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12. エル子とご新規ネトゲーマー 後編
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翌日――。
エル子とオグルは今日も今日とて、イベントアイテム集めに勤しんでいた。
ただし、今日はモヒカン狩りではない。同じチンピラ系MOBでも、モヒカンよりもっと弱いソリコミ狙いの狩りだ。イベントアイテムを落とす確率はモヒカンよりも下がるけれど、その分、手早く狩れる。質より量で集めよう、という作戦だ。
……というかまあ、さすがに毎日、定点お座りモヒカン狩りでは飽きがマッハでヤバいから――というのが、狩り場を変えた一番の理由だった。
「まー、低級狩り場で乱獲するのも、単調なことに変わりはないねー」
エル子の率直な感想。
負けるリスクという刺激のない狩りは、狩りではなく作業になる。そして、作業は飽きるものだ。
「こりゃ、今日も刺激が必要かねぇ」
オグルが言うや、待ってましたとばかりにエル子は答えた。
「そう言うと思って、すでに準備万態でありますよっ」
「おいおい、やる気満々かよ。とんだドスケベだぜ」
「えへへー♥」
「褒めてねぇぞお」
……とかいう、わりといつものやり取りを経て、今日も今日とて羞恥プレイごっこしながらの狩りが始まった。
「……んっ……あっ、あ、あっ♥」
二人だけのグループチャットに、エル子の喘ぎが跳ねまわる。ピアノの上で子鹿が踊っているかのように。
「あっ、あっ、しゅごい! これっ、いっひいぃッ!! らめぇ、もっとゆっくりいぃッ♥ 壊れちゃううぅッ♥♥」
「……おい、エル。さすがに大袈裟すぎじゃねぇの?」
オグルが堪らず、苦言を呈す。
「じぇっ全然、大袈裟じゃ、にゃっ……あひっ♥ ひっ、ひいぅうぅッ♥♥」
「いや、絶対大袈裟だろ」
「そんなことにゃ――んんっ♥ んほぉーっ♥」
「素で“んほぉ”とか叫ぶ奴がいて堪っか!」
「まー、んほぉは言ってみたかっただけ。んでもー、他のは自然に出ちゃってる声だよ。大袈裟とかじゃ、全然ないよー」
「そんなに良かったのか……って、いま普通に喋ってんじゃねぇか」
「いまは敵が来てないからねー」
今日の遠隔操作アプリの設定は『ダメージを受けるたびに震動パターンA、回復するたびに震動パターンB』だ。
で、装備しているのが『回避率0になる代わりに、一定間隔でHPが固定値分だけ回復する』という特殊効果付きの鎧だ。固定値回復だから防御力が追いつかない狩り場では焼け石に水の微妙装備だけど、ダメージを抑えられる低級狩り場では回復薬要らずの永久機関が完成させやすくなるので、わりと高額取引される装備だったりする。
でもそんなことより重要なのは、この鎧を装備してソリコミ狩りをすると、戦ってダメージ交換している最中はパターンAで優しく撫でまわすように震動していた玩具が、数秒間隔で回復効果が発動するたびにパターンBの叩くような激しい震動が起きて、エル子をあへおほさせてくれるのだ。
「これ、すっごくいいよー。オナニー新時代、到来よーっ!」
「……そうか、良かったな」
「あっ、そういう素で引いてる感じの言い方、止めて?」
「感じじゃなくて、マジでちょい引いたんだが」
「またまたー」
「いや、冗談じゃなく」
「……おぐるんがわたしに時代の夜明けを迎えさせたくせにっ!」
「てめぇが勝手に開国しただけだがな。っつか、なんか休憩になってたけど、休憩終わり。ほら、移動すっぞ」
「うーぃ」
オグルに促されると、エル子もさっと泣き演技を止めて、狩りを再開させた。
ソリコミはモヒカンほど旨味のない敵なので、イベントアイテムを落とすようになっても、狩り場はそこまで混んでいない。モヒカンの湧く狩り場からあぶれた高レベル帯のプレイヤー数名がフィールド中をぐるぐる駆けまわっては見敵必殺で倒していくという、ハムスター養殖場のような狩り場になっていた。
そしてエル子は、発情中のハムスターだ。
「はあぁ……んあ、あぁ……っふんうぅ♥ んっ、ん、んうぁ……♥」
「……いい加減、煩くなってきたな」
「そ、にゃ、ことぉ……い、言ったってへえぇ♥」
「喋るか喘ぐかどっちかに……じゃねぇ。喘ぐの止めて、ちゃんと喋れや」
「やーぁー、無理ぃー……っひ♥ ひぎゃうぅ♥ うっうぅッ♥」
「はぁ……またか。何回目だよ。っつか、間隔がどんどん短くなってんじゃねぇか。どんだけ盛り上がってんだよ」
「ううぁうぅ♥ そーやって煽るの止めへぇ♥ 発情、終わんなくにゃりゅうぅ♥」
