愛する侯爵様、化け物の妻など今世も冷遇してくださいませ

結月てでぃ

文字の大きさ
13 / 30
悪戯の天秤

1.侯爵夫人としての正しさとは

 事件は真昼間に起きました。

 神に誓って、私は彼らを頭からバリバリ食べようとしたり、悪魔を呼ぶ紋章を描いたりなどしておりません。
 ただ仲良くなった子どもたちと遊んでいただけなのです。

 かくれんぼをして、それに飽きた子どもたちと花で冠を作ったり棒で土に絵を描いたりしておりました。
 それだけでも、爛れて膨れあがって溶けたこの顔は恐怖に感じるのでしょう。

「うちの子になにをするの!!」

 という声が聞こえてきて、次いで顔に痛みが走りました。
 地面に倒れ伏した私にメイドたちが駆け寄り、助け起こしてくださいました。

「おくさま……!」

 私に懐いてくれているイーサンという男の子は、大泣きしてしまいました。

「ぅ……っ」

 血の付いた大きな石が土の上を転がっていくのが見え、それを投げられたのだと分かりました。
 近くにいる子どもに当たっていたらどうするつもりなのでしょうか。

「あなた、」

「やだ、不気味……」

 口を開こうとした私を見て、侮蔑の声が降りかかりました。

「おかあさん、やめてよ! どうしてそんなこと言うの!?」

 私に抱き付いたままのイーサンの言葉に、納得しました。
 この方はご自身の子息を守りたかっただけだったのですね。

「お前たち、不敬ですよ!」

 メイドも声を張り上げてくれましたが、彼女たちは蔑みの態度を変えようとしません。
 くすくすと笑いあって、顔を寄せ合います。

「こんな化け物を奥様だと頭を下げないといけないだなんて、吐き気がするわ」

「伯爵家も、よくこんなのを送り込んできたわよねえ」

 子どもに感染うつりそうだわという言葉に、苦い笑みを浮かべます。
 これは魔法だから感染することはないと言うことが出来ず、私は顔を俯けました。

「奥様!」

 リリアが屋敷の方から走ってきて、イーサンのお母さまたちを睨みつけます。
 普段どのようなことを言われても平然としている彼女にしては珍しい表情ですわね。
 ……もしかして、怒っているのかしら?

「この方が侯爵夫人だと分かっての狼藉ですか」

「私の子を食べようとしたのよ!?」

「奥様はそのようなことなさりません!」

 この方が侯爵夫人だということがまだ分からないのかという言葉に母親たちはたじろぎました。

「そ……そんな化け物を侯爵様が寵愛するとでも?」

「社交界に出ることがあったらどうするつもりなのよ。恥をかくのは侯爵様なのよ」

「どうせ、泉の妖精をいじめたから呪われたんでしょう」

 ですがイーサンのお母さまの一言をきっかけに、波紋が広がっていきます。

「奥様はあなたたちと違います」

 リリアがハンカチで傷口を押さえてくれたのですが、ズキズキとした鋭い痛みは止まってくれそうにありません。

(社交界には、アリエッサが出てくれますわ。ですが、彼女が来るまでは? そもそも私は、自分が得意でないことをアリエッサに押し付けようとしているだけではないの……?)

 私の浅慮な行動が原因で、侯爵家の人たちに困惑と迷惑を掛けている。
 今更ながら、なんということをしたのかと自責の念で押し潰されそうだわ。
 どうしましょう、どうしたらいいのかしらと視界が回ります。

 謝って済む問題ではありませんわ。
 自信のない私は、すぐに背を丸めてしまうのです。なんと情けない姿なのでしょうか。

「なにを騒いでいる」

 その場に冷え冷えとした声が聞こえてきて、顔を上げました。
 屋敷から出てきた侯爵様がこちらに来られるのが見え、泣きそうになってしまいます。

 お母さまたちは体を強ばらせていましたが、私の顔を見てぷっと小さく噴き出しました。
 侮蔑の笑みを浮かべる彼女たちは、こんな見るもおぞましい化け物なんて冷遇されていると思っているのでしょう。

 それは事実です。
 私のような者を侯爵様が愛してくださるはずもありませんから。

(……私は、ずっと消えてしまいたかったのね)

 私は、存在を忘れられたかったのです。

 居室か、牢屋か小屋にでも軟禁されて記憶の端に行ってしまいたかった。
 その為にここに来たはずですのに、このように悪印象しか残らない顔にしたりして、なにを考えていたのでしょう。

 近くに寄ってきた侯爵様が私を見ます。
 不安から心音が早くなった気がして胸を手で押さえると、侯爵様は私の目の前にしゃがみこまれました。

 片膝を地面についた侯爵様は、私の頬に手を当てて柳眉を顰められました。
 侯爵様、どうして私にまでこのように優しい顔をしてくださるのですか?

