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3章
45-2. 粉もんズ・ドリーム ロイド
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「ラーメンが食いたい――そう思ってから、もうけっこう経ったよなぁ……」
日に日に高く青く、そして暑くなりつつある空を見上げて、しみじみ呟く。
ラーメンを作りたいとは思ったものの、最初は紐状に切ったクレープにしかならなかった。そこから、生地を寝かせてみたり、塩と水の量を加減してみたり、混ぜ方を工夫してみたりした結果、それなりにうどんらしい食べ物を作ることはできた。腰はいまひとつだったけれど、つるんとした喉越しは我ながら上手くいったと思っている。
獣の骨を焼いたものと野菜の端切れから煮出した出汁を、塩で味を調えたスープ。そこに泳がせて啜るうどんは、俺と有瓜にとっては違和感が残る出来映えだった。
鰹節と昆布、それに醤油がないことの物足りなさもあったけれど、何よりも麺の風味が違うのだ。これはたぶん、小麦の品種が日本で食べていたものと違うからだろう。なんというか、うどんの太さにして柔らかく茹でたスパゲッティを食べているような印象だった。
なまじ味の記憶がある俺と有瓜にはちぐはぐな印象になってしまったうどんだが、アンとシャーリーには大好評だった。
「つるつるして美味しいです。最初、長いのがちょっと食べにくいと思いましたけど、慣れたら、このちゅるちゅるが美味しいです!」
「あのもったり粥がこんなふうになるのかよ……! でも、あたいはクレープのほうが好きかも……」
小麦粉と言えば目の粗い全粒粉で、その調理法といえば煮てお粥にすることだけだった姉妹二人にとって、クレープやうどんは革命的な料理だったようだ。早口で感想を言い立てながらも、有瓜に倣って使えるようになっていた箸を使って、つるつると啜っていたものだ。
そうした前提があったからこそ、育児が大変な現在でもこうして、麺の研究に時間を割くことができているのだった。
「と言っても、これが手に入ったのはラーメン研究とは全然別のところからなんだよな……」
ラーメン研究、あんまり意味がなかったのかな……と自嘲しながら手に取ったのは、木彫りの器に入った水――水溶液だ。
それを作り出した切欠は、石鹸が作れないかと試していたときだった。
この辺りの河原には、有瓜がセッケンイシだかイシセッケンだか呼んでいる剥離性の便利な石が山のように転がっているけれど、それだと赤ん坊の肌には少々刺激が強すぎるかも、と有瓜が言い出した。それによって急遽、いわゆる普通の石鹸が作れないかの研究開始がゴブリンたちの全会一致で決定されたのだった。
なお、普通の石鹸はこの世界にも普通に存在している。村では誰も使っていなかったけれど、行商人に尋ねてみたら普通に「今度持ってくるかい?」と返された。さらに詳しく聞いてみると、石鹸を買うのは富裕層だと相場が決まっているのだそうだ。
つまり、石鹸は値が張るのだ。そのために、買えないくらい高いなら手作りすればいいじゃないか、という考えに相成ったわけだった。
実際に手作りを試みるのが、それを言い出したゴブリンたちではなく俺だということに釈然としないものを感じないでもないのだが、肉体労働では彼らに敵わない以上、俺はこういう身体を動かさないのに疲れる方面で頑張るしかないのだった。
とはいえ、俺がこれまでやってきたのは料理に関することばかりだ。石鹸作りなんて、日本にいた頃でもやったことはない。それでもうろ覚えの知識を記憶の底から引っ張ってきて、とにかくやってみることにした。
「確か、灰を煮た汁と油を混ぜるとケンカとか言うのが起きるんだよ……な?」
答えてくれる相手はいないのに、独り言がついつい疑問形になってしまう。それくらい、うろ覚えもいいところの記憶を頼りに、俺は石鹸作り――の、たぶん前段階になる灰汁作りを始めた。