「煽ってねぇよ。呆れてんだよ……っつか、なんでこんな阿呆みたいな狩りで効率出てんだよ。もう、ノルマ終わったし……」
「エルフはぁ、発情するとぉ、リアルラック上がんのおぉ♥」
「喘ぎながら喋んな。っつか、事実無根のエルフ誹謗すんな」
「実証済みの事実ううぅ♥」
「……そこはアヘアヘ言ってても、ぶれねぇのな」
エル子の自称エルフネタに呆れつつも感心するオグルだったが、ひとつ大きな溜め息を吐いて仕切り直した。
「まぁとにかく、だ。ノルマも終わったし、そろそろ戻ろうぜ」
「そだねー……あっ」
エル子、うっかり近くにやってきたソリコミに挑発スキルを飛ばして、交戦状態に入ってしまった。
「……おい、エル。なんで、戻ろうぜって話をしているときに、殴りにいった?」
「い、いやー……惰性でっへえぇ♥」
「そしてまた喘ぐのか!」
「あっ♥ あ、あひっ♥ ひうぅんッ♥」
「……もう、マジで俺だけ帰っから」
オグルがさすがに少し苛立ちながらそう言ったときだった。
画面外からとことこ近付いてきた見知らぬPCが、エル子のキャラと戦っているソリコミに無言で殴りかかってきたのだ。
ソリコミに限らずチンピラ系のMOBは、最初に攻撃してきたPCを狙い続けるという特性を持つ。なのでいまの状況は、知らない誰かがエル子を肉壁にして丸儲けしようとしている、という状況だった。
「んっ……誰、これ。おぐるんの知り合い?」
エル子、おもむろに玩具のスイッチを切って、オグルに尋ねた。
「いや――っつか、こいつ見たところ、新規っぽくね?」
「ふむー? ……あー、言われてみれば、そうっぽいかもー」
割り込みをかけてきたPCをよく見てみれば、武器も防具も店売りの最下級品だ。そんなものをわざわざ買うのは、回復剤の代金を工面するのでも一苦労なガチ新規さんくらいなのだ。
「いや、新規騙りの集り屋って線もあるか」
新規さんに良い格好したくて(あるいは純粋な親切心から)、微レア品をただで進呈する世話焼きさんも結構、多い。そういうお人好しを狙って、わざと新規プレイヤーのふりをして近づき、微レア品をせしめては転売する――というプレイを楽しんでいる層も、いるとかいないとか。
「……まぁ、どうでもいいや。文句つけてもまともな返事しねぇだろうし、さっさと倒して、さっさと戻っぞ」
オグルはそう言いながら、攻撃スキルの溜めを開始した。
そのタイミングで、新規っぽいPCが周辺指定の文字チャットで発言をした。
『大丈夫です。すぐ助けますから』
それを見たオグルとエル子、ボイチャで揃って困惑の声を漏らした。
「えー?」
「はぁ?」
その困惑から先に立ち直ったのはオグルだ。
「あぁ、はいはい。エルが回避ゼロでダメージ食らいまくってるように見えたから善意で助けに入ったんです、ってか」
「あー、なるほどー」
オグルの推測にエル子が画面の前で頷いているうちに、オグルのキャラが溜め終わってスキルを発動させる。オグルのキャラが巨大な握り拳を撃ち出してソリコミを吹っ飛ばし、止めを刺した。
標的を見失ったご新規くんのキャラが、振っていた剣を空振りさせる。そんな姿が画面に映るなか、耳元に付けた骨伝導シールからオグルの困り声がする。
「さて、助けてもらう必要なかったことが証明されたわけだが……こいつ、どうすんだろな?」
「おぐるん、言い方が悪人だよー」
二人が音声チャットで軽口を叩き合っていると、新規くんキャラの頭上に文字チャットが表示された。
『あなた、そんなに強いなら、なんで女の子に戦わせてたんですか』
その瞬間、音声チャットが沈黙した。
「……」
「……」
どちらからともなく漏れた溜め息が、沈黙に穴を開ける。
「こいつぁ、どえらい予想外野郎だぜぇ……」
「だねー……野郎だけに、まさに予想野郎」
「は、は、はっ」
オグルの乾いた笑いも、力ない。
『黙ってないで何か言ったらどうなんですか』
新規くんがさらに発言。
「あ、そか。こっちで喋ってても、この人には伝わんないだったー」
「ボイチャでの身内プレイに慣れたネトゲーマーあるあるだな」
二人で苦笑を交わしながら、文字チャットのためにキーを叩く。
『おまえ、ガチ新規?』
オグルのキャラがそう発言する。
『そうですが、それ関係ありますか?』
感情表現のひとつもない字面だけでも、新規くんの義憤が伝わってくる。新規くん的には、これは義憤なのだ。
「……あっ! これ、わたしってばヒロイン立場!?」
エル子、面白いので静観を決め込む! オグルが舌打ちしたけれど、気にしない!
『答えられないのは図星だからですね』
新規くんが、ずいずい斬り込んでくる。負けるな、おぐるん!
