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第0話 アルゴノーツの発進
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とあるネトゲ廃人がいた。
彼が人生を賭してプレイしているといっても過言ではないそのネトゲは、世界規模で十五年以上も愛されているSFモチーフのMMORTSだ。プレイヤーは宇宙世紀時代を生きる者となり、最初に与えられた小さな宇宙船と資金を元手に、自由に生きる――というゲームだ。
プレイヤーは星間交易をしたり、投資をしたり、あるいは賭け事や盗賊行為、用心棒など――ありとあらゆる手段で資金を増やして自身の船団を大きくしていってもいいし、他プレイヤーの船団に所属して組織内での栄達を計ってもいい。あるいは金稼ぎも栄達も目指さずに、ただ一匹の冒険野郎として戦場を渡り歩いたり、新航路開拓の浪漫に殉じてもいい。無論、小難しいことは考えずに、友人と駄弁るだけでも構わない。
そんなネットゲームで、彼は最強プレイヤーになった――なってしまった。
ネットゲームにおいて一介のプレイヤーが最強になってしまうなど、望ましいことではない。ゲームバランスの崩壊だ。それならば、と彼はラスボス的な言動で他プレイヤーを煽って、自分対その他の全プレイヤー、という宇宙大戦争を勃発させてみたのだが――結果は彼の圧勝に終わってしまった。
彼は不労所得でネトゲに生きるクソ野郎だったが、ネトゲには誠実だった。そのため、わざと手を抜いて負けてやることも、接戦を演じてやることもできず、敵対者を圧倒的にぶちのめすことしかできなかったのだ。
しかも、敵対勢力の面々が押さえていた販路や商圏を吸収したことで、湯水の如くに注ぎ込んだ戦費があっという間に回収できてしまったどころか、ゲーム内の全宙域において市場完全独占に成功してしまった。
このネットゲームは世界規模のプレイヤー人口を擁しながらも単一サーバーで運営されているために、誇張なしに「この世の金は全て我が金」となったわけで、端的に言うなら「ゲームはクリアされました」だった。
誰か一人がゲームをクリアしてしまうだなんて、そんなこと、ネトゲには決して起きてはならない事態のはずだ。それなのに一体どうしてこうなってしまったのか――と、彼が大型ディスプレイの前で天井を見上げて嘆いた、そのときだった。
『新規ミッションが発生しました』
ぽいーん、という間延びしたチャイムの音がして、ゲーム画面に新着情報のアイコンが点灯した。
ミッションというのは、特定条件を満たしたときに発生する特殊任務のことだ。ミッションは基本的に特定要素の使用解禁と対になっていて、例えば「暗礁宙域を抜けよう」というミッションが発生すると、高機動小型船の建造が解禁になる。
ゲームクリアというこのタイミングで発生したミッションは『未踏破宙域に調査船団を送ろう』というものだった。解禁される要素は「ゲーム内で名前だけは何度か登場していた惑星級の超巨大戦艦」の建造だった。
さて、未踏破宙域とは要するに「マップ外」だ。ゴルフで言うところの場外だ。
ここで留意すべきは、あくまで未踏破であり進入禁止ではないことだ。また、過去の何度かのアップデートで「未踏破宙域の一部が開拓されました」という体裁でマップ拡張が行われているために、プレイヤーの間では「未踏破宙域のどこかに隠しマップが用意されているのでは」という与太話が囁かれていたりもする。
もっとも、このゲームのサービス開始から今日に至るまで、アップデートによるマップ拡張以外でそんな隠しマップが見つかったことはないし、公式から隠しマップが存在する可能性についての発言が出たこともない。ゲームクリアしてしまった彼も、そのような与太話を信じてはいなかった。
だから、「未踏破宙域を探せ」というミッションを目にしたとき、彼はこう思った。
「ああ、そうか。このミッションを遂行すると、次のメンテあたりで新マップが実装されるのだな。誰かが既存マップを制覇してしまったときのために用意されていたミッションなのだな」
そのように納得したからこそ、彼は悩むことなく、得てしまった膨大な資材のほぼ全てを投じて、見た目的には「移動惑星」としか呼べないアルゴー級要塞艦を建造し、残っていた資材をそこに積み込んで、未踏破宙域へと出発させたのだった。
かくして、この世界で唯一のアルゴー級要塞艦を旗艦として編成された調査船団『アルゴノーツ』は未踏破宙域の彼方へと旅立った。
