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「凪さん、デートしましょう、デート」
「……なんだよ、いきなり」
ある平日の晩、通話の最中に衛士が何の脈絡もなく、そう言ってきた。
「や、だって、俺たちお試しだけど付き合ってるわけじゃないっすか。だったら、デートしないとじゃないっすか」
「だったら、の使い方がおかしい気はするが、言いたいことは理解した」
「じゃあ!」
「ああ、分かった。デートしよう」
「マジっすか!?」
「なんで、おまえが驚くんだよ」
「いやぁ……素直にOKしてもらえると思ってなかったので……」
「……おまえ、俺のこと本当に好きなの?」
俺が胡乱げな溜め息を吐いた途端に、
「好きっす! 好き……好きですッ!!」
思わずスマホを取り落としそうになるほどの大音声で連呼された。
「っ……分かった。分かったから、音量を落とせ」
「凪さん、本当に分かってるっすか!? 俺、本当に……!」
「あー、分かってる分かってる」
「なんか言い方、適当じゃないっすか!?」
「……そんなことないって」
「いまの間! なんで、そんなことない、って言う前に間が空いたんすか!?」
「気のせいだろ」
「いや――」
「それよりも、デートはいつだ? 今度の日曜でいいのか?」
「あ、はい。それで大丈夫っす」
「行き先とかのプランは、そっちで考えてるのか?」
「はい、一応は」
「じゃあ任せた。楽しみにしてるぞ」
「あ……はい! 楽しみにしててください!」
ビデオ通話でなくとも、衛士がいま心の尻尾を千切れんばかりに振りまわしているのが見えてくるような嬉し声だった。
言い淀んだことを誤魔化すつもりでデートの話題を転がしただけだったのが申し訳なく思えてしまう。
「うん……じゃあ、そういうことで今夜はそろそろ……」
「はい。お話できて楽しかったっす。凪さん、おやすみなさい」
「おう、おやすみ……衛士」
「あ……♥」
俺に名前を呼ばれた衛士が嬉しそうな声を出すのを聞きながら、俺は通話を切った。
スマホに映る通話終了の表示を見ながら、よく分からない溜め息が口を衝く。
「べつに変な意味じゃなく、なんか……なんつうか……照れ臭くて言い淀んだんだよ。分かれよ、ばーか……」
……言ってから、すごく恥ずかしくなった。
アラサー男のこんな独白、どこに需要があるんだよ……。
お試しなのに、同性相手なのに――俺はもしかしたら、少し舞い上がっているのかもしれない。
●
「あっ、凪さん。こっちっす!」
日曜日、待ち合わせの駅で改札を出てすぐ、既にやって来ていた衛士がこちらに向けて大きく手を振ってきた。
「……おい、止めろ」
俺は早足で駆け寄り、その手を下ろさせる。
「え、なんでっす?」
「普通に恥ずかしいからだ。ガキ同士じゃないんだから、手を振って呼ぶな!」
「あはっ、ごめんなさい。俺、朝からっていうか昨日の夜からテンション上がりすぎてて、凪さんの顔見たらもう……あっ、でも駆け寄ったり飛びついたりしなかったのは褒めてほしいっす!」
「その発想が出てくる時点で褒められねぇっつの」
俺が溜め息を吐くと、俺を見たときから喜色満面だった衛士の表情が曇る。
「……ごめんなさい。俺、マジちょっと、はしゃぎすぎっすよね。それで凪さんに嫌な思いさせちゃ、色々台無しっすよね……ごめんなさい」
「あ、いや、べつに嫌な思いはしてないぞ。ただ、おまえのテンションが想像以上に高くて面食らっただけで」
「俺がはしゃぎすぎなのは否定してくれないんすね」
「それは事実だろ」
「事実っすね」
調子を取り戻した衛士が、くしゃっと笑み崩れる。
俺よりも10cmは背が高いのに、こうして無防備に笑う姿は人懐っこい大型犬だ。明るい茶髪と相俟って、ゴールデンレトリバーを思わせる。
「おまえ、犬耳とか似合いそうだよな」
「えっ」
衛士が目を瞠ったのを見て、俺は心の声が口に出ていたことに気がついた。
