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(2)オリヴィア視点
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オリヴィアがブルーム伯爵家のために婿取りを望まれているのは、ひとえに長男たるジニオが「こう」だからだ。
オリヴィアたちの母が、ウィスタリアとジニオを産む際は大変な難産だった。
ジニオが「こう」なってしまったのも、母が亡くなったのも、そのせいだと言われていた。
だからオリヴィアはなんとなくウィスタリアばかりを憎んだ。
ウィスタリアが、優しく美しかった母を奪ったような気になった。
ジニオにそういった感情をぶつけるのは憚られた。
彼は、そういう感情を当てつけるには、あまりに無垢すぎたからだ。
少しでもウィスタリアに、下の妹のローレリアのような可愛げがあれば、オリヴィアも抱いてしまった悪感情を胸にしまおうと努力しただろう。
けれどもウィスタリアはあまりにも無口で、無感情的で、無表情で、愛嬌があるなどとは口が裂けても言えなかった。
おまけになにをさせても落ちこぼれで、きわめつきに無気力。
オリヴィアは、そんなウィスタリアが嫌いだった。
こんな妹を持ってしまって恥ずかしいとさえ思っていたから、伯爵家とのつながりを求めてウィスタリアに持ち込まれた縁談には、オリヴィアは嘴を突っ込んで父に突っぱねさせた。
オリヴィアからすると、ウィスタリアは外へ嫁に出してしまうよりは、家に縛りつけておいたほうが、まだマシだった。
それに「知恵遅れ」の弟のジニオの世話をするていどのことは、ウィスタリアにも務まる。
まったく無垢な幼子のように振舞うジニオの純粋さは、ときに暴力という形で発露する。
精神はともかく、体はほとんど大人と同じになりつつあったから、これは伯爵家にとって悩みの種だった。
けれどもジニオは彼なりにウィスタリアを好んでいるらしく、この双子の姉の前ではまるで天使のようにニコニコと笑顔で機嫌がいい。
だから、オリヴィアとしては、ウィスタリアにはジニオの世話を生涯し続けてもらうほうが、都合がよかった。
ただでさえ身内に「知恵遅れ」がいるということで、良縁をつかむのが難しいのだ。
オリヴィアとしては頭を悩ますその種を、ひとつところに置いておけるのは、ちょうどよかった。
そういうわけでウィスタリアはほとんど社交の場には出ない。
ただ今回のように、未婚の、年頃の娘であるから、どうしても出なければならないときもある。
オリヴィアはそういうとき、気が重くなる。
オリヴィアは、うぬぼれではなく母譲りの美貌を誇っていたが、ウィスタリアはそうではない。
冴えない容姿、野暮ったい態度、まるで人形のように――いや、場合によっては人形よりも――愛嬌のない顔。
オリヴィアの美貌に嫉妬している令嬢は、オリヴィアが嫌がることをよく心得ている。
オリヴィアの前でウィスタリアを嘲笑えばいいのだ。
そうするとオリヴィアは、はらわたが煮えくり返るような怒りに駆られるし、恥ずかしさで消え入りたくなる気持ちにさせられる。
もちろん、そんなことはおくびにも出しはしないが――。
そして当のウィスタリアは、嘲笑われようが、遠巻きにされようが、まったく無気力なぼんやりとした顔で壁の花をしている。
オリヴィアの父も義母も、「恥ずかしい」と言って屋敷へ帰ればウィスタリアを叱責するが、彼女はまるで動じている様子はないのだった。
――いっそ、お産のときにジニオもろとも死んでしまえばよかったのに。
そんな、考えさえオリヴィアの頭をよぎる。
年頃の子女を集め、王宮で開かれた絢爛豪華な夜会の場も、オリヴィアにはなんだかくすんで見えた。
その夜も、屋敷に帰れば父と義母はウィスタリアに説教するのだろう。
オリヴィアはそう思っていたが、宴もたけなわをすぎたころ合いを見計らって、ブルーム伯爵家の面々――ただしジニオだけは屋敷に残っている――はそろって別室に通された。
そして告げられたのは、今から国王夫妻がじきじきにこの部屋をおとなう、という突然の話だった。
「――我が国で季節が巡らなくなり始めたのは、もう一〇年以上も前のことだな」
ブルーム伯爵家は困窮している貧乏貴族というわけではなかったものの、経済的に決して余裕があるわけでもなく、栄誉ともまたしばらく無縁だった。
「昨日、立てた巫女に『大精霊』が『愛し子』に心奪われているゆえに季節が停滞しているとの託宣がくだった」
オリヴィアはデビュタントの際に国王夫妻に目通りしてはいたものの、それ以来なんら縁はなかった。
オリヴィアは国王夫妻を前にして身が震えないよう抑えることに必死になる。
「そして――『愛し子』はブルーム伯爵家にいるとのことだ」
オリヴィアは、一瞬だけ息が止まった。
次にひと呼吸、空気を吸い込んだところで、様々な空想が脳裏をよぎっていった。
「……我が王室の意向としては、その『愛し子』を我が息子、アルバートの妃に迎え入れたいと考えておる」
「そ、それでその『愛し子』というのは……我が三人の娘のうち、だれなのでございましょう?」
少しだけ声を震わせて、オリヴィアの父、ブルーム伯爵が問うた。
オリヴィアは、きっと自分かローレリアだと思った。
そして「もし自分だったら」とまたたきのうちに空想した。
王子妃になりたいという、たいそうなことを考えたことはなかった。
けれどももし王子妃になれば、伯爵家の諸問題にオリヴィアが頭を悩ませる必要はなくなるだろう。
もしローレリアであっても、王室と縁づけば前よりも良い縁談に恵まれるだろうと考えられた。
