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第9話
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吉成との関係は、オレが学園を卒業し、大学へ入ってからも緩やかに続いていた。自分を慕って『同じ大学へ行く!』と意気込む彼がかわいくて、できるだけ時間を作っては会いに行っていた。
思慮深い吉成が連絡もなく訪ねてくることはほぼなかったから、脇が甘かった。…いや違う。そんなのは言い訳だ。
間宮の屋敷を訪ねてきた吉成が、獣のように睦みあうオレと誉の姿を見てしまったのは、ただ吉成に誠実でいられなかったオレが原因だ。
悪夢のような現実を知ってしまった吉成は、一方的に別れを告げるメッセージを残して、オレを避け続けた。
とりつく島もない吉成に絶望して、心がどんどん枯れていった。
互いのバース性を恨み、苦悩して、それでも誉を蹂躙しようとする自分に愕然とした。
αにとってΩは所有物。無意識に刷り込まれていたその認識ゆえに、誉を消費し続け、吉成をも傷つけた。
αとしての自分が恐ろしくなったオレは自ら吉成を手放し、誉からも逃げた。自暴自棄になり、手近なΩを捕まえては爛れた行為に耽り、ときには合法すれすれの薬物も使った。
その合間に、吉成が受験に失敗して、同じ大学には通えなくなったことを知った。もっともオレもその頃は休学扱いだったが。
まともな道に引きずり戻してくれたのは、なんと誉だった。
誉はΩだが、αに匹敵するほど有能で、間宮の分家筋の中でも一等優れていた。Ωでさえなければ、と囁かれていたのは知っている。
だが有能ゆえに、本家のαの息子の相手に選ばれてしまったのだ。
オレと誉の間に愛はなかった。
婚約者としての立場上、またαとΩという関係上、身体の関係はあったが、避妊薬を忘れたことはなかったし、ましてや番なんて望んだこともなかった。
誉の方もさっぱりしたもので、行為の最中はなにをしても甘く蕩けるというのに、一歩ベッドを出れば、年下の自分などよりよっぽど力と実績がある。
とうに成人している誉は、すでに社会的な立場もあって、それも悔しさのひとつだった。
乱れた生活を送るオレを殴り飛ばしにきた誉は、胸ぐらを掴み上げて叱責した。
『だらだら腐った生活してないで、吉成くんがほしいなら相応の力をつけろ。琉。おまえαだろ!』
甘ったるいΩとしての誉しか見てこなかったオレは、男前な従兄としての誉に言われて、目が覚めた。
―――そうだ、その通りだ。ほしいものは手に入れる。オレはαなんだから。
そこからの立ち直りは早かった。
吉成を迎えに行くという目標を得たオレは大学に復学し、同時に本家の仕事を手伝い、己の地位を築くことに邁進した。
そして誉との婚約を解消した。
互いの両親には深く頭を下げた。
期待には応えられないこと。誉を自分の都合のいい存在としてしまっていたこと。それでも吉成を愛していて、いつか迎えに行くつもりであることも告げた。
両親からは逆に謝られた。
誉には次代の責任を押し付けてしまったことを。オレには愛した存在をもっと早く迎えてあげなかったことを。
ともにαである両親は、αの本能としての執着をよくわかっていたのだろう。吉成がβであることはなにも言わなかった。
元より間宮の家は、他の旧家に比べて寛容だ。Ωでもβでも実力があれば認められる。逆にαでも怠けているなら容赦がない、完全な実力主義だ。
穏やかな性質の吉成が間宮の人間に気に入られていたことも大きかった。下地は整いつつあった。
誉にも頭を下げた。
これまでの所業と、婚約者として、αとしての責を放り出してしまうことを謝った。が、誉には笑って一蹴された。
誉にも長く頼りにしていた相手がいるのだという。おかげでけじめがつけられる、と言われて拍子抜けしてしまった。
誉も恋をしていたのだ。…自分にはできなかった、恋、を。
それからすぐ、誉はその相手である祐吾さんとパートナーになった。祐吾さんは誉の元同級生で、いまの会社の共同経営者であり、――βだった。
一度顔を会わせた際にはすごい形相を向けられた。察して余りある。反省しきりだった。
物事が少しずつ収束していく。
