ブサイク・アラフォー・猛犬注意! ~三重苦賢者と、降ってきた弟子~

Merle

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12. 菌肢類

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「クダン殿、来てなすったか!」

 暗緑色の肌をした大柄な小鬼ゴブリンが、クダンのもとに駆け寄ってくる。
 大柄といっても小鬼基準での大柄なので、人間の成人男性としては平均よりやや低身長のクダンよりも指二本分ほど低い。しかし、なぜか腰布一枚で露わになっている体躯は細く引き締まっていて、実際よりも長身に見えた。

「おう、カイエン。お邪魔してたぜ……っつか、なぜ半裸?」

 クダンは、自分の背中に隠れたカガチの頭を撫でてやりつつ、カイエンと呼んだこのゴブリンに、仮面の奥から胡乱げな視線を投げかける。

「はっはっ、それはまあ……あれでございますよ」

 カイエンは笑いながら振り返って、自分の背後を指し示した。そちらでは、他のゴブリンたちがちょっとした馬車くらいもある大きな茸を、台車に載せて運び込んでいるところだった。

「ほぅ、菌肢類モーグーの大物……いや、この大きさで尻尾もあるから、お化け菌肢ファットモーグーってやつか」

 菌肢類というのは、茸の魔物だ。菌という名称からも察せられるように、その姿は手足の生えた茸である。
 大きさには個体差があって、子供ほどの大きさから、今回の獲物のように馬車や小屋くらいのものまで確認されている。また、大きさが一定を超えると、自重を支えるための太い支柱みたいな尻尾が生えてくる。この尻尾付きの大型菌肢類には、お化けサイズファットの形容詞が冠されていた。

 モーグーは雑食であり、傘と柄の境目が大きく裂けているところが口になっている。牙はないけれど、口腔がそのまま胃袋になっているような構造をしていて、丸呑みにした獲物を溶解性の唾液で溶かして吸収するのだ。
 食性は雑食で、普段は木や草を食べている。目に相当する器官がないために、鰭のような両手を前に出しながら二本の短い足でよちよち歩きして、ぶつかった草藪を犬食いしたり、若木を叩き折って、少しずつ溶かしながら呑み込んでいったりする。
 虫や動物を食べることもあるけれど、手探りでしか動けないモーグーに捕まる獲物は稀である。むしろ逆に、雑食の魔獣にとってはモーグーのほうが獲物になる。
 しかし、モーグーの表皮は茸と思えないほどに固い。のではなく、のだ。
 モーグーの表皮は格子状に走った繊維で形作られていて、いかにも茸な見た目以上の防刃性能を具えていた。そのため、モーグーに噛みついたり引っ掻こうとした魔獣は牙や爪を繊維質に絡め取られることになって、身動きが取れなくなってしまう。モーグーはそこへ腕を叩きつけたり、張り出した傘の縁で頭突きしてきたりして、魔獣に応戦するのだ。

 なお、モーグーは獲物を弱らせないうちから丸呑みにすることはない。なぜなら、固い表皮に守られていない唯一の部位が口腔内だからだ。モーグー自身もそれを理解しているから、攻撃されたと悟るや否や、がっちりと口を閉じてしまう。そのため、モーグーを狩るときには、モーグーが草木を食べようとして口を開けたところに必殺の一撃を叩き込む、というのが基本になる。
 ただし、モーグーには目がなくとも、耳に相当する器官はあるのだ。蔓鬼灯がそうであったように震動を感知して、自分を捕食しようとする魔物の接近を感知するようだった。とりわけ地面の揺れには敏感なようで、モーグーに気づかれずに近づける忍び足上手はそういない。かといって遠方からの弓射では、口腔内を射貫くことができたとしても仕留めるには至らないことが多く、手負いになったモーグーが暴れたり逃げ出したりする結果になってしまいがちだ。なので、確実に仕留めるためには、槍が届く距離まで近づきつつも防御に専念して手を出さず、モーグーに「この敵は死んだ。あるいは虫の息になった」と誤認させる。するとモーグーは倒した相手を捕食するために口を開くから、そこへ槍を突っ込むなりして致命傷を与えるのだ。