『図星? 何が?』
『自分のほうが先輩だからという理由だけで敬語を求めてくるの、格好悪いですよ』
『は? 敬語? まじで何の話だ?』
『新規は古参に媚びへつらえ、と言いたいんでしょ。ネトゲでそういうの、格好悪いですよ』
『いつ俺がそんなこと言った? というか、絡むな』
オグルがボイチャで叫ぶ。
「うがあぁ! なんだこいつ、なんだこいつ!?」
「まーまー、おぐるん。どうどう、落ち着いてー」
「落ち着けっか! っつか、なんで俺が初対面の野郎に馬鹿にされなくちゃなんねぇんだよ!?」
「それはほら、予想ガイだから……」
「笑えねぇわ!」
「むー……分かったよぅ」
エル子はキーをかたかた打鍵して、自分のキャラに発言させた。
『やめて二人とも! わたしのために争わないで!』
祈るように両手を組んで涙を零すエモート付きの、お手本のようなヒロイン発言だった。
「エルぅ……てめぇよう、それ言いたかっただけのやつだよなぁ?」
「えへー♥」
「可愛くねぇよ」
オグルには大変不評だったけど、新規くんには大好評だったみたいだ。
『もう大丈夫ですよ、お嬢さん。もう、この男の奴隷でいる必要はありません。俺が助けてあげます』
「ええぇ……」
エル子、さすがに唖然とした。
「ね、おぐるん。わたし、おぐるんの奴隷だったよ!」
「てめぇはそういうプレイも好きそうだよな」
「あぁーん♥」
「阿呆か」
ボイチャで漫才をやっている間、新規くんはゲーム内では黙って立ち尽くしているオグルに向かって糾弾を続ける。
『大方、この男は俺にしたのと同じように、貴女にも「古参の俺に従え」と言われて、よく分からないまま従わされていたんでしょう? でも、そんなことをする必要はないんです。古参自慢のネトゲ廃人なんて、ただの社会不適合者なんですから』
「ぐっふう゛うううぅッ!!」
その言葉はエル子に効いた。油断してガードが下がっていたところに不意打ちでぶち込まれた渾身の右ストレートくらいに、エル子を打ちのめした。
「くっ……うぅ……こ、この小童ぁ! 味方の振りして、この仕打ちだとぉーッ!?」
エル子の慟哭が聞こえるわけもない新規くんは熱弁を振い続ける。
『古参自慢の老害廃人が言うことなど、気にすることはありません。どうせ、ネットでしか威張れない糞野郎なんだから、無視すればいい。それでも嫌がらせしてくるなら、俺にも考えがあります。自慢じゃないけど、俺の後輩が魔法使いなんだ。ああ、お金の心配は要らない。先輩命令でやらせるから、無料だよ』
……もう、どこから突っ込んでいいのか分からないエル子とオグル。開いた口が塞がらないとは当に、いまの二人を示す言葉だ。
文字チャットを打つ気力を失っている二人の画面に、新規くんのチャットが五月雨のごとく降り注ぐ。
『あれ? もしかして、信じてない?』
『ははは、まあ仕方ないか。魔法使いの知り合いなんて、普通に暮らしていたら出会えることなんてないもんな』
『あ、もしかして嘘だと思っている? だったら証拠を見せてあげるよ』
『そいつに作らせた魔法陣なんだけど、壁に貼っておくと蚊が寄ってこなくなるんだ。地味と思うかもしれないけど、信じられないくらい便利なんだぜ。しかも非売品だしな』
『魔法使いの知り合いがいないと入手できない激レアものだよ? な、見たいだろ? だからID教えなよ。写真送ってあげるからさ』
エル子とオグルは声も出なかった。
いままで都市伝説だと思っていたネトゲナンパ、しかも後輩を出しに使ったネトゲナンパを目撃した衝撃と感動で、画面写真保存するのに忙しすぎだった。
『あれ? 聞いてる?』
『おーい』
『あ、俺が凄いやつだと知っちゃって緊張してるのかな? 大丈夫だよ。俺、紳士だし』
『地元じゃ俺に奢られたいって女が多すぎて予約制だったし。あはは』
ぐびりっ、とエル子の喉が鳴った。
「おぉーぅ……おぐるん、すごいよ、この人。ほっとけばほっとくほど面白発言、量産体制だよ。スクショキー連打で指、攣りそうだよ……」
「おう、奇遇だな。俺もだわ」
「で、さあ……これ、どーする?」
「どうしようもねぇだろ」
「放置案件?」
「逆に聞くが、てめぇは関わりてぇのか?」
「もうちょっとフレッシュマンな新規くんだったら、もう一回スイッチオンしてから狩り場案内したり、一緒に露店巡りするつもりだったのに。露店で探すふりして、倉庫から使ってない微レア出してきて、掘り出し物あったよーって大安売りするつもりだったのにーっ!」
「いや、なんでスイッチ入れてからなんだよ……」
「だって絶対萌えるじゃん、そのシチュ!」
可愛いショタ新規くんにお姉さんっぽく見せながら、その実、下着の中には震える卵がインしてて……という妄想を、エル子は力説した。
「おう、いいんじゃねぇの? 俺は寝るけど、やってこいよ」
「いーやー! さすがに、これ相手じゃ無理ぃーっ!」
エル子にこれ呼ばわりされた新規くんは、未だに一人語りを続けている。
『あ、それとも美人じゃないからって心配してる? 俺、美人もブスも分け隔てしないよ』
『ていうか、ネトゲ女子に幻想抱くほど童貞してないし。ほんと分かってるから』
『ていうか逆に言うけど、俺くらいだよ? ネトゲしてる女子でも紳士に扱える男って』
