男装騎士と好色王子の私設団

浅見 景

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第九話

見せられない顔

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   湯浴みを終えたばかりの足で主寝室のテーブルへと向き合うオースティンは、簡易的に紐を結んだだけの胸元を大きく開けさせたバスローブ姿の儘椅子へと腰掛け、頬杖を付いて書類を眺めていた。
 湿り気を帯びた煌びやかな金髪は無造作に掻き揚げられ、テーブルに置かれた書類へ視線を落とす様は、何時も以上に精悍でいて繊細な美貌を湛えている。
 世の淑女等が挙ってドレスの編み上げを自ら解きたくなるくらいに魅力的であろう男は、紙面へ滑らせていた視線をふいに撥ね上げると、透けるような水宝玉の瞳を細めて───来訪者の来る扉を見遣る。

『カールハインツ=ブンゲルトです。夜分遅くに済みません。不躾と承知で例の件についてのご報告に上がりました』

 扉をノックする音と共に隔てた先からくぐもった声がして、オースティンが短く入室を許すと直ぐに扉は開いた。今宵限りは待ち侘びていた臣下の姿に形の良い唇を色っぽく撓らせては。

「さて、カールハインツ=ブンゲルト団長補佐殿───早速成果の方でも聞かせて貰おうか」

 鷹揚に役職名まで付けたどころか敬称まで付けて、故意に畏まってからかう節のあるオースティンを尻目に───師団の連中にも呼ばれな過ぎて、彼の性格故に軽視され過ぎていて忘れかけていた立場を重く胸に刻みつつ、カールは主の居るテーブルの前へと位置どり口を開く。

「はい。奴等、漸く尻尾を出しました。統率が取れなくなって来ているようです」

 オースティンの望む良い結果なのだと、まずは彼自身の感じた手応えを伝え、詳細に移る。

「それと例の教会には地下室があるようです。入口から北へ向かって壁伝いに歩いて、約十三歩。俺の胸の高さ程にある壁の一部が起動スイッチになっているらしく───よく見ると僅かに浮き出ている箇所があるので分かるのですが、そこに地下室への階段が現れるからくりが仕掛けられていました」
「ほぅ、其れは今までに気付けなくて当然だな」
「現場を抑えて居なければ発見出来なかったでしょう。そこへ組織の、恐らく末端の者が───攫ってきたと思しき女を連れ込んでいました」
「所詮は寄せ集めだな。大量虐殺しても露呈しない事から己の欲望の捌け口の為に連込み宿代わりに利用し始める、と。あの人とも在ろう者が真面に洗脳しきれていないだなんて───ふ……くく…っ、とんだ御笑い種じゃないか」

 あの人、と呼んだ相手に微かな敬意を表しながらも侮蔑に喉を鳴らす男は、日中の王宮では決して見せない冷酷な笑みを浮かべる。
 そんな主を認めながら、彼の見せる二面性に慣れている臣下は然して気にした様子も無い儘、報告を続けた。

「女性が嫌がっているのを無理矢理───そう見受けられましたので、騎士道精神に乗っ取って現行犯で二名程捕らえまして、現在地下牢に繋いでありますが如何がなさいますか?」

 騎士道精神などとそれらしい理由を付けてはいるが、端から拷問する気で、分かり切った首謀者だけではない───其の男を追い詰めるべく詳細な情報を得る為に、末端とはいえ二匹の鼠を捕縛して来た事をさらりと報告するカール。
 爽やかな顔をしてえげつない事を当然の如くやって退ける優秀な様は、恐らくは幼馴染みの少女になど決して見せない裏の顔なのだろう。
 自身の事は棚に上げてそんな風に思ったオースティンは、不意に数時間前まで一緒に居た少女の怯える顔を思い出す。

