17 / 17
第十四話
混濁②
しおりを挟む「はぁ……っ、はぁ……っ、イジドア、さ……も……ムリ……嫌、です……っ」
一本の蝋燭の焔だけが鈍く灯る室内は薄暗く、月明かりが朧気に照らす簡素な寝台の上で、折り重なる二つの影。
「ふ……ふふ、あんなにも強気だった貴方が、もう音を上げるんですか……?」
無惨に引き裂かれた純白のドレスに身を包むヴェロニカを、見下ろすイジドアは嘲笑を浮かべては、馬鞭の先端を彼女のコルセットへと滑らせる。
「ぁ……っ、ぁッ!やだやだやだやだ…っ!本当にもうだめ…っ、来る……!き、ちゃう、からぁ……っ!!」
独房に置いてある様なベッドの四隅に拘束された四肢。彼女の涙声と共に響く鎖の摩擦音。
ヴェロニカの上で這いずる雄は、彼女のレース越しの胸元を先の割れた舌でチロりと舐め上げると、ふいに面を上げては首筋へと荒い息を吹き掛けた。
「ひ……ッ!!たすけっ、……!!」
短い悲鳴の後に余りの恐怖心から咄嗟に浮かんだのは、彼女が誰よりも信じてやまない父、ブライアン────ではなく、何時だってヴェロニカの心を波立たせる美貌の男。
縋りそうになって、縋りたくなくて、不意に現実へと引き戻されたヴェロニカの上から落ちる、恍惚とした嘆息。
「あぁ……っ!素晴らしい……!!私が思い描いていた通りの反応!!いえ、それ以上だ……!!やはり貴方の美貌は恐怖に歪んでこそ壮絶な色香を纏い私の望む完成系へと近付く……!!貴方は私が長年追い求めていた芸術!!美の集大成です…!!」
ヴェロニカの前では決して外す事の無かった紳士の仮面を剥ぎ取り、狂おしい程に欲情しきった男は陶酔したように早口で詩を紡ぐと。
「さぁ、今です…!!この刹那的背徳の美を永遠の物として寸分の狂いもなく額に収めなさい…!!」
血走った眼球をこぼれ落ちてしまいそうな程に大きく見開きながら────ヴェロニカ達のすぐ側のロッキングチェアーに腰を下ろす老婦人へ、イジドアは何時になく居丈高に命じた。
「はいはい。言われなくても描いてるよ、全く」
面倒な客だ、という態度を隠しもせずに嘆息を吐きながら、淡い黄色の高価な紙面の上を迷いなく婦人の持つ筆が滑る。
「……アンタも可哀想にねぇ。こんな悪趣味な男に見初められちまって」
寝台の上の少年(少女)への哀れみを口にしながらも、その手は止まることなく。
「しかし綺麗な子だね。貧相な身体が残念だけど、こんだけ美人なら春画にしたら良い値がつくだろうねぇ……」
(しゅ、しゅんがって、あの春画……?!)
嗄れた声でそんな事を言い出す腰の曲がった小さな画家の姿にヴェロニカは今以上の危険を感じ、断固拒否の姿勢を示そうとしたものの、イジドアの馬鞭によってそれは叶わなかった。
ヴェロニカの耳朶をチロチロと舌先で擽っていた彼の分身の様な白蛇を、馬鞭を滑らせ誘導し────嫌だ、と喚きかけた少女の口腔へ、猿轡の如く咬ませたのだ。
「ぃ……んぐぅ……ッ?!!」
よく手入れされているのか意外にも無臭ではあったが、そんな事を冷静に理解するよりも初めて含んだ爬虫類のザラりとした感触に、今にも舌を噛み付かれてしまいそうな恐怖心に、彼女の口腔内を味わおうとする割れた舌が歯列をなぞる動きに、ヴェロニカの頭はパンクしそうになる。
(やだやだやだやだやだ、気持ち悪い…!!)