「あっ、いや、いまのは違うぞ。なんでもない、おまえの聞き間違いだ!」
「凪さん……俺、まだ何も言ってないっすよ」
「よし、じゃあそのまま何も言わなくていい」
「はい、分かったっす」
衛士は聞き分けよく頷いてくれた。こいつは何だかんだと、いいやつなんだよな――
「今度のときまで、黙って犬耳、用意しておくっす」
「分かってねぇし。黙ってねぇし!」
耳が熱くなるのを感じながら言い返した俺に、衛士はあははっと笑うのだった。
「えっと、そろそろ動きましょうか」
一頻り笑ったところで、衛士がそう切り出す。
「……そうだな。行こう」
不毛な言い合いを続けても疲れるだけだから、俺も衛士の言葉に首肯した。
「ところで、行き先ってどこなんだ? おまえが全部任せろって言うから聞いてなかったけど、もう教えてくれてもいいだろ」
「うーん……せっかくなので、もうちょっと秘密で」
「勿体付けるなぁ。というか、自分でそんなにハードル上げて大丈夫なのか? 最悪、俺はあからさまな愛想笑いで気を遣うことになるぞ」
「……やっぱりいま教えるっす」
「いや、いい。聞かない。我慢する」
「いえいえ、いいので聞いてください」
「いいです」
「いやいや」
いえいえ、いやいや――と言い合っているうちにお互い無意味に楽しくなってきて、俺と衛士は年甲斐もなく肩を震わせて笑い合ったのだった。
衛士の案内で向かった先は、水族館だった。
といっても、電車に揺られているうちから、なんとなく察しは付いていた。
「うーん、どこ行くんだろうなー。分からないなー」
「凪さん……そういう小芝居、いいっす……本当、マジ……」
隣に立っている衛士が吊革を掴んでいないほうの手で顔を覆う。でも、赤く染まった耳がしっかり見えていて、くっくっと喉が笑ってしまうのを堪えられなかった。
「冷静に考えれば、到着まで行き先を隠しておくなんて、そもそも無理っすよね。さっきパパッと言っちゃえばよかったっす……」
衛士は顔を隠したまま、両手の隙間からめそめそと零す。
そんな姿を見ていたら、ちょっとからかいすぎたな、と後ろめたくなった。
「……まあでも、電車に乗ってしばらくは楽しめたよ。俺なんて毎日同じところを往復するばっかで、休日だって家にいることばっかりだから、どこに連れて行かれるのか考えてわくわくするの、楽しかった……いや、いまも現在進行形で楽しんでるな」
「凪さん……!」
衛士は顔を上げたかと思ったら、潤んだ瞳で俺を見つめて……空いた手を挙動不審にわたわたさせた。
「……なんの踊りだ?」
「やっ、だって凪さんがすごい優しいから、俺なんかもう抱き締めたくなって、でもここ電車だし、周りに他のお客さんいるし我慢しなきゃーって」
「……うん。そういうことを周りに聞こえる音量で言っちゃうのも我慢してほしかったよね」
「あ……」
衛士がいまさら気づいて周りに視線を飛ばす。
休日の午前中ということもあって、車内には華やかな服装の客がそれなりに同乗している。
大丈夫、ひとは案外、他人のことの興味がないものだし……と思いながら俺も周りをちらりと見やってみたら、少なからぬ女性がさっと目を逸らすのを見てしまった。
え、なんでこんなに注目されていたんだ? ――という疑問は自己解決。
「……なるほど。ただしイケメンは除く、と」
二十代前半の高身長イケメンが笑ったり恥ずかしがったりしている姿は、世の女性にとって他人の範疇に当て嵌まらないようだった。
見れば、ものすごい指使いでスマホを弄っている女性もいる。
さすがに写真は撮られていないだろうけど、「いま電車内でイケメンが男に抱きつこうとしてた!」とかの呟きがネットに投げられたことは間違いないだろう。
「凪さん、ごめんなさい」
衛士が小声で謝ってくる。いまさら小声になっても、と思ったけれど、おかげでひとつ自覚できた。
「いいよ。俺は案外、他人の目に興味がないみたいだ」
「凪さん……」
「あ、もう着くぞ。この駅だろ?」
