろ多少なりとも親しさがあるように感じられたけど」

 雪野麗はそこで言葉を切ってから思い直し、「……まあ、私より瓜生さんの印象のほうが参考になるとは思うけど」とつけ加える。

 しかし仕事上、かかわり合いになるのが避けられないとは言えども、土岐四郎と接する宮城朔良に、にじみ出るような嫌悪や冷淡さは感じられなかった――というのが、雪野麗の見解だった。

 むしろ軽口をたたき合えるていどには、互いに親しみを感じている様子だ。

「瓜生さんは、それを素直に言葉にした方がいいと思うよ。瓜生さんのほうがわかってると思うけど、宮城さんは頭から否定してくるようなひとじゃないし」
「はい……。朔良さんは、いつもわたしに優しくしてくれます」
「それに土岐さんも。話が通じないって言うわけじゃないだろうし……土岐さんについては瓜生さんのほうが断然詳しいと思うけど」

 雪野麗は、「それに」と言葉を続ける。

「土岐さんの瓜生さんを見る目……なんか柔らかかったし」
「そう、なんですか?」

 千世は不思議そうにまばたきをした。

「まあなんにせよ、言葉にしない限り話にならないと思うし……あのふたりなら、瓜生さんの気持ちを真剣に考えてくれるんじゃないかな」

 雪野麗のアドバイスを真剣なまなざしで受け止めた千世は、決意のにじんだ声で「はい」とだけ言った。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜

来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。 望んでいたわけじゃない。 けれど、逃げられなかった。 生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。 親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。 無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。 それでも――彼だけは違った。 優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。 形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。 これは束縛? それとも、本当の愛? 穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

黒瀬部長は部下を溺愛したい

桐生桜
恋愛
イケメン上司の黒瀬部長は営業部のエース。 人にも自分にも厳しくちょっぴり怖い……けど! 好きな人にはとことん尽くして甘やかしたい、愛でたい……の溺愛体質。 部下である白石莉央はその溺愛を一心に受け、とことん愛される。 スパダリ鬼上司×新人OLのイチャラブストーリーを一話ショートに。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

好きな人に『その気持ちが迷惑だ』と言われたので、姿を消します【完結済み】

皇 翼
恋愛
「正直、貴女のその気持ちは迷惑なのですよ……この場だから言いますが、既に想い人が居るんです。諦めて頂けませんか?」 「っ――――!!」 「賢い貴女の事だ。地位も身分も財力も何もかもが貴女にとっては高嶺の花だと元々分かっていたのでしょう?そんな感情を持っているだけ時間が無駄だと思いませんか?」 クロエの気持ちなどお構いなしに、言葉は続けられる。既に想い人がいる。気持ちが迷惑。諦めろ。時間の無駄。彼は止まらず話し続ける。彼が口を開く度に、まるで弾丸のように心を抉っていった。 ****** ・執筆時間空けてしまった間に途中過程が気に食わなくなったので、設定などを少し変えて改稿しています。

ヤンデレにデレてみた

果桃しろくろ
恋愛
母が、ヤンデレな義父と再婚した。 もれなく、ヤンデレな義弟がついてきた。

身代りの花嫁は25歳年上の海軍士官に溺愛される

絵麻
恋愛
 桐島花は父が病没後、継母義妹に虐げられて、使用人同然の生活を送っていた。  父の財産も尽きかけた頃、義妹に縁談が舞い込むが継母は花を嫁がせた。  理由は多額の結納金を手に入れるため。  相手は二十五歳も歳上の、海軍の大佐だという。  放り出すように、嫁がされた花を待っていたものは。  地味で冴えないと卑下された日々、花の真の力が時東邸で活かされる。  

イケメン警視、アルバイトで雇った恋人役を溺愛する。

楠ノ木雫
恋愛
 蒸発した母の借金を擦り付けられた主人公瑠奈は、お見合い代行のアルバイトを受けた。だが、そのお見合い相手、矢野湊に借金の事を見破られ3ヶ月間恋人役を務めるアルバイトを提案された。瑠奈はその報酬に飛びついたが……

処理中です...