オリヴィアの心に、希望の火が灯る。
けれどもその火は、また一瞬で消し飛んだ。
「――ウィスタリア・ブルームヘイヴン。そなたこそが『大精霊の愛し子』だ」
オリヴィアたちの母が、ウィスタリアとジニオを産む際は大変な難産だった。
ジニオが「こう」なってしまったのも、母が亡くなったのも、そのせいだと言われていた。
だからオリヴィアはなんとなくウィスタリアばかりを憎んだ。
ウィスタリアが、優しく美しかった母を奪ったような気になった。
ジニオにそういった感情をぶつけるのは憚られた。
彼は、そういう感情を当てつけるには、あまりに無垢すぎたからだ。
少しでもウィスタリアに、下の妹のローレリアのような可愛げがあれば、オリヴィアも抱いてしまった悪感情を胸にしまおうと努力しただろう。
けれどもウィスタリアはあまりにも無口で、無感情的で、無表情で、愛嬌があるなどとは口が裂けても言えなかった。
おまけになにをさせても落ちこぼれで、きわめつきに無気力。
オリヴィアは、そんなウィスタリアが嫌いだった。
こんな妹を持ってしまって恥ずかしいとさえ思っていたから、伯爵家とのつながりを求めてウィスタリアに持ち込まれた縁談には、オリヴィアは嘴を突っ込んで父に突っぱねさせた。
オリヴィアからすると、ウィスタリアは外へ嫁に出してしまうよりは、家に縛りつけておいたほうが、まだマシだった。
それに「知恵遅れ」の弟のジニオの世話をするていどのことは、ウィスタリアにも務まる。
まったく無垢な幼子のように振舞うジニオの純粋さは、ときに暴力という形で発露する。
精神はともかく、体はほとんど大人と同じになりつつあったから、これは伯爵家にとって悩みの種だった。
けれどもジニオは彼なりにウィスタリアを好んでいるらしく、この双子の姉の前ではまるで天使のようにニコニコと笑顔で機嫌がいい。
だから、オリヴィアとしては、ウィスタリアにはジニオの世話を生涯し続けてもらうほうが、都合がよかった。
ただでさえ身内に「知恵遅れ」がいるということで、良縁をつかむのが難しいのだ。
オリヴィアとしては頭を悩ますその種を、ひとつところに置いておけるのは、ちょうどよかった。
そういうわけでウィスタリアはほとんど社交の場には出ない。
ただ今回のように、未婚の、年頃の娘であるから、どうしても出なければならないときもある。
オリヴィアはそういうとき、気が重くなる。
オリヴィアは、うぬぼれではなく母譲りの美貌を誇っていたが、ウィスタリアはそうではない。
冴えない容姿、野暮ったい態度、まるで人形のように――いや、場合によっては人形よりも――愛嬌のない顔。
オリヴィアの美貌に嫉妬している令嬢は、オリヴィアが嫌がることをよく心得ている。
オリヴィアの前でウィスタリアを嘲笑えばいいのだ。
そうするとオリヴィアは、はらわたが煮えくり返るような怒りに駆られるし、恥ずかしさで消え入りたくなる気持ちにさせられる。
もちろん、そんなことはおくびにも出しはしないが――。
そして当のウィスタリアは、嘲笑われようが、遠巻きにされようが、まったく無気力なぼんやりとした顔で壁の花をしている。
オリヴィアの父も義母も、「恥ずかしい」と言って屋敷へ帰ればウィスタリアを叱責するが、彼女はまるで動じている様子はないのだった。
――いっそ、お産のときにジニオもろとも死んでしまえばよかったのに。
そんな、考えさえオリヴィアの頭をよぎる。
年頃の子女を集め、王宮で開かれた絢爛豪華な夜会の場も、オリヴィアにはなんだかくすんで見えた。
その夜も、屋敷に帰れば父と義母はウィスタリアに説教するのだろう。
オリヴィアはそう思っていたが、宴もたけなわをすぎたころ合いを見計らって、ブルーム伯爵家の面々――ただしジニオだけは屋敷に残っている――はそろって別室に通された。
そして告げられたのは、今から国王夫妻がじきじきにこの部屋をおとなう、という突然の話だった。
「――我が国で季節が巡らなくなり始めたのは、もう一〇年以上も前のことだな」
ブルーム伯爵家は困窮している貧乏貴族というわけではなかったものの、経済的に決して余裕があるわけでもなく、栄誉ともまたしばらく無縁だった。
「昨日、立てた巫女に『大精霊』が『愛し子』に心奪われているゆえに季節が停滞しているとの託宣がくだった」
オリヴィアはデビュタントの際に国王夫妻に目通りしてはいたものの、それ以来なんら縁はなかった。
オリヴィアは国王夫妻を前にして身が震えないよう抑えることに必死になる。
「そして――『愛し子』はブルーム伯爵家にいるとのことだ」
オリヴィアは、一瞬だけ息が止まった。
次にひと呼吸、空気を吸い込んだところで、様々な空想が脳裏をよぎっていった。
「……我が王室の意向としては、その『愛し子』を我が息子、アルバートの妃に迎え入れたいと考えておる」
「そ、それでその『愛し子』というのは……我が三人の娘のうち、だれなのでございましょう?」
少しだけ声を震わせて、オリヴィアの父、ブルーム伯爵が問うた。
オリヴィアは、きっと自分かローレリアだと思った。
そして「もし自分だったら」とまたたきのうちに空想した。
王子妃になりたいという、たいそうなことを考えたことはなかった。
けれどももし王子妃になれば、伯爵家の諸問題にオリヴィアが頭を悩ませる必要はなくなるだろう。
もしローレリアであっても、王室と縁づけば前よりも良い縁談に恵まれるだろうと考えられた。
オリヴィアの心に、希望の火が灯る。
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