「……はい」
ゆっくりと速度を落としていった電車が止まり、扉が開く。水族館に直通のこの駅で降りる客は多くて、俺と衛士もその流れに乗って駅のホームを進んでいく。
「……!?」
隣を歩く衛士の顔を、思わず見つめた。
歩いている途中、衛士の手が俺の手に触れ、そっと指先を包むように握ってきたからだ。
「他人の目、気にならないんなら……いいっす、よね?」
衛士はこちらにちらりと横目を向けただけですぐ前に向き直って、小声でそう言ってくる。その横顔は、耳も頬も、夏を先取りした今日の陽気が言い訳にならないくらいの朱に染まっていた。
……あるいはひょっとして、もしかしたら、俺の頬も似たような色になっているのかもしれない。顔が暑い気がする。あと、急に汗が出始めた。
触れ合っている指と指の温度が気になる。衛士の指は俺のより温度が高いようだ。じゃあ、衛士はいま、今日みたいな陽気の日には凪さんの指が冷たくて心地好いな、などと思っていたりするのだろうか。
――聞いてみようか? 「衛士、いま何を考えてる?」と。
ああ、でもそれを聞いたら、きっと逆に尋ねられるだろう。
『凪さんは何を考えてるんすか?』
そう聞かれたら、俺はなんて答える?
『水族館に男二人組って俺たちだけだろうな、って』
とか言って、はぐらかすか。
ああ、でもそうしたらきっと、衛士はこう言うんだ。
『だって、水族館だと否応なくそういう感じじゃないっすか』
『そういう感じ?』
『デートって感じ、っす』
……うわぁ!!
「……」
俺の顔は自分でも分かるくらい熱くなっていた。
手を握るというのもおこがましい、二本指で指切りしているだけなのに、妄想で頭がいっぱいになるなんて……あ、あれ? 俺、もしかして、ひょっとしなくても……ドキドキしている……?
「……」
結局、水族館までの短い直通通路を歩く間、俺たちは一言も話さなかった。
衛士が話しかけてこなかったのも俺と同じ理由なのかなと思うと、耳の内側で胸の鼓動がますます響いた。
「……なんだよ、いきなり」
ある平日の晩、通話の最中に衛士が何の脈絡もなく、そう言ってきた。
「や、だって、俺たちお試しだけど付き合ってるわけじゃないっすか。だったら、デートしないとじゃないっすか」
「だったら、の使い方がおかしい気はするが、言いたいことは理解した」
「じゃあ!」
「ああ、分かった。デートしよう」
「マジっすか!?」
「なんで、おまえが驚くんだよ」
「いやぁ……素直にOKしてもらえると思ってなかったので……」
「……おまえ、俺のこと本当に好きなの?」
俺が胡乱げな溜め息を吐いた途端に、
「好きっす! 好き……好きですッ!!」
思わずスマホを取り落としそうになるほどの大音声で連呼された。
「っ……分かった。分かったから、音量を落とせ」
「凪さん、本当に分かってるっすか!? 俺、本当に……!」
「あー、分かってる分かってる」
「なんか言い方、適当じゃないっすか!?」
「……そんなことないって」
「いまの間! なんで、そんなことない、って言う前に間が空いたんすか!?」
「気のせいだろ」
「いや――」
「それよりも、デートはいつだ? 今度の日曜でいいのか?」
「あ、はい。それで大丈夫っす」
「行き先とかのプランは、そっちで考えてるのか?」
「はい、一応は」
「じゃあ任せた。楽しみにしてるぞ」
「あ……はい! 楽しみにしててください!」
ビデオ通話でなくとも、衛士がいま心の尻尾を千切れんばかりに振りまわしているのが見えてくるような嬉し声だった。
言い淀んだことを誤魔化すつもりでデートの話題を転がしただけだったのが申し訳なく思えてしまう。
「うん……じゃあ、そういうことで今夜はそろそろ……」
「はい。お話できて楽しかったっす。凪さん、おやすみなさい」
「おう、おやすみ……衛士」
「あ……♥」
俺に名前を呼ばれた衛士が嬉しそうな声を出すのを聞きながら、俺は通話を切った。
スマホに映る通話終了の表示を見ながら、よく分からない溜め息が口を衝く。
