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悪戯の天秤
2.私の太陽と月であって
「しかし、なんで子どもと一緒にいたんだ」
「おくさまはね~、ぼくたちとあそんでくれるんだよ!」
かくれんぼをしたんだ! とイーサンは笑みを振りまくきました。
「妻が?」
こちらを見てこられた侯爵様に、私はどうしてか言いようのない気まずさに襲われました。
子どもと遊ぶなど、冷淡な妻には似合わない行為でしょう。
「こうやって隠れるんだよ、見てて!」
ですが、イーサンが私のドレスの裾を捲り上げて中に入ってこようとすると、目を見開いて仰天されました。
「奥様の足はねえ、すごくキレーなんだよ!」
すらっとしていて、触るとすべすべなのと言われた私は、恥ずかしさのあまり体を震わせてしまいます。
「あなた、奥さまになにを言うんですか!」
顔を真っ赤にしてしゃがみ、顔を手で覆いました。
「そ、そういうのは人に言ってはいけないのよ……」
「え~っ、どうしてえ?」
口の前に人差し指を立てて見せましたが、まだ幼いイーサンは理解していないようです。
「ほお……触ったのか、俺の妻の足に?」
「こ、子どものやったことです」
「俺も見たことがないのに」
見られてたまるものですかと叫びたい気持ちを我慢します。
私は侯爵様に肌を見せたことがありません。
足を見せるなんて……なんて、はしたなくて、恥ずかしいことでしょうか!
とんでもないわと恥じらっていると、ひょいと横抱きに抱えられてしまいました。
きゃあと叫び声を上げ、顔を引きつらせます。
「お、降ろしてください……っ」
あまりの高さに恐れてしまって身動きができません。
落ちてしまったらどうしようかしら、という不安ばかりが頭の中を巡ります。
「奥様、もう行っちゃうの~?」
「まだ遊びたい」と言う子どもに、侯爵は「悪いが」と全く申し訳ないと思っていなさそうな顔でおっしゃいます。
「俺も妻に用があるんでな。君たちはまた今度にしてくれ」
そう言われましても、用事などないように見えたのですが……?
首を跳ね上げて侯爵様を見上げます。
幼子のように抱き上げられるという辱めに耐えるのも限界がありますわ!
「よ、用事とはなんですか」
尋ねますと、侯爵様は嫌味なほどに整った笑みで見下ろしてこられました。
美しいお顔をこんなに近くで見られるなんて、この先一生ないに違いません。
今のうちに堪能しておいた方がいいのではないかという気持ちになってしまい、欲深い時分に対してほとほと困ってしまいます。
「俺が部屋に運んでやろう。君を医者に診せるのが用事だ」
子どもに言っていた話とは若干違うように思えます。
これは元からある用事ではなくこじつけではないでしょうかと、頭が混乱してきてしまいましたわ。
「結構ですわ。怪我をしたのは頭で、足では御座いません」
「頭なんだろう? なら余計に気を付けなければ」
侯爵様が歩き出すとがくんと揺れたのが恐ろしく、悲鳴を上げて身を小さくしようとしました。
侯爵様が喉奥で笑い、腕を首に回せばいいと助言してくださいます。
親切のようで、なんて意地悪なのでしょうか。
侯爵様にしがみつくだなんて、私にはできませんのに……。なんて恐ろしいことをおっしゃるのかしら。
(アリエッサなら絵になったんでしょうけど……こんな私では間抜けに見えてしまうのではないかしら)
化け物の頭をしていなくても、侯爵様の腕に抱かれるなど不敬でしかありません。
お願いですから、もう地面に叩きつけられてもいいので解放されたいと、泣きたいような気持ちになってしまいます。
「もっと食べろ。俺を心配させるな」
そう言われ、侯爵様の顔を見上げました。
(……私のことまで、心配してくださるの?)