 何故、私はなにもかも、うまくできないのでしょうか。
 前世で侯爵様のお手を煩わせたことなどありませんでしたのに。

「この傷はどうしたんだ」

 案じるように潜められた声に、自分の目が大きく見開いていくのを感じます。

「この者たちの愚行です、侯爵様」

「私、コイツが石を投げたのを見ました」

「奥様に化け物だと罵ってきたんです!」

 リリアの告発を皮切りに、周りを囲むメイドたちが声高に主張します。

「違いますわ、侯爵様。この人たちは我が子を守っただけです!」

 ですが、それを咎めるように声を発します。私を——母親たちも意外そうな目で見てきます。

「私はこんな顔をしているのですから、皆さんが怖がられるのは当然ですわ」

 主張し返し、どうか正しいご判断をと侯爵様を見つめます。
 彼は息を吐きました。

「いくら驚いたからと言って石を投げつけるのは非常識だし、罵倒する必要もない」

「私は社交界にも出られない身です。常日頃から侯爵様のことを案じておられたただけですわ」

「そもそもお前は俺の妻なのだから雇い主なんだぞ。主人に歯向かえばどうなるかは考えなくても分かるだろう」

「侯爵様!」

 母親を失った子どもがどうなるのか、己の身でよく実感しております。
 ですから、この者たちを許してほしいと願ってしまうのです。

「分かった。……我が妻の温情に感謝するんだな」

 次はないぞと釘を刺した侯爵様に、お母さまたちは顔を蒼ざめさせて体を震わせました。

 彼女たちの主張は正当なものであったのに、申し訳ないですわ。
 私が侯爵様の妻で、侯爵様も体面を気にしなければいけなかった為に起きただけのことですのに。

「すぐに医者を呼んでこい」

 私はお咎めなしで良かったと胸を撫で下ろしました。
 対して不服そうに唇を尖らせるリリアの肩に侯爵様が手を置きます。

「すぐに知らせてくれて助かった。次も頼む」

 言葉で補うことも忘れない主人に、さすがですわと感心いたしました。

(私は……庇ってくれたリリアたちの気持ちを考えなかった)

 庇ったのにどうして、甘やかすから図に乗るんだと思っているメイドもいることでしょう。
 なんて不甲斐ない女主人なのかと、俯いて見た地面に散った自分の血。
 伯爵家にいた頃ではよく見た光景です。

「奥様、大丈夫ですか。すぐにお医者様が参りますからね」

 けれど、今はあの時とは違うように思えます。
 リリアたち、自分を心配してくれるメイドたちがいるのですから。

「ありがとう、リリア」
感想 5

あなたにおすすめの小説

一途に愛した1周目は殺されて終わったので、2周目は王子様を嫌いたいのに、なぜか婚約者がヤンデレ化して離してくれません!

夢咲 アメ
恋愛
「君の愛が煩わしいんだ」 婚約者である王太子の冷たい言葉に、私の心は砕け散った。 それから間もなく、私は謎の襲撃者に命を奪われ死んだ――はずだった。 死の間際に見えたのは、絶望に顔を歪ませ、私の名を叫びながら駆け寄る彼の姿。 ​……けれど、次に目を覚ました時、私は18歳の自分に戻っていた。 ​「今世こそ、彼を愛するのを辞めよう」 そう決意して距離を置く私。しかし、1周目であれほど冷酷だった彼は、なぜか焦ったように私を追いかけ、甘い言葉で縛り付けようとしてきて……? ​「どこへ行くつもり? 君が愛してくれるまで、僕は君を離さないよ」 ​不器用すぎて愛を間違えたヤンデレ王子×今世こそ静かに暮らしたい令嬢。 死から始まる、執着愛の二周目が幕を開ける!

