田舎娘は後宮妃になりました。

ゆきむらさり

文字の大きさ
44 / 50
後宮妃・二の妃の裁き編

42.宝玉の采配と二の妃のその後

しおりを挟む
「……やり直す? ふふっ、おかしなことを言うのね?」

 ーーそうね、そうできたら、どんなにいいことか……。

 だが、罪人・氷翠には、それが無理なことは分かっている。何よりも、皇帝・王炫がそれを「赦さない」だろうことも……。

 皇帝陛下の伴侶となる後宮妃・宝玉に不敬を働いたのだ。知らなかったこととはいえ、赦されるものではない。

「おそらくは無理な話でしょう。今の私は何の身分もないただの罪人つみびとでしかありません。裁きを待つだけ……」

 宝玉の前に鎮座しながら、そう返事を返す罪人・氷翠。

「何が無理だと言うのでしょう?」

「あなた自身がよくお分かりのはずでは?」

 はて? と眉を寄せては首を傾げる宝玉。

 ーーこの娘は自分の存在価値を知らないのね。無邪気で愛らしく、他の後宮妃のような欲深さもない。眼差しには賢明ささえ宿っている。

 ああっ、だから皇帝陛下はこの娘を寵愛しているのだ。

 ようやく理解する罪人・氷翠。

 深くため息をつく罪人・氷翠は一呼吸おけば、一気に言葉を並べ立てる。

「あなたはご自分の存在価値を認識した方がよろしいわ」

「私の存在価値は微塵ほどもありません」

 よく言うわ……その刹那、高笑いをしてみせる罪人・氷翠。

「ならば、教えて差し上げましょう。あなたは皇帝陛下自らが召し上げた後宮妃でしょう?」

 ――正確に言えば、私が自ら望んだのですが……。

 内心ではつっこみを入れる宝玉。

「あなたのことはともまで聞かされた以上、私が助かる道はなきに等しいわ。皇后に望まれる後宮妃が、まさか侍女の姿で過ごしていると誰が思うの? まんまと騙されたわ」

「ですが、実際に今の私は麗香お姉様付きの侍女ですから……」

 まあ、いいわ……と先を続ける。

「その後宮妃に対し、不敬行為を犯した者が赦されるはずがありません。帝家への叛意ありと見なされ、裁かれることになるのは当然の成り行きだと誰でも分かることよ」

 すでに近衛兵からは、林家の当主夫妻への裁きと末路を伝え聞く罪人・氷翠は、己の運命も同じだと悟っている。

「私への罪状が覆ることはないわ」

「それならば……私が覆します。皇帝陛下からは『おまえの采配に任せる』と仰せつかっておりますので……それに嫌なのです」

 ――采配を任せるとは……皇帝陛下は、それほどにこの娘に心を許し、寵愛している。

 即ち、始まる前から勝敗は決まっていたといえる。

「何が嫌だというのかしら?」

 宝玉は隣で涙を貯める宮女・美玉を視界に捉えながらハッキリと告げる。

「大好きな美玉ちゃんが泣くのも嫌です。それに、心から後悔している“二の妃”様が命を落とすのも見たくはありません。本当に裁かれるべき人が既に罪を贖った以上……あなた様が命を差し出す必要はないと思います。美玉ちゃんから聞きましたが、あなた方姉妹は間違えただけなのです。間違えたのならやり直せばいいのです」

 そして宝玉は続ける。

 実は宮女・美玉も母・美玲が作った鴛鴦おしどりの手巾を持っていることを……母・美玲が義姉・氷翠にも贈っていることを教えてくれたのだ。

 だから、宮女・美玉は宝玉へと言ったのだ。

『今でもお義姉様が大切に持っていると願わずにはいられません。それに賭けてみたいと思います。もしかしたらですが……私たち義姉妹はやり直せるかもしれません』

 そして宮女・美玉は聞いたのだ。

 義姉・氷翠の心からの告白と懺悔を耳にした。

 その瞬間、母・美玲が過去に告げた言葉が、宮女・美玉の脳裏にはまざまざと蘇る。

『半分でも血が繋がっているのだから、誰が何を言おうとも私たちは家族だわ。氷翠様は美玉には唯一人のお姉様なのよ。本当は優しい方なのよ。ねぇ、美玉……雪が春になれば溶けるように、きっといつかあなたたち義姉妹にも春は訪れるわ。母様がそう願っていることを忘れないで……』

「そう……そのようなことを……お優しい美玲様らしいわ。私の大好きな美玲様……」

 そしてポロポロと涙を流す罪人・氷翠。

 頭を地面へと擦り付け、ふっ、うぅ……と嗚咽を始める。

 そして初めて人前で号泣を見せたのだ。


 ◇

 
 のちに、宝玉は罪人・氷翠の号泣する姿を思い出し、彼女の弱さを垣間見たことについて、こう語っている。

「氷翠様は……まるで幼な子のようでした。その姿を見ていると……とても胸が締め付けられました。宝玉は心が痛かったです」

 皇帝・王炫からの返答は「おまえこそ、まだまだ幼な子のようではないか? 色恋に疎いにも程がある」と苦言を呈される。

 ぐうの音も出ない宝玉。

 
 それはさておき。

 宝玉は罪人・氷翠へと、最後にこのように言葉をかけている。

「“二の妃“様、過去に戻ることはできません。ですが、未来に進むことはできます。その未来を新たに始めればいいのです。新たに本当の義姉妹として……家族として始めればいいのです」

