オメガバース世界へ召喚されたら彼氏(α)が私(Ω)を妊娠させようとしてくる件について

やなぎ怜

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 家族や友人にはもう二度と会えないと告げられて、泣かなかった私は薄情者なのかもしれない。

 ――異世界召喚。そんなものに巻き込まれるなんて、ちょっと前の私は微塵も考えはしなかった。

 そういうカルチャーのジャンルがあること自体は知っていたし、いわゆる「お約束」的なものも薄ぼんやりと知っている。そしてそこにはある種の「夢」みたいなものがあるということも。

 けれどもそれが現実に起こって欲しいかどうかと問われたら、それはそれ、これはこれ。

 別に私は現実に失望してもいなかったし、別世界で冒険したいなんていうアクティブな願望もない。わたしは生粋のインドア派だからだ。

 しかしことは起こってしまった。

 それは恋人の誠也せいやくんとイチャイチャ……はしてなかったけれども、まあそれなりに仲睦まじく学校から帰宅の途に就いていたときのこと。

 なんだろう、目の前に小さな光が明滅しているなーと思った瞬間には、私たちは巨大な光源の中にいた。

 そしてあまりに巨大な光にひるみ、閉じていた目を次に開いた瞬間、もうすでに私たちは異世界というところにいたわけである。

 ざっと説明してみたが、唐突でわけがわからない。

 そこへ更に輪をかけて「神子様、わたしたちの世界をお救いください」などと声を揃えて言われては、思考回路がショートしても不思議ではないだろう。

 生来から引っ込み思案でアドリブに弱い私とは違い、ファッションモデルなんてものをしている誠也くんは、そこからテキパキと事情を聞き出しにかかった。

 そこでわかったのは私たちはもう二度と元の世界には帰れないという、あまりにも残酷すぎる事実だった。

 ……と言ったものの、それは客観的な視点で物事を判断した場合に限る。

 なぜなら私も誠也くんも、その事実を聞かされて呆然としたものの、泣きわめいたり、怒り出したりはしなかったからだ。

 多分、私たちは元の世界や元の世界にいる家族なり友人なりに対して、薄情なんだと思う。

 私たちはお世辞にも「温かい家庭」だとか、「仲の良い家族」なんてものを知らないから、元の世界を渇望するとか、そういう心境になりはしなかったのだろう。

 だからと言って急に異世界召喚という名の拉致事件の当事者にされて、うんざりしなかったかと問われれば、それはまた別なのだが。

 とにかく幸いだったことは、私には誠也くんがいたことで、誠也くんには私がいたことだ。

 互いに心から信頼できる相手がいるのといないのとでは、突発的な不幸に見舞われたとしても、ある程度平静を保つことができる。それを、異世界召喚に巻き込まれて私たちは痛いほど理解した。

 思ったよりも私たちが冷静であることに、異世界の人たちはホッとしているようだった。

「もう帰れないならじたばたしても仕方ない」

 というのが誠也くんの言だ。それを聞いて、私も潔く腹を括った。

 とにかく親という強力な庇護者なしに突如として異世界へ放り出されてしまった私たちは、ひとまず異世界人召喚などというものを実行した彼らの言葉に耳を傾けることにした。

 というか、そうする以外の選択肢はなかったのが正直なところなのだが、「まあ話を聞いてあげますよ」と上から目線の態度でいることで優位性をつかみたかったのも事実である。