「べつに変な意味じゃなく、なんか……なんつうか……照れ臭くて言い淀んだんだよ。分かれよ、ばーか……」
……言ってから、すごく恥ずかしくなった。
アラサー男のこんな独白、どこに需要があるんだよ……。
お試しなのに、同性相手なのに――俺はもしかしたら、少し舞い上がっているのかもしれない。
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「あっ、凪さん。こっちっす!」
日曜日、待ち合わせの駅で改札を出てすぐ、既にやって来ていた衛士がこちらに向けて大きく手を振ってきた。
「……おい、止めろ」
俺は早足で駆け寄り、その手を下ろさせる。
「え、なんでっす?」
「普通に恥ずかしいからだ。ガキ同士じゃないんだから、手を振って呼ぶな!」
「あはっ、ごめんなさい。俺、朝からっていうか昨日の夜からテンション上がりすぎてて、凪さんの顔見たらもう……あっ、でも駆け寄ったり飛びついたりしなかったのは褒めてほしいっす!」
「その発想が出てくる時点で褒められねぇっつの」
俺が溜め息を吐くと、俺を見たときから喜色満面だった衛士の表情が曇る。
「……ごめんなさい。俺、マジちょっと、はしゃぎすぎっすよね。それで凪さんに嫌な思いさせちゃ、色々台無しっすよね……ごめんなさい」
「あ、いや、べつに嫌な思いはしてないぞ。ただ、おまえのテンションが想像以上に高くて面食らっただけで」
「俺がはしゃぎすぎなのは否定してくれないんすね」
「それは事実だろ」
「事実っすね」
調子を取り戻した衛士が、くしゃっと笑み崩れる。
俺よりも10cmは背が高いのに、こうして無防備に笑う姿は人懐っこい大型犬だ。明るい茶髪と相俟って、ゴールデンレトリバーを思わせる。
「おまえ、犬耳とか似合いそうだよな」
「えっ」
衛士が目を瞠ったのを見て、俺は心の声が口に出ていたことに気がついた。
「あっ、いや、いまのは違うぞ。なんでもない、おまえの聞き間違いだ!」
「凪さん……俺、まだ何も言ってないっすよ」
「よし、じゃあそのまま何も言わなくていい」
「はい、分かったっす」
衛士は聞き分けよく頷いてくれた。こいつは何だかんだと、いいやつなんだよな――
「今度のときまで、黙って犬耳、用意しておくっす」
「分かってねぇし。黙ってねぇし!」
耳が熱くなるのを感じながら言い返した俺に、衛士はあははっと笑うのだった。
「えっと、そろそろ動きましょうか」
一頻り笑ったところで、衛士がそう切り出す。
「……そうだな。行こう」
不毛な言い合いを続けても疲れるだけだから、俺も衛士の言葉に首肯した。
「ところで、行き先ってどこなんだ? おまえが全部任せろって言うから聞いてなかったけど、もう教えてくれてもいいだろ」
「うーん……せっかくなので、もうちょっと秘密で」
「勿体付けるなぁ。というか、自分でそんなにハードル上げて大丈夫なのか? 最悪、俺はあからさまな愛想笑いで気を遣うことになるぞ」
「……やっぱりいま教えるっす」
「いや、いい。聞かない。我慢する」
「いえいえ、いいので聞いてください」
「いいです」
「いやいや」
いえいえ、いやいや――と言い合っているうちにお互い無意味に楽しくなってきて、俺と衛士は年甲斐もなく肩を震わせて笑い合ったのだった。
衛士の案内で向かった先は、水族館だった。
といっても、電車に揺られているうちから、なんとなく察しは付いていた。
「うーん、どこ行くんだろうなー。分からないなー」
「凪さん……そういう小芝居、いいっす……本当、マジ……」
隣に立っている衛士が吊革を掴んでいないほうの手で顔を覆う。でも、赤く染まった耳がしっかり見えていて、くっくっと喉が笑ってしまうのを堪えられなかった。
「冷静に考えれば、到着まで行き先を隠しておくなんて、そもそも無理っすよね。さっきパパッと言っちゃえばよかったっす……」
衛士は顔を隠したまま、両手の隙間からめそめそと零す。