 宝玉の言葉に何度もうなずく罪人・氷翠がいる。

「……ありがとうございます……」

 小さな声で感謝の意を表した罪人・氷翠の瞳には、もはや翳りは見当たらない。澄んでいた。


 ◇


 その後。

 罪人・氷翠は罪を許され、退宮し、今では心を入れ替え、人生の再出発を果たしている。

 自ら望んで市井へと下り、ただの町娘として生きることを選んだ元後宮妃・“二の妃”。

 それというのも、「炫様に一生のお願いがあります」と宝玉からの立っての願いで皇帝・王炫が動いたのだ。

「おまえは一生の願いが一生ありそうだな?」

「炫様……笑えませんね。戯言はよしてください」

 後にも先にも大国の皇帝・王炫を動かせるのは、彼の最後の後宮妃・宝玉ぐらいだろう。


 林家により店仕舞いに追い込まれた商家は名誉を挽回され、そこへと三男の嫁として輿入れした氷翠。

 高慢であったかつての自分を恥じ、林家の当主夫妻がしたであろう仕打ちを心から詫び、悔いる意味でも自らの長い髪さえ切り落としたのだ。

 優しい商家の人々が恨むはずもない。

「お嬢様のせいではありません。運が悪かっただけのことです。今では店も再興し、終わり良ければ全て良しではありませんか……しかも、お嬢様のような器量良しの方が、息子の元へとお嫁に来てくださり、我が家は春爛漫です」

 やがて子宝にも恵まれる氷翠。

 今では義妹・美玉とも仲直りをし、手紙のやり取りをするまでに仲を深め、本当の家族としての関係を築いている。


 ◇


 余談。


「炫様もお人が悪いです。そもそも今の私は侍女です。皇后ではありません。不敬罪に問うほうがおかしいのです。こうして指輪も見つかったではありませんか? それにもかかわらず、命まで奪い取るのは鬼畜の所業です。宝玉の目覚めが悪くなります」

「宝玉、おまえは何もわかっていないのだな? おまえは今や余のれっきとした後宮妃。しかも、その指輪には深い意味があるのだぞ。良いか、宝玉? その指輪は……」

「そんなことより炫様! 宝玉はお腹が空きました」

 案の定、「ぐーきゅるきゅる……!」と腹の虫が鳴いている宝玉。鳴いているというよりは、騒いでいると言ったほうが正しい。

「おまえらしい……」

 小さく吐息を吐きながらも皇帝・王炫が手を叩けば、豪華な食事の数々が運び込まれる。

 今では『恩人の優しい武人のお兄さん』と判明した皇帝・王炫に心を許す宝玉。

 一日おきに〈帝宮〉と〈温宮〉を行き来し、今も皇帝・王炫の膝に乗せられ、見事なまでに餌付けされている有り様だ。

「ひゃー! 見ていられません!」

 そういう近衛の李暁明も大概。

 一目惚れした宮女・美玉を口説く毎日だが、「私は宝玉様命です!」と袖にされている感が否めない。


 ◇


 さて。

 宝玉の野菜を踏み付けた愚かな侍女の末路だが、彼女は常に主人の威光を傘に着て、元々横暴だったことが判明。

「反省もしない。食べ物のありがたみもわからない人は、この〈後宮〉には相応しくありません」

 宝玉の鶴の一言により、着の身着のまま〈後宮〉から追い出された侍女は「ちくしょう!」と暴言まで吐く有り様。

 ここまで来ると救いようがない。

 身寄りのない侍女だけに、物乞いになって初めて物のありがたみを知る。「食べられること」の大切さをようやく身に染みる。

 だが、今さら誰も助けてはくれない。

 もはや、後の祭り。

 その後は行方知れずに……。




しおりを挟む
感想 217

あなたにおすすめの小説

愛する女性を側室に望むのなら、いっそ私との婚約は解消してほしいのですが?

四折 柊
恋愛
公爵令嬢ジョゼフィーヌには好きな人がいた。その人は隣国の王子様リック。ジョゼフィーヌはリックと結婚したくて努力をしてきた。そして十六歳になり立派な淑女になれたと自信を得たジョゼフィーヌは、リックにプロポーズをしようとした。ところが彼に婚約者がいたことが発覚し悲しみに暮れる。今まで確認しなかった自分も悪いが、なぜかリックも家族もそのことを教えてくれなかった。そんなときジョゼフィーヌに婚約の打診が来た。その相手は自国のアルバン王太子殿下。断りたいが王命が下り仕方なく受け入れた。それなのに、ある日夜会でアルバンが可憐な令嬢に一目惚れをした。その後、アルバンはその令嬢を側室にしたいと望んだので、お互いのために婚約を解消したいと申し出たが拒絶されて……。ジョゼフィーヌの未来はどうなるのか?!

