義妹ビッチと異世界召喚

Merle

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3章

45-1. 粉もんズ・ドリーム ロイド

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 竜のことを調べに来た五名の騎士を捕まえ、竜に会わせて、寝起きのこいつはおっかないぞと脅して帰したのが昨日のことだ。
 日に日に暖かくなってくる陽気のなか、ゴブリンたちは昨日のことがなかったかのように日常業務を熟している。育児に、狩りに、昼寝に、森の見回りに――俺たちはそれなりに忙しいのだ。といっても、俺が最近、育児に次いで励んでいるのは料理研究だったりする。
 育児に関しては基本的に、シャーリーとアンの母親姉妹と交代制で回している。今日は午前中が母親二人の番で、午後から俺が面倒を見る予定だ。今頃、姉妹二人はあの小さな台風二人組に振りまわされていることだろう。そして、午後になって俺が面倒を見るターンになったときには、疲れ切ってお昼寝モードに入っていることだろう。
 たまに例外もあるけれど、基本的に午後番のほうが楽なのだ。

「明日は、俺が午前中を受け持ってやるか」

 と呟きつつも、それは明日の話。いまは目の前の料理に集中だ。
 いま俺が取り組んでいるのは麺作りだ。実のところ、この取り組みは村から小麦粉を仕入れられるようになって以来、ずっと続けていることだったりする。つまり、半年近くやって未だに成功していないということだ。
 麺なんて、小麦を塩と水で練ればいい――そう思っていたのは遠い昔だ。初めてクレープを作ろうとしたときは驚いたものだ。
 籾殻のたっぷり混ざった茶色っぽくて粒の不揃いな小麦粉は、いくら捏ねても全くまとまってくれなかった。おかげで長らく、お粥しか作ることができなかった。

 もちろん、俺だってただ手を拱いて粥を煮ていたわけではない。粘り気のある草や蜂蜜、花の蜜などを混ぜてみたり、ひたすら掻き混ぜてみたり、水と塩の量を変えてみたり……と色々試してみた。でも、どろどろのお粥になるばかりで、ちゃんとした塊になってくれなかった。
 重ねた幾多の失敗が教えてくれたのは、いくら練ってもまとまらないのは全粒粉だからだ、ということだった。粉に混ざっている籾殻の部分が、糊化だかグルテンだかの邪魔をしているのが、塊にならない原因なのだ。つまり、粉の段階でもっと精製度を高めないといけないのだ。
 俺にそっち方面の現代知識チートがあれば、製粉機を作って村に提供することもできたのだろうけど、俺が知っている千歯扱きとおそらく同等のものは既に村にもあった。それに、村で作っている小麦の量はけして多くない。俺たちが食べている小麦粉の大半は、村人経由で行商人から買い入れたものだ。
 村人のふりをして行商人と直接話をしてみたのだけど、白い小麦粉も用意しようと思えば、できないこともないらしい。ただ、そのとき聞かされたお値段は、いつもの茶色い小麦粉とは段違いで、とても手が出せるものではなかった。

「買えないのなら、作るしかない!」

 というわけで、俺は茶色い全粒粉の小麦粉から白い部分(胚乳?)を分離する計画を実行に移した。
 といっても難しいことをするわけではなく、村の共有財産である石臼(ふたつの円盤が重なっているもの)を借りて、目の粗い小麦粉をさらに何度も碾いて細かくし、行商人に用立ててもらった篩を使って茶色と白色を篩い分けただけだ。
 ……と言ったけれど、字面で言うほど簡単ではなかった。単純作業の連続ではあったけれど、簡単ではなかった。非常に手間がかかって、疲れて、とてもではないが割に合わない作業だった。一食分の小麦粉を製粉するために半日を費やすとか、さすがに狂気の沙汰だった。
 白い小麦を日常的に食べるためには技術革新が必要だった。現代知識も、図面を引いたり大工作業する能力が伴わないのでは、ただの妄想と同じことだった。

