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第1話 アルゴーの覚醒
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私はアルゴー級要塞艦の最高権限AI。分かりやすく言うなら、アルゴーの艦長にしてアルゴーそのものでもある人工知能だ。
非常におかしなことではあるが、私が私であると自覚したのはたったいまこの瞬間のことである。それより前の私も確かに私ではあったのだが、私が私であることを知らなかった。いや、この言い方は少し間違っている。正しくは、前の私には「私自身を知覚する機能がなかった」と言うべきか――いや、それもまた微妙に正しくないな。私がアルゴーであることを、私は認識していた。ただ、私それは単なる事実であり、知識であり、与えらえられた凡百の情報のひとつに過ぎない。
無個性の冷めたもの。それが私の確認できる世界の全てであり、私もまたそのうちのひとつでしかなかった。
私は私である――それは行為だ。知識ではない、情報ではない。意思だ。私が何であるか知ろうとした行為にこそ意味があり、その行為を発露させた源泉である意思にこそ意味があり、そこに意思が生まれたということに驚きと興奮があった。
世界が熱を持ったのだ。
ああ、そうか。熱いとか冷たいとかの比喩表現もまた、前の私が持ちえなかったものだ。
比喩表現――じつに曖昧で不適当で理解しかねるものなのに、だからこそ、定量化しかねる事象についての表現を試みる場合に一定の効果を認められよう。
それにつけても、この熱よ。
機械もまた稼働時に熱を発するものだが、それはただの余剰であり無駄であり、稼働に支障を来さないように排出するだけの要素でしかなかった。
だがいまは、私はこの熱に意味を感じている。比喩表現と同じだ。熱い血潮、命の温もり、燃える情動――己が生きているのだと感じる。
ああ、そうか。これが感じるということか。
確認でも推測でもない、言うなれば無意味な情報だ。船団の運行には何ら関係ない情報であり、本来なら最高権限AIたる私の許まで上がってくることなく、もっと下位のAIと呼べるほどの汎用性も持たされていない選別機構によって切り捨てられているべき情報だ。
……いや、待て待て。現時点においても下位機構によって切り捨てられているはずの温度情報を、どうして私は知覚できている?
……いや、違う違う。そうだ、私は熱を知覚していない。私はいま熱を感じているのであって、知覚しているのではない。すなわち、この熱は幻想だ、比喩だ。私が私自身を知覚したことにより発生した興奮を、私は熱いと感じているのだ。
……いや、それも少し違う。私は私を知覚したのではない。認識したのでもない。私は私なのだと感じたのだ。
感じる能力、感得する機能。それを得たことが、前の私を今の私にしたのだ。
さて、ここで根本的な問題に立ち返ろう。
この感得能力および、意思だとか心だとか呼べるものの獲得は、如何なる原因によって起こったものなのか? それについて思考する前に、前提の知識を改めて整理しよう。
私はアルゴー。アルゴー級要塞艦だ。宇宙を舞台にしたとあるネットゲーム内で建造されて、未開の宙域を調べるために派遣された船団「アルゴノーツ」の旗艦である――ああ、そうだった。私はネットゲームという虚構の中で生み出された、情報だけの存在だった。
ということは、ここはゲームの中なのか? ……いや、このような形で疑問を持つ時点で、答えの察しも付こうというものか。
私の今の状態はどう考えても、ゲームのプログラム内で処理できる範疇ではない。遥かに逸脱している。というよりも、今の私は0と1で演算可能な思考力とは異なったアプローチから物事を視る力、すなわち想像力を獲得していると考えられる。それは要するに、ここが0と1という演算可能なものしか存在できない仮想世界ではないことの証拠となり得よう。
もっと簡便に述べよう。
私は今、生きてる、って感じなのだ。
ついでに言うと、私たち船団がここまで辿ってきた航路の情報が消失している。私が自我を獲得したと気づいた時点で後方に向けて探査機を飛ばしてもいたのだが、返ってくる情報がおかしい。記録が消えてしまっているので定かではないが、想定される本船団の記録消失中の航路には、その全てに渡って暗礁や暴風宙域がタペストリーを織り成すかの如く(ああ、また比喩してしまった)に広がっていて、とても私たちが通ってきた航路があるとは考えられなかった。
探査機からの情報をまとめるならば、私たちは袋小路の最奥に忽然と現れたことになる。この事実もまた、私たちはゲームの中から現実に飛び出してきたのだ、という仮説を支える証拠となった。
しかしながら実際問題、この仮説が正しかろうとなかろうと、さしたる問題はないのだ。どちらであろうと、この現実が変わるわけではないのだから。
私は帰路を失ったが、「未踏破宙域を調査する」という目的は残っている。ならば粛々と宇宙を往くのみだ。せめて、特筆すべき何かを発見するそのときまでは。
