夏目の怖いかもしれない日常

夏目晶

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宿泊禁止の部屋に押し込められた話

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宿泊禁止の部屋に押し込められた話

うーん。もしかしたらホラー風味がきついかもしれません。閲覧注意。

瀬戸内に行った時の話ですので、大学3年の時の話だと思います。

卒論の準備という名目で、私は同じゼミのユキという、ザンネンなイケメンとともにしまなみ海道に挑もうとしておりました。

タイミング悪く、私はこの時旅行やら研修やらが重なっており、自宅に帰っては、しばらく外泊というハードスケジュールをこなすことになっていたのです。

体力的にもギリギリで、最初にスケジュールを組んだはずの瀬戸内旅行なのに、出発当初から瞼が半分下がっているような状態でした。

早朝の羽田空港のベンチ。

死にかけの夏目を引きずって、ユキは飛行機に乗ったらしいのですが……まあ、よく覚えておりません。

少し寝たからか、ややクリアになった私は同行者の苦労をよそに、大三島行きのフェリーに乗り込みました。

私の目当ては古い紙の資料でした。紙といってもキチンと記録として残っているような文書ではなく、借金の証文だったり、手紙だったりという、日常的な書類です。

紙が貴重だった時代、使われなくなった紙は襖の下張りなどの用途で再利用されておりそれを見せていただくとともに、蔵の中も拝見させていただくという幸運を掴んでいたのです。