 異世界の人たちが私たちにして欲しいことはひとつ。

 神々へ人民の請願を届けるための聖地巡礼の旅へと定期的に出て欲しい。

 衣食住はすべて補償するし、一度聖地巡礼の旅を終えれば国庫から年金も出る。その後は一〇年に一度ほど同じように巡礼の旅をして欲しい――。

 なんでも、この世界は元々は私たちと同じ異なる世界の人間が、神に使わされて降臨し、作り上げたものらしい。

 だから巡礼の旅をして神々に請願を届けられるのも異世界人にしかできないことなのだそうだ。

「そういうものなのだ」と言われれば「そういうものなのか」と納得するしかないような理由である。

 私たちを召喚したと言う神官さんたちは平身低頭といった様子であったが、それが演技だと言われれば「まあそういう風にするよね」とも納得するような感じだ。

 だって普通は怒ったり泣いたりするだろうから、下手に出ておいたほうが損はないのだろう。

 そんな非常に腰の低い神官さんたちにひと通りの説明を受けたあと、私たちは召喚場所となった神殿のすぐ近くにある離宮へ腰を落ち着けることになった。

 目を見張るようなスカイブルーのタイルが張られた離宮は、内部も白と水色を基調にした美しい調度品で揃えられている。

 神殿は王宮の敷地内にあるもので、離宮と同じく敷地の隅にあるものだということは、私たちにあてがわれた年嵩のメイドさんから聞いた。

 神官さんたちの説明によれば、身体に問題がないかどうか、いわゆる健康診断を受けてもらい、その後国王と謁見してもらう……という話だった。

 健康診断なんてするんだ、というのが私の率直な感想だった。

 しかしまあ異世界からの人間なんて、どんな未知の病原菌を持っているかわからないだろうから、健康診断は妥当なところかと思った。

 ……だが、この健康診断の本当の目的を知るのは、存外すぐのこと。

「オメガ?」
「はい。タマキ様はオメガと診断されましたので、お手数おかけしますが陛下と謁見する際にはこちらの抑制剤を服用してもらいます」
「……オメガってなんですか?」

 個別に面会することになった典医だという優しそうな中年の女性は、頭上に大量のクエスチョンマークを浮かべる私の顔を見て、後ろに控えていた神官さんの顔をさっと見た。

 ……その時の顔がちょっと怖かったのは、ここだけの秘密だ。

 その後「説明していないのですか?」という呆れたような典医さんの言葉が続き、彼女はまた私の方を見て安心させるように微笑んだ。

 曰く、この世界には「男」と「女」とを分ける第一の性別がある。これは、私の世界でも同じだ。実際にはこの二分するやり方はひどく乱暴なものだと思うのだが、まあ今はそういう話をしているわけではないので割愛する。

 そして「男」と「女」という性別に加えて、「アルファ」「ベータ」「オメガ」という第二の性が存在しているのだそうだ。

 特徴としてオメガの男性は妊娠能力があり、アルファの女性は妊娠能力がある者を妊娠させることができる。

 また、アルファとオメガは「つがい」という特殊な関係を形成することができる。

 それからアルファとオメガは全体を見ても非常に数が少ないが、その代わりアルファは優秀な人間が多く、オメガはアルファを妊娠しやすい。

 ベータは大部分を占める性で、もっとも一般的な性別で、言ってしまえば平凡な性ということになる。

「それからオメガには発情期というものがあって、その際には他者を誘引するフェロモンを分泌するの。でも大丈夫よ。今は抑制剤の研究が進んでいるから、薬を飲めばほとんど抑えられるから。それからオメガは妊娠しやすいから一般的な避妊法はほとんど利かないものと思っておいたほうがいいわ」
「あのー……私がオメガって本当なんですか? 今の説明を聞いたら私ってベータだと思うんですけど……」
「間違いなくオメガよ。……あのね、怖がらないで欲しいんだけれど、オメガはアルファを妊娠する確率が高いから、世の中にはオメガを拉致してどうにかしようって輩もいるの。嘆かわしいことにね。だから本当に気をつけてね。外出したいときは護衛を連れて行くのよ?」