『それに魔法使いに命令できるし、ネトゲのレアイテムよりずっとレアだよね、俺』
新規くんのソロトーク、絶好調で進行中。
「おぐるん……わたし、ちょっと震えてきたよ……」
「俺も半笑いと脇汗が止まんねぇ」
ここまでぶっ飛んでいると、この新規くんは一種のネタプレイしているだけの気もするのだけど、それにしては語っている内容が中途半端にガチ過ぎる気がして、二人とも「これ、ドッキリですよね。実況配信中なんでしょ?」と聞くことができなかった。
「と、とにかく、俺は帰る――」
オグルがそう言いかけたとき、画面の向こうから一体のソリコミがふらふらと近付いてきた。それ自体は問題ないのだけど、なんと新規くんがそのソリコミに殴りかかったのだ。
「あー……」
エル子が声を伸ばしているうちに、新規くんはソリコミの反撃を食らって、あっさり死亡した。
「まあそりゃ、そうなるわなぁ」
オグルも呆れている。
先ほど横殴りしてきたときの与ダメ数値からしても、ソリコミを独力で狩るには圧倒的にレベルが足りていない。瞬殺されたのは当然の結果だった。
新規くんの姿が大地に倒れ伏した死亡絵になった瞬間、新規くんの頭上に彼の発言が表示された。
『安心しな。どんな敵が襲ってこようと、貴女は俺が守るから』
新規くんの死体の上に、表示された。
「あれー……わたし、この人がいきなり高額装備に付け替えてソリコミ瞬殺するのかなーって思ってたよ……」
「おいおい、夢見る少女かよ」
「永遠の少女。それはエルフ」
「あぁ、へぇへぇ。面白ぇ、面白ぇ」
「安定の自称エルフ扱いにゃー」
……とか言い合っていると、新規くんの頭上に新たなチャットがポップアップ。
『おかしい。さっき余裕だったのに、こんなはずない』
おいおい、とエル子の溜め息。
「さっきは、わたしがタゲ取ってたからだよー」
でも、そんなエル子の声が聞こえるはずもなく、新規くん怒りのチャットは続く。
『おまえ』
『おい、おまえ。分かってるんだぞ』
『おまえが何かして、俺を殺したんだろ! 卑怯者!』
『古参は新規に何やっても許されると思ってるんだろうけど、社会に出たらそんなのないから。世の中、実力主義だから』
『おまえ、終わったよ。俺を舐めたのが敗因だったな。運営に通報してやる。そしたらおまえは追放だぞ。あーおまえ終わったわ』
『許してほしかったら、早く生き返らせろ』
『というかおまえのせいで死んだんだから責任取れ。慰謝料もよこせ。百万でいいよ』
……新規くん怒濤のチャットはまだまだ続いていたけれど、エル子もオグルも、もういちいち真面目に読む気はなくなっていた。
「エル、帰ろうや」
「だね……あっ、やっぱちょっと待って!」
エル子はオグルを引き留めると、チャットの吹き出しをぽんぽん連続表示させている新規くんに自分のキャラを近づけていき……おもむろに自キャラを座らせた。
エル子キャラは、正座から両足を外側にずらしてハの字にした、あひる座りやぺたん座りと呼ばれる座り方で腰を下ろす。そのちょうど真下に、大の字になって倒れている新規くんの顔がある位置で、だ。
つまり、新規くんの顔面をお尻で踏みつけたわけだ。
「一言で言うと顔面騎乗!」
「必殺技みてぇに叫ぶな、変態!」
「ひゃふん♥」
「っつか、なんでいきなり顔騎よ?」
「んー……なんかほら、黙らせてやるぞっ、みたいな?」
「黙らせられてねぇけどな」
エル子キャラが新規くんの顔面にお尻プレスしているのは、あくまで見た目の話であって、それで新規くんのチャットが制限されることはない。新規くんの発言は、エル子キャラの身体を突き抜けるようにして表示され続けている。
『おや、どうしたのかな? え、これどういう意味?』
『ひょっとして……えっちな感じ、なのかな?』
『え、俺はどうしたらいい? 俺、こういうの初めてなんだけど』
『あの、何か言ってよ』
『どうしたらいいの?』
『俺、動けないんだけど』
『こういうことされるの初めてでほんと分からなくて』
『あ』
『あんお』
『あの』
『優しくしてください』
……気がつけば、新規くんのチャットは立て板に水から、締め損ねた蛇口になっていた。
「あれ? 黙っちゃった? なんか思ったより効き目ありあり?」
「みてぇだな」
「んー……」
エル子、ちょっと考えてから、キーを打つ。
『もしかして、きみ、いまビンビン?』
返事は、
『ああ』
はいでもいいえでもないけれど、たぶん全力のはいだ。
「やだ、ちょっと可愛い……♥」
エル子、軽く乙女心が入っちゃって、立ったり座ったりを繰り返しちゃう。新規くんのお顔をお尻でぺったんぺったん餅搗きだ。
『ああ、これ』
『あああ』
新規くんのチャット機能が壊れたようだ。きっと片手が塞がっていて、まともに文字を打てないのだろう。
その反応が楽しくて、エル子はさらにサービスしちゃう。今度は座りポーズを、あひる座りと体育座りで高速入れ替えだ。
「うおっ、すげぇな。本当に腰振ってるみてぇに見えっぞ」
「ふふんっ♥」
エル子、オグルに褒められて満更でもないご様子。
画面の中では、エル子のキャラが単調だけどリズミカルな腰振りで、新規くんの顔面に股間を擦りつけている。