そしてそれっきり――戻ってこなかった。
彼が人生を賭してプレイしているといっても過言ではないそのネトゲは、世界規模で十五年以上も愛されているSFモチーフのMMORTSだ。プレイヤーは宇宙世紀時代を生きる者となり、最初に与えられた小さな宇宙船と資金を元手に、自由に生きる――というゲームだ。
プレイヤーは星間交易をしたり、投資をしたり、あるいは賭け事や盗賊行為、用心棒など――ありとあらゆる手段で資金を増やして自身の船団を大きくしていってもいいし、他プレイヤーの船団に所属して組織内での栄達を計ってもいい。あるいは金稼ぎも栄達も目指さずに、ただ一匹の冒険野郎として戦場を渡り歩いたり、新航路開拓の浪漫に殉じてもいい。無論、小難しいことは考えずに、友人と駄弁るだけでも構わない。
そんなネットゲームで、彼は最強プレイヤーになった――なってしまった。
ネットゲームにおいて一介のプレイヤーが最強になってしまうなど、望ましいことではない。ゲームバランスの崩壊だ。それならば、と彼はラスボス的な言動で他プレイヤーを煽って、自分対その他の全プレイヤー、という宇宙大戦争を勃発させてみたのだが――結果は彼の圧勝に終わってしまった。
彼は不労所得でネトゲに生きるクソ野郎だったが、ネトゲには誠実だった。そのため、わざと手を抜いて負けてやることも、接戦を演じてやることもできず、敵対者を圧倒的にぶちのめすことしかできなかったのだ。
しかも、敵対勢力の面々が押さえていた販路や商圏を吸収したことで、湯水の如くに注ぎ込んだ戦費があっという間に回収できてしまったどころか、ゲーム内の全宙域において市場完全独占に成功してしまった。
このネットゲームは世界規模のプレイヤー人口を擁しながらも単一サーバーで運営されているために、誇張なしに「この世の金は全て我が金」となったわけで、端的に言うなら「ゲームはクリアされました」だった。
誰か一人がゲームをクリアしてしまうだなんて、そんなこと、ネトゲには決して起きてはならない事態のはずだ。それなのに一体どうしてこうなってしまったのか――と、彼が大型ディスプレイの前で天井を見上げて嘆いた、そのときだった。
『新規ミッションが発生しました』
ぽいーん、という間延びしたチャイムの音がして、ゲーム画面に新着情報のアイコンが点灯した。
ミッションというのは、特定条件を満たしたときに発生する特殊任務のことだ。ミッションは基本的に特定要素の使用解禁と対になっていて、例えば「暗礁宙域を抜けよう」というミッションが発生すると、高機動小型船の建造が解禁になる。
ゲームクリアというこのタイミングで発生したミッションは『未踏破宙域に調査船団を送ろう』というものだった。解禁される要素は「ゲーム内で名前だけは何度か登場していた惑星級の超巨大戦艦」の建造だった。
さて、未踏破宙域とは要するに「マップ外」だ。ゴルフで言うところの場外だ。
ここで留意すべきは、あくまで未踏破であり進入禁止ではないことだ。また、過去の何度かのアップデートで「未踏破宙域の一部が開拓されました」という体裁でマップ拡張が行われているために、プレイヤーの間では「未踏破宙域のどこかに隠しマップが用意されているのでは」という与太話が囁かれていたりもする。
もっとも、このゲームのサービス開始から今日に至るまで、アップデートによるマップ拡張以外でそんな隠しマップが見つかったことはないし、公式から隠しマップが存在する可能性についての発言が出たこともない。ゲームクリアしてしまった彼も、そのような与太話を信じてはいなかった。
だから、「未踏破宙域を探せ」というミッションを目にしたとき、彼はこう思った。
「ああ、そうか。このミッションを遂行すると、次のメンテあたりで新マップが実装されるのだな。誰かが既存マップを制覇してしまったときのために用意されていたミッションなのだな」
そのように納得したからこそ、彼は悩むことなく、得てしまった膨大な資材のほぼ全てを投じて、見た目的には「移動惑星」としか呼べないアルゴー級要塞艦を建造し、残っていた資材をそこに積み込んで、未踏破宙域へと出発させたのだった。
かくして、この世界で唯一のアルゴー級要塞艦を旗艦として編成された調査船団『アルゴノーツ』は未踏破宙域の彼方へと旅立った。
そしてそれっきり――戻ってこなかった。
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