魚人イゥヤと龍人ヒタラウカ

あせき

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龍人ヒタラウカと≪イゥヤ≫

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 ヒタラウカは海を駆ける水龍だ。
 海を駆け、巡り、時を流し、動かし、力のたりない場所へと祈りを送り、淀みを均し、安定した世界を創る役目を持つ。
 役目は順繰りに回ってくる。
 ヒタラウカの前に駆けていたのは、テータラルミ。
 テータラルミはうっかり者で、淀みがないように満遍なく駆けなければならないのに巡り残しをしては戻って駆けてと繰り返し、その上行く先々で大きく綺麗な渦を作るのが趣味だったため一巡するのにいつも時間が掛かっていた。
 ヒタラウカが寝て、起きて、水面を揺らし打ち合わせ、山下りをしたりを遊び飽きて、気まぐれで一所に留まることを知らない風龍探しをして見つけても終わらないのだから相当遅い。
 水龍の比較対象は他に三人しかいないが、似たような役目を持つ風龍は一巡がもっと早いのでやはりテータラルミは遅いのだろう。
 水の流れも不安定なところが多く、廻りきれていないのだろうと思っていたのだが、違って驚いた。

「もっと掛かると思っていたよ」

 正直にそう言うと、テータラルミは笑った。

「あはは、最後の方は今までにないくらい急いで駆けたからね。ちょっと荒れてるかも。いい加減次の流れを作らないともう一周して貰うぞなんてルルーカシャが言いに来てさ、その上終わるまで見てるなんてずーっと付いてこられてて大変だったよ。なんとか終わったって感じさ」
「あれ、そんなに経ってた?」
「そうみたい」

 どうやらヒタラウカの感覚が少し狂っていたようだ。
 水の流れの不安定さは時間が経ったがゆえのものらしい。
 もともと早く終わらせる気ではあったが、これはかなり気合を入れないといけないかもしれない。

「じゃあ、お役目頑張ってね」
「ああ、ルルーカシャによろしく。もしシュミラウラに会ったら、すぐ終わらせるからよろしくとも」
「わかった」

 軽く引継ぎを終えて、ヒタラウカは早速駆け始めた。
 すいすいと大きな体を泳がせ、大きな流れを創り出す。
 寄り道せずに、遊ばずに、真っすぐただひたすらに役目をこなす。
 小さい者たちを避けるのは非常に難しく、途中間を抜ける時はなるべくゆっくり、驚かせないようにと心掛けたが一度振り返って見た時は残念なことに群れを崩してしまったようだった。
 誓った思いは早くも破らざるをえない。
 これ以上遅く駆けることは流れを悪くするし、なによりイゥヤに会う時間が遠のいてしまう。
 振り返ったのはその一度だけで、ヒタラウカは代わりに小さい者たちに迷惑をかけたと思った時はいつもよりも気持ちだけ多くの祈りを巡らせた。
 龍が祈れば魔力は満ち、精霊たちに活力が増し、海の恵が約束される。
 やり過ぎは良くないが、偶にはいいだろう。
 ヒタラウカはそのような調子で順調に全ての海を巡り、シュミラウラを呼びつけた。

「いや、すごいなヒタラウカ。こんなに早く終わらせるなんて。でもヒタラウカ、少し早く動き過ぎたところがあったようだね。わたしはいつもよりもゆっくり巡るから、ルルーカシャによろしく伝えてくれ」
「わかったよシュミラウラ」

 ヒタラウカはシュミラウラと別れるとすぐにルルーカシャを呼んだ。

「おやおや珍しいこともあったものだ。お前がこんなにすんなり役目を終えるだなんて」
「ルルーカシャ、シュミラウラがゆっくり巡るって言っていたよ。どうやら僕が早く駆けすぎたみたいだ」
「そうだな、各地で津波が起きているとデデンダとシューラウも言っていたから、相当速かったのだろうな。それで、そうまでして早く役目を終わらせたのは何故なんだ?新しい遊び場でも見つけたか?頼むから前のように二百年も消えない渦を作るのはやめてくれよ」
「もうそんな子供じゃないんだ。そんなことはしないよ」

 カラカラと笑うルルーカシャに不満を漏らすが、言い争うつもりはない。
 そんな時間さえもったいない。

「イゥヤに会いに行くんだ。魚人のイゥヤ」
「……魚人の?」
「うん。だからまたねルルーカシャ」

 別れを告げて、ヒタラウカは駆けていく。
 後ろからルルーカシャに呼ばれた気もしたが、それでもヒタラウカは駆けて行った。
 一つ、懸念があったからだ。

「イゥヤ、イゥヤ……なんでいないんだ?」

 四度目の役目を行っている最中、イゥヤのいる海域にもヒタラウカはもちろん向かった。
 けれど、イゥヤはいなかった。
 あの青が海にいなかった。
 最初は気のせいだと思った。
 けれど再びこの海域に着て、それは間違いなかったのだと知る。

 イゥヤがいない。

「……どこに行ったんだろう?」

 イゥヤの所属する群れは毎日毎日移動をしていたが、水龍であるヒタラウカには大した距離でもなんでもない。
 そもそも、イゥヤの色は特別で、どんなところにいても、どんな時でも見えていた。
 それが全く見えない、感じない。

「すまない、見知らぬ魚人殿。イゥヤという魚人のいる群れを知らないか?」

 あまりにも見つからず、ついに魚人に聞いてみた。
 すると、驚くべきことにその魚人はヒタラウカのことを知っていたらしい。

「……もしや、若様?龍人のヒタラウカ様ですか?」
「ああ、そうだが君は?」

 ヒタラウカの疑問は魚人の笑顔と、喜びの声、それからイゥヤの名を前に消え失せた。

「ああ!お待ちしておりました!イゥヤもあなたをお待ちしています!」
「イゥヤが?」

 どういうことか、龍の目に見えぬイゥヤがいるらしい。
 ヒタラウカは魚人の案内に従い、群れの奥へと進んでいく。

「若様だ!若様が来たぞ!」
「若様、お待ちしておりました!」
「若様!イゥヤが待っています!」
「ああ、よかった。これでイゥヤも報われる」

 群れの魚人たちは皆ヒタラウカの訪れを心から歓迎していた。
 今までにない反応に、光景に、ヒタラウカは疑問を持ったがそれでもイゥヤが待っていると言う魚人に付いて行った。
 イゥヤがいるのなら、イゥヤに聞けばいい。
 そう思ったのだ。

「イゥヤ、若様が来たぞ!」
「まあ、若様が?ああ……ああ!お待ちしておりました!」

 青。
 綺麗な青だ。
 海に溶けるような青。髪も瞳も鱗も海に溶けるような綺麗な青。
 けれど、それはヒタラウカの知る青ではなかった。

「……誰だ?」

 ヒタラウカの問いに、その青い娘は答えた。

「初めまして、若様。わたしは≪イゥヤ≫。かつてあなたを待っていた魚人イゥヤが遺した言葉を届ける役目を持つ者です」

 その意味をヒタラウカが理解するには時間が必要だった。
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