焚き火で出た灰を煮込み、上澄みを掬って獣脂と混ぜる。工程はそれだけだ。というか、それ以外は分からない。
実際にやってみると、これがもう笑えるほど固まらなかった。灰汁と混ざった獣脂が、火にかけながらひたすら混ぜているうちに、なんとなくどろっと水飴状になっていくのは分かった。でも、どれだけ煮ながら混ぜても、火から下ろして二日ほど放置してみても、どろっとした油は固まってはくれなかった。
ただし、試しに手を洗ってみると、油のべたつきはなかったし、食後の皿を洗ってみると油汚れがわりと落ちたので、石鹸的なものになっているのは間違いなかった。
だけど……
「でもこれ、油臭いですし、洗浄力もいまいちですし……これなら石鹸石を薄めて使ったほうが身体に良さそうですよね」
有瓜の無慈悲で正当な評価を最後に、手作り石鹸プロジェクトは無期限の停止となったのだった。
でも、その後でふと思いついた俺は、神官を呼んで試してもらった。
「魔術でさ、水に溶けているものだけを集めることってできないか?」
結果から言うと、可能だった。
神官のイメージ力の問題なのか、はたまた誰が使っても魔術というのはそういうものなのか――水溶液から溶けている成分を抽出することは不可能だったが、その逆、つまり水を抜き取ることは可能だった。とにかくその魔術を使ってもらうことで、煮詰めるよりもずっと手軽かつ高濃度の灰汁成分を手に入れることができた。
でもやっぱり、石鹸は固まらなかった。こうなるともう、材料が足りないか、やり方が間違っているか、またはその両方なのだろう。
ということで石鹸作りは今度こそ、すっぱり諦めた。というより、灰汁から成分を抽出しているときに思い出したことがあって、そちらを早く試したくて仕方なくなっていた。
「この灰汁成分、鹹水の代わりになる……よな?」
灰汁、鹹水、にがり――そのあたりは成分が似通っていたような記憶がある。違うかもしれないけれど、それは試せば分かることだ。
ということで現在、俺は前もって神官の協力で用意してもらっていた濃縮灰汁を混ぜながら小麦粉を練っているのだった。
「お……おっ、おおぉ!」
手触りが明らかに、水だけで小麦粉を練ったときとは違う。粘り気が出るのを待つまでもなく、あっという間にガムのような手応えになっていく。鹹水なしのときより、ずっと少量の水で良さそうだ。
さらに練っていくと、手応えはどんどん重たくなっていく。これがいわゆる、腰がある、というやつか。それに色味も黄みがかっているような気がする。
「これはいける……いけるぞ……!」
正しく手応えを感じている実感に、口元が緩んでくる。そんな俺の顔とは逆に、生地はどんどん弾力を増していく。
もう十分だろうと思ったところで生地を休ませて、その間にスープを作る。基本はうどんのときと同じスープだけど、麺の風味と弾力がうどんよりも強くなっているので、スープにも肉の硬いところや、えぐみの強い野菜を入れてバランスを取るようにした。醤油も味噌もないので塩で味付けるしかできなかったけれど、それなりの味にはなったと思う。
「チャーシューも作るべきか……まあ、それは次の課題ってことで」
さすがに具を作る気力までは沸かなかった。
というとろで、放置していた生地を見る。とくに膨らんだ感じはない。そりゃまあ、酵母も何も入っていないのだから当然だが。
打ち粉をするのにも貴重な白い小麦粉を使うので、かなり心が痛んだ。それでも涙を呑んで打ち粉をした麺打ち台に生地を広げて、叩いて伸して畳んで、とんとん細く切っていく。
ちなみに麺打ち台は肉や野菜を焼くときに使っている石板と同じもので、戦士らが大雑把な形に整えた石塊を、神官が砂利を吹き付けるような魔術で研磨して作ったものだ。さらに余談だが、ゴブリンたちも含めていまや全員が使えるようになっている箸も、神官が同じ方法で研磨して仕上げたものだったりする。