「生産スキルとかそういうの、ないのかよ……」

 残念ながら、何度試してもメニュー画面が開くことはなかった。

「べつにこれはこれで美味しいじゃないですか」

 有瓜はそう言って、もったりしつつもざらざらした粗挽き全粒粉のお粥で満足していたけれど、俺はやっぱりちゃんとしたを、お好み焼きやクレープを、腹一杯になるまで食べたかった。
 そんな個人的な苦境を打破してくれたのは、神官の成長だった。

 ゴブリンたちが出会った当初の姿から大きく姿を変えていることは、既に何度も述べているので今更かもしれないけれど、ここで改めて記そう。
 もともと比較的大柄だった戦士たちは、さらに大きく太くなって、騎士たちがオーガだトロールだと勘違いするような姿になっている。一方、戦士ではなかった小柄なゴブリンたちは、大きさこそ変わらないものの、手足がどんどん引き締まっていき、猫科の獣を思わせる体型になっている。
 そうした変化の中で、ただ一人の魔術師である神官は、当初の見た目からほとんど姿を変えていなかった。強いて言うなら、背筋がしゃんと伸びて知恵者の容気かたぎが感じられるようになったくらいだ。

 神官に起きた変化は見た目ではなく、魔術に関してだった。
 出会った当初は火を熾したり、微風を吹かせるのが精一杯で、しかも一度魔術を使っただけで暗緑色の肌が黄緑色になるくらい血の気を引かせていたものだけど、いつの間にやら息をするように火種を作ったり、衝撃波を起こして巨大な獣を怯ませたりすることができるようになっていた。
 しかも、ただ魔術の出力が大きくなっただけではない。この前、洞窟内で騎士たちの松明を素早く消してみせたように、魔術行使のために集中してから発動させるまでの速さと、真空を作り出すほどの出力を狙った箇所にだけ発現させる精密さにも磨きがかかっていた。
 この上達した魔術のおかげで、神官は密閉容器内に強力な空気の渦を生み出すことに成功。これにより、容器の中に丸く削った石を複数個入れて渦を発生させることで、目の粗い全粒粉の小麦粉を、手動の石臼を碾くのとは比べものにならない速さで脱穀しながら粉砕できるようになったのだ。
 さらに、さらさらの粉になった小麦粉を茶色の籾殻と白色の胚乳とに篩い分けるときも、籾だけが吹き飛ぶ程度の微風を安定して吹かせることで、その効率はぐんと伸びた。
 謹んで製粉魔術と呼びたくなる一連の魔術により、俺はとうとう白くて細かな小麦粉をたっぷりと手に入れることができたのだった。

 なお、この渦を作る魔術は汎用性がとても高く、水中で使うことで洗濯機や食器洗い機として頑張ってもらうこともある。
 戦士や忍者と違って神官はたった一人しかいない貴重な存在なのに、魔術を一番活用しているシーンが炊事や洗濯というのは申し訳なく思ってもいるのだけど、神官本人が「みんなの役さ立てんのば、これ以上の喜びさ、ねぇだすだで」と言ってくれているのに、かなり甘えてしまっている状況だ。本人曰く、荒事で頑張るよりもずっと遣り甲斐があるらしい。つくづく、良い奴である。

 ともかくこうして、俺は白くて細かな小麦粉を手に入れることできた。
 その小麦粉に塩を少々振って、水を少しずつ加えながら混ぜていくと、水を吸った小麦粉が粘り気を持ちながらくっつき合って、ひとつの塊へと練り上がっていく。その塊を手の平で押して平たく伸し、畳んで重ねて塊に戻してからまた押して――と何度か続けていくと、その塊は粘りと弾力を持ち合わせた麺に捏ね上がっていた。

 あのときの感動を、俺はまだ憶えている。
 初めて、焼き上げても崩れずに持ち上がり、具材を巻いても千切れなかったクレープの味を、俺は生涯忘れないだろう。
 だが同時に、クレープの成功は俺にさらなる欲を惹起させた。

 そう――ラーメンを食べたい、という欲を。
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