 ところが、ここでまた問題がひとつ。
 まるで動物のように行動するモーグーだが、不思議と脳や心臓のような器官は発見されていない。死体を割いてみると、頭も胴体もただの身が詰まった茸なのだ。なので、一撃で致命傷を与えようとした場合、口腔内から上顎奥側を貫くようにして傘の中心部にある魔臓を潰す以外に狙い目がない。
 しかし、魔臓というのは機能停止すると急速に硬化して、鉱物のような塊になる。これは魔力が蓄積された石、すなわち【魔石】と呼ばれて珍重されている。【魔術師】であれば、魔石に凝縮された魔力を自由に取り出して扱うことができる。また、逆に自身の魔力を魔石に流し込んだときに発生する抵抗を利用すれば、魔力の増幅や誘導を図ることもできる。
 魔術師といえば杖を持っている姿が定番だが、あれは魔石を嵌めて発動器スタッフとするのに都合の良い形体が杖だったというだけの話である。
 また、魔石自体に魔術を刻むことで、魔術師でない者が持っても効果を発揮する魔導具を作る技術も生まれている。

 要するに――魔石というのは魔物から獲れる素材の中でも普遍的に価値があるものなのだ。そして魔石というのは先述の通り、魔臓が硬化したものだから、魔臓を潰してしまえば魔石は得られない。潰した破片が硬化したものもいちおうは魔石だが、魔石の価値はおしなべて大きさに比例する。つまり、魔臓を潰すと儲けが激減するのだ。
 だが、モーグーには魔臓の他に弱点らしい弱点がない。魔臓を潰さないで殺すとなると、そのしぶとさに辟易させられる。だから、魔物狩りを生業にしている討伐者ハンターたちは多くの場合、モーグーを見つけても面倒なので立ち去るか、最初から割り切って魔臓を潰すかの二択になる。モーグーは魔石が獲れなくとも、上手に調理するとになるので、卸先によってはそこそこの値が付くのだ。あくまでもだが。

 さて――ここまで、モーグーは厄介な魔物として語ってきたが、実のところ簡単に倒す方法がある。それは、火を点けることだ。
 魔物に限らず生き物は得てして火に弱いものだが、菌肢類は殊更弱い。刃物を通さない外皮は、松明の火で炙られただけですぐに燃え上げるのだ。しかし、燃えたモーグーは火を消そうとする本能が働くのか、恐ろしい勢いで暴れ出す。
 燃え盛る魔物が森の中で暴れまわればどうなるか――子供でも分かるだろう。結果は大火事だ。故に、モーグーに火を点けることは、ほとんどの土地において死罪とされている。
 ――というか、森での狩りで火を使うという発想が出る奴は頭がおかしい。一部の魔術師は大量の水を出したり、火を一瞬で消したりすることができるとも言うが、そんな凄腕の魔術師は魔物狩りで生計を立てたりしないで、王家や貴族に抱えられるなり学院に入るなりして税金で暮らす身分になっていよう。無論、中には凄腕なのに隠遁している偏屈者もいるだろうけど、そんな例外は例にならないので話題に挙げない。
 つまりは、ある意味例外ずるである火を使わずに尻尾付きの大型モーグーを討ち取ってきたゴブリンの戦士たちは凄い、という話だ。

 台車に載せられているファットモーグーには傷らしい傷が見当たらないので、おそらくはお手本通りに自分を丸呑みするように誘って、魔石を潰して仕留めたのだろう。だが、尻尾付きファットともなると魔臓も肥大化していて、普通の槍でひと突きしたくらいでは潰すに至らない。そうなった場合、ファットモーグーは口腔内を刺されたことなど意に介さずに、正面にいる攻撃者を丸呑みにするだろう。そして、獲物を丸呑みにしたモーグーは、獲物を消化するまで口を開けなくなってしまう。
 モーグーの体格が大きいほど唾液の量も多くなるためか、その溶解力も体格に比して強くなっていく。ファットモーグーに呑み込まれたら、十分以内に助けられないと皮膚や眼球が回復不能なほど溶かされてしまうと言われている。

