義妹ビッチと異世界召喚

Merle

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4章

63-1. 偽りの巫女 ロイド

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 自称「竜の巫女」にして、自称「レーベン王国の王女」である少女、ルピス・フィス・レーベン。
 俺は色々あった結果、そんな彼女を両肩に担いで木々の生い茂る山道を駆け上り、竜の寝床へと向かっているところだった。
 竜が寝ているのは、森に覆われた丘陵が連なる一帯を見下ろすように聳えている崖の足下にある、巨大なスプーンで刳り貫いたみたいな空洞の中だ。改めて眺めると、こんな空洞が自然に穿たれるものなのだろうか? いまもこの奥で鼾を掻いているだろう寝こけドラゴンが火球を吐いて抉ったにしては、あのときそんな物音はしなかった。だから、あいつが飛来する以前からこの洞穴は開いていたのだろうが……もしかしてずっと以前にやってきた竜か、それと同じような魔物だかが掘った穴だったりするのだろうか。
 というか、ここの地形だ。白波を立てる荒海を固めたみたいな険しい丘陵地帯というか低山地帯なわけだが、こういう地形は自然に形成されるものなのだろうか? 氷河期の終わりとかに流れ出した氷河で削られた地形だったりするのかも? でも、空撮図を見たわけではないから曖昧なのだけど、ここの丘陵地帯の広がり方は、川が流れていたにしては歪な形をしているような気がするのだ。
 まあ、気がする、以上のことは言えないのだけど。こんなことなら地理の勉強をもっとしておけば良かった。

「従者様、どうしました?」
「いや、なんでもない。どうでもいいこと考えてただけ」
「そうですか」
「それよりも、もうすぐだ」

 俺は行く手を指差す。その先はまだ、緞帳のような木々に立ち塞がれていて見えないけれど、隣でルピスが喉を引き攣らせるのが聞こえた。

「あ、ああ……」
「やっぱり引き返すか?」
「いや、ここまで来たんだもの。溺れるなら潜れ、よ」

 ルピスの横顔は怖じ気づいているように見えたが、聞き返した俺に、すぐさま頭を振ってみせた。

「溺れるなら潜れ、か。すごい言いまわしだな。意味は分るけど」
「慣用句よ。庶民は使わないの?」
「……分らん」

 俺が知っているこの世界の庶民は、行商人が月一で来る程度の山村の住人たちだけだ。思い返してみると、彼らはそこまで複雑な言いまわしを使っていなかったような気もする。この世界ではこんな言いまわしをするのだな、と思うようになったのは、ラヴィニエと話すようになってからかもしれない。
 言葉遣いの差はそのまま、田舎と都市部、庶民と貴族(郷士?)だとかの教育レベルの差を暗示しているのだろう。
 ……いやでも、辺鄙な山村で生まれ育ったアンは読み書きができる。後になって教わったラヴィニエに比べたら知っている語彙はずっと少なかったけれど、それでも十分に大したことだと思う。
 でも実際のところ、この世界における識字率ってどのくらいなのだろう? 国や地域によって差はあるだろうけれど、俺だってもう一年はここで暮らしているのだ。近在の社会についてくらい知っておきたい。
 ……って、いま考えることでもないか。
 どうにも散らかる思考を振り払いながら歩を進めると、見る間に木々が疎らになって、足下がごつごつした岩肌へと変わっていく。そして正面に向けられた視界には、崖の側面にぽっかりと穿たれた大穴が見えていた。

「……!」

 隣でルピスが喉を引き攣らせる。声が掠れすぎて悲鳴にもならなかったようだ。
 日差しの関係で大穴の奥まで見通すことはできなかったが、目で見えなくとも分ることがある。穴の奥から響いてくる肺腑を揺さぶるような重たい震動と、それに合わせて吹きだしてくる強烈な存在感。
 存在感を感じる、などというとファンタジーだけど、これはたぶん要するに、フェロモンに近い何かだ。嗅覚を通さずに感じる匂いのようなものを感じ取っているのだろう――って結局、適当ファンタジーな解釈にしかなっていないか。
 とにかく、正面に開いた大穴には、そこに足を踏み入れることを本能的に拒否させる威圧的な何かがあった。

「女王陛下、どういたしましょうか?」

 俺は自然と声を潜めて問いかける。

「い……行くわ」

 ルピスは掠れ声ながらも気丈に答えると、暗がりに奥を隠された大穴へと踏み出した。俺もすぐに追いかけて、彼女の隣を歩く。
 数歩も進まぬうちに、先ほどから内臓を揺さぶってきている重低音の正体に気づいた。これは――いびきだ。

「あの野郎、高鼾かよ」

 竜にとって年単位で寝るのは普通のことなのかもしれないけれど、それでもムカついた。義妹を身重にさせておいて自分はぐーすか高鼾の亭主、いや情夫? 間男? とにかく、夫ですらない無責任野郎が高鼾を掻いていると思ったら、そりゃもうムカつくに決まっている。
 だけど、沸々と怒りを募らせる俺とは対照的に、ルピスは顔を紙のように白くしていた。――そういえば、この世界の紙は白いのだろうか? 羊皮紙や木の皮だとかが一般的なら「紙のように茶色い」となるのだろうか……?
 むっ……こんなどうでもいいことに思考が飛ぶなんて、俺、思ったより怒っていない? ……いや、違うな。ガチガチに緊張しているルピスを見ていて、怒りが中和されていたようだ。

「女王陛下、落ち着いてくださいな。竜は寝ているだけですよ」
「ね、寝ている……そ、そうね。そうだわ、そうよね。起こさなければ、いいのよね」
「起こさなかったら話もできないけどな」
「あぁ……!」