すべて丸く収まるような手応えを感じていた。
大学を卒業した後に手掛けた事業も順調に進んでいた。どんな形で吉成と再会しようか、と少し浮かれた気分で考えていた頃。
別れてからずっとつけていた監視に吉成が大学でβに襲われかけたという報告を受け、事態が一変した。
吉成にそれとなくつけていた護衛に一般人の体で助けられ、間一髪を逃れたというが、頭に血が上ったオレは衝動のまま、怯える吉成を捕まえて、閉じ込めて、手酷く抱いた。
オレはまたもや吉成を抱き殺しかけたのだ。
前回と違うのは、目覚めた吉成にすべてが露見して、その瞳に絶望と慄きが過ったこと。
失敗した、と思った。
もう一度、吉成と恋からはじめようと思っていたのに。
けれどこれでいいじゃないか――とαの恐ろしい本能が囁く。
ここでまた手を放せば今度こそ捕まらないかもしれない。いや、自分以外の他の人間のものになる可能性だってある。
だったらここで、このまま、目の届く範囲で閉じ込めてしまえばいい。
―――ああ、じゃあもうこれでいいか。吉成がいれば、それで。
その日から吉成はオレの部屋にいる。
それまで吉成が通っていた大学は退学にさせた。元々、第一志望ではなかったんだから構わないだろう、なんて。
2回も吉成を殺しかけたオレは、本家から厳重注意を受け、生活管理の名目で監視を受けている。もちろん安全を確かめられているのは吉成だ。
吉成を閉じ込めていることは、誉からも、両親からも非難を受けた。でもかまわない。
ほしいものは必ず手に入れる。αなんだから。
文句を言わせないだけの力も手に入れる。
それでも吉成が切なそうに、悲しそうにしていると、後悔で涙が出そうになる。そして、吉成と再会するまでは忘れていたαの発情が暴走しそうになる。
もう誉には頼れないから、適当なΩを捕まえて発散するけれど、それでも収まらない日がある。
吉成を抱き締めるまで、ずっと衝動が収まらない。
乱れたシーツを巻き付けて裸の背中を向けて眠る吉成の隣で、空になった避妊薬の瓶を掲げる。こんなものただのゴミだ。
むき出しのうなじを指で辿ると、ぴくりと吉成の肩が震えた。
「…ねえ吉成、どうしよう。愛してる」
―――恋が、したかった。
こんなおぞましいほどの愛ではなく、ただ、恋がしたかった。
思慮深い吉成が連絡もなく訪ねてくることはほぼなかったから、脇が甘かった。…いや違う。そんなのは言い訳だ。
間宮の屋敷を訪ねてきた吉成が、獣のように睦みあうオレと誉の姿を見てしまったのは、ただ吉成に誠実でいられなかったオレが原因だ。
悪夢のような現実を知ってしまった吉成は、一方的に別れを告げるメッセージを残して、オレを避け続けた。
とりつく島もない吉成に絶望して、心がどんどん枯れていった。
互いのバース性を恨み、苦悩して、それでも誉を蹂躙しようとする自分に愕然とした。
αにとってΩは所有物。無意識に刷り込まれていたその認識ゆえに、誉を消費し続け、吉成をも傷つけた。
αとしての自分が恐ろしくなったオレは自ら吉成を手放し、誉からも逃げた。自暴自棄になり、手近なΩを捕まえては爛れた行為に耽り、ときには合法すれすれの薬物も使った。
その合間に、吉成が受験に失敗して、同じ大学には通えなくなったことを知った。もっともオレもその頃は休学扱いだったが。
まともな道に引きずり戻してくれたのは、なんと誉だった。
誉はΩだが、αに匹敵するほど有能で、間宮の分家筋の中でも一等優れていた。Ωでさえなければ、と囁かれていたのは知っている。
だが有能ゆえに、本家のαの息子の相手に選ばれてしまったのだ。
オレと誉の間に愛はなかった。
婚約者としての立場上、またαとΩという関係上、身体の関係はあったが、避妊薬を忘れたことはなかったし、ましてや番なんて望んだこともなかった。
誉の方もさっぱりしたもので、行為の最中はなにをしても甘く蕩けるというのに、一歩ベッドを出れば、年下の自分などよりよっぽど力と実績がある。
とうに成人している誉は、すでに社会的な立場もあって、それも悔しさのひとつだった。
乱れた生活を送るオレを殴り飛ばしにきた誉は、胸ぐらを掴み上げて叱責した。
『だらだら腐った生活してないで、吉成くんがほしいなら相応の力をつけろ。琉。おまえαだろ!』