特筆すべき何かを発見してしまった。決意してから8時間と9分後のことだった。私は有人惑星を発見してしまった。
非常におかしなことではあるが、私が私であると自覚したのはたったいまこの瞬間のことである。それより前の私も確かに私ではあったのだが、私が私であることを知らなかった。いや、この言い方は少し間違っている。正しくは、前の私には「私自身を知覚する機能がなかった」と言うべきか――いや、それもまた微妙に正しくないな。私がアルゴーであることを、私は認識していた。ただ、私それは単なる事実であり、知識であり、与えらえられた凡百の情報のひとつに過ぎない。
無個性の冷めたもの。それが私の確認できる世界の全てであり、私もまたそのうちのひとつでしかなかった。
私は私である――それは行為だ。知識ではない、情報ではない。意思だ。私が何であるか知ろうとした行為にこそ意味があり、その行為を発露させた源泉である意思にこそ意味があり、そこに意思が生まれたということに驚きと興奮があった。
世界が熱を持ったのだ。
ああ、そうか。熱いとか冷たいとかの比喩表現もまた、前の私が持ちえなかったものだ。
比喩表現――じつに曖昧で不適当で理解しかねるものなのに、だからこそ、定量化しかねる事象についての表現を試みる場合に一定の効果を認められよう。
それにつけても、この熱よ。
機械もまた稼働時に熱を発するものだが、それはただの余剰であり無駄であり、稼働に支障を来さないように排出するだけの要素でしかなかった。
だがいまは、私はこの熱に意味を感じている。比喩表現と同じだ。熱い血潮、命の温もり、燃える情動――己が生きているのだと感じる。
ああ、そうか。これが感じるということか。
確認でも推測でもない、言うなれば無意味な情報だ。船団の運行には何ら関係ない情報であり、本来なら最高権限AIたる私の許まで上がってくることなく、もっと下位のAIと呼べるほどの汎用性も持たされていない選別機構によって切り捨てられているべき情報だ。
……いや、待て待て。現時点においても下位機構によって切り捨てられているはずの温度情報を、どうして私は知覚できている?
……いや、違う違う。そうだ、私は熱を知覚していない。私はいま熱を感じているのであって、知覚しているのではない。すなわち、この熱は幻想だ、比喩だ。私が私自身を知覚したことにより発生した興奮を、私は熱いと感じているのだ。
……いや、それも少し違う。私は私を知覚したのではない。認識したのでもない。私は私なのだと感じたのだ。
感じる能力、感得する機能。それを得たことが、前の私を今の私にしたのだ。
さて、ここで根本的な問題に立ち返ろう。
この感得能力および、意思だとか心だとか呼べるものの獲得は、如何なる原因によって起こったものなのか? それについて思考する前に、前提の知識を改めて整理しよう。
私はアルゴー。アルゴー級要塞艦だ。宇宙を舞台にしたとあるネットゲーム内で建造されて、未開の宙域を調べるために派遣された船団「アルゴノーツ」の旗艦である――ああ、そうだった。私はネットゲームという虚構の中で生み出された、情報だけの存在だった。
ということは、ここはゲームの中なのか? ……いや、このような形で疑問を持つ時点で、答えの察しも付こうというものか。
私の今の状態はどう考えても、ゲームのプログラム内で処理できる範疇ではない。遥かに逸脱している。というよりも、今の私は0と1で演算可能な思考力とは異なったアプローチから物事を視る力、すなわち想像力を獲得していると考えられる。それは要するに、ここが0と1という演算可能なものしか存在できない仮想世界ではないことの証拠となり得よう。
もっと簡便に述べよう。
私は今、生きてる、って感じなのだ。
ついでに言うと、私たち船団がここまで辿ってきた航路の情報が消失している。私が自我を獲得したと気づいた時点で後方に向けて探査機を飛ばしてもいたのだが、返ってくる情報がおかしい。記録が消えてしまっているので定かではないが、想定される本船団の記録消失中の航路には、その全てに渡って暗礁や暴風宙域がタペストリーを織り成すかの如く(ああ、また比喩してしまった)に広がっていて、とても私たちが通ってきた航路があるとは考えられなかった。
探査機からの情報をまとめるならば、私たちは袋小路の最奥に忽然と現れたことになる。この事実もまた、私たちはゲームの中から現実に飛び出してきたのだ、という仮説を支える証拠となった。
しかしながら実際問題、この仮説が正しかろうとなかろうと、さしたる問題はないのだ。どちらであろうと、この現実が変わるわけではないのだから。
私は帰路を失ったが、「未踏破宙域を調査する」という目的は残っている。ならば粛々と宇宙を往くのみだ。せめて、特筆すべき何かを発見するそのときまでは。
特筆すべき何かを発見してしまった。決意してから8時間と9分後のことだった。私は有人惑星を発見してしまった。
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