父と息子、婿と花嫁

ななな

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1. 嵐の前

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「はぁ…だるい。今日はさっさと帰って寝たい…」

 はあ~ぁあ。寝っ転がりながら、つい大きな欠伸が出てしまう。所々にシミが付いたこのソファにも、すっかり慣れてしまった。

「とか言いつつ、ばっくれずにちゃんと仕事してるんだから偉いよなぁ」
 そう返すのは、先輩の上野うえのさん。俺はよっこいしょと重い身体を起こし、「そりゃまぁね。さっさと金返して、とっととこんなとこやめてやる」と言って、にかーっと笑い返した。
 俺の仕事は男に股を開くことだ。別にどうってことない、もう随分と慣れたものだから。

「無理し過ぎないでね、由貴ゆうきくん。まだ学生なんだよ?」
「わかってますって。ははっ、母ちゃんですか」

 上野さんとは歳が近い。俺がこの風俗店に勤めたての頃から、何かと気にかけてくれる……こんな店らしからぬ人。
 
 この人には、俺の身の上話を色々としていた。気づいたら親はいない、ばあちゃんと一緒に暮らしていたけど、俺が大学に入学するなりぽっくりと逝ってしまった…なんて話から始まる。
 ばあちゃんは優しい人だった。いつもそばにいて、俺のことを守ってくれた。大好きだった。

 大学生活は充実しているけど、いつも孤独を感じる。一人でいると、どうにかなってしまいそうだ。
 友人が家族の話を楽しそうにしていると、俺の腹の内を何かが這っていった。ドロドロとどす黒い、何かだ。

 親ってのはそんなにいいもんかね……一生わかんねぇわ。

 それを決定的にさせたのは、多額の借金だった。ばあちゃんが亡くなってから転がり出てきた。蒸発した両親が、俺に残してくれたのはそんなものらしい。
 なるほど、獅子は我が子を千尋の谷に落とすというが…まったく、糞食らえだ。

 だから手を出した。法外に稼げるのはこれしかない。
 借金取りが周りをうろついているのだ。全て金の為だと思えば、罪悪感や後ろめたさ、恥ずかしさ、それに祖母の顔なんかは…消えてなくなっていった。


「そういえば、君の今日の相手って…またあの人?」

 上野さんの言葉に、あぁ…悠介ゆうすけさんのことか、と頷き返す。
 悠介さんってのは、俺の一番の太客。おじさん…そう、普通におじさん。ちょっとぷよってて、要求してくるプレイは変態的。正直きもい。超きもい。

 でもこの人、顔は良かった。じゃなきゃ蹴り飛ばしてると思う。
 涼しげな目元に、スッと通った鼻筋は見事なもの。うっすら無精髭なんかを生やしてる。横幅はあるが、縦幅もあるわけで…大迫力。ちょっと憧れたりして。

 とにかく怒らない、優しい。そして何より、俺のことが好きで好きで堪んないっ……てのが少しだけ、心地が良かった。
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