1度だけだ。これ以上、閨をともにするつもりは無いと旦那さまに告げられました。

尾道小町
恋愛
登場人物紹介 ヴィヴィアン・ジュード伯爵令嬢  17歳、長女で爵位はシェーンより低が、ジュード伯爵家には莫大な資産があった。 ドン・ジュード伯爵令息15歳姉であるヴィヴィアンが大好きだ。 シェーン・ロングベルク公爵 25歳 結婚しろと回りは五月蝿いので大富豪、伯爵令嬢と結婚した。 ユリシリーズ・グレープ補佐官23歳 優秀でシェーンに、こき使われている。 コクロイ・ルビーブル伯爵令息18歳 ヴィヴィアンの幼馴染み。 アンジェイ・ドルバン伯爵令息18歳 シェーンの元婚約者。 ルーク・ダルシュール侯爵25歳 嫁の父親が行方不明でシェーン公爵に相談する。 ミランダ・ダルシュール侯爵夫人20歳、父親が行方不明。 ダン・ドリンク侯爵37歳行方不明。 この国のデビット王太子殿下23歳、婚約者ジュリアン・スチール公爵令嬢が居るのにヴィヴィアンの従妹に興味があるようだ。 ジュリエット・スチール公爵令嬢18歳 ロミオ王太子殿下の婚約者。 ヴィヴィアンの従兄弟ヨシアン・スプラット伯爵令息19歳 私と旦那様は婚約前1度お会いしただけで、結婚式は私と旦那様と出席者は無しで式は10分程で終わり今は2人の寝室?のベッドに座っております、旦那様が仰いました。 一度だけだ其れ以上閨を共にするつもりは無いと旦那様に宣言されました。 正直まだ愛情とか、ありませんが旦那様である、この方の言い分は最低ですよね?

夫が運命の番と出会いました

重田いの
恋愛
幼馴染のいいなづけとして育ってきた銀狼族の族長エーリヒと、妻ローゼマリー。 だがエーリヒに運命の番が現れたことにより、二人は離別する。 しかし二年後、修道院に暮らすローゼマリーの元へエーリヒが現れ――!?

蔑ろにされた王妃と見限られた国王

奏千歌
恋愛
※最初に公開したプロット版はカクヨムで公開しています 国王陛下には愛する女性がいた。 彼女は陛下の初恋の相手で、陛下はずっと彼女を想い続けて、そして大切にしていた。 私は、そんな陛下と結婚した。 国と王家のために、私達は結婚しなければならなかったから、結婚すれば陛下も少しは変わるのではと期待していた。 でも結果は……私の理想を打ち砕くものだった。 そしてもう一つ。 私も陛下も知らないことがあった。 彼女のことを。彼女の正体を。

愛してしまって、ごめんなさい

oro
恋愛
「貴様とは白い結婚を貫く。必要が無い限り、私の前に姿を現すな。」 初夜に言われたその言葉を、私は忠実に守っていました。 けれど私は赦されない人間です。 最期に貴方の視界に写ってしまうなんて。 ※全9話。 毎朝7時に更新致します。

完結 そんなにその方が大切ならば身を引きます、さようなら。

音爽(ネソウ)
恋愛
相思相愛で結ばれたクリステルとジョルジュ。 だが、新婚初夜は泥酔してお預けに、その後も余所余所しい態度で一向に寝室に現れない。不審に思った彼女は眠れない日々を送る。 そして、ある晩に玄関ドアが開く音に気が付いた。使われていない離れに彼は通っていたのだ。 そこには匿われていた美少年が棲んでいて……

そう言うと思ってた

mios
恋愛
公爵令息のアランは馬鹿ではない。ちゃんとわかっていた。自分が夢中になっているアナスタシアが自分をそれほど好きでないことも、自分の婚約者であるカリナが自分を愛していることも。 ※いつものように視点がバラバラします。

婚約者の様子がおかしいので尾行したら、隠し妻と子供がいました

Kouei
恋愛
婚約者の様子がおかしい… ご両親が事故で亡くなったばかりだと分かっているけれど…何かがおかしいわ。 忌明けを過ぎて…もう2か月近く会っていないし。 だから私は婚約者を尾行した。 するとそこで目にしたのは、婚約者そっくりの小さな男の子と美しい女性と一緒にいる彼の姿だった。 まさかっ 隠し妻と子供がいたなんて!!! ※誤字脱字報告ありがとうございます。 ※この作品は、他サイトにも投稿しています。