ありきたりな運命と呼んで

やなぎ怜

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「つがい」となるには性交渉は必須だった。だから、わたしと天は実に機械的にそれをこなした。

 天は最後まで「いいのか」と問うてきたが、わたしが首を横に振ることはなかった。

 単純に、土壇場で降りるなんて行為は「ダサい」と言う、ちっぽけなプライドがあったのもある。

 でもそれ以上に天が相手なら「いい」のだと強く思っていたから、わたしは「やっぱやめ」などと御破算にするような言葉を言わなかったわけである。

 そして最後の最後まで、わたしはなぜ己が天とそうなることを「いい」と思っていたのか、わからなかった。理由を見つけられなかった。

 しかしそんなことは天には言えなかった。言えば、不安にさせるような気がしたのもある。

 けれども大半は恰好をつけたかったのが理由だ。颯爽と天の前に現れて、天の問題を鮮やかに解決する――。そんな自分に、少々酔い痴れていたのもまた事実。

 天の前では頼りがいがあって、余裕のあるアルファを演じたかったのだ。

 だからわたしは涼しい顔をして天とセックスをしたし、あの突飛な提案に自分で驚いていたくせに、そんなことはおくびにも出しはしなかったわけである。


 わたしたちは表向きは思い合って「つがい」になったのだ、ということにした。そうでなければ両親にいらぬ心配をかけるだろうと思ったのだ。

 親たちは早急に映っただろうわたしたちの行為を批難することはなかったが、たしなめられはした。つまりは、「もっとよく考えてからでもよかったんじゃないか」ということである。

 わたしが第三者であればきっと同じように思っただろう。口に出すかどうかは別として。

 けれどもわたしたちはそれを「よく考えた結果なのだ」と――真実を知るわたしたちからすれば――言い訳めいた言葉で、押しつぶした。

 当人たちが頑なでは、聞く耳を持たないと考えたのか、親たちはじきに文句にも似た言葉を口にすることをやめた。

 わたしと天は双方の両親公認のもと、遅ればせながら嘘だらけの交際をスタートさせた。

 その中で、一番の嘘つきは間違いなくわたしだった。

 双方の両親に嘘をついて、天にも嘘をついた。わたしは天と「つがい」になるメリットについて、嘘八百を並べて彼を丸め込んだのだ。

「わたし、だれかを好きになったことがないから。だから他の人から告白されたり、迫られたりするのって鬱陶しいんだよね」

 セリフだけ見れば「勘違いモテ女気取りの痛いヤツ」といった感じである。それは、わたしにもわかっていた。けれどもこれ以上によい言い訳が思い浮かばなかったので、結局こんなセリフになったのである。

 しかし学校に通えていない天は、わたしが本当にモテているのかいないのかなんてことは、わかりっこない。なので、一応はこちらの言い分を信じたようであった。

 もちろんそんな軽薄な理由で、「つがい」を作るのかとは問われた。

 しかしアルファは一方的に「つがい」契約を破棄できるし、オメガと違ってデメリットも存在しない。

「だからと言って加持くんとの契約を一方的に解除したりしないよ」

 緊張がピークに達し、「ゾーンに入った」ような状態のわたしは、普段とは違う雄弁さを見せて天に言う。

 天は少し考えるような素振りを見せたが、結局はそれでひとまず納得したようだった。


 天とつがいになったことで、互いの呼び方も変わった。変わらないほうが不自然だと熱弁したのはわたしだったが、真実は単にわたしが天のことを呼び捨てにしたいだけだった。

 友達が少なく、また勝手に線引きをしがちで親しくなれないわたしにとって、下の名前を呼び捨てるという行為には、特別な意味があった。

 ……そんなことは、恐らく天にはわからなかったのだろう。天は素直にわたしの言い分を信じて、わたしのことを「涼風」と呼ぶようになった。


 そしてわたしは天の社会復帰を手伝うことになった。

 具体的には勉強を教えることになった。心機一転、高校への進学で仕切り直しをしようと提案して、天はわたしと同じ志望校を目指すことになったのである。

 地元からはちょっと離れた進学校であり、通っている中学から受験を希望している生徒は少なかったので、ちょうどいいと思ったのだ。

 かつてオメガの知性はアルファやベータには劣るという迷信があったが、それは現在では否定されている。事実、天は呑み込みも早く、教えていて苦労はほとんどなかった。

 むしろ勉強の時間を重ねるにつれて、わたしのほうが頑張らねばと思うくらいであった。


 天は結局保健室にすら登校せず中学を卒業した。

 そして特に危なげもなく志望校に合格し、わたしと天は晴れて同じ高校に通うことになれたのだった。


 天は約束をたがえなかった。高校にはきちんと通って社会復帰する、というわたしたちのあいだで決めた目標は、きちんと守っている。

 やはり地元から離れた高校を選択したことは天にとってよく働いたようだった。

 他者から魅力的に映る容貌をした天は、あっという間に校内では知る人ぞ知る美少年という扱いに収まった。

 小学校時代と違って体育の成績はそこそこだったが、それ以外の成績はよかったので、天は「アルファではないか」と噂されるようになっていた。

 長いブランクがあったので、当初はぎこちなかった態度も、次第に馴染んで友人関係も豊かになった。……わたしとは違って。

 わたしと天が「つがい」であることは基本的に秘密だった。発情期を迎えても天のフェロモンはわたししか誘引しないので、周囲のほとんどの人間は、天がオメガであるとはまったく気づいていないようだった。

 一部の人間は天がオメガであると気づいていたようだったけれど、たいていの人間は見目麗しく優れた成績をマークする天を、アルファだと思いたがっているようだった。

 天にとって、そういう状況は悩ましいものでもないだろう。オメガのフェロモンで他者を誘惑することを恐れていた天からすれば。

 けれどもわたしはときどき叫び出したくなるのだ。天はオメガで、わたしの「つがい」なのだと。

 ――あ、わたし天のことが好きなんだ。

 遅まきながら――本当に遅まきながらそんな気づきを得る。

 けれども現実のわたしは、天とビジネスライクな関係を築くと契約したあとだった。

「あとの祭り」という言葉はこういうときに使うんだろうなと膝を打つ。


 天とはたまに一緒に課題をこなしたり、勉強を教え合ったりしていたが、それ以上のなにか恋人らしい行いには発展しなかった。

 セックスはしていたが、それは天の発情期に限るものだ。発情期に肥大する性欲は、性交渉で発散させるのがもっとも手っ取り早い。その手っ取り早い選択を天が望んだので、わたしはそれを受け入れていた。

 それはとうてい、「恋人らしい行い」とは言えないだろう。むしろ、その極北にあるのがわたしたちのセックスだった。
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