『───それとも、貴方達が王命で魔女狩りを行っている当事者側なの?』

 魔女狩りについて散々嗅ぎ回った挙げ句に奴等と接触し、組織の常套手段である『魔術』を用いて情報を引き出そうとしたイザベラ。
 詮索されたくない国家機密をほぼ確信に近い硬い声音で問うた女を───必要とあらば消す事も厭わない。
 咄嗟にそんな考えの浮かんだ自身の心を見透かす様に目を見開き、陶器の様に白い肌を青ざめさせては震えるクリストファーへ、自分は何を言いかけたのか。
 鈍い彼女に自身の考えなど読める筈も無いのに嘘だ冗談だと宥めるつもりだったのか。将又分かってくれと言い聞かせるつもりだったのか。
 どうするつもりだったのか自分でも分からない儘、気付けば伸ばした手で彼女の艶やかな白金色の髪を撫でていた。
 そうしてやる事でそれまで強ばらせていた表情をほっとした様に緩める少女の顔に、何故自分まで安堵したのか。
   何故、手駒である筈の少女をあの事件に関わらせたくないと感じたのか。
   何故、答えられないと分かっていてあんな質問をしてしまったのか。
   田舎町で平和に暮らして来た彼女に、ただ鍛錬が好きで、剣の腕を磨く事が好きで、そんな彼女に人を殺せる筈がないと分かっていて、試す様な事を聞いてしまったのは何故か───。
 そんな風に頭の片隅で答えの見いだせない考えに思考を囚われながらも、その一方で目の前の臣下の問いに大して、愉悦を抱きながら冷酷な決定を下す事の出来る自身を自嘲しては薄く笑むオースティン。

「わたしが直々に相手を務めてやっても良かったのだが───残念ながら今晩は先約があってな」

 裏切り者が潜んでいるかも知れない執務室で───突如としてオースティンの侍従であるバリーの齎した情報は、カールの優秀さも相俟って思っていた以上の成果を得る事が出来た。

「はは、其れはアイツ等も救われましたね。殿下の拷問は容赦がないから見てる方も気が滅入りますし」
「ふ……君に言われたくはないな。───捕らえた二人の内、見せしめとして片方は殺してしまっても構わない。そうしてやった方が舌の滑りも良くなるだろう」
「分かりました。末端でも何時『宴』が行われるのかくらいは聞かされているでしょうしね。必ず吐かせてやりますよ」

 優秀過ぎるオースティンの臣下だって、拷問しても吐かない相手かも知れないと踏んで、取り逃がす事もせずに態々両方連れて来たのだから、言われずともそうするつもりだったのだろう。
 仲間が目の前で殺されでもすれば誰だって『次は自分の番だ』と思う。其の恐怖心を利用し、その上で『正直に話せば逃がしてやる』のだと甘言を吐いてやれば、極限状態の囚人は何が何でも『死にたくない』と願い、嘗ての仲間達を裏切り、売ってでも『自分だけは助かりたい』と。叶いもしない愚かな願いを抱き、すんなりと口を割るものだ。

「其れは頼もしい限りだな───報告ご苦労。下がりたまえ」

 しかしこれがフィリップ辺りでは嬉々として拷問する余りに、情報を聞き出すよりも前に罪人の精神に異常がきたす方が早い。
 其の点、カールハインツならば飴と鞭を上手く使い分けて誘導尋問に掛ける事だろう、と。
 ある種の信頼から早々と臣下を送り出し、再度手元の資料へと視線を落とすも、一向に踵を返す気配の無い男に気付いて一瞥をくれたオースティン。

「何だ、まだ何かあるのか?」

 立ち尽くし、何かを言い淀む様に唇をぱくぱくと開閉させながらも、決して視線を逸らしはしないカールの其の雰囲気には覚えがある。
 恋人が出来ては直ぐに振られると嘆く割に、然して落ち込んでいる様には見えず、何事にも執着などしない人間だと思っていた男が、あの時初めて人間らしい感情を露にした。

『殿下…!!』

 たかが彼の幼馴染みの少女の手の甲へ挨拶がわりに唇を落としただけで張り上げた声。

『ははは、相変わらず殿下は冗談がお上手だ。コイツは男ですよ、殿下?』

 自身の胸を押し退けながら庇うように間に割って入る過保護振りに驚かされるどころか。

『は…っ!ヴェロニ…ッじゃなくて、クリストファーを何処へ連れて行くつもりですか、殿下?!』

 優秀な彼らしからぬ失言に、其の慌てっぷりに、この男がこうも熱くなる事が今までにあっただろうか、と感慨深く思ったものだが、彼女が絡むと見せる顔で何か言いたげにしている臣下の───言いたい事が分かっていて、オースティンは煽る。