『あ』
十秒ほど無反応だった新規くんが発した一言、もとい一文字。
その意味を察したエル子は腰振りを止め、文字チャットで新規くんに話しかけた。
『いったんだ』
新規くんは答えない。つまり、無言の肯定だ。
エル子は最初から答えがあるとは思っていなかったから、さっさか次のチャットを打ち込む。
『お疲れさま。きみは可愛くしていたほうがもてると思うよ』
そして、音声チャットでオグルに告げる。
「おぐるん、お待たせ。満足したし、帰ろー」
「あ、おう」
最後にエル子は、黙ったままの新規くんに蘇生アイテムを使ってあげると、パーティ全員をセーブ地点に帰還させるアイテムをオグルに使ってもらって、その場を後にした。
「……なあ、エル」
「なーに、おぐるん?」
「あいつ、あそこで起こして大丈夫だったかね。またソリコミに手ぇ出して、やられてたりしてな」
「そこまでは面倒見切れないよー。それともおぐるん、様子を見に戻るん?」
「……いや。確かに、そこまで面倒見る気にゃ、なれねぇな」
「だよねー」
エル子とオグル、苦笑を交わしながら溜まり場に向かうのだった。
● ● ●
このときはエル子もオグルも、単調なイベントアイテム集めの最中に変なのと出会った、くらいにしか思っていなかった。もう会うことはないだろうと思っていた。
しかし、彼とは後日、なんとも驚くべき場所で、なんとも驚くべき再会を果たすことになるのだが――
それはまた、べつの、話。
エル子とオグルは今日も今日とて、イベントアイテム集めに勤しんでいた。
ただし、今日はモヒカン狩りではない。同じチンピラ系MOBでも、モヒカンよりもっと弱いソリコミ狙いの狩りだ。イベントアイテムを落とす確率はモヒカンよりも下がるけれど、その分、手早く狩れる。質より量で集めよう、という作戦だ。
……というかまあ、さすがに毎日、定点お座りモヒカン狩りでは飽きがマッハでヤバいから――というのが、狩り場を変えた一番の理由だった。
「まー、低級狩り場で乱獲するのも、単調なことに変わりはないねー」
エル子の率直な感想。
負けるリスクという刺激のない狩りは、狩りではなく作業になる。そして、作業は飽きるものだ。
「こりゃ、今日も刺激が必要かねぇ」
オグルが言うや、待ってましたとばかりにエル子は答えた。
「そう言うと思って、すでに準備万態でありますよっ」
「おいおい、やる気満々かよ。とんだドスケベだぜ」
「えへへー♥」
「褒めてねぇぞお」
……とかいう、わりといつものやり取りを経て、今日も今日とて羞恥プレイごっこしながらの狩りが始まった。
「……んっ……あっ、あ、あっ♥」
二人だけのグループチャットに、エル子の喘ぎが跳ねまわる。ピアノの上で子鹿が踊っているかのように。
「あっ、あっ、しゅごい! これっ、いっひいぃッ!! らめぇ、もっとゆっくりいぃッ♥ 壊れちゃううぅッ♥♥」
「……おい、エル。さすがに大袈裟すぎじゃねぇの?」
オグルが堪らず、苦言を呈す。
「じぇっ全然、大袈裟じゃ、にゃっ……あひっ♥ ひっ、ひいぅうぅッ♥♥」
「いや、絶対大袈裟だろ」
「そんなことにゃ――んんっ♥ んほぉーっ♥」
「素で“んほぉ”とか叫ぶ奴がいて堪っか!」
「まー、んほぉは言ってみたかっただけ。んでもー、他のは自然に出ちゃってる声だよ。大袈裟とかじゃ、全然ないよー」
「そんなに良かったのか……って、いま普通に喋ってんじゃねぇか」
「いまは敵が来てないからねー」
今日の遠隔操作アプリの設定は『ダメージを受けるたびに震動パターンA、回復するたびに震動パターンB』だ。
で、装備しているのが『回避率0になる代わりに、一定間隔でHPが固定値分だけ回復する』という特殊効果付きの鎧だ。固定値回復だから防御力が追いつかない狩り場では焼け石に水の微妙装備だけど、ダメージを抑えられる低級狩り場では回復薬要らずの永久機関が完成させやすくなるので、わりと高額取引される装備だったりする。
でもそんなことより重要なのは、この鎧を装備してソリコミ狩りをすると、戦ってダメージ交換している最中はパターンAで優しく撫でまわすように震動していた玩具が、数秒間隔で回復効果が発動するたびにパターンBの叩くような激しい震動が起きて、エル子をあへおほさせてくれるのだ。
「これ、すっごくいいよー。オナニー新時代、到来よーっ!」
「……そうか、良かったな」
「あっ、そういう素で引いてる感じの言い方、止めて?」
「感じじゃなくて、マジでちょい引いたんだが」
「またまたー」
「いや、冗談じゃなく」
「……おぐるんがわたしに時代の夜明けを迎えさせたくせにっ!」
「てめぇが勝手に開国しただけだがな。っつか、なんか休憩になってたけど、休憩終わり。ほら、移動すっぞ」
「うーぃ」
オグルに促されると、エル子もさっと泣き演技を止めて、狩りを再開させた。
ソリコミはモヒカンほど旨味のない敵なので、イベントアイテムを落とすようになっても、狩り場はそこまで混んでいない。モヒカンの湧く狩り場からあぶれた高レベル帯のプレイヤー数名がフィールド中をぐるぐる駆けまわっては見敵必殺で倒していくという、ハムスター養殖場のような狩り場になっていた。
そしてエル子は、発情中のハムスターだ。
