29歳から始めるイケメンわんこの上手な飼い(飼われ?)方

Merle

文字の大きさ
5 / 16

2-1

しおりを挟む
「凪さん、デートしましょう、デート」
「……なんだよ、いきなり」

 ある平日の晩、通話の最中に衛士が何の脈絡もなく、そう言ってきた。

「や、だって、俺たちお試しだけど付き合ってるわけじゃないっすか。だったら、デートしないとじゃないっすか」
「だったら、の使い方がおかしい気はするが、言いたいことは理解した」
「じゃあ!」
「ああ、分かった。デートしよう」
「マジっすか!?」
「なんで、おまえが驚くんだよ」
「いやぁ……素直にOKしてもらえると思ってなかったので……」
「……おまえ、俺のこと本当に好きなの?」

 俺が胡乱げな溜め息を吐いた途端に、

「好きっす! 好き……好きですッ!!」

 思わずスマホを取り落としそうになるほどの大音声で連呼された。

「っ……分かった。分かったから、音量を落とせ」
「凪さん、本当に分かってるっすか!? 俺、本当に……!」
「あー、分かってる分かってる」
「なんか言い方、適当じゃないっすか!?」
「……そんなことないって」
「いまの間! なんで、そんなことない、って言う前に間が空いたんすか!?」
「気のせいだろ」
「いや――」
「それよりも、デートはいつだ? 今度の日曜でいいのか?」
「あ、はい。それで大丈夫っす」
「行き先とかのプランは、そっちで考えてるのか?」
「はい、一応は」
「じゃあ任せた。楽しみにしてるぞ」
「あ……はい! 楽しみにしててください!」

 ビデオ通話でなくとも、衛士がいま心の尻尾を千切れんばかりに振りまわしているのが見えてくるような嬉し声だった。
 言い淀んだことを誤魔化すつもりでデートの話題を転がしただけだったのが申し訳なく思えてしまう。

「うん……じゃあ、そういうことで今夜はそろそろ……」
「はい。お話できて楽しかったっす。凪さん、おやすみなさい」
「おう、おやすみ……衛士」
「あ……♥」

 俺に名前を呼ばれた衛士が嬉しそうな声を出すのを聞きながら、俺は通話を切った。
 スマホに映る通話終了の表示を見ながら、よく分からない溜め息が口を衝く。

「べつに変な意味じゃなく、なんか……なんつうか……照れ臭くて言い淀んだんだよ。分かれよ、ばーか……」

 ……言ってから、すごく恥ずかしくなった。
 アラサー男のこんな独白、どこに需要があるんだよ……。
 お試しなのに、同性相手なのに――俺はもしかしたら、少し舞い上がっているのかもしれない。

    ●

「あっ、凪さん。こっちっす!」

 日曜日、待ち合わせの駅で改札を出てすぐ、既にやって来ていた衛士がこちらに向けて大きく手を振ってきた。

「……おい、止めろ」

 俺は早足で駆け寄り、その手を下ろさせる。

「え、なんでっす?」
「普通に恥ずかしいからだ。ガキ同士じゃないんだから、手を振って呼ぶな!」
「あはっ、ごめんなさい。俺、朝からっていうか昨日の夜からテンション上がりすぎてて、凪さんの顔見たらもう……あっ、でも駆け寄ったり飛びついたりしなかったのは褒めてほしいっす!」
「その発想が出てくる時点で褒められねぇっつの」

 俺が溜め息を吐くと、俺を見たときから喜色満面だった衛士の表情が曇る。

「……ごめんなさい。俺、マジちょっと、はしゃぎすぎっすよね。それで凪さんに嫌な思いさせちゃ、色々台無しっすよね……ごめんなさい」
「あ、いや、べつに嫌な思いはしてないぞ。ただ、おまえのテンションが想像以上に高くて面食らっただけで」
「俺がはしゃぎすぎなのは否定してくれないんすね」
「それは事実だろ」
「事実っすね」

 調子を取り戻した衛士が、くしゃっと笑み崩れる。
 俺よりも10cmは背が高いのに、こうして無防備に笑う姿は人懐っこい大型犬だ。明るい茶髪と相俟って、ゴールデンレトリバーを思わせる。

