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8.幽霊
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部屋を出ると声は消え、しんと静まり返っていた。どこで子が叫んだのか、見当もつかない。
「大丈夫か?」と大きめな声で言っても、何も返事はない。
――もしかして、あの部屋か?
ただの直感だが、奥にある、魔王を倒した部屋に何かありそうな気がしてならなかった。警戒をしながら近づいていく。廊下を進んでいくと「勇者?」と小さな声がした。振り向くと通り過ぎようとした部屋のドアが少し開いていて、隙間から幼児のスカイが顔を出していた。
「今叫んだのは、スカイか?」
「うん、そう……あのね、あそこに幽霊がいたの……」
「幽霊?」
「一瞬だけだったけど、本当にみえたんだ……」
スカイが指さすのは、例の魔王を倒した部屋だ。やはりあの部屋に何かが? ふたりはその部屋に近づく。
「スカイは、ここで待ってろ」
「いや、勇者と離れたくない……」
今にも泣きそうな表情をしているスカイを抱き上げた。「中に入るけど、大丈夫か?」と問うと、スカイは「うん」と頷き、俺に強くしがみついた。
俺は、静かにドアを、開けた。
漆黒のカーテンが全ての窓を覆い、部屋は真っ暗だ。明かりはつけなかった。背後から狙われないよう、壁に背中を押しつける。暗闇に目が慣れるまで、じっと動かずにいた。だんだん広い部屋の輪郭がうっすら見えてきた。
何もない部屋を見渡し、ふと窓の方向を向く。俺が倒したあの日の魔王が、薄暗さに紛れて窓の前で浮かび上がった気がした。対決前なのに意気込む様子がなく、一瞬諦めたような表情も見せてきた魔王が。なぜあんな顔をしていたのか? あの時は気に留めなかったが、今はこうして気になっている。
魔王のことを考えていると、突然、部屋の隅からトンと大きな音が響いた。
頭の中にある空想の魔王の姿が、ふっと消えた。
気配を消したまま壁をつたって、部屋の隅へ近づく。すると突然、幼き子が通れるくらいの小さなドアが現れた。
――なんだ、これは?
青白い光が揺らめく小さなドアは、ひとめで魔法がかかっているのだと分かる。警戒心を更に強めながら眺めていると、再び物音がした。
どうやら物音は、ドアの向こうからしているらしい。小さなドアだから、ドアの向こうに誰かがいるとしたら、子供か?
耳をドアに近づけたが、何も聞こえない。冷たい静寂が漂っているが、嫌な気配はしなかった。
意を決して「誰か、いるのか?」と声をかけてみた。
少し経つと、中からコトンと音がした。そして「誰? 魔王パパなの?」と震える声が。俺は息を呑む。
――魔王が、パパ? この中に魔王の子がいるのか……?
「違う……俺は魔王じゃない」と返事をする。すると突然、青白い光が弾けるように揺らめき、ドアが消えた。目の前に闇が広がった瞬間、冷たい風が頬をかすめた気がした。
しばらく呆然としたまま立ちすくんでいると「三十分経ちましたよ」と、背後から優しくささやく執事の声がした。
「もうかくれんぼの時間は終わりか。広すぎて時間が足りなかったな……」
というか、探す役割だったのにあまり探していなかったな。
「この広さで、三十分って短いですよね。勇者様がスカイくんを見つけましたから、わたくしが見つけた子たちと合わせますと……あとひとり、ブラックくんだけでしたか……」
執事は抱っこしている赤ん坊の手を、にぎにぎしながら言った。
「……えっ? 執事、ブラック以外見つけたのか? すごいな」
「いえいえ、普段からの子供たちの行動を参考にして、どこに隠れるか予想をしただけですから」
「一緒に普段いるからって、隠れる場所を正確に予想できるのか……分析力もすごいな。執事は、魔王にとって頼れる右腕だな」
「ありがたきお言葉を感謝いたします……リュオン様にとって、役立つ存在であれば幸いなのですが」
眉を寄せ、うつむく執事。
「大丈夫だ、執事のお陰で今の魔王がいるんだ」
「……ありがとうございます」
執事は弱い笑みを見せた。
「そういえば、ブラックはまだ隠れているのか?……ブラック! 出てきてもいいぞ! もう隠れんぼは、終わった」
中等部のブラックを呼んだ瞬間、背後に気配を感じた。振り向くと腕を組むブラックが立っていた。
「いつの間に?」
「さっきから、この辺にいた」
全く気配を感じなかった。気配を消したまま、背後にまわったのか? まるで訓練を受けているような立ち回りに驚いた。
「幽霊、もういない?」
抱いたままのスカイのひと言で、はっとする。
「そうそう、執事に問いたいことがある」
「何でしょうか?」
「聞いて良いのか、答えられなければ答えなくても良い……魔王って、隠し子がいたりするのか?」
頭の上にクエスチョンが浮かび上がっていそうな表情をする執事。隠し子ではないのか?