「ふ……何か言いたい事があるんじゃないか?例えば───私の今夜の『先約の相手』の事で」
「……っ!あ……アイツが、こんな時間に?……冗談でしょう?」

 やはり顔色を変える臣下の取り乱しながらも平静を装っているつもりであろう男の姿に、込み上げてくる笑いを堪え切れず、唇は自然と弧を描く。

「正攻法で誘った所で断られるのは目に見えて居たのでな。『君にしか頼めない重要な任務だ』と言ったら直ぐに神妙な顔で頷いたよ」
「な…っ?!アイツを騙したんですか…?!」
「ふ……、くく…っ、騙しただなんて人聞きの悪い。私は事実を口にしたまでだ、カールハインツ。───確かに彼にしか頼めない、私の夜の相手を勤めるという重要な任務を」

 蒼白となった面を隠そうともしない男の姿を興じながらも、こんな風に煽り立てて牽制したくなる意味が、自身の勝手な独占欲なのだとオースティンは分かっていた。
 彼女にとって不本意とはいえ自分という主が在りながら、あんなにも容易く翻弄されて置きながら、幼馴染みなどという気の許す相手が居る事への罪深さ。
 強引に迫れば簡単に堕ちてしまいそうな少女を、何時でも横からかっさらわれてしまうであろう危機感。
 男という生き物は、落とせそうな女を───例え愛が無くとも、他の男に奪われる事を酷く嫌う。
 それが子供じみた酷い独占欲である事を知りながら、好敵手が居る事で余計に燃え上がる質である事を自覚しているオースティンは、それ以上の理由など無いと言い聞かせる様に頭を振ったところで。

「殿下、アイツには───ヴェロニカにだけは手ぇ出さないで下さい。お願いします」

 自身を真っ直ぐに見詰めながら、絞り出す様な固い声音でそう懇願するカールは、クリストファーでなくハッキリと彼女の本名を口にした。

「さて、何の話かな。残念ながら、私にはヴェロニカという名前の知り合いの女性は」
「恍けないで下さいよ。気付いてらっしゃるんでしょう?アイツがクリストファーの義姉のヴェロニカだって。それに貴方が調べない筈ないじゃないですか」

 確信しているであろう臣下にこれ以上恍けても無駄だと悟り、嘆息混じりの吐息だけで肯定を示すオースティン。

「───アイツが女だって知った上で騎士団に留めて置く理由は、何となく分かります。それにしたって態々あんな色気の欠片も無いガキに手ぇ出さずとも、殿下ならいくらでもお相手が居るでしょう?」
「近頃は積極的な女性ばかりを相手にして来たので食傷気味でな。偶には彼女の様に純粋でいて反抗的な女性が恥じらいながらも自ら跨り、私のものを宛てがいながら腰を落とす様───従順になるまで躾けてみたいものだ」

 卑猥で直接的過ぎる主の表現に、目を剥きながらもごくりと喉を鳴らすカール。

「ふ……今、淫らな姿の彼女を想像しただろう?」
「してません。───アイツは男に免疫が無いんです。殿下みたいな百戦錬磨の病的な色狂いに毎日口説かれでもしたら、貴方に惹かれるのも時間の問題だ」
「病的な色狂いとは失敬な。私は全ての女性を悲しませたくないだけだ」
「でしたらヴェロニカの事も泣かさないで下さい。アイツは殿下が今までに関係を持ってきた女と違って割り切った恋愛なんて出来ないんです」

 幼い頃よりの知り合いで、彼女の事をこんなにも大切に思い、同じ師の元で武芸を学び、恐らくはヴェロニカの父との関係も良好。
 手を出してしまったならば確実に責任をとるであろう真面目な臣下が、ヴェロニカだけはと頼み込んで来ているのだから、横槍を入れている自覚は有るのだから引いてやれば良い。

「アイツには普通の男と恋愛して、普通に結婚して欲しいんです」

 そう思ってはいるのだが、何故かオースティンはむざむざとくれてしまう約束をする事が躊躇われた。
   女の身で在りながら前代未聞で騎士団へ飛び込んで来た毛色の珍しい少女を、くるくると表情の変わる彼女を、いずれ結ばれる事が決まっていた様な幼馴染みの男なんかに渡さず、側に置いておきたい。
   其の気持ちが愛玩動物か何かに向けるようなものだとしても、男だらけのむさ苦しい私設団に咲いた美しい彼女が一体何を遣らかしてくれるのか、楽しみで仕方ない事だけは確かだ。