甘ったるいΩとしての誉しか見てこなかったオレは、男前な従兄としての誉に言われて、目が覚めた。
―――そうだ、その通りだ。ほしいものは手に入れる。オレはαなんだから。
そこからの立ち直りは早かった。
吉成を迎えに行くという目標を得たオレは大学に復学し、同時に本家の仕事を手伝い、己の地位を築くことに邁進した。
そして誉との婚約を解消した。
互いの両親には深く頭を下げた。
期待には応えられないこと。誉を自分の都合のいい存在としてしまっていたこと。それでも吉成を愛していて、いつか迎えに行くつもりであることも告げた。
両親からは逆に謝られた。
誉には次代の責任を押し付けてしまったことを。オレには愛した存在をもっと早く迎えてあげなかったことを。
ともにαである両親は、αの本能としての執着をよくわかっていたのだろう。吉成がβであることはなにも言わなかった。
元より間宮の家は、他の旧家に比べて寛容だ。Ωでもβでも実力があれば認められる。逆にαでも怠けているなら容赦がない、完全な実力主義だ。
穏やかな性質の吉成が間宮の人間に気に入られていたことも大きかった。下地は整いつつあった。
誉にも頭を下げた。
これまでの所業と、婚約者として、αとしての責を放り出してしまうことを謝った。が、誉には笑って一蹴された。
誉にも長く頼りにしていた相手がいるのだという。おかげでけじめがつけられる、と言われて拍子抜けしてしまった。
誉も恋をしていたのだ。…自分にはできなかった、恋、を。
それからすぐ、誉はその相手である祐吾さんとパートナーになった。祐吾さんは誉の元同級生で、いまの会社の共同経営者であり、――βだった。
一度顔を会わせた際にはすごい形相を向けられた。察して余りある。反省しきりだった。
物事が少しずつ収束していく。
すべて丸く収まるような手応えを感じていた。
大学を卒業した後に手掛けた事業も順調に進んでいた。どんな形で吉成と再会しようか、と少し浮かれた気分で考えていた頃。
別れてからずっとつけていた監視に吉成が大学でβに襲われかけたという報告を受け、事態が一変した。
吉成にそれとなくつけていた護衛に一般人の体で助けられ、間一髪を逃れたというが、頭に血が上ったオレは衝動のまま、怯える吉成を捕まえて、閉じ込めて、手酷く抱いた。
オレはまたもや吉成を抱き殺しかけたのだ。
前回と違うのは、目覚めた吉成にすべてが露見して、その瞳に絶望と慄きが過ったこと。
失敗した、と思った。
もう一度、吉成と恋からはじめようと思っていたのに。
けれどこれでいいじゃないか――とαの恐ろしい本能が囁く。
ここでまた手を放せば今度こそ捕まらないかもしれない。いや、自分以外の他の人間のものになる可能性だってある。
だったらここで、このまま、目の届く範囲で閉じ込めてしまえばいい。
―――ああ、じゃあもうこれでいいか。吉成がいれば、それで。
その日から吉成はオレの部屋にいる。
それまで吉成が通っていた大学は退学にさせた。元々、第一志望ではなかったんだから構わないだろう、なんて。
2回も吉成を殺しかけたオレは、本家から厳重注意を受け、生活管理の名目で監視を受けている。もちろん安全を確かめられているのは吉成だ。
吉成を閉じ込めていることは、誉からも、両親からも非難を受けた。でもかまわない。
ほしいものは必ず手に入れる。αなんだから。
文句を言わせないだけの力も手に入れる。
それでも吉成が切なそうに、悲しそうにしていると、後悔で涙が出そうになる。そして、吉成と再会するまでは忘れていたαの発情が暴走しそうになる。
もう誉には頼れないから、適当なΩを捕まえて発散するけれど、それでも収まらない日がある。
吉成を抱き締めるまで、ずっと衝動が収まらない。
乱れたシーツを巻き付けて裸の背中を向けて眠る吉成の隣で、空になった避妊薬の瓶を掲げる。こんなものただのゴミだ。
むき出しのうなじを指で辿ると、ぴくりと吉成の肩が震えた。
「…ねえ吉成、どうしよう。愛してる」
―――恋が、したかった。
こんなおぞましいほどの愛ではなく、ただ、恋がしたかった。
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