「いやはや、参りましたぞ。誘いに乗って大口を開けたところへ槍を叩き込んで深手を与えた、と油断してしまったのですな。魔物に丸呑みされて溶かされかけるという希有な体験をしてしまいましたぞ」

 カイエンはそう言って、呵々と笑った。

「なるほど、それで服を溶かされたから布一枚になった、ってわけか。身体のほうはよく無事だったな」

 クダンはカイエンが腰布一枚で帰ってきた理由に納得すると、改めてカイエンの身体に目をやる。
 皮膚が溶解して肉や骨が見えている箇所もない。皮膚がざらついているのは元からだし、至って平気そうだ。もしこれが人間だったら髪や眉毛が溶け落ちていたかもしれないが、幸いにしてゴブリンは最初からその辺の毛が生えていなかった。

「魔力で強化できたから、彼奴の口の中でも身体が保ちましたわい。それもこれもクダン殿のおかげですぞ」
「そりゃ良かった。俺も手解きした甲斐があるよ」

 カイエンたちゴブリンは人型の魔物、すなわち魔臓を有した人型の生物であり、生まれながらの【魔人】だ。そして、ゴブリンは数多の人型魔物の中でも、図抜けて【魔術師】が生まれやすい。多くのゴブリンは生まれながらの才能を眠らせたまま死んでいくが、もしも人間が確立させた魔力の訓練方法を実行したら、どうなるのか?
 ――こうなるのである。

「丸呑みにされてどうなることかと思いましたが、全身全霊を搾り尽くせば、わりとどうにかなるものですな。はっはっ!」

 丸呑みにされたカイエンは恐慌を来すことなく精神統一すると、口腔上側を貫いて魔臓に刺さったままの槍を握り、魔力で最大限に強化された筋力でもって超高速の振動を起こして魔臓を破裂させたのだと語った。

「クダン殿が以前に仰っていたコブジュツなるものを試してみたのですぞ。いや、さすがはクダン殿が必殺技と仰るだけのことはありましたわい。もっとも、一発で両腕がこれこの通りですが」

 そう言ってカイエンは肩を竦めたが、両腕はだらりと下がったままだった。衝撃波が発生するほど高速振動させた両腕は、しばらく使い物にならなくなるほど損傷してしまっていた。

「しばらく狩りに出られなくなってしまいましたが、コブジュツのこつは掴みましたぞ」

 カイエンは得意げに笑っていた。
 一般的な人間の美的感覚からすれば醜悪に感じるはずの相貌なのだが、クダンにはそれが不思議と人懐っこいものに見えるのは、付き合いの長さがそう見させるからか、はたまた鏡を見ている気分になるからなのか。

「……あ、あのっ」

 ゴブリンたちがやってきてからずっとクダンの背中に隠れて顔を覗かせるだけだったカガチが、ふいにクダンの服をくいくい引っ張る。

「どうした?」

 クダンが見下ろすと、カガチはどこか責めるような目つきでクダンを見上げていた。

「いっ、一番弟子……わっ、わたし、じゃ……な、なかった……?」
「え……あっ、違うぞ! こいつらには訓練方法を教えただけで、ちゃんと面倒を見たわけじゃないんだ。むしろ、やり方を口頭で伝えただけなのにを再現させるとか、こいつらちょっと規格外だ――ああいや、そういうのはどうでも良くてだな。つまり、こいつらはぎりぎり教え子と言えなくもねぇが、弟子ではない。だから、一番弟子はカガチ、おまえだ。本当だぞ、本当!」

 クダンはなぜ自分が早口で捲し立てて釈明しているのかと不思議に思わなくもなかったが、思考とは別のところで舌が回っていた。
 釈明するクダンをじっと見つめていたカガチだが、その目からふっと力が抜ける。

「ん……な、なら……いい」
「お、おう」

 満足げに頬笑んだカガチを見て、クダンもほっと胸を撫で下ろし……自分が弟子の機嫌を取って安堵していることに気づいて、釈然としないものを感じるのだった。
 師弟のやり取りを背中のほうから見ていたビアンカたち女性陣がにやにや顔で笑いを堪えていたこと気がつかなかったのは、きっとクダンにとって不幸中の幸いだった。
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