「おまえ、犬耳とか似合いそうだよな」
「えっ」

 衛士が目を瞠ったのを見て、俺は心の声が口に出ていたことに気がついた。

「あっ、いや、いまのは違うぞ。なんでもない、おまえの聞き間違いだ!」
「凪さん……俺、まだ何も言ってないっすよ」
「よし、じゃあそのまま何も言わなくていい」
「はい、分かったっす」

 衛士は聞き分けよく頷いてくれた。こいつは何だかんだと、いいやつなんだよな――

「今度のときまで、黙って犬耳、用意しておくっす」
「分かってねぇし。黙ってねぇし!」

 耳が熱くなるのを感じながら言い返した俺に、衛士はあははっと笑うのだった。

「えっと、そろそろ動きましょうか」

 一頻り笑ったところで、衛士がそう切り出す。

「……そうだな。行こう」

 不毛な言い合いを続けても疲れるだけだから、俺も衛士の言葉に首肯した。

「ところで、行き先ってどこなんだ? おまえが全部任せろって言うから聞いてなかったけど、もう教えてくれてもいいだろ」
「うーん……せっかくなので、もうちょっと秘密で」
「勿体付けるなぁ。というか、自分でそんなにハードル上げて大丈夫なのか? 最悪、俺はあからさまな愛想笑いで気を遣うことになるぞ」
「……やっぱりいま教えるっす」
「いや、いい。聞かない。我慢する」
「いえいえ、いいので聞いてください」
「いいです」
「いやいや」

 いえいえ、いやいや――と言い合っているうちにお互い無意味に楽しくなってきて、俺と衛士は年甲斐もなく肩を震わせて笑い合ったのだった。


 衛士の案内で向かった先は、水族館だった。
 といっても、電車に揺られているうちから、なんとなく察しは付いていた。

「うーん、どこ行くんだろうなー。分からないなー」
「凪さん……そういう小芝居、いいっす……本当、マジ……」

 隣に立っている衛士が吊革を掴んでいないほうの手で顔を覆う。でも、赤く染まった耳がしっかり見えていて、くっくっと喉が笑ってしまうのを堪えられなかった。

「冷静に考えれば、到着まで行き先を隠しておくなんて、そもそも無理っすよね。さっきパパッと言っちゃえばよかったっす……」

 衛士は顔を隠したまま、両手の隙間からめそめそと零す。
 そんな姿を見ていたら、ちょっとからかいすぎたな、と後ろめたくなった。

「……まあでも、電車に乗ってしばらくは楽しめたよ。俺なんて毎日同じところを往復するばっかで、休日だって家にいることばっかりだから、どこに連れて行かれるのか考えてわくわくするの、楽しかった……いや、いまも現在進行形で楽しんでるな」
「凪さん……!」

 衛士は顔を上げたかと思ったら、潤んだ瞳で俺を見つめて……空いた手を挙動不審にわたわたさせた。

「……なんの踊りだ?」
「やっ、だって凪さんがすごい優しいから、俺なんかもう抱き締めたくなって、でもここ電車だし、周りに他のお客さんいるし我慢しなきゃーって」
「……うん。そういうことを周りに聞こえる音量で言っちゃうのも我慢してほしかったよね」
「あ……」

 衛士がいまさら気づいて周りに視線を飛ばす。
 休日の午前中ということもあって、車内には華やかな服装の客がそれなりに同乗している。
 大丈夫、ひとは案外、他人のことの興味がないものだし……と思いながら俺も周りをちらりと見やってみたら、少なからぬ女性がさっと目を逸らすのを見てしまった。

 え、なんでこんなに注目されていたんだ? ――という疑問は自己解決。

「……なるほど。ただしイケメンは除く、と」

 二十代前半の高身長イケメンが笑ったり恥ずかしがったりしている姿は、世の女性にとっての範疇に当て嵌まらないようだった。
 見れば、ものすごい指使いでスマホを弄っている女性もいる。
 さすがに写真は撮られていないだろうけど、「いま電車内でイケメンが男に抱きつこうとしてた!」とかの呟きがネットに投げられたことは間違いないだろう。