(───色気の欠片も無いがな)

   先程の彼女の幼馴染みの言葉をなぞってそう納得したものの、王都の娼館街を仕切るミルドレッド=ベイカー伯爵───ミリーの元で、自身の恋人であると認めさせた時の彼女の顔を、オースティンは不意に思い出す。

『……っ、……はい……オーウェン様……』

   恥辱に震える声で、涙目になりながら肯定したヴェロニカの姿に、酷く堪らない気分にさせられた。
   国中の女性が喜び卒倒するであろう『恋人の振り』という栄誉を、あんなにも嫌そうに、屈辱的だという感情を隠そうともしない態度で勤められた事が新鮮でならない。

(アレは……今思い出しても堪らないな)

   嫌がられているのに興奮するだなんて変態のようだが、彼女の表情がそういった気分にさせるのだから仕方ない。
   伯爵邸の後に娼館街を見廻る予定でも無ければ、ミリーの前でも構わず抱いてしまいたかった。
   お誂え向きにも逃げられないよう両手首を拘束された儘、寝台へと固定されていたのだから、抵抗出来ない彼女の衣服を一枚一枚剥ぎ取ってやったらどんな顔をしただろうか。
   全身に余す所無く口付け、カールハインツの目の前で剥き出しにした白くしなやかな脚を割り、欲情しきった男の其れを押し付けてやったら一体どんな顔を見せただろう。
   ヴェロニカが怯え、泣き喚いても、猛り立つ男の欲望を無理矢理捻じ込んでやったら───。

「殿下、アイツの事を少しでも可愛いと思うなら、もう必要以上に構うのは止めてやって下さい───って聞いてます?殿下」

   脳内で卑猥な想像を繰り広げようとした所で、臣下の真摯な懇願に現実へと引き戻されたオースティン。

「あぁ───もう少しで彼女と繋がれる所だったのに無粋な男だな、君は」
「はぁ…?こっちは真面目にお願いしてるってのになんつー事考えてたんですか、貴方は!」

   ぼうっと一点を見詰めていた視線を目の前の男へと再度照準を合わせてそう詰れば、直ぐに憤りの余りか砕けた叱責が返って来て。

「だから彼女へ自身の欲望を捻じ込」
「言わなくていいですから!」

   ヴェロニカに手を出すな、という男の願いを叶える自信の無いオースティンが、自身でもよくわからない感情も何もかもをも煙に巻いてしまおうと何時もの軽口を叩き始めた所で。

「───殿下?!」

   バン!と。ノックもせずに勢い良く主の寝室の扉を開け放して飛び込んで来たのは、肩までの癖のある栗毛と垂れ目が女好きのする優男だが、腹の内は誰よりもどす黒い臣下であり。

「ちょっとちょっとバリーに聞きましたよ?!クリスくんと青姦決めようとしたって本当ですか?!」

   第二王子付第一師団副団長を務める、フィリップ=オルグレンだった。

「は、はぁ?!」

   当然、彼の口から投下された爆弾にカールは目を剥き。

「側近に有るまじき口の軽さだな」

   冗談だと分かっていて乗っかるオースティン。

「僕というものが在りながら!何でその現場に呼んでくれなかったんです?!」

   カールの傍らまで歩いて来たフィリップは、余程急いで此処へ来たのか、息を切らしながら資料の置かれた机を叩き、主へと詰め寄るも。

「ちょ…っ、フィリップ、それどーいう事だ?説明してくれ」
「はぁ~?あ、そっか。君はクリスくんの二番目?じゃなかった、三番目の男だっけ?じゃあ知る権利あるよね~」

   傍らのカールに迫られ、妙な納得の仕方をしながらウェーブの掛かった長めの前髪を掻き揚げたフィリップは、彼よりも長身の同期の男の頤へと指を掛け、面を強引に上向かせる。

「お……おい、ちょっと待て!俺は男は趣味じゃないからな?!」

   同じ年に私設団入りし、切磋琢磨しながら互いを高めあって来たであろう男に、友人の様な好敵手の様な関係であるフィリップに、突然そんな風に迫られ動揺を隠せないカールを他所に。