前世も今世も、侯爵様はいつも領民や国のことを憂いておられます。
アリエッサという光がこの方に差すまで、孤独であり続けるというのに。
――それでも、私のことまで慮ってくださるだなんて。
「ありがとうございます。侯爵様は本当にお優しいですわね」
いつか、私の太陽と月が愛おしそうに抱き合える時が来たとして。
(この想い出は、私の心を慰めてくれるわ)
感謝が口から零れ出て、間近で見た侯爵様の眉が寄ります。
「君は本当におかしな奴だな」
苦みさえ見いだせる微笑みを浮かべて、ふっと息を漏らされました。
「自分を心配する夫に礼を言う妻がいるか」
「あ……そうですわね。感謝ではなく、謝罪が必要でしたわ」
口の前まで手を持っていき「申し訳ございませんでした」と首をゆっくり動かします。
侯爵様はなにかとんでもない物を見た時のように目を見張り、次いで眉間に皺が寄っていきました。
どうしたのかしらと考え、ああと合点がいきます。
「腕が疲れましたでしょう。さあ、早く下ろしてくださいな」
期待をこめて見つめていたのですが、侯爵様は片方の眉をひそめたまま「嫌だな」と口の端を吊り上げました。
「下ろしてやりたくない気持ちになってしまった」
「どうしてそうなりますの……」
「さあ? 君はどうしてだと思うんだ」
ハッと息を吐いた侯爵様が笑います。
こめかみに手を当てて考えてみましたが、侯爵様の考えに辿り着くことができませんでした。
「こんなにも君のことを想っているのに、残念なことだ」
「お優しいと言ったではないですか!」
「夫を優しいだけの男にするとは。君もなかなかの悪女だな」
「どうしてそうなるんですの」
急に意地悪になってしまった彼の気持ちについていけません。
口を開けて見上げていますと、「ついでに走りたい気持ちにもなった」と言われて絶句いたしました。
冗談だとばかり思っていましたのに、本当に走り出されて思わず首に腕を回してしがみついてしまいます。
背をしっかりと抱かれてはいるのですが大きく揺れますし、私は……その、こうして抱き上げられたのも初めてなのです。
不安定だとしか感じられません。
「どうしてこんな意地悪をなさるんですの!?」
あまりの恐怖に叫んでしまったのですが、侯爵様は笑うだけで答えては下さいませんでした。
「おくさまはね~、ぼくたちとあそんでくれるんだよ!」
かくれんぼをしたんだ! とイーサンは笑みを振りまくきました。
「妻が?」
こちらを見てこられた侯爵様に、私はどうしてか言いようのない気まずさに襲われました。
子どもと遊ぶなど、冷淡な妻には似合わない行為でしょう。
「こうやって隠れるんだよ、見てて!」
ですが、イーサンが私のドレスの裾を捲り上げて中に入ってこようとすると、目を見開いて仰天されました。
「奥様の足はねえ、すごくキレーなんだよ!」
すらっとしていて、触るとすべすべなのと言われた私は、恥ずかしさのあまり体を震わせてしまいます。
「あなた、奥さまになにを言うんですか!」
顔を真っ赤にしてしゃがみ、顔を手で覆いました。
「そ、そういうのは人に言ってはいけないのよ……」
「え~っ、どうしてえ?」
口の前に人差し指を立てて見せましたが、まだ幼いイーサンは理解していないようです。
「ほお……触ったのか、俺の妻の足に?」
「こ、子どものやったことです」
「俺も見たことがないのに」
見られてたまるものですかと叫びたい気持ちを我慢します。
私は侯爵様に肌を見せたことがありません。
足を見せるなんて……なんて、はしたなくて、恥ずかしいことでしょうか!
とんでもないわと恥じらっていると、ひょいと横抱きに抱えられてしまいました。
きゃあと叫び声を上げ、顔を引きつらせます。
「お、降ろしてください……っ」
あまりの高さに恐れてしまって身動きができません。
落ちてしまったらどうしようかしら、という不安ばかりが頭の中を巡ります。
「奥様、もう行っちゃうの~?」
「まだ遊びたい」と言う子どもに、侯爵は「悪いが」と全く申し訳ないと思っていなさそうな顔でおっしゃいます。
「俺も妻に用があるんでな。君たちはまた今度にしてくれ」
そう言われましても、用事などないように見えたのですが……?