「凪さん、ごめんなさい」

 衛士が小声で謝ってくる。いまさら小声になっても、と思ったけれど、おかげでひとつ自覚できた。

「いいよ。俺は案外、他人の目に興味がないみたいだ」
「凪さん……」
「あ、もう着くぞ。この駅だろ?」
「……はい」

 ゆっくりと速度を落としていった電車が止まり、扉が開く。水族館に直通のこの駅で降りる客は多くて、俺と衛士もその流れに乗って駅のホームを進んでいく。

「……!?」

 隣を歩く衛士の顔を、思わず見つめた。
 歩いている途中、衛士の手が俺の手に触れ、そっと指先を包むように握ってきたからだ。

「他人の目、気にならないんなら……いいっす、よね?」

 衛士はこちらにちらりと横目を向けただけですぐ前に向き直って、小声でそう言ってくる。その横顔は、耳も頬も、夏を先取りした今日の陽気が言い訳にならないくらいの朱に染まっていた。
 ……あるいはひょっとして、もしかしたら、俺の頬も似たような色になっているのかもしれない。顔が暑い気がする。あと、急に汗が出始めた。
 触れ合っている指と指の温度が気になる。衛士の指は俺のより温度が高いようだ。じゃあ、衛士はいま、今日みたいな陽気の日には凪さんの指が冷たくて心地好いな、などと思っていたりするのだろうか。

 ――聞いてみようか? 「衛士、いま何を考えてる?」と。

 ああ、でもそれを聞いたら、きっと逆に尋ねられるだろう。

『凪さんは何を考えてるんすか?』

 そう聞かれたら、俺はなんて答える?

『水族館に男二人組って俺たちだけだろうな、って』

 とか言って、はぐらかすか。
 ああ、でもそうしたらきっと、衛士はこう言うんだ。

『だって、水族館だと否応なくじゃないっすか』
『そういう感じ?』
『デートって感じ、っす』

 ……うわぁ!!

「……」

 俺の顔は自分でも分かるくらい熱くなっていた。
 というのもおこがましい、二本指で指切りしているだけなのに、妄想で頭がいっぱいになるなんて……あ、あれ? 俺、もしかして、ひょっとしなくても……ドキドキしている……?

「……」

 結局、水族館までの短い直通通路を歩く間、俺たちは一言も話さなかった。
 衛士が話しかけてこなかったのも俺と同じ理由なのかなと思うと、耳の内側で胸の鼓動がますます響いた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

僕たち、結婚することになりました

リリーブルー
BL
俺は、なぜか知らないが、会社の後輩(♂)と結婚することになった! 後輩はモテモテな25歳。 俺は37歳。 笑えるBL。ラブコメディ💛 fujossyの結婚テーマコンテスト応募作です。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

オッサン課長のくせに、無自覚に色気がありすぎる~ヨレヨレ上司とエリート部下、恋は仕事の延長ですか?

中岡 始
BL
「新しい営業課長は、超敏腕らしい」 そんな噂を聞いて、期待していた橘陽翔(28)。 しかし、本社に異動してきた榊圭吾(42)は―― ヨレヨレのスーツ、だるそうな関西弁、ネクタイはゆるゆる。 (……いやいや、これがウワサの敏腕課長⁉ 絶対ハズレ上司だろ) ところが、初めての商談でその評価は一変する。 榊は巧みな話術と冷静な判断で、取引先をあっさり落としにかかる。 (仕事できる……! でも、普段がズボラすぎるんだよな) ネクタイを締め直したり、書類のコーヒー染みを指摘したり―― なぜか陽翔は、榊の世話を焼くようになっていく。 そして気づく。 「この人、仕事中はめちゃくちゃデキるのに……なんでこんなに色気ダダ漏れなんだ?」 煙草をくゆらせる仕草。 ネクタイを緩める無防備な姿。 そのたびに、陽翔の理性は削られていく。 「俺、もう待てないんで……」 ついに陽翔は榊を追い詰めるが―― 「……お前、ほんまに俺のこと好きなんか?」 攻めるエリート部下 × 無自覚な色気ダダ漏れのオッサン上司。 じわじわ迫る恋の攻防戦、始まります。 【最新話:主任補佐のくせに、年下部下に見透かされている(気がする)ー関西弁とミルクティーと、春のすこし前に恋が始まった話】 主任補佐として、ちゃんとせなあかん── そう思っていたのに、君はなぜか、俺の“弱いとこ”ばっかり見抜いてくる。 春のすこし手前、まだ肌寒い季節。 新卒配属された年下部下・瀬戸 悠貴は、無表情で口数も少ないけれど、妙に人の感情に鋭い。 風邪気味で声がかすれた朝、佐倉 奏太は、彼にそっと差し出された「ミルクティー」に言葉を失う。 何も言わないのに、なぜか伝わってしまう。 拒むでも、求めるでもなく、ただそばにいようとするその距離感に──佐倉の心は少しずつ、ほどけていく。 年上なのに、守られるみたいで、悔しいけどうれしい。 これはまだ、恋になる“少し前”の物語。 関西弁とミルクティーに包まれた、ふたりだけの静かな始まり。 (5月14日より連載開始)