「口付けから始まる恋もあると思わない?」

   何処かで聞いた事のある台詞を口にしながら、優しげな下がり目を獰猛に細めては『男』の表情を作って見せるフィリップ。

「はぁっ?!おおお、お前っ、何殿下みたいな事言ってんだ?!」
「試してみて君が『合わない』と思ったなら二度としないよ。───勿論お気に召して頂ける様、最善は尽くすけどね」
「男なんかに最善尽くされるとかある意味拷問だからね?!マジで勘弁してくれ?!」
「君は、俺の事を嫌いじゃないよね…?」
「そ、そりゃあ嫌いじゃねぇけど……ってそういう問題じゃなくてだな?!」

   唇が触れそうな程の距離で吐息混じりに囁く男を押し退けながらも、馬鹿正直に反応を返すカールの姿に、笑いを堪え切れなくなったオースティンはついに肩を揺らし始める。

「く…っ、くく……フィリップ、其れ位にして置け」

   その言葉に直ぐに同僚から距離をとった男は、顔面を蒼白させながら呆然と唇を開け放すカールを尻目に腹を抱えては。

「あはははっ!ほ~んと、パリス出身の人間ってからかいがいがあって面白いよね~!話の流れからして殿下とクリスくんの青姦突入前の再現だって分からないかなぁ~?」

   オースティンの侍従からあの森での事を詳細に聞いていたらしいフィリップの演技は、確かに真に迫るものがあったのだから、真面目なカールハインツが騙されるのも無理はないのだが、鈍感過ぎる同僚の態度が余程ツボに入ったのか大口を開けて笑っていた。

「そ、それならそうと…って、や……やっぱりやったのか……?」
「ん~なんか邪魔が入っちゃったみたいだよ?でももしも邪魔が入らなかったら勿論殿下の事だし?口付けたら最後!って感じで最後まで強引にいっちゃったんじゃないかな~って事で、青姦未遂事件ってとこかな!あはははっ!」
「笑えねぇよ…」

   誤解を与えた儘でも良かったのだが、追い詰め過ぎて暴走されては折角とっておいた楽しみを奪われ兼ねない。
   そう思い直し、そろそろフィリップがこんな時間に訪ねてきた理由を態々聞いてネタばらしをしてやろう、と。

「さて、フィリップ=オルグレン副団長───『君にしか頼めない重要な任務』の方は如何かな」

   その件で伺ったのだと知りながら、オースティンは聞こえよがしにそう聞いてカールを一瞥してやれば、案の定色々と疲れ切っていた男の表情は見る見る内に気力を取り戻す。

「君にしか頼めない重要な任務、って……殿下、それ、ヴェ……じゃなくてクリストファーの事じゃなかったんですか?」
「ふ……私は君に『何か言いたい事があるんじゃないか?』と聞いただけで、誰もクリストファーの事だとは言っていない。君が勝手にそう解釈したんだろう?」

   そう勘違いさせるニュアンスを用いた事は確かだが、事実、オースティンは一言も彼女の事だと言っていないのだ。
   今夜の『先約の相手』の事で何か言いたい事があるのか、と。そう聞いただけであって、勝手に───というには余りに作為的過ぎるが、彼女が相手だと早とちりしたのは彼の方だった。

「はぁ?!え、でも夜の相手を勤める重要な任務がどうとか言ってましたよね?!」
「あぁ、フィリップの調査結果を酒の肴に、私の夜の話し相手をして貰おうと思っていただけだが?」

   先程のフィリップの様にテーブルを叩いて抗議する臣下へ、それらしい事を言い連ねては、透けるような水宝玉の瞳を細めて今夜の先約の相手であるフィリップを見遣るオースティン。

「そうそう!殿下に頼まれてた例のアレ、本当に凄かったですよ~?あの薬を紅茶か何かに数滴垂らすだけでもう女の子達が乱れる乱れる!」

   いきなり何の話だ、と目を剥くカールを他所に、フィリップの報告は止まらない。

「ただ今の儘じゃ効果が強過ぎて女の子達に恐怖を抱くレベルで跨がられるので、とにかく薄めないと。十人連続は流石の僕でも死にそうになりましたよ~。根こそぎ持ってかれた気分です」

   苹果宮の地下室で秘密裏に囲っている魔術師に作らせた、とある薬の効能の治験をフィリップに頼んで置いたオースティンは、其の調査報告に満足げに微笑む。
   彼は見目も良く、表向きは女性に優しい。そして女性受けの良い可愛らしい顔をして第一師団一、夜が強い。そういった理由から、全世界の男達が羨むであろう『媚薬の治験』という大役を任せていたのだが、想像以上に素晴らしい効能だったらしい。

