後宮怪談

やなぎ怜

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霞草の妃

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 ……これですか? 「子宝石こだからいし」と呼ばれるものです。

 ご興味がおありで?

 それではひとつ、この石にまつわる話をいたしましょうか。


 この子宝石は、今は没落した、とある貴族の家系に代々受け継がれていた代物なんです。

 使い方は……ええと、シモの話になってしまうんですが。

 この子宝石をですね……女性器に入れるんです。

 すると、男児を妊娠しやすくなるとか。

 ……ええ、もちろん、そういう「いわれ」があるというだけで、実際に今ここにあるこの石がそういう使われ方をされてきたのかはわかりません。

 でもなんだかそんな謂れを聞いてしまうと、ちょっと直接触るのはためらわれますよねえ。

 それに、なんだか執念だとか、そんな情念がこもっていそうな気がしませんか?

 まあそれも、骨董品の醍醐味と言えば、そうなのかもしれませんが。


 この子宝石の最後の持ち主のご令嬢は、色々あって後宮に入ったそうで、子宝石はそのときに持たされたものらしいですよ。

 ええ、まだ後宮なんてものがあった時代の話です。

 そのご令嬢は、後宮では「霞草かすみそうの妃」と呼ばれていたとか。

 後宮では妃たちはみな花の名前をつけられたそうですよ。

 でも、先の王さまはどの花にも見向きもせず、正妃である薔薇の妃を愛されたとか。

 ……まあ、それでお家断絶と相成ったわけですが。


 おっと、この子宝石の話をしていたんでしたね。話がそれました。申し訳ない。


 ……それで、霞草の妃は実際にこの子宝石を使った、と伝えられています。

 そして、見事に王さまの子を懐妊したと。

 ただ、その子が男児だったかどうかまでは伝わっていないんですよ。


 ……怪談話とかって、大丈夫ですか?

 もうずいぶんと昔の話ですから、怖いと言うより単に不気味なだけの話だとは思いますが、一応。


 ……ええ、それで霞草の妃は王さまの子を妊娠したんですけれど……。

 あるとき、先祖代々伝わる子宝石がですね、すり替えられていたことに気づいたんですよ。

 なので、今ここにある子宝石は実は偽物なんです。

 残念ながら、本物はここにはありません。

 霞草の妃が偽物だと気づいたということは、ここにある偽物の子宝石と、本物には違いがあるんでしょうけれども、それがどんなものだったのかまではわからないんです。


 霞草の妃がどの時点で子宝石がすり替えられていた事実に気づいたかはわかりません。

 けれども妊娠後の話でしょうね。

 出産予定日を大幅に過ぎても霞草の妃が出産する気配はなく、お腹は大きいままだったそうですので、そのあたりでなにかおかしいことに気づいたのかもしれません。


 霞草の妃は密かに様々な堕胎術を試したらしいです。

 けれどもお腹の子はどんな方法を試しても流れなかったし、産まれても来なかった。

 色々と、霞草の妃自身の身体も危なくなるようなこともしたんでしょうね。

 あるとき、霞草の妃は危篤に陥った。

 霞草の妃は王さまの子を妊娠しているわけですから、せめてお腹の子だけでもどうにか取り上げようとしたのかもしれません。

 帝王切開が行われたそうです。

 でもそれは成功しなかったんです。

 母体も、そのお腹の中にいた子供も助からなかった。

 それどころか、帝王切開をした医者たちもみんな死んだんですって。

 ええ、帝王切開をしたその場で。

 一度に、みんな。


 ……その場でなにがあったのか、正確なことは伝わっていません。

 ただ霞草の妃も、その子も、医者たちも、学者先生曰く、全員同じ年に亡くなったことだけは確からしいですよ。

 ただ子供の性別は伝わっていないそうです。


 あとは与太話ならたくさんありますね。

 子供は実は生きていたとか、実は子供は悪魔の子で、霞草の妃や医者を殺したのはその子供だとか……。

 与太話ですよ、与太話。

 でも王朝が断絶してしばらくしてから、霞草の妃の子供を名乗る詐欺師が現れたりした事件もありましてね。

 結構、このときの霞草の妃の子供の生存説は根強いらしいです。


 でも当時から、霞草の妃のお腹の子が本当に王さまの子かどうかは疑われていたと聞きました。

 もし王さまの子ではなかったとしたら……いったいだれの子を宿していたのか。

 なにを妊娠していたのか。

 ……はは、あざとい怪談話はここまでにしましょうか。


 え? 嘘はひとつもついていませんよ。

 ただここにある子宝石は偽物です。

 すり替えられた本物が、どこのだれの手に渡ったのかはきっともうだれにも知りようのないことです。

 ここにある偽物の子宝石がなんなのかも。


 ……それで、この子宝石、買ってみます?

 長話を聞いてくれたお礼です。特別にお安くしときますよ。
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