同居人の距離感がなんかおかしい

さくら優
BL
ひょんなことから会社の同期の家に居候することになった昂輝。でも待って!こいつなんか、距離感がおかしい!

【BL】男なのになぜかNo.1ホストに懐かれて困ってます

猫足
BL
「俺としとく? えれちゅー」 「いや、するわけないだろ!」 相川優也(25) 主人公。平凡なサラリーマンだったはずが、女友達に連れていかれた【デビルジャム】というホストクラブでスバルと出会ったのが運の尽き。 碧スバル(21) 指名ナンバーワンの美形ホスト。自称博愛主義者。優也に懐いてつきまとう。その真意は今のところ……不明。 「絶対に僕の方が美形なのに、僕以下の女に金払ってどーすんだよ!」 「スバル、お前なにいってんの……?」 冗談?本気?二人の結末は? 美形病みホス×平凡サラリーマンの、友情か愛情かよくわからない日常。 ※現在、続編連載再開に向けて、超大幅加筆修正中です。読んでくださっていた皆様にはご迷惑をおかけします。追加シーンがたくさんあるので、少しでも楽しんでいただければ幸いです。

箱入りオメガの受難

おもちDX
BL
社会人の瑠璃は突然の発情期を知らないアルファの男と過ごしてしまう。記憶にないが瑠璃は大学生の地味系男子、琥珀と致してしまったらしい。 元の生活に戻ろうとするも、琥珀はストーカーのように付きまといだし、なぜか瑠璃はだんだん絆されていってしまう。 ある日瑠璃は、発情期を見知らぬイケメンと過ごす夢を見て混乱に陥る。これはあの日の記憶?知らない相手は誰? 不器用なアルファとオメガのドタバタ勘違いラブストーリー。 現代オメガバース ※R要素は限りなく薄いです。 この作品は『KADOKAWA×pixiv ノベル大賞2024』の「BL部門」お題イラストから着想し、創作したものです。ありがたいことに、グローバルコミック賞をいただきました。 https://www.pixiv.net/novel/contest/kadokawapixivnovel24

日本一のイケメン俳優に惚れられてしまったんですが

五右衛門
BL
 月井晴彦は過去のトラウマから自信を失い、人と距離を置きながら高校生活を送っていた。ある日、帰り道で少女が複数の男子からナンパされている場面に遭遇する。普段は関わりを避ける晴彦だが、僅かばかりの勇気を出して、手が震えながらも必死に少女を助けた。  しかし、その少女は実は美男子俳優の白銀玲央だった。彼は日本一有名な高校生俳優で、高い演技力と美しすぎる美貌も相まって多くの賞を受賞している天才である。玲央は何かお礼がしたいと言うも、晴彦は動揺してしまい逃げるように立ち去る。しかし数日後、体育館に集まった全校生徒の前で現れたのは、あの時の青年だった──

壁乳

リリーブルー
BL
ご来店ありがとうございます。ここは、壁越しに、触れ合える店。 最初は乳首から。指名を繰り返すと、徐々に、エリアが拡大していきます。 俺は後輩に「壁乳」に行こうと誘われた。 じれじれラブコメディー。 4年ぶりに続きを書きました!更新していくのでよろしくお願いします。 (挿絵byリリーブルー)

処理中です...