さて、切った麺を握ったり揉んだりすると縮れ麺になるとネットのどこかで見た気もするのだが、握ったらせっかく切った麺が元の塊に戻ってしまいそうで、今回は真っ直ぐなままでいくことにする。
「おおぅ、ラーメンっぽいですねぇ」
その声に驚いて顔を上げると、いつの間にか有瓜が麺打ち台を挟んだ正面に有瓜がしゃがんでいた。頭を巡らせてみれば、シャーリーにアン、ゴブリンたちまでもがずらりと居並んでいた。
「うわっ……」
「あ、わたしたちのことは気にしないでください」
有瓜が口元まで持ち上げた右手を左右に振って言うけれど、いや、気になるだろ……。
「本当に気にしないでください。ただ、出来立て熱々を食べたくて待っているだけなので」
「……この人数だと、一人一口くらいになるぞ。あと、味見もまだだから、味は一切保証しないぞ」
「分かってますって」
有瓜が頷くと、他のみんなも同じようにこくこく頷く。そして皆一様に、期待で瞳をきらきらさせている。そこまでされたら、俺だって満更ではない。
茹で上がった麺を人数分の小鉢に盛っては塩味のスープを注いでいく。最初の数人分は俺一人でやったけれど、そこからはアンとシャーリーにも手伝ってもらって、流れ作業でやっていった。
いつもなら全員に配り終えてから、有瓜の号令で一斉に食べ始めるのだけど、今回は配られた順に食べ始めてもらうようにしてもらっていた。だから、配膳しながら先に食べ始めた連中の様子を窺っていたので、きっとそうだろうなと予想はしていたけれど、実際に食べてみたら、その通りだった。
「あ、これラーメンだ」
一口目をずずっと啜って出た感想が、それだった。
うどんとは添加物がひとつ増えただけの違いなのに、その噛み応えと独特の風味は確かに、うどんではなくラーメンだった。
「うどんと似てるけれど、んっ……もっと、もちもちして……!」
「この味、なんだぁ? うどんはまだ小麦って分かったけど、これはなんか……本当に小麦で作ったもんなのかぁ!?」
アンとシャーリーにとって鹹水の風味はカルチャーショックだったようで、ラーメンを啜る二人の顔には戸惑いが浮かんでいる。けれども、箸を持った右手は上下に忙しなく往復するのを止めようとはしていない。少なくとも不味いわけではないようだ。
そんな二人の赤ん坊、ダイチとミソラは、母親の真似をして眉根を寄せて睨めっこしている。成長の早い二人だけど、さすがにラーメンはまだ早いように思えて、今回は見ているだけにさせていた。もっと騒ぐかなと思ったけれど、母親二人が微妙な顔をしているためか、食べたがって喚くことはしていなかった。存外、悔しい。
ゴブリンたちは麺を啜るどころか、本当に一口でぺろりと平らげてしまって、お代わりはないのかと聞いてくる。まあ、好みに合ったということなのだろう。
そして有瓜は――泣いていた。
「うっ……っ……美味しくなひ……! 麺もぐにぇぐにぇで、ぶつぶつで、スープもなんか足りてないし、ニンニクも胡麻もないし……お醤油もお味噌もないし! こんなの、ただの……ただの塩豚骨じゃないですかぁ! うっ、うううぅッ!!」
有瓜は歯軋りしながら啜り泣いている。泣きながら麺を啜っている。
「……泣くか食べるか貶すか、どれかひとつにしろよ」
なんと言っていいのか分からず、咄嗟に出たのはそんな憎まれ口だ。
「美味しくない美味しくない美味しくないっ!」
「って、貶すのかよ! せめて泣くのにしろよ!」
「義兄さん、うるさいです。わたし、こんなんじゃ満足しないんだから、次はもっと美味しく作ってくれなくちゃ駄目なんですからっ!」
有瓜は真っ赤な涙目をして、俺に向かって唇を尖らせる。片手で振り上げた器には、汁の一滴さえ残っていなかった。
ラーメン作りはそれからも続けた。
神官にかなり頑張ってもらって、生地の温度と湿度の管理ができるようになった。でも、小麦粉の質はどうにもならないから、あとはスープを頑張るべきだろう。やはり、味噌と醤油の不在が痛い。こうなったらモツの塩辛でも作って、魚醤ならぬ肉醤作りに挑戦してみるか? 上手くいけばチャーシューの漬け汁にもできるよな。