「そんな大げさな」と、平和ボケした日本と言う国で育ったわたしは思ったが、典医さんの尋常ならざる鋭い視線に晒され、その言葉を飲み込む。

 ちなみに私がオメガなどという第二の性は元々備わっていたものではない。当たり前だが。

 召喚によって次元とやらを超える際に肉体を作り変えられた結果、わたしは女性のオメガになった……ということらしい。

 異世界召喚は百歩、いや千歩ほど譲っていいとしても、まさか肉体まで作り変えられることになろうとは。この世界の神様とやらはなかなか鬼畜ではないか。

 典医さんは散々とオメガという性別がいかに稀少か、そしてその稀少性ゆえにいかに危険に晒されることが多いかを滔々と説いた。

 お陰で典医さんとの面談を終えるころには、私はちょっと外の世界が怖くなってしまっていた。

 特に発情期とフェロモンの話は強烈だった。

 三ヶ月に一度ほどオメガは発情期を迎え、他者を誘引するフェロモンを分泌する。

 それに誘引された人間によって引き起こされてきた悲劇は枚挙に暇がないとは、典医さんの弁である。

 発情期でわけもわからないまま、よくわからない人間を受け入れてしまうというのは、私にとっては恐怖以外の何物でもない。

 そして「つがい」。世の中には「運命のつがい」なる、出会った瞬間にビビビッと相手が「運命」だとわかってしまうアルファとオメガがいるらしい。

 これまた「運命」とやらに出会ったことで恋人や伴侶のもとから去ってしまうアルファやオメガ……というのもこの世界では普遍的な悲劇とのことだ。

 私は誠也くんが好きなので、その「運命」とやらには出来れば出会いたくないところである。

 ……そんな話たちを思い出して、典医さんに処方された抑制剤の入った紙袋の口をことさら強く握りしめてしまった。

 メイドさんに先導されながらも重い足取りで階段を降りる。典医さんとは離宮の三階にある応接室を使って話し込んでいたのだ。

 離宮の一階にある、私たちにあてがわれた客室のリビングへ戻ると、白いソファには誠也くんが座っていた。

 一足先に面談を終えていたらしい。しかしその顔色はあまり優れているとは言い難かった。

「あ、珠季たまき……どうだった?」

 私の存在に気づいた誠也くんが難しそうな表情を消して顔を上げる。

 私がなにかを言うより先にこちらの手の内にある紙袋を見つけた誠也くんが、不思議そうな顔をした。

「それは?」
「えっと……抑制剤」
「ってことは――」
「……うん。オメガ、だって。誠也くんも第二の性の話は聞いた?」
「うん。俺はアルファだって」
「そっか。……まあそうか」

 なぜなら誠也くんは勉強も運動も出来ておまけに顔がいい。

 典医さんは「ステレオタイプな論だけど」と前置きにしてはいたものの、一般的にアルファは容姿・心身ともに優れた人間が多いと言う。

 だからその話を聞いたとき、私は誠也くんはアルファだろうなと思ったのだ。

 しかし誠也くんは私の言葉を聞いてまた難しそうな顔をした。

「ねえ、『運命』については――」
「聞いた聞いた。なんか、ひと目でわかるらしいね?」
「らしい。けど」
「うん、私たちは違うみたい」

 典医さんによれば、「運命のつがい」はひと目見た瞬間に体に電気が走ったような感覚を覚えると言う。

 けれども私たちはそうじゃない。この異世界に来る前も、異世界に来たあとも、互いに対してそのような感覚を覚えたことはないということは、言葉を交わさずともわかっていた。

 そもそもの馴れ初めからして、私たちはひと目惚れなんてものを体験していない。

 ゆっくりと時間をかけて、ようやく相手が好きだと思って、それで恋人同士になった。

「……そうだね、違う」
「残念だった?」
「そりゃね。でも、俺たちはアルファとオメガだから、『つがい』にはなれる」
「まあ、そうだけど……」

 そうだけど、「つがい」になる条件はちょっとハードルが高い。

 典医さんによれば性行為をしている最中にアルファがオメガのうなじを噛む。するとオメガは「つがい」になったアルファにしか利かないフェロモンを分泌するようになる。

 それをもって「つがい」関係が成立したとみなされる――。

 ……私たちは未だに清い関係だった。

 キスまでは割とすぐ行ったのだが、そこから先は遅々として進まず、恋人関係になって半年経った今も、私は処女のままだった。

 別にそれがイヤだという話ではない。しかしキスから先に進みたいという気持ちがありながら、言い出せていないのもまた、事実だった。

 誠也くんとはキスをしても、それ以上の性的な関係もなければ話題に出したこともない。

 だから、なんとなく性的な、「いやらしい」イメージがある「つがい」の話を誠也くんからされて、私は落ち着かない気分になった。

 しかし誠也くんの方は、そうではないようだ。

「あのさ、珠季」
「ん?」
「俺と『つがい』になって欲しい」

 ……その言葉は、私にとっては爆弾にも等しかった。
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