「はあぁ……んあ、あぁ……っふんうぅ♥ んっ、ん、んうぁ……♥」
「……いい加減、煩くなってきたな」
「そ、にゃ、ことぉ……い、言ったってへえぇ♥」
「喋るか喘ぐかどっちかに……じゃねぇ。喘ぐの止めて、ちゃんと喋れや」
「やーぁー、無理ぃー……っひ♥ ひぎゃうぅ♥ うっうぅッ♥」
「はぁ……またか。何回目だよ。っつか、間隔がどんどん短くなってんじゃねぇか。どんだけ盛り上がってんだよ」
「ううぁうぅ♥ そーやって煽るの止めへぇ♥ 発情、終わんなくにゃりゅうぅ♥」
「煽ってねぇよ。呆れてんだよ……っつか、なんでこんな阿呆みたいな狩りで効率出てんだよ。もう、ノルマ終わったし……」
「エルフはぁ、発情するとぉ、リアルラック上がんのおぉ♥」
「喘ぎながら喋んな。っつか、事実無根のエルフ誹謗すんな」
「実証済みの事実ううぅ♥」
「……そこはアヘアヘ言ってても、ぶれねぇのな」
エル子の自称エルフネタに呆れつつも感心するオグルだったが、ひとつ大きな溜め息を吐いて仕切り直した。
「まぁとにかく、だ。ノルマも終わったし、そろそろ戻ろうぜ」
「そだねー……あっ」
エル子、うっかり近くにやってきたソリコミに挑発スキルを飛ばして、交戦状態に入ってしまった。
「……おい、エル。なんで、戻ろうぜって話をしているときに、殴りにいった?」
「い、いやー……惰性でっへえぇ♥」
「そしてまた喘ぐのか!」
「あっ♥ あ、あひっ♥ ひうぅんッ♥」
「……もう、マジで俺だけ帰っから」
オグルがさすがに少し苛立ちながらそう言ったときだった。
画面外からとことこ近付いてきた見知らぬPCが、エル子のキャラと戦っているソリコミに無言で殴りかかってきたのだ。
ソリコミに限らずチンピラ系のMOBは、最初に攻撃してきたPCを狙い続けるという特性を持つ。なのでいまの状況は、知らない誰かがエル子を肉壁にして丸儲けしようとしている、という状況だった。
「んっ……誰、これ。おぐるんの知り合い?」
エル子、おもむろに玩具のスイッチを切って、オグルに尋ねた。
「いや――っつか、こいつ見たところ、新規っぽくね?」
「ふむー? ……あー、言われてみれば、そうっぽいかもー」
割り込みをかけてきたPCをよく見てみれば、武器も防具も店売りの最下級品だ。そんなものをわざわざ買うのは、回復剤の代金を工面するのでも一苦労なガチ新規さんくらいなのだ。
「いや、新規騙りの集り屋って線もあるか」
新規さんに良い格好したくて(あるいは純粋な親切心から)、微レア品をただで進呈する世話焼きさんも結構、多い。そういうお人好しを狙って、わざと新規プレイヤーのふりをして近づき、微レア品をせしめては転売する――というプレイを楽しんでいる層も、いるとかいないとか。
「……まぁ、どうでもいいや。文句つけてもまともな返事しねぇだろうし、さっさと倒して、さっさと戻っぞ」
オグルはそう言いながら、攻撃スキルの溜めを開始した。
そのタイミングで、新規っぽいPCが周辺指定の文字チャットで発言をした。
『大丈夫です。すぐ助けますから』
それを見たオグルとエル子、ボイチャで揃って困惑の声を漏らした。
「えー?」
「はぁ?」
その困惑から先に立ち直ったのはオグルだ。
「あぁ、はいはい。エルが回避ゼロでダメージ食らいまくってるように見えたから善意で助けに入ったんです、ってか」
「あー、なるほどー」
オグルの推測にエル子が画面の前で頷いているうちに、オグルのキャラが溜め終わってスキルを発動させる。オグルのキャラが巨大な握り拳を撃ち出してソリコミを吹っ飛ばし、止めを刺した。
標的を見失ったご新規くんのキャラが、振っていた剣を空振りさせる。そんな姿が画面に映るなか、耳元に付けた骨伝導シールからオグルの困り声がする。
「さて、助けてもらう必要なかったことが証明されたわけだが……こいつ、どうすんだろな?」
「おぐるん、言い方が悪人だよー」
二人が音声チャットで軽口を叩き合っていると、新規くんキャラの頭上に文字チャットが表示された。
『あなた、そんなに強いなら、なんで女の子に戦わせてたんですか』
その瞬間、音声チャットが沈黙した。
「……」
「……」
どちらからともなく漏れた溜め息が、沈黙に穴を開ける。
「こいつぁ、どえらい予想外野郎だぜぇ……」
「だねー……野郎だけに、まさに予想野郎」
「は、は、はっ」
オグルの乾いた笑いも、力ない。
『黙ってないで何か言ったらどうなんですか』
新規くんがさらに発言。
「あ、そか。こっちで喋ってても、この人には伝わんないだったー」
「ボイチャでの身内プレイに慣れたネトゲーマーあるあるだな」
二人で苦笑を交わしながら、文字チャットのためにキーを叩く。
『おまえ、ガチ新規?』
オグルのキャラがそう発言する。
『そうですが、それ関係ありますか?』
感情表現のひとつもない字面だけでも、新規くんの義憤が伝わってくる。新規くん的には、これは義憤なのだ。
「……あっ! これ、わたしってばヒロイン立場!?」
エル子、面白いので静観を決め込む! オグルが舌打ちしたけれど、気にしない!
『答えられないのは図星だからですね』
新規くんが、ずいずい斬り込んでくる。負けるな、おぐるん!