「そのようなお話は存じ上げませんし、リュオン様の子供は一切見たこともありません」
「いや、でもたしかにさっきいた幽霊は言ってたんだよな……魔王パパと」
「この城に幽霊ですか? もしよろしければ詳しく教えていただいてもよろしいでしょうか?」
かくれんぼの最中に出会った光景をそのまま執事に話した。集まってきた子らも真剣に聞き入り、「魔王がパパ?」「魔王、子供いたのか」とそれぞれが口にしている。
「本当に何も分かりません……」
「執事でも分からないか……とりあえず、魔王に直接聞いてみようか」
ぞろぞろと集団はキッチンに向かう。キッチン前に着いたが、先頭を歩いていた俺は「待て」と、全員の動きを止めた。魔王がキッチンの隅にある椅子に座り目を閉じながら、先端に小さなボールがついている肩たたき棒で肩を叩いていたからだ。忙しい子育ての合間の、自分を癒すための貴重な時間だ。
「魔王、今休憩しているから別の部屋で遊ぼうか」
俺は静かな声で全員に、スゴロクとコマとサイコロを作って遊ぼうと提案し、遊び部屋へ向かった。子らは魔王城スゴロクと名付け、魔王の似顔絵と共に『居眠りして一回休み』 など、スゴロクのマスを描く。コマはそれぞれ自分の似顔絵にイメージカラーの服を着せたイラストを。幼児らのコマは、実は絵が得意な執事が描いた。完成し、全員楽しそうに遊んでいたが、俺は魔王の子、そして魔王の日記の内容も気になり、遊びに集中が出来なかった――。
「大丈夫か?」と大きめな声で言っても、何も返事はない。
――もしかして、あの部屋か?
ただの直感だが、奥にある、魔王を倒した部屋に何かありそうな気がしてならなかった。警戒をしながら近づいていく。廊下を進んでいくと「勇者?」と小さな声がした。振り向くと通り過ぎようとした部屋のドアが少し開いていて、隙間から幼児のスカイが顔を出していた。
「今叫んだのは、スカイか?」
「うん、そう……あのね、あそこに幽霊がいたの……」
「幽霊?」
「一瞬だけだったけど、本当にみえたんだ……」
スカイが指さすのは、例の魔王を倒した部屋だ。やはりあの部屋に何かが? ふたりはその部屋に近づく。
「スカイは、ここで待ってろ」
「いや、勇者と離れたくない……」
今にも泣きそうな表情をしているスカイを抱き上げた。「中に入るけど、大丈夫か?」と問うと、スカイは「うん」と頷き、俺に強くしがみついた。
俺は、静かにドアを、開けた。
漆黒のカーテンが全ての窓を覆い、部屋は真っ暗だ。明かりはつけなかった。背後から狙われないよう、壁に背中を押しつける。暗闇に目が慣れるまで、じっと動かずにいた。だんだん広い部屋の輪郭がうっすら見えてきた。
何もない部屋を見渡し、ふと窓の方向を向く。俺が倒したあの日の魔王が、薄暗さに紛れて窓の前で浮かび上がった気がした。対決前なのに意気込む様子がなく、一瞬諦めたような表情も見せてきた魔王が。なぜあんな顔をしていたのか? あの時は気に留めなかったが、今はこうして気になっている。
魔王のことを考えていると、突然、部屋の隅からトンと大きな音が響いた。
頭の中にある空想の魔王の姿が、ふっと消えた。
気配を消したまま壁をつたって、部屋の隅へ近づく。すると突然、幼き子が通れるくらいの小さなドアが現れた。
――なんだ、これは?