……そんなラーメン脳だった俺のところに、その報告は飛んできた。
久々に山賊退治をしたゴブリンたちが、緑色の変なものを拾ってきたのだった。
日に日に高く青く、そして暑くなりつつある空を見上げて、しみじみ呟く。
ラーメンを作りたいとは思ったものの、最初は紐状に切ったクレープにしかならなかった。そこから、生地を寝かせてみたり、塩と水の量を加減してみたり、混ぜ方を工夫してみたりした結果、それなりにうどんらしい食べ物を作ることはできた。腰はいまひとつだったけれど、つるんとした喉越しは我ながら上手くいったと思っている。
獣の骨を焼いたものと野菜の端切れから煮出した出汁を、塩で味を調えたスープ。そこに泳がせて啜るうどんは、俺と有瓜にとっては違和感が残る出来映えだった。
鰹節と昆布、それに醤油がないことの物足りなさもあったけれど、何よりも麺の風味が違うのだ。これはたぶん、小麦の品種が日本で食べていたものと違うからだろう。なんというか、うどんの太さにして柔らかく茹でたスパゲッティを食べているような印象だった。
なまじ味の記憶がある俺と有瓜にはちぐはぐな印象になってしまったうどんだが、アンとシャーリーには大好評だった。
「つるつるして美味しいです。最初、長いのがちょっと食べにくいと思いましたけど、慣れたら、このちゅるちゅるが美味しいです!」
「あのもったり粥がこんなふうになるのかよ……! でも、あたいはクレープのほうが好きかも……」
小麦粉と言えば目の粗い全粒粉で、その調理法といえば煮てお粥にすることだけだった姉妹二人にとって、クレープやうどんは革命的な料理だったようだ。早口で感想を言い立てながらも、有瓜に倣って使えるようになっていた箸を使って、つるつると啜っていたものだ。
そうした前提があったからこそ、育児が大変な現在でもこうして、麺の研究に時間を割くことができているのだった。
「と言っても、これが手に入ったのはラーメン研究とは全然別のところからなんだよな……」
ラーメン研究、あんまり意味がなかったのかな……と自嘲しながら手に取ったのは、木彫りの器に入った水――水溶液だ。
それを作り出した切欠は、石鹸が作れないかと試していたときだった。
この辺りの河原には、有瓜がセッケンイシだかイシセッケンだか呼んでいる剥離性の便利な石が山のように転がっているけれど、それだと赤ん坊の肌には少々刺激が強すぎるかも、と有瓜が言い出した。それによって急遽、いわゆる普通の石鹸が作れないかの研究開始がゴブリンたちの全会一致で決定されたのだった。
なお、普通の石鹸はこの世界にも普通に存在している。村では誰も使っていなかったけれど、行商人に尋ねてみたら普通に「今度持ってくるかい?」と返された。さらに詳しく聞いてみると、石鹸を買うのは富裕層だと相場が決まっているのだそうだ。
つまり、石鹸は値が張るのだ。そのために、買えないくらい高いなら手作りすればいいじゃないか、という考えに相成ったわけだった。
実際に手作りを試みるのが、それを言い出したゴブリンたちではなく俺だということに釈然としないものを感じないでもないのだが、肉体労働では彼らに敵わない以上、俺はこういう身体を動かさないのに疲れる方面で頑張るしかないのだった。
とはいえ、俺がこれまでやってきたのは料理に関することばかりだ。石鹸作りなんて、日本にいた頃でもやったことはない。それでもうろ覚えの知識を記憶の底から引っ張ってきて、とにかくやってみることにした。
「確か、灰を煮た汁と油を混ぜるとケンカとか言うのが起きるんだよ……な?」
答えてくれる相手はいないのに、独り言がついつい疑問形になってしまう。それくらい、うろ覚えもいいところの記憶を頼りに、俺は石鹸作り――の、たぶん前段階になる灰汁作りを始めた。
焚き火で出た灰を煮込み、上澄みを掬って獣脂と混ぜる。工程はそれだけだ。というか、それ以外は分からない。