『図星? 何が?』
『自分のほうが先輩だからという理由だけで敬語を求めてくるの、格好悪いですよ』
『は? 敬語? まじで何の話だ?』
『新規は古参に媚びへつらえ、と言いたいんでしょ。ネトゲでそういうの、格好悪いですよ』
『いつ俺がそんなこと言った? というか、絡むな』
オグルがボイチャで叫ぶ。
「うがあぁ! なんだこいつ、なんだこいつ!?」
「まーまー、おぐるん。どうどう、落ち着いてー」
「落ち着けっか! っつか、なんで俺が初対面の野郎に馬鹿にされなくちゃなんねぇんだよ!?」
「それはほら、予想ガイだから……」
「笑えねぇわ!」
「むー……分かったよぅ」
エル子はキーをかたかた打鍵して、自分のキャラに発言させた。
『やめて二人とも! わたしのために争わないで!』
祈るように両手を組んで涙を零すエモート付きの、お手本のようなヒロイン発言だった。
「エルぅ……てめぇよう、それ言いたかっただけのやつだよなぁ?」
「えへー♥」
「可愛くねぇよ」
オグルには大変不評だったけど、新規くんには大好評だったみたいだ。
『もう大丈夫ですよ、お嬢さん。もう、この男の奴隷でいる必要はありません。俺が助けてあげます』
「ええぇ……」
エル子、さすがに唖然とした。
「ね、おぐるん。わたし、おぐるんの奴隷だったよ!」
「てめぇはそういうプレイも好きそうだよな」
「あぁーん♥」
「阿呆か」
ボイチャで漫才をやっている間、新規くんはゲーム内では黙って立ち尽くしているオグルに向かって糾弾を続ける。
『大方、この男は俺にしたのと同じように、貴女にも「古参の俺に従え」と言われて、よく分からないまま従わされていたんでしょう? でも、そんなことをする必要はないんです。古参自慢のネトゲ廃人なんて、ただの社会不適合者なんですから』
「ぐっふう゛うううぅッ!!」
その言葉はエル子に効いた。油断してガードが下がっていたところに不意打ちでぶち込まれた渾身の右ストレートくらいに、エル子を打ちのめした。
「くっ……うぅ……こ、この小童ぁ! 味方の振りして、この仕打ちだとぉーッ!?」
エル子の慟哭が聞こえるわけもない新規くんは熱弁を振い続ける。
『古参自慢の老害廃人が言うことなど、気にすることはありません。どうせ、ネットでしか威張れない糞野郎なんだから、無視すればいい。それでも嫌がらせしてくるなら、俺にも考えがあります。自慢じゃないけど、俺の後輩が魔法使いなんだ。ああ、お金の心配は要らない。先輩命令でやらせるから、無料だよ』
……もう、どこから突っ込んでいいのか分からないエル子とオグル。開いた口が塞がらないとは当に、いまの二人を示す言葉だ。
文字チャットを打つ気力を失っている二人の画面に、新規くんのチャットが五月雨のごとく降り注ぐ。
『あれ? もしかして、信じてない?』
『ははは、まあ仕方ないか。魔法使いの知り合いなんて、普通に暮らしていたら出会えることなんてないもんな』
『あ、もしかして嘘だと思っている? だったら証拠を見せてあげるよ』
『そいつに作らせた魔法陣なんだけど、壁に貼っておくと蚊が寄ってこなくなるんだ。地味と思うかもしれないけど、信じられないくらい便利なんだぜ。しかも非売品だしな』
『魔法使いの知り合いがいないと入手できない激レアものだよ? な、見たいだろ? だからID教えなよ。写真送ってあげるからさ』
エル子とオグルは声も出なかった。
いままで都市伝説だと思っていたネトゲナンパ、しかも後輩を出しに使ったネトゲナンパを目撃した衝撃と感動で、画面写真保存するのに忙しすぎだった。
『あれ? 聞いてる?』
『おーい』
『あ、俺が凄いやつだと知っちゃって緊張してるのかな? 大丈夫だよ。俺、紳士だし』
『地元じゃ俺に奢られたいって女が多すぎて予約制だったし。あはは』
ぐびりっ、とエル子の喉が鳴った。
「おぉーぅ……おぐるん、すごいよ、この人。ほっとけばほっとくほど面白発言、量産体制だよ。スクショキー連打で指、攣りそうだよ……」
「おう、奇遇だな。俺もだわ」
「で、さあ……これ、どーする?」
「どうしようもねぇだろ」
「放置案件?」
「逆に聞くが、てめぇは関わりてぇのか?」
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「いや、なんでスイッチ入れてからなんだよ……」
「だって絶対萌えるじゃん、そのシチュ!」
可愛いショタ新規くんにお姉さんっぽく見せながら、その実、下着の中には震える卵がインしてて……という妄想を、エル子は力説した。
「おう、いいんじゃねぇの? 俺は寝るけど、やってこいよ」
「いーやー! さすがに、これ相手じゃ無理ぃーっ!」
エル子にこれ呼ばわりされた新規くんは、未だに一人語りを続けている。
『あ、それとも美人じゃないからって心配してる? 俺、美人もブスも分け隔てしないよ』
『ていうか、ネトゲ女子に幻想抱くほど童貞してないし。ほんと分かってるから』
『ていうか逆に言うけど、俺くらいだよ? ネトゲしてる女子でも紳士に扱える男って』
『それに魔法使いに命令できるし、ネトゲのレアイテムよりずっとレアだよね、俺』
新規くんのソロトーク、絶好調で進行中。
「おぐるん……わたし、ちょっと震えてきたよ……」
「俺も半笑いと脇汗が止まんねぇ」
ここまでぶっ飛んでいると、この新規くんは一種のネタプレイしているだけの気もするのだけど、それにしては語っている内容が中途半端にガチ過ぎる気がして、二人とも「これ、ドッキリですよね。実況配信中なんでしょ?」と聞くことができなかった。
「と、とにかく、俺は帰る――」
オグルがそう言いかけたとき、画面の向こうから一体のソリコミがふらふらと近付いてきた。それ自体は問題ないのだけど、なんと新規くんがそのソリコミに殴りかかったのだ。
「あー……」
エル子が声を伸ばしているうちに、新規くんはソリコミの反撃を食らって、あっさり死亡した。