首を跳ね上げて侯爵様を見上げます。
幼子のように抱き上げられるという辱めに耐えるのも限界がありますわ!
「よ、用事とはなんですか」
尋ねますと、侯爵様は嫌味なほどに整った笑みで見下ろしてこられました。
美しいお顔をこんなに近くで見られるなんて、この先一生ないに違いません。
今のうちに堪能しておいた方がいいのではないかという気持ちになってしまい、欲深い時分に対してほとほと困ってしまいます。
「俺が部屋に運んでやろう。君を医者に診せるのが用事だ」
子どもに言っていた話とは若干違うように思えます。
これは元からある用事ではなくこじつけではないでしょうかと、頭が混乱してきてしまいましたわ。
「結構ですわ。怪我をしたのは頭で、足では御座いません」
「頭なんだろう? なら余計に気を付けなければ」
侯爵様が歩き出すとがくんと揺れたのが恐ろしく、悲鳴を上げて身を小さくしようとしました。
侯爵様が喉奥で笑い、腕を首に回せばいいと助言してくださいます。
親切のようで、なんて意地悪なのでしょうか。
侯爵様にしがみつくだなんて、私にはできませんのに……。なんて恐ろしいことをおっしゃるのかしら。
(アリエッサなら絵になったんでしょうけど……こんな私では間抜けに見えてしまうのではないかしら)
化け物の頭をしていなくても、侯爵様の腕に抱かれるなど不敬でしかありません。
お願いですから、もう地面に叩きつけられてもいいので解放されたいと、泣きたいような気持ちになってしまいます。
「もっと食べろ。俺を心配させるな」
そう言われ、侯爵様の顔を見上げました。
(……私のことまで、心配してくださるの?)
前世も今世も、侯爵様はいつも領民や国のことを憂いておられます。
アリエッサという光がこの方に差すまで、孤独であり続けるというのに。
――それでも、私のことまで慮ってくださるだなんて。
「ありがとうございます。侯爵様は本当にお優しいですわね」
いつか、私の太陽と月が愛おしそうに抱き合える時が来たとして。
(この想い出は、私の心を慰めてくれるわ)
感謝が口から零れ出て、間近で見た侯爵様の眉が寄ります。
「君は本当におかしな奴だな」
苦みさえ見いだせる微笑みを浮かべて、ふっと息を漏らされました。
「自分を心配する夫に礼を言う妻がいるか」
「あ……そうですわね。感謝ではなく、謝罪が必要でしたわ」
口の前まで手を持っていき「申し訳ございませんでした」と首をゆっくり動かします。
侯爵様はなにかとんでもない物を見た時のように目を見張り、次いで眉間に皺が寄っていきました。
どうしたのかしらと考え、ああと合点がいきます。
「腕が疲れましたでしょう。さあ、早く下ろしてくださいな」
期待をこめて見つめていたのですが、侯爵様は片方の眉をひそめたまま「嫌だな」と口の端を吊り上げました。
「下ろしてやりたくない気持ちになってしまった」
「どうしてそうなりますの……」
「さあ? 君はどうしてだと思うんだ」
ハッと息を吐いた侯爵様が笑います。
こめかみに手を当てて考えてみましたが、侯爵様の考えに辿り着くことができませんでした。
「こんなにも君のことを想っているのに、残念なことだ」
「お優しいと言ったではないですか!」
「夫を優しいだけの男にするとは。君もなかなかの悪女だな」
「どうしてそうなるんですの」
急に意地悪になってしまった彼の気持ちについていけません。
口を開けて見上げていますと、「ついでに走りたい気持ちにもなった」と言われて絶句いたしました。
冗談だとばかり思っていましたのに、本当に走り出されて思わず首に腕を回してしがみついてしまいます。
背をしっかりと抱かれてはいるのですが大きく揺れますし、私は……その、こうして抱き上げられたのも初めてなのです。
不安定だとしか感じられません。
「どうしてこんな意地悪をなさるんですの!?」
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