 からかってみれば、面白いように百面相するルピス。俺はついつい口元を笑わせてしまう。だがそれも、彼女が次の一歩を踏み出そうとするときまでだった

「――!」

 ひゅ、と息を呑む音。ルピスは両目を見開き、驚愕に顔色を無くす。
 洞穴の内に灯りはなかったけれど、日差しが全く届いていないわけではない。近づいたことと目が慣れたことで、そこに座する巨大なものの姿が見えてしまった。

「竜……」

 ルピスの口から搾り出すように告げられた、それを指し示す言葉。
 竜、ドラゴン――そういえば、これまで何となくと言ったりと言ったりしていたけれど、違いはないのだろうか? ずっと、自動翻訳がどちらも同じ単語に訳しているのだろうな、と勝手に思っていたから気にしていなかったのだけど、みんなが普通に日本語を話していたからには、竜でもドラゴンでも意味が通じていたことになる。
 ――いや、そんなに気にすることでもないのか? 例えば車を、車両、自動車、自動四輪、乗用車、カー……と、どれで呼んでも、大筋において同じものとして意味が通じるわけで、竜とドラゴンもつまり、そういうことだというわけだ。

「従者様……」

 ラピスが小声で尋ねてくる。

「うん?」
「これは、どのように起こしたら良いのだろうか……」

 竜は犬猫のように顎を地べたへ付けて、ごおごおと台風のような鼾を掻きながら、こちらに寝顔を向けている。俺たちは鼻先たった五メートルほどのところに立っているのに、竜にはまったく気づいた様子がない。俺たちのことなど、蟻が這っている程度にも思っていないということか。

「鼻面を蹴っ飛ばしてやればいいんじゃない?」
「けっ、蹴る!? そんな恐ろしい!!」
「そうは言うけど、こうして大声を上げていても起きる気配がないんだ。有瓜もそうしたと言っていたし、鼻面を蹴っ飛ばすのが正しい竜の起こし方なんだよ」
「まさか……いやしかし、確かに目を覚ます気配が一向に……む、むむ……」

 ルピスは眉間に縦皺を寄せて唸り始めた。

「じょ――」

 俺は、冗談だよ、と笑ってやろうとして口を開きかけたそのときだった。
 何の前触れもなく、竜の顎ががばりと開いた。
 鮮やかな朱色の口腔と、ずらりと並んだ乳白色の牙。そして、暗がりへと続く洞穴のような口峡。
 熊一頭を丸呑みできそうな口腔が、俺とルピスの正面五メートルで当に文字通り、大口を開けていた。
 身構えたり逃げたりする余裕はなかった。一瞬で思考が麻痺していた。唯々ただただ、この大顎がこちらに迫りながら閉じていくのを、閉じることを忘れた両目で眺めていた。俺の身体は並んだ牙で穴だらけにされて、噛み千切られて、朱色の口腔をいっそう赤い血の色で染め変えるのだろうな――と、嫌になるほど凪いだ頭で思った。

「は――」

 半開きで固まった唇の隙間から呼吸が零れる。その音を呑み込むように、竜の大顎は閉じられた――俺たちの鼻先一メートルのところで。

「……って、ただの欠伸……かよ」

 要するに、そういうことだったようだ。
 竜の両目はまだ閉じられたままで、こちらに気づいている様子は皆無。閉じた口の内側から、ごぉんごぉんと腹に響く重低音の鼾を掻いている。惰眠を貪りながら大欠伸とは、つくづくもっていいご身分だな!

「あ……っ、あ、ぁ……」

 どさり、と音がしたので隣を見たら、ルピスが尻餅をついていた。腰が抜けたようだった。

「大丈夫か?」
「あ、ぅ……あ、あぁ……大事ない……少々、足に力が入らないだけだ……」

 俺を見上げるルピスの顔は引き攣っているけれど、初めて目の当たりにした巨大生物に噛みつかれそうになって気を失っていないだから、本当に大したものだと思う。

「そうか。それで……どうする?」
「どうする、とは?」
「こいつを起こさないと話を聞いてもらうも何もないだろ。どうやって起こすんだ?」
「……いい」

 ルピスは小さく震えるように頭を振った。

「いい?」

 俺の質問に対する回答にしては妙な言いまわしだ。不思議に思って聞き返したら、返事は明快だった。

「もういい。諦める。帰る。みんなのところに帰る」
「え、いいのか? だって――」
「帰るぅ……」
「あ……うん。そうだね、すぐ帰ろう」

 暗がりのせいですぐに気がつかなかったけれど、ルピスの目からはぼろぼろと、大粒の涙が後から後から零れていた。そこには凜とした王女も、凜とした王女であろうとする少女もいやしなかった。
 帰る、帰る……と、涙を流し続けながら呟き続けるルピス。両手はぺたぺたと地面を叩いているが、これは腰が抜けて立てないけれど一刻も早くこの場から立ち去りたくて、手で這ってでも逃げようとしてのことだろう。
 仕方がないから、俺がルピスを背負って洞穴を出た。最初は肩を貸すだけで済まそうと思ったけれど、それでは足りないほどにルピスの身体は虚脱していた。ここに来るまでも肩に担いだりしてきたけれど、そのときよりずっと重く感じられた。
 人間ってこんな短時間で重さが変わるものなんだな、と妙な感慨を覚えながら洞穴を出た。外で待っていた忍者ゴブリンに泉までの案内を頼んだのは、ルピスを背負った背中が温かいもので湿ってしまっていたからだった。
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