子供のままの婚約者が子供を作ったようです

夏見颯一
恋愛
公爵令嬢であるヒルダの婚約者であるエリックは、ヒルダに嫌がらせばかりしている。 嫌がらせには悪意しか感じられないのだが、年下のヒルダの方がずっと我慢を強いられていた。 「エリックは子供だから」 成人済みのエリックに、ヒルダの両親もエリックの両親もとても甘かった。 昔からエリックのやんちゃな所が親達には微笑ましかったらしい。 でも、エリックは成人済みです。 いつまで子供扱いするつもりですか? 一方の私は嫌がらせで寒い中長時間待たされたり、ご飯を食べられなかったり……。 本当にどうしたものかと悩ませていると友人が、 「あいつはきっと何かやらかすだろうね」 その言葉を胸に、私が我慢し続けた結果。 エリックは子供を作りました。 流石に目が覚めた両親とヒルダは、エリックと婚約破棄するも、今まで甘やかされたエリックは本当にしつこい。 ねえエリック、知ってる? 「私にはもっと相応しい人がいるのよ?」 非常識な婚約者に悩まされていたヒルダが、穏やかな結婚をするまでの物語。

一年だけの夫婦でも私は幸せでした。

クロユキ
恋愛
騎士のブライドと結婚をしたフローズンは夫がまだ婚約者だった姉を今でも想っている事を知っていた。 フローズンとブライドは政略結婚で結婚式当日にブライドの婚約者だった姉が姿を消してしまった。 フローズンは姉が戻るまでの一年の夫婦の生活が始まった。 更新が不定期です。誤字脱字がありますが宜しくお願いします。

〈完結〉八年間、音沙汰のなかった貴方はどちら様ですか?

詩海猫(8/29書籍発売)
恋愛
私の家は子爵家だった。 高位貴族ではなかったけれど、ちゃんと裕福な貴族としての暮らしは約束されていた。 泣き虫だった私に「リーアを守りたいんだ」と婚約してくれた侯爵家の彼は、私に黙って戦争に言ってしまい、いなくなった。 私も泣き虫の子爵令嬢をやめた。 八年後帰国した彼は、もういない私を探してるらしい。 *文字数的に「短編か?」という量になりましたが10万文字以下なので短編です。この後各自のアフターストーリーとか書けたら書きます。そしたら10万文字超えちゃうかもしれないけど短編です。こんなにかかると思わず、「転生王子〜」が大幅に滞ってしまいましたが、次はあちらに集中予定(あくまで予定)です、あちらもよろしくお願いします*

私が行方不明の皇女です~生死を彷徨って帰国したら信じていた初恋の従者は婚約していました~

marumi
恋愛
「あら アルヴェイン公爵がドゥーカス令嬢をエスコートされていますわ」 「ご婚約されたと噂を聞きましたが、まさか本当だとは!」 私は五年前までこの国の皇女エリシアだった。 暗殺事件に巻き込まれ、幼なじみで初恋の相手だった従者――アルヴェイン公子と共に命からがら隣国、エルダールへ亡命した。 彼の「必ず迎えに来る」その言葉を信じて、隣国の地で彼を待ち続けた……。 それなのに……。 やっとの思いで帰国した帝国の華やかなパーティー会場で、一際目立っているのは、彼と、社交界の華と言われる令嬢だった――。 ※校正にAIを使用していますが、自身で考案したオリジナル小説です。 ※イメージが伝わればと思い、表紙画像をAI生成してみました。

裏切ったのはあなたですよね?─湖に沈められ記憶を失った私は、大公女として返り咲き幸せを掴みます

nanahi
恋愛
婚約者ウィルとその幼馴染ベティに罠にはめられ、湖へ沈められた伯爵令嬢アミアン。一命を取り留め、公女として生まれ変わった彼女が見たのは、裏切り者の幸せな家庭だった。 アミアンは絶望を乗り越え、第二の人生を歩む決意をする。いまだ国に影響力を持つ先の王弟の大公女として、輝くほど磨き上げられていったアミアンに再会したウィルは激しく後悔するが、今更遅かった。 全ての記憶を取り戻したアミアンは、ついに二人の悪事を断罪する。

教養が足りない、ですって

たくわん
恋愛
侯爵令嬢エリーゼは、公爵家の長男アレクシスとの婚約披露宴で突然婚約破棄される。理由は「教養が足りず、公爵夫人として恥ずかしい」。社交界の人々の嘲笑の中、エリーゼは静かに会場を去る。

さようなら、お別れしましょう

椿蛍
恋愛
「紹介しよう。新しい妻だ」――夫が『新しい妻』を連れてきた。  妻に新しいも古いもありますか?  愛人を通り越して、突然、夫が連れてきたのは『妻』!?  私に興味のない夫は、邪魔な私を遠ざけた。  ――つまり、別居。 夫と父に命を握られた【契約】で縛られた政略結婚。  ――あなたにお礼を言いますわ。 【契約】を無効にする方法を探し出し、夫と父から自由になってみせる! ※他サイトにも掲載しております。 ※表紙はお借りしたものです。

処理中です...