「で、クッキーか何かの生地にでも練り込んで『夜のお供に』とか『いつもよりちょっと積極的になりたい貴女に』なんて書いて売り出したら爆発的ヒット間違いなしですね~。今の儘でも人体に影響無いんですけど、性犯罪にでも使われたらアレですし。やっぱり『なんか熱くなって来ちゃった…♡』くらいがベストですよね~」

   そしてクロムガンス切っての隠れたヒットメーカーの異名を持つフィリップは、数々のヒット商品を世に送り出している発案者でもあるのだ。

「ほぅ、素晴らしい案だ。流石だな。早速開発準備を進めよう」
「わぁ、勿論これがヒットしたらボーナス奮発してくれますよね~?殿下」
「考えて置こう」
「って、ちょっと待ったぁ─────っ?!殿下?!臣下に何やらせてんですか?!フィリップ!!お前もお前で本当に何してんの?!」

   話を進める二人の姿に彼らしからぬ取り乱し方で声を張り上げるカール。軽く装っているが根は真面目な彼の中の常識では到底受け入れられない現実だったらしく、傍らの同僚に掴み掛る勢いで怒声を浴びせるも。

「カールって以外と頭かったいよね~?君も僕くらい身も心も解放出来たら楽なのになぁ~って、そうだ!君にも原液分けてあげようか?意中の相手を確実に射止める魔法のお薬───クリスくんに使ってみたら~?」

   何処吹く風といった面持ちのフィリップは、三番目の男の座から脱却出来るかもね、などと悪魔の如く囁いてから主の斜交いのソファーへと勝手に腰を下ろしては、懐から酒瓶を取り出すものだから。

「い、いいいいらない!必要ないから!」

   酒盛りのセッティングなどした事ないオースティンとフィリップに代わって、主のテーブルの上へ散乱する書類を手早く片付け、部屋の隅にある食器棚から人数分の茶器を用意するカール。
   世話を焼く事に慣れている彼はフィリップの正面のソファーへ腰を下ろすと、用意した器全てに同僚の持ち込んだ琥珀色の液体を並々注ぐ。

「え~?使ってみなよ~?あ、カールにあげても良いですよね、殿下?」
「───私は構わないが、カールハインツに使う度胸などないだろうな」

   カールの用意した其れを優雅に口元へ運んだオースティンは、形の良い唇に杯を押し当てると、上品な見た目とは裏腹に意外にも一気に呷って見せる。───其れは飲み比べの始まりの合図だった。

「度胸も何も、俺はアイツをどうこうする気はありませんから」

   余り酒に強くない事を自身でも自覚しているカールも、釣られて(負けじと)一気に杯を呷れば、喉を焼くアルコールの刺激に端正な面を顰めながらもお代わりを注ぐ。

「『どうこうする気はありませんから!』とか言ってさぁ、実際コレ使って『身体がじんじんするよぉ』とか『お願い、静めて…』とか言われちゃったりしたら、理性なんてぷつーんっと切れて壊れるくらいに抱いちゃう癖に~」

   既に二杯目を飲み終えて三杯目を注ぎにかかるフィリップが、意識せずそんな風に煽れば不自然に静まり返る室内。

「え~と、カールが妄想して固まる分には分かるんだけどさぁ、何で殿下まで黙り込むかな~?」

   手酌をしている途中で淫らな思案に耽るオースティンへ、目敏い指摘を繰り出すフィリップに。

「───其れは中々興味深い趣向だと思ってな」

   ヴェロニカの乱れる姿を脳内で思い描きながら、其の唇へと王子らしくないいやらしい笑みを刻むオースティン。

「あ、じゃあ今度の酒盛りの時にクリスくんに盛っときましょうか?効くまでに三十分くらいかかるんで、殿下が来る頃には全身性感帯になってる事間違いなしですよ~」
「ほぅ、其れは是非とも」
「駄目です!!本当に止めて下さいね?!アイツの居ない所で怖い事企むの止めてくれません?!」
「居る所ならば良いのか?」
 「いい訳ないでしょう?!」
「あはははっ、勝手~!」

   男達の欲望に塗れた話題で持ち切りの酒宴は、朝まで続いた。


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