愛する侯爵様、化け物の妻など今世も冷遇してくださいませ

結月てでぃ

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第一部:死に戻り、愛すれば

2.醜く、悍ましく、妬まれますように

「そんな……お嬢様なら寵愛間違いなしですよ」

 鏡を見たことがないんですか? と言われて、自分の頬に手を当ててみます。

 母は子どもの私から見ても美しい人だったの。
 私が軟禁されていた石塔には鏡がなかったけれど、窓に映る貧相な女は母とは似ても似つかないと思うわ。
 前世の夜会では侯爵夫人として身なりに気を付けていたけれど……侯爵様はよく「美人なんて三日で飽きる」と騎士たちに言っていたわね。

 彼の好みは、表情豊かで可愛らしい顔立ちのアリエッサなの。
 画家が描くどの絵よりも目がぱっちりと大きくて、春の花のような明るい笑顔にいるだけで幸せな気分になるのよ。
 そんな彼女と私を比べることさえ、おこがましいでしょう。

「そもそも嫌われる必要がありますか?」

「……寵愛されて伯爵家に多額の支援をされたら癪じゃない」

 元から用意していた質問の答えを口にすると、リリアはなるほどそれは癪ですねと同意してくれたわ。
 疑われたらどうしようかと思っていたから、安堵いたしました。

「この顔も変えてしまえばいいわね」

 なにを言っているんですかという目で見てきたのは、メイドのリリアよ。
 私とお話をしてくれる人で、侯爵家の方が給料がいいと提案してみたら私についてきてくれたの。

「安心して。冷遇されている奥さんのメイドでも侯爵家なら給料を出してくれるわ」

 横目で見ると、リリアはどうしてか腑に落ちない様子でしたわ。だけど、私が首を傾げたのに気付いて「そうですか」と淡々とうなずく。

 口数は少ないですが、年が近い彼女がついてきてくれたのが嬉しいわ。
 だって、叔母が馬車の御者も勿体がって依頼してくなかったのよ。
 今がまだ短い夏が終わったばかりの時期だから助かったわ。
 壊れそうな馬車で幾つもの山を越える険しい旅程を一人でだなんて……前世の私はよく逃げ出さなかったものね。

「それで、どうやって顔を変えるんです? 仮面でも用意しましょうか」

「前に魔法書で、そういう魔法があるって読んだのよ」

 今にも屋根が吹っ飛んでいってしまいそうな馬車から降り、近くの泉まで歩いていく。

「まあ、かわい……い、かったわね」

 私が近づいていくと、泉の周りで水浴びやお喋りをしていた妖精が慌てて隠れてしまったわ。

「お嬢様のせいですよ」

「そうね、私の顔が怖いせいだわ」

 草の間からこちらを見ているけれど、近づいてきそうにもないの。
 やっぱり、アリエッサのように愛嬌がないといけないわね。

「違います。お嬢様が綺麗だからです。妖精が嫉妬しないで隠れるくらいなんですってば。おとぎ話じゃよくある話なんですからね」

 『優れた美貌を持つ人間に嫉妬した妖精が、その者を醜い顔に変えたり泥カエルにしてしまう』――そういう話は定番なのだとリリアが教えてくれた。
 王子様のキスで元に戻るんですって。

「お嬢様、本当に変えちゃうんですか?」

「ええ。この顔が嫌いなの」

 母は美貌を姉に疎まれ、父は叔母に靡かなかったから始末された。
 ――では、私はどうなるのかしら?
 冷淡な女だと言われ、夫に不倫されたわね。

 侯爵様を不快にさせる顔なんて、私も見ていたくない。
 泉に映った顔に、魔法を纏わせていきます。
 誰もが醜悪だと罵り、目を合わせたがらない――そんな顔になってしまえばいい。

 銀髪はくすんで泥のようになり、頬もボコボコと波打ってきます。
 左瞼は膨れ上がり、右上瞼は垂れ下がって、父と同じ色の薄緑の目をほとんど見えなくさせる。
 火事で焼けた人のように皮膚が爛れて蕩けていくと、茶けた紙のような見た目になりました。

「こ、こんなものかしら?」

「うわぁ……思い切りがよすぎますよ」

 変化を間近で見ていた妖精たちが、木陰から飛び出てきました。私の周りを飛んで、キィキィとなにやら話しかけてきます。

「リリア、なにを言っているか分かる?」

「分かりませんけど、絶対に『なんであんなに綺麗な顔をこんなのにしちゃうのよ!』って言ってますね」

 まあ……それを穏やかな気質が顔に出ていた母に言うのなら、私も分かりますわ。ですが、私ですもの。

「私には石像としか思えなかったのですけれど……」

「お嬢様の美的感覚って独特なんですか?」

 しばらくすると妖精たちは足を抱えて座り込んで、透明な羽を下げてしまったわ。
 落ち込んでいるように見える彼女たちに、騒がしくしまったことを謝りながらも立ち上がります。

「行きましょう、リリア。急ぎませんと」

 手を差し出すと、彼女は私の顔を見て顔をしかめたわ。

「正直、慣れるまで二日ほどいただきたいですが」と躊躇ったものの握ってくれました。

 私は彼女が勇気があってすごいわ、と感心しました。
 だって、私も実は少しやりすぎたかしらと思っていましたもの。
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