バスを乗り継ぎ、以前は酒屋をされていたという地域でも大きな家にお邪魔しました。

その家は3年ほど前に空き家になっているとのことで、私たちは、持ち主の娘さんだという女性とともに家に入りました。

空き家特有の埃の匂いと、柱に染み付くような年月の香りは、宝物の匂いです。

私たちは蔵の鍵をお借りして、早速蔵の中に入ることにしました。

女性は蔵の中身には疎いようで、必要なものがあれば見て良いとおっしゃって、ご自身は一度ご自宅に戻るということでした。

手土産に持参した東京の奇妙な最中も気に入ってくださり、最終のフェリーに間に合うよう車も出してくれるという親切さ。

感謝しかありません。

蔵の中は薄暗く、電気をつけても細かい作業には向かない状態です。
私たちはそれらしきものがあったら母屋へ運び、そちらで作業をすることになりました。

襖は6枚と言って良いのでしょうか、対ではなくバラバラのものが6つあったと思います。

表紙に水を吹きかけ、ゆっくりと剥がします。
下には何重にもなった古紙が貼られているので、刷毛で水を刷きながら、専用のブラシを使ってちまちまと剥がしていくのです。

根気のいる作業ですが、焦ると損傷したり、文字が薄れたりしてしまいます。

剥がれにくい場合には、専用の溶剤を使い、ノリの部分を剥がします。
当時はまだ液体の機内持ち込みができた頃でした。懐かしい。

ともあれ、ここで一つ私は重大な忘れ物をしていたのです。

それは「マスク」です。

埃とカビと溶剤のコンボは強力。

持っていたタオルで口元を覆うようにして、後頭部で結んでいたのですが、今度は息苦しい。

だんだんと気温が上がっていたこともあり、ワタクシ、やらかしてしまったのです。

一瞬立ちくらみのような感覚になったと思った次の瞬間には、蔵の中床に伸びておりました。

気を失ったとかいう大事ではなく、単に踏ん張りがきかなかっただけですが、私は丁度襖の下敷きになる格好で仰向けに伸びておりました。

襖にはもともと幾つか穴が空いていて、私の額あたりにも、丁度人差し指と親指で作る輪っかくらいの穴があったのです。

小さな笑い声とともに、その穴からユキが覗きました。
きっと無様に転がる私をわらっているのでしょう。

それより、襖をどけてくれ

そう思って、襖の縁に添えていた手に力を込めたあたりで、足音とともに笑い声が聞こえ、私の上から襖が取り除かれました。

「だいじょぶ? 見事にコケてたけど。頭打ってない?」

後頭部の結び目のあたりに違和感はあれど、むしろ結び目がクッションになったようでした。

「まあ、休憩しよっか」

夢を見たのか、見なかったのかもわかりませんが、目を覚まし作業を続けるうちに当たりはだんだんと暗くなっていきます。

女性がいらしたときにも、私たちはまだ襖と格闘していたのです。

女性が一枚の襖を見て首をかしげておりました。
その申し出に、私はユキとともに庭に寝そべって少しだけの昼寝をすることにしました。

「この襖だけ小さいのね」

確かに、その襖は一回り小さい。
しかし作りは立派で、装飾も他の襖よりも手が込んでいるようでした。

「どこの襖なんですか?」
と、聞いてみると

「さあ?」
という答えが、微笑みとともに帰ってきます。

どうやら、あちこちで蔵を閉じた時に、預かったりもらったりしたものがいくつもあるらしく、何が何だかわからない。とのことでした。

その襖の来歴もわかりません。
お気づきかもしれませんが、私が下敷きになったあの襖です。

ここで、一つ残念なことがあります。

私の専門は日本民俗学。日本史に近いのですが、書より物が専門でした。
ユキの専門は古文書。ですが、なんと西洋史です。

そう、私たちは古文書のひっぺがし方は学んできたのですが、二人とも文書が読めないのです……。

読めていたら、もしかしたら違う展開があったかもしれません。

ですが私たちは、その後も黙々と作業続け、その立派な襖も解体してしまったのです。

ファイルにして、実に80枚近く。
ほとんどが反故紙な上に痛んでいたのですが、結構な収穫です。

そろそろ今日の作業を終えなければ、と思っていたのですが、季節も悪く台風が近づいてきていました。

問い合わせていただくと、もしかしたら船が出ないかも……という答えが。

私たちはとりあえず雨風がしのげればどこでもいいかと、楽観視していたのですがそこへ、女性のお兄さんだという40代だろう男性がやってきました。

骨組みだけになった襖を見て、最初は興味深げな素振りだったのですが、あの襖の枠を見たあたりで、なんだかソワソワし始めた気がします。

さらにユキが解体した、本当に小さな羽目板のような襖とも言えないものを持ち上げ、女性と何か話しています。

「なんかまずいものでもあったかな」
そう言うと、ユキは苦笑いしてあらぬ方向を見ました。
もちろん私も気がつかないふりをしました。
 許可をいただいたものだけを解体したのです。
ビクビクはしましたが悪いことはしていないはず……。

そう思っておりましたし、事実、悪いことをしたわけではなかったのです。

ですが、その後私たちはこの家に宿泊することを勧められました。
電気もガスも水道も止まってるんじゃ……と、尻込みしていたのですがバッテリーがあるのと、風呂は銭湯が近いこと、水は井戸水なので使えるとのことでしたので、とりあえずはそこに泊まらせてもらうことにしたのです。

その際、

「雨戸は建て付けが悪いから、朝まで開けないでくれ。自分が開けにくるから」

と念を押され

「夜は出歩かない方が良い。台風が来てて危ないし、真っ暗だから」

と、言われたのです。
バッテリーのコードは庭から見える部屋の、一つ奥の部屋にトイレが近いからという理由で繋がれ、私たちはテレビもネット(当時のケータイはそこまで自由にネットが出来るものではありませんでした)もない夜の真ん中に、2人でぽつんと残されたのです。

最初こそ、物珍しさにテンションが上がっていたのですが、風の音が強まり、ただただ古い一室にいるのです。
不気味と感じても仕方がないでしょう。

私たちは他愛もない話をしたり持っていたガイドブックを見たりしていたのですが、やがて万策尽きて無言になっていきました。

私はそもそも寝不足で、またも瞼は重くなり、やがて眠ってしまったのだと思います。

深夜。何時かはわかりませんが、一度目が覚めました。

ユキは何か、携帯のようなものをいじっているようで、下を向いています。

わたしは寝ぼけたままの目で、その光景を見ていました。

古い家。古い建具。私たちが解体した、障子の枠。

いつの間にか眠り、目が覚めた時には、朝の雰囲気が部屋に満ちていました。

コ⚪️ンをやっていたようです。
ふと、あたりを見て

「あれ?襖は? どっかに片付けた?」

思わずそう聞きました。
聞いた直後に、気がつきました。
ここは、庭に面した部屋の奥。
襖を並べた部屋ではありません。

「あ、違うか。間違えた」

すぐに訂正すると、ユキは呆れたようにカラカラと笑います。

その笑い方で、もう一つ気がつきました。

昨日、私を見て笑ったのは、誰だったんだろう。

思えば、襖の穴を覗き込むなんてことはできるのでしょうか。
襖の上に乗らないと、私と同じ方向で見合うように目を合わせることはできないのではないかと、そう思ったのです。

ですが、それをユキに言うのはためらわれました。
なんとなくユキはこの状況を怖がっていたような気がするからです。

やがて雨戸が外から開けられ、男性の顔が見えました。

残りの作業を終えて、車で港へ送ってもらう途中、男性は笑いながらこう言ったのです

「強引に話を進めて悪かったね。あの襖さ……昔うちの母が触って、ばあさんにひどく怒られてるのを見たことがあってさ。なんだかよくわからないんだけど、母だけあの部屋で一晩過ごさせられたことがあったんだよ。何か、意味があるかもしれないから……って、ばあちゃんはもういないから聞けないしさ。とりあえず一晩あの部屋で過ごしてもらったんだ」

と。

あの部屋は、普段は出入りがなく、特に客がきて寝る場所か乏しくても開放しない場所だったんだそうです。

不思議だなとは思いましたが、特に何事もなく家路に着きました。

少しばかり不気味だと思ったのは、のちにあの文書を読んでもらったときのこと。
私たちは港で男性と別れ、その後は観光をしてから東京へ帰りました。

文書の一部は借金の証文でした。
そして一部は、何かの苦情の手紙だったようです。
そしてその一部は、墨ではない何かで書かれていたというのです。
セピアでもなく墨でもない。

苦情の手紙。

想像では一つのものに行き着きますが、まあそんなこともあるでしょう。

あの襖がなんだったのか、証文やらなんやらを剥がしてしまったことに何かがあったのか、今でもわかりません。

ですが、今思えば剥がした細長い短冊状のものが、あるものに思えて……多分表書きの和紙だと思うのですがね。

そしてオチはないのです。
本当にごめんなさい。

訳がわからん何かが起きるだけ。
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