実際にやってみると、これがもう笑えるほど固まらなかった。灰汁と混ざった獣脂が、火にかけながらひたすら混ぜているうちに、なんとなくどろっと水飴状になっていくのは分かった。でも、どれだけ煮ながら混ぜても、火から下ろして二日ほど放置してみても、どろっとした油は固まってはくれなかった。
ただし、試しに手を洗ってみると、油のべたつきはなかったし、食後の皿を洗ってみると油汚れがわりと落ちたので、石鹸的なものになっているのは間違いなかった。
だけど……
「でもこれ、油臭いですし、洗浄力もいまいちですし……これなら石鹸石を薄めて使ったほうが身体に良さそうですよね」
有瓜の無慈悲で正当な評価を最後に、手作り石鹸プロジェクトは無期限の停止となったのだった。
でも、その後でふと思いついた俺は、神官を呼んで試してもらった。
「魔術でさ、水に溶けているものだけを集めることってできないか?」
結果から言うと、可能だった。
神官のイメージ力の問題なのか、はたまた誰が使っても魔術というのはそういうものなのか――水溶液から溶けている成分を抽出することは不可能だったが、その逆、つまり水を抜き取ることは可能だった。とにかくその魔術を使ってもらうことで、煮詰めるよりもずっと手軽かつ高濃度の灰汁成分を手に入れることができた。
でもやっぱり、石鹸は固まらなかった。こうなるともう、材料が足りないか、やり方が間違っているか、またはその両方なのだろう。
ということで石鹸作りは今度こそ、すっぱり諦めた。というより、灰汁から成分を抽出しているときに思い出したことがあって、そちらを早く試したくて仕方なくなっていた。
「この灰汁成分、鹹水の代わりになる……よな?」
灰汁、鹹水、にがり――そのあたりは成分が似通っていたような記憶がある。違うかもしれないけれど、それは試せば分かることだ。
ということで現在、俺は前もって神官の協力で用意してもらっていた濃縮灰汁を混ぜながら小麦粉を練っているのだった。
「お……おっ、おおぉ!」
手触りが明らかに、水だけで小麦粉を練ったときとは違う。粘り気が出るのを待つまでもなく、あっという間にガムのような手応えになっていく。鹹水なしのときより、ずっと少量の水で良さそうだ。
さらに練っていくと、手応えはどんどん重たくなっていく。これがいわゆる、腰がある、というやつか。それに色味も黄みがかっているような気がする。
「これはいける……いけるぞ……!」
正しく手応えを感じている実感に、口元が緩んでくる。そんな俺の顔とは逆に、生地はどんどん弾力を増していく。
もう十分だろうと思ったところで生地を休ませて、その間にスープを作る。基本はうどんのときと同じスープだけど、麺の風味と弾力がうどんよりも強くなっているので、スープにも肉の硬いところや、えぐみの強い野菜を入れてバランスを取るようにした。醤油も味噌もないので塩で味付けるしかできなかったけれど、それなりの味にはなったと思う。
「チャーシューも作るべきか……まあ、それは次の課題ってことで」
さすがに具を作る気力までは沸かなかった。
というとろで、放置していた生地を見る。とくに膨らんだ感じはない。そりゃまあ、酵母も何も入っていないのだから当然だが。
打ち粉をするのにも貴重な白い小麦粉を使うので、かなり心が痛んだ。それでも涙を呑んで打ち粉をした麺打ち台に生地を広げて、叩いて伸して畳んで、とんとん細く切っていく。
ちなみに麺打ち台は肉や野菜を焼くときに使っている石板と同じもので、戦士らが大雑把な形に整えた石塊を、神官が砂利を吹き付けるような魔術で研磨して作ったものだ。さらに余談だが、ゴブリンたちも含めていまや全員が使えるようになっている箸も、神官が同じ方法で研磨して仕上げたものだったりする。
さて、切った麺を握ったり揉んだりすると縮れ麺になるとネットのどこかで見た気もするのだが、握ったらせっかく切った麺が元の塊に戻ってしまいそうで、今回は真っ直ぐなままでいくことにする。
「おおぅ、ラーメンっぽいですねぇ」