青白い光が揺らめく小さなドアは、ひとめで魔法がかかっているのだと分かる。警戒心を更に強めながら眺めていると、再び物音がした。
どうやら物音は、ドアの向こうからしているらしい。小さなドアだから、ドアの向こうに誰かがいるとしたら、子供か?
耳をドアに近づけたが、何も聞こえない。冷たい静寂が漂っているが、嫌な気配はしなかった。
意を決して「誰か、いるのか?」と声をかけてみた。
少し経つと、中からコトンと音がした。そして「誰? 魔王パパなの?」と震える声が。俺は息を呑む。
――魔王が、パパ? この中に魔王の子がいるのか……?
「違う……俺は魔王じゃない」と返事をする。すると突然、青白い光が弾けるように揺らめき、ドアが消えた。目の前に闇が広がった瞬間、冷たい風が頬をかすめた気がした。
しばらく呆然としたまま立ちすくんでいると「三十分経ちましたよ」と、背後から優しくささやく執事の声がした。
「もうかくれんぼの時間は終わりか。広すぎて時間が足りなかったな……」
というか、探す役割だったのにあまり探していなかったな。
「この広さで、三十分って短いですよね。勇者様がスカイくんを見つけましたから、わたくしが見つけた子たちと合わせますと……あとひとり、ブラックくんだけでしたか……」
執事は抱っこしている赤ん坊の手を、にぎにぎしながら言った。
「……えっ? 執事、ブラック以外見つけたのか? すごいな」
「いえいえ、普段からの子供たちの行動を参考にして、どこに隠れるか予想をしただけですから」
「一緒に普段いるからって、隠れる場所を正確に予想できるのか……分析力もすごいな。執事は、魔王にとって頼れる右腕だな」
「ありがたきお言葉を感謝いたします……リュオン様にとって、役立つ存在であれば幸いなのですが」
眉を寄せ、うつむく執事。
「大丈夫だ、執事のお陰で今の魔王がいるんだ」
「……ありがとうございます」
執事は弱い笑みを見せた。
「そういえば、ブラックはまだ隠れているのか?……ブラック! 出てきてもいいぞ! もう隠れんぼは、終わった」
中等部のブラックを呼んだ瞬間、背後に気配を感じた。振り向くと腕を組むブラックが立っていた。
「いつの間に?」
「さっきから、この辺にいた」
全く気配を感じなかった。気配を消したまま、背後にまわったのか? まるで訓練を受けているような立ち回りに驚いた。
「幽霊、もういない?」
抱いたままのスカイのひと言で、はっとする。
「そうそう、執事に問いたいことがある」
「何でしょうか?」
「聞いて良いのか、答えられなければ答えなくても良い……魔王って、隠し子がいたりするのか?」
頭の上にクエスチョンが浮かび上がっていそうな表情をする執事。隠し子ではないのか?
「そのようなお話は存じ上げませんし、リュオン様の子供は一切見たこともありません」
「いや、でもたしかにさっきいた幽霊は言ってたんだよな……魔王パパと」
「この城に幽霊ですか? もしよろしければ詳しく教えていただいてもよろしいでしょうか?」
かくれんぼの最中に出会った光景をそのまま執事に話した。集まってきた子らも真剣に聞き入り、「魔王がパパ?」「魔王、子供いたのか」とそれぞれが口にしている。
「本当に何も分かりません……」
「執事でも分からないか……とりあえず、魔王に直接聞いてみようか」
ぞろぞろと集団はキッチンに向かう。キッチン前に着いたが、先頭を歩いていた俺は「待て」と、全員の動きを止めた。魔王がキッチンの隅にある椅子に座り目を閉じながら、先端に小さなボールがついている肩たたき棒で肩を叩いていたからだ。忙しい子育ての合間の、自分を癒すための貴重な時間だ。
「魔王、今休憩しているから別の部屋で遊ぼうか」
俺は静かな声で全員に、スゴロクとコマとサイコロを作って遊ぼうと提案し、遊び部屋へ向かった。子らは魔王城スゴロクと名付け、魔王の似顔絵と共に『居眠りして一回休み』 など、スゴロクのマスを描く。コマはそれぞれ自分の似顔絵にイメージカラーの服を着せたイラストを。幼児らのコマは、実は絵が得意な執事が描いた。完成し、全員楽しそうに遊んでいたが、俺は魔王の子、そして魔王の日記の内容も気になり、遊びに集中が出来なかった――。
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