「まあそりゃ、そうなるわなぁ」
オグルも呆れている。
先ほど横殴りしてきたときの与ダメ数値からしても、ソリコミを独力で狩るには圧倒的にレベルが足りていない。瞬殺されたのは当然の結果だった。
新規くんの姿が大地に倒れ伏した死亡絵になった瞬間、新規くんの頭上に彼の発言が表示された。
『安心しな。どんな敵が襲ってこようと、貴女は俺が守るから』
新規くんの死体の上に、表示された。
「あれー……わたし、この人がいきなり高額装備に付け替えてソリコミ瞬殺するのかなーって思ってたよ……」
「おいおい、夢見る少女かよ」
「永遠の少女。それはエルフ」
「あぁ、へぇへぇ。面白ぇ、面白ぇ」
「安定の自称エルフ扱いにゃー」
……とか言い合っていると、新規くんの頭上に新たなチャットがポップアップ。
『おかしい。さっき余裕だったのに、こんなはずない』
おいおい、とエル子の溜め息。
「さっきは、わたしがタゲ取ってたからだよー」
でも、そんなエル子の声が聞こえるはずもなく、新規くん怒りのチャットは続く。
『おまえ』
『おい、おまえ。分かってるんだぞ』
『おまえが何かして、俺を殺したんだろ! 卑怯者!』
『古参は新規に何やっても許されると思ってるんだろうけど、社会に出たらそんなのないから。世の中、実力主義だから』
『おまえ、終わったよ。俺を舐めたのが敗因だったな。運営に通報してやる。そしたらおまえは追放だぞ。あーおまえ終わったわ』
『許してほしかったら、早く生き返らせろ』
『というかおまえのせいで死んだんだから責任取れ。慰謝料もよこせ。百万でいいよ』
……新規くん怒濤のチャットはまだまだ続いていたけれど、エル子もオグルも、もういちいち真面目に読む気はなくなっていた。
「エル、帰ろうや」
「だね……あっ、やっぱちょっと待って!」
エル子はオグルを引き留めると、チャットの吹き出しをぽんぽん連続表示させている新規くんに自分のキャラを近づけていき……おもむろに自キャラを座らせた。
エル子キャラは、正座から両足を外側にずらしてハの字にした、あひる座りやぺたん座りと呼ばれる座り方で腰を下ろす。そのちょうど真下に、大の字になって倒れている新規くんの顔がある位置で、だ。
つまり、新規くんの顔面をお尻で踏みつけたわけだ。
「一言で言うと顔面騎乗!」
「必殺技みてぇに叫ぶな、変態!」
「ひゃふん♥」
「っつか、なんでいきなり顔騎よ?」
「んー……なんかほら、黙らせてやるぞっ、みたいな?」
「黙らせられてねぇけどな」
エル子キャラが新規くんの顔面にお尻プレスしているのは、あくまで見た目の話であって、それで新規くんのチャットが制限されることはない。新規くんの発言は、エル子キャラの身体を突き抜けるようにして表示され続けている。
『おや、どうしたのかな? え、これどういう意味?』
『ひょっとして……えっちな感じ、なのかな?』
『え、俺はどうしたらいい? 俺、こういうの初めてなんだけど』
『あの、何か言ってよ』
『どうしたらいいの?』
『俺、動けないんだけど』
『こういうことされるの初めてでほんと分からなくて』
『あ』
『あんお』
『あの』
『優しくしてください』
……気がつけば、新規くんのチャットは立て板に水から、締め損ねた蛇口になっていた。
「あれ? 黙っちゃった? なんか思ったより効き目ありあり?」
「みてぇだな」
「んー……」
エル子、ちょっと考えてから、キーを打つ。
『もしかして、きみ、いまビンビン?』
返事は、
『ああ』
はいでもいいえでもないけれど、たぶん全力のはいだ。
「やだ、ちょっと可愛い……♥」
エル子、軽く乙女心が入っちゃって、立ったり座ったりを繰り返しちゃう。新規くんのお顔をお尻でぺったんぺったん餅搗きだ。
『ああ、これ』
『あああ』
新規くんのチャット機能が壊れたようだ。きっと片手が塞がっていて、まともに文字を打てないのだろう。
その反応が楽しくて、エル子はさらにサービスしちゃう。今度は座りポーズを、あひる座りと体育座りで高速入れ替えだ。
「うおっ、すげぇな。本当に腰振ってるみてぇに見えっぞ」
「ふふんっ♥」
エル子、オグルに褒められて満更でもないご様子。
画面の中では、エル子のキャラが単調だけどリズミカルな腰振りで、新規くんの顔面に股間を擦りつけている。
『あ』
十秒ほど無反応だった新規くんが発した一言、もとい一文字。
その意味を察したエル子は腰振りを止め、文字チャットで新規くんに話しかけた。
『いったんだ』
新規くんは答えない。つまり、無言の肯定だ。
エル子は最初から答えがあるとは思っていなかったから、さっさか次のチャットを打ち込む。
『お疲れさま。きみは可愛くしていたほうがもてると思うよ』
そして、音声チャットでオグルに告げる。
「おぐるん、お待たせ。満足したし、帰ろー」
「あ、おう」
最後にエル子は、黙ったままの新規くんに蘇生アイテムを使ってあげると、パーティ全員をセーブ地点に帰還させるアイテムをオグルに使ってもらって、その場を後にした。
「……なあ、エル」
「なーに、おぐるん?」
「あいつ、あそこで起こして大丈夫だったかね。またソリコミに手ぇ出して、やられてたりしてな」
「そこまでは面倒見切れないよー。それともおぐるん、様子を見に戻るん?」
「……いや。確かに、そこまで面倒見る気にゃ、なれねぇな」
「だよねー」
エル子とオグル、苦笑を交わしながら溜まり場に向かうのだった。
● ● ●
このときはエル子もオグルも、単調なイベントアイテム集めの最中に変なのと出会った、くらいにしか思っていなかった。もう会うことはないだろうと思っていた。
しかし、彼とは後日、なんとも驚くべき場所で、なんとも驚くべき再会を果たすことになるのだが――
それはまた、べつの、話。
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