毒見役の少女が愛を知った日

ふくろうまる

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毒を味合う少女

 黄金の縁取りが施された銀皿に、鹿肉のローストが盛られていた。甘い果実酒の香りと香辛料の匂いが絡み合い、上流階級特有の贅沢な香りが屋敷の一室を満たしている。
 しかし、その豪華な食事が置かれていたのは、テーブルクロスすらない木の机。昼間に関わらず窓からは光が僅かに入らずに薄暗かった。
 その異質な空間に薄汚れた給仕服に身を包んだ少女が無表情のままナイフとフォークを手に取り料理を切り取ると静かに口へ運んだ。
 噛む。飲み込む。
 まるで食事という名の作業を完遂するようにただただ同じ動作を繰り返す。
 否、実際にそれは、食事ではなかった。

 ー毒見

 継承争い、財産・土地、政治的理由など王族と貴族は、毒が身近な存在だった。その悪意から身を守るために食事は、毒見がなされる。幼さがまだ残り、ブラウンの髪を揺らすこの少女もまたその役目を課されていた。
 
「異常はあるか」

 背後で白髭を生やした執事長が腕を組み、砂を噛むような声を落とした。

「ございません」

 返答は短く、淡泊だった。
 毒見は、ただ食せば良いのではない。僅かな異臭や舌の痺れがないか確認する。楽しむために味あうのではないのだ。

「次はスープをー」

 その瞬間、扉が勢いよく開いた。

「やぁ!今日も無事に生きているようで安心したよ」

 扉を開けたのは、ルーカス・ヴォルテ。この食事を食す貴族の一人。背が高く、整った金髪を無造作に束ね、礼儀も形式も軽々と踏み越えて室内へ入ってくる。

 執事長の眉間が深く寄る。

「ルーカス様。毒見の最中に立ち入るのは」

「今のヴォルテ家に毒を盛る奴なんていない。つまり問題ない」

 根拠もない理屈だった。
 ルーカスは迷いなく少女の前に立つ。

「今日も綺麗だ。まるで王宮の彫刻像を見てるかのようだよ」

「……恐れ入ります」

「申し込む。僕の愛人にならないか」

 間を置かない求愛だった。

 執事長は咳払いをするが、ルーカスは完全に無視している。

「結婚したいが家が許さないからね。でも君が望む生活を提供できる」

 少女は一瞬だけ目を伏せたが、すぐに顔を上げた。

「お断りいたします」

「一応聞くけど理由は?」

「分を弁えております」

「また身分か」

「はい」

「僕は気にしない」

「世が気にします」

 その返答に、ルーカスは一瞬黙り込んだ。だがすぐに肩をすくめて笑う。

「なら、僕が世を気にしないように生きるだけだ。明日も来る」

 ルーカスは軽やかに去った。
 扉が閉まると、執事長の低い声が落ちる。

「分不相応な幻想を抱くな」

「抱いておりません」

「……ならばいい」

 少女は皿の上の肉を見つめた。脂が光を反射し、鈍く光っている。

 それは彼女にとって、ただの仕事だった。
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