その声に驚いて顔を上げると、いつの間にか有瓜が麺打ち台を挟んだ正面に有瓜がしゃがんでいた。頭を巡らせてみれば、シャーリーにアン、ゴブリンたちまでもがずらりと居並んでいた。
「うわっ……」
「あ、わたしたちのことは気にしないでください」
有瓜が口元まで持ち上げた右手を左右に振って言うけれど、いや、気になるだろ……。
「本当に気にしないでください。ただ、出来立て熱々を食べたくて待っているだけなので」
「……この人数だと、一人一口くらいになるぞ。あと、味見もまだだから、味は一切保証しないぞ」
「分かってますって」
有瓜が頷くと、他のみんなも同じようにこくこく頷く。そして皆一様に、期待で瞳をきらきらさせている。そこまでされたら、俺だって満更ではない。
茹で上がった麺を人数分の小鉢に盛っては塩味のスープを注いでいく。最初の数人分は俺一人でやったけれど、そこからはアンとシャーリーにも手伝ってもらって、流れ作業でやっていった。
いつもなら全員に配り終えてから、有瓜の号令で一斉に食べ始めるのだけど、今回は配られた順に食べ始めてもらうようにしてもらっていた。だから、配膳しながら先に食べ始めた連中の様子を窺っていたので、きっとそうだろうなと予想はしていたけれど、実際に食べてみたら、その通りだった。
「あ、これラーメンだ」
一口目をずずっと啜って出た感想が、それだった。
うどんとは添加物がひとつ増えただけの違いなのに、その噛み応えと独特の風味は確かに、うどんではなくラーメンだった。
「うどんと似てるけれど、んっ……もっと、もちもちして……!」
「この味、なんだぁ? うどんはまだ小麦って分かったけど、これはなんか……本当に小麦で作ったもんなのかぁ!?」
アンとシャーリーにとって鹹水の風味はカルチャーショックだったようで、ラーメンを啜る二人の顔には戸惑いが浮かんでいる。けれども、箸を持った右手は上下に忙しなく往復するのを止めようとはしていない。少なくとも不味いわけではないようだ。
そんな二人の赤ん坊、ダイチとミソラは、母親の真似をして眉根を寄せて睨めっこしている。成長の早い二人だけど、さすがにラーメンはまだ早いように思えて、今回は見ているだけにさせていた。もっと騒ぐかなと思ったけれど、母親二人が微妙な顔をしているためか、食べたがって喚くことはしていなかった。存外、悔しい。
ゴブリンたちは麺を啜るどころか、本当に一口でぺろりと平らげてしまって、お代わりはないのかと聞いてくる。まあ、好みに合ったということなのだろう。
そして有瓜は――泣いていた。
「うっ……っ……美味しくなひ……! 麺もぐにぇぐにぇで、ぶつぶつで、スープもなんか足りてないし、ニンニクも胡麻もないし……お醤油もお味噌もないし! こんなの、ただの……ただの塩豚骨じゃないですかぁ! うっ、うううぅッ!!」
有瓜は歯軋りしながら啜り泣いている。泣きながら麺を啜っている。
「……泣くか食べるか貶すか、どれかひとつにしろよ」
なんと言っていいのか分からず、咄嗟に出たのはそんな憎まれ口だ。
「美味しくない美味しくない美味しくないっ!」
「って、貶すのかよ! せめて泣くのにしろよ!」
「義兄さん、うるさいです。わたし、こんなんじゃ満足しないんだから、次はもっと美味しく作ってくれなくちゃ駄目なんですからっ!」
有瓜は真っ赤な涙目をして、俺に向かって唇を尖らせる。片手で振り上げた器には、汁の一滴さえ残っていなかった。
ラーメン作りはそれからも続けた。
神官にかなり頑張ってもらって、生地の温度と湿度の管理ができるようになった。でも、小麦粉の質はどうにもならないから、あとはスープを頑張るべきだろう。やはり、味噌と醤油の不在が痛い。こうなったらモツの塩辛でも作って、魚醤ならぬ肉醤作りに挑戦してみるか? 上手くいけばチャーシューの漬け汁にもできるよな。
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