涙目になりながら、嘔吐きそうになりながら、それでも拘束された四肢を力の限りに捩れば、拘束具による裂傷はやがて抉れた様な傷になり、シーツの四隅を血で汚し始めた事に。
「春画ですか。ふ……ふふふ、それは名案…………あぁ、貴方の美しい肌に傷がついてしまいましたね」
気付いたイジドアは瞳孔の開ききっていた橄欖石へと不意に憂いを浮かべ細めては、彼女の口を塞ぐ其れの首根を掴み、唐突に引き抜き。
「……ッ?!」
腰に穿いていた短剣で容赦なく白蛇の脳天を突き刺しては、彼の分身かと思われた其れをぞんざいに床へと放った。
「私のレオンハルトが失礼致しました」
レオンハルト、と呼ばれ、打ち捨てられた白蛇は剣が貫通した口を大きく開けたまま、ピクリとも動かない。
「蛇は、貴方様の口に合わなかったようですね」
先程までの狂った男の欲情など無かったかのように、ゆっくりと詩を紡ぐイジドアはズレた謝罪を口にしながら、飴と鞭だと言わんばかりにヴェロニカの乱れた髪を其の青白い指で撫で付ける。
(……訳が、分からない)
イジドアの急変により唐突に終わりを告げた狂った時間。
身体に巻き付けて飼うくらいには愛玩していた癖に、自分でヴェロニカの口元へ誘導した癖に気分で白蛇を害した男。
イジドアのちぐはぐな態度に、常人とは異なる其の思考回路に、眼前の男の底知れなさに、ヴェロニカは何度目か分からない恐怖を感じた。
(口に合うとか合わないとか以前に、普通人の口に無理矢理そんなもの突っ込む方がどうかしてるわ)
冷静に頭の中で男の普通じゃない感覚を痛烈に批判しながらも、度重なる疲労感からか、動けなくなったヴェロニカの身体は拘束具を外されて行くのをただひたすら、ぼやけた視界で認めながらも従順に待ってしまった。
「私の趣味にこうして……ボロボロになるまで真摯に付き合って下さったのですから、私も私の知りうる全ての情報を、貴方に白状致しましょう」
男は目の前にいるのに、何故か声が遠くに聞こえる。
「ふ……ふふ……」
つい数秒前まで、ズレているにしても心からの謝罪のようなものを口にしていた男が、また唐突に唇を歪め始めた。
「やはり、思っていた通りです」
貴方の血は甘い。
手首から伝う鮮血に吸い寄せられるように唇を落とした男が、無遠慮に舌を這わせては、そんな事を言った。
0
この作品の感想を投稿する
みんなの感想(6件)
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
【完結】20年後の真実
ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。
マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。
それから20年。
マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。
そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。
おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。
全4話書き上げ済み。
側妃の条件は「子を産んだら離縁」でしたが、陛下は私を離してくれません!
花瀬ゆらぎ
恋愛
「おまえには、国王陛下の側妃になってもらう」
婚約者と親友に裏切られ、傷心の伯爵令嬢イリア。
追い打ちをかけるように父から命じられたのは、若き国王フェイランの側妃になることだった。
しかし、王宮で待っていたのは、「世継ぎを産んだら離縁」という非情な条件。
夫となったフェイランは冷たく、侍女からは蔑まれ、王妃からは「用が済んだら去れ」と突き放される。
けれど、イリアは知ってしまう。 彼が兄の死と誤解に苦しみ、誰よりも孤独の中にいることを──。
「私は、陛下の幸せを願っております。だから……離縁してください」
フェイランを想い、身を引こうとしたイリア。
しかし、無関心だったはずの陛下が、イリアを強く抱きしめて……!?
「離縁する気か? 許さない。私の心を乱しておいて、逃げられると思うな」
凍てついた王の心を溶かしたのは、売られた側妃の純真な愛。
孤独な陛下に執着され、正妃へと昇り詰める逆転ラブロマンス!
※ 以下のタイトルにて、ベリーズカフェでも公開中。
【側妃の条件は「子を産んだら離縁」でしたが、陛下は私を離してくれません】
娼館で元夫と再会しました
無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。
しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。
連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。
「シーク様…」
どうして貴方がここに?
元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!
つまらない妃と呼ばれた日
柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。
舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。
さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。
リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。
――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
「地味ブス」と捨てられた私、文化祭の大型スクリーンで王子様の裏の顔を全校生に配信します
スカッと文庫
恋愛
「お前みたいな地味女、引き立て役にもならないんだよ」
眼鏡にボサボサ頭の特待生・澪(みお)は、全校生徒が見守る中、恋人だった学園の王子・ハルトから冷酷に捨てられた。
隣には、可憐な微笑みを浮かべる転校生・エマ。
エマの自作自演により「いじめの犯人」という濡れ衣まで着せられ、学園中から蔑まれる澪。
しかし、彼女を嘲笑う者たちはまだ知らない。
彼女が眼鏡の奥に、誰もが平伏す「真実の美貌」と、学園さえも支配できる「最強の背景」を隠していることを――。
「……ねぇ、文化祭、最高のステージにしてあげる」
裏切りへのカウントダウンが今、始まる。
スクリーンの裏側を暴き、傲慢な王子と偽りのヒロインを奈落へ突き落とす、痛快・学園下剋上ファンタジー!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。
更新楽しみにしてます!
面白いです♪♪
更新お待ちしておりました( *¯ㅿ¯*)
続きが楽しみです!
何回も読み返してます♪
こんばんは!ご感想をありがとうございます!
私生活の方がゴタゴタしている内に……暫く、本当に長い間、更新出来ていませんでしたね……(✽´ཫ`✽)
本当に申し訳ございません!そして待っていて下さり、私には勿体ないお言葉までかけて下さり、本当に本当にありがとうございます…!!
もう忘れられちゃってるんじゃないかな〜なんて思いながらも、久しぶりに更新させて頂きました。と言いましても、実は今回アップさせて頂いたお話、他のサイトさんでは既に公開していたものだったり……(٭°̧̧̧ω°̧̧̧٭)
私も久しぶりにお話を全て読み返しまして、「あぁ、そういえば殿下はこーいう男だったわ!」なんて、自分で書いた癖に腹立たしくも懐かしい気持ちにさせられました。笑
色々……再認識して、また続きを書き始めたので、次のお話までもう少しお待ち頂けると幸いです!