そんな姿を見ていたら、ちょっとからかいすぎたな、と後ろめたくなった。
「……まあでも、電車に乗ってしばらくは楽しめたよ。俺なんて毎日同じところを往復するばっかで、休日だって家にいることばっかりだから、どこに連れて行かれるのか考えてわくわくするの、楽しかった……いや、いまも現在進行形で楽しんでるな」
「凪さん……!」
衛士は顔を上げたかと思ったら、潤んだ瞳で俺を見つめて……空いた手を挙動不審にわたわたさせた。
「……なんの踊りだ?」
「やっ、だって凪さんがすごい優しいから、俺なんかもう抱き締めたくなって、でもここ電車だし、周りに他のお客さんいるし我慢しなきゃーって」
「……うん。そういうことを周りに聞こえる音量で言っちゃうのも我慢してほしかったよね」
「あ……」
衛士がいまさら気づいて周りに視線を飛ばす。
休日の午前中ということもあって、車内には華やかな服装の客がそれなりに同乗している。
大丈夫、ひとは案外、他人のことの興味がないものだし……と思いながら俺も周りをちらりと見やってみたら、少なからぬ女性がさっと目を逸らすのを見てしまった。
え、なんでこんなに注目されていたんだ? ――という疑問は自己解決。
「……なるほど。ただしイケメンは除く、と」
二十代前半の高身長イケメンが笑ったり恥ずかしがったりしている姿は、世の女性にとって他人の範疇に当て嵌まらないようだった。
見れば、ものすごい指使いでスマホを弄っている女性もいる。
さすがに写真は撮られていないだろうけど、「いま電車内でイケメンが男に抱きつこうとしてた!」とかの呟きがネットに投げられたことは間違いないだろう。
「凪さん、ごめんなさい」
衛士が小声で謝ってくる。いまさら小声になっても、と思ったけれど、おかげでひとつ自覚できた。
「いいよ。俺は案外、他人の目に興味がないみたいだ」
「凪さん……」
「あ、もう着くぞ。この駅だろ?」
「……はい」
ゆっくりと速度を落としていった電車が止まり、扉が開く。水族館に直通のこの駅で降りる客は多くて、俺と衛士もその流れに乗って駅のホームを進んでいく。
「……!?」
隣を歩く衛士の顔を、思わず見つめた。
歩いている途中、衛士の手が俺の手に触れ、そっと指先を包むように握ってきたからだ。
「他人の目、気にならないんなら……いいっす、よね?」
衛士はこちらにちらりと横目を向けただけですぐ前に向き直って、小声でそう言ってくる。その横顔は、耳も頬も、夏を先取りした今日の陽気が言い訳にならないくらいの朱に染まっていた。
……あるいはひょっとして、もしかしたら、俺の頬も似たような色になっているのかもしれない。顔が暑い気がする。あと、急に汗が出始めた。
触れ合っている指と指の温度が気になる。衛士の指は俺のより温度が高いようだ。じゃあ、衛士はいま、今日みたいな陽気の日には凪さんの指が冷たくて心地好いな、などと思っていたりするのだろうか。
――聞いてみようか? 「衛士、いま何を考えてる?」と。
ああ、でもそれを聞いたら、きっと逆に尋ねられるだろう。
『凪さんは何を考えてるんすか?』
そう聞かれたら、俺はなんて答える?
『水族館に男二人組って俺たちだけだろうな、って』
とか言って、はぐらかすか。
ああ、でもそうしたらきっと、衛士はこう言うんだ。
『だって、水族館だと否応なくそういう感じじゃないっすか』
『そういう感じ?』
『デートって感じ、っす』
……うわぁ!!
「……」
俺の顔は自分でも分かるくらい熱くなっていた。
手を握るというのもおこがましい、二本指で指切りしているだけなのに、妄想で頭がいっぱいになるなんて……あ、あれ? 俺、もしかして、ひょっとしなくても……ドキドキしている……?
「……」
結局、水族館までの短い直通通路を歩く間、俺たちは一言も話さなかった。
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