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第五章 花を愛でる小人たちは悲しみの雨を降らせる

第16話

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「……お集まりいただきありがとうございます」



 福祉施設が管理しているある一室で颯希がみんなの前で深く頭を下げながら言葉を発する。



 颯希以外でその場にいるのは、静也と雄太。それに、木津と呉野。そして、凛花。他にも四人の人物がその場にいた。





 ――――ドン!ドン!ドン!





 部屋のドアが勢い良く叩かれて声が聞こえる。



「俺だ!八木だ!俺も入れてくれ!!」



 ドアを激しく叩いていたのは八木だった。



 呉野がドアを開く。



「頼む!俺にも話を聞かせてくれ!」



 八木が懇願するように手を合わせながら頼み込む。



「……どうしますか?」



 呉野が困った顔で木津に尋ねる。



「……まぁ、完全に無関係と言うわけじゃないからな……」



 そう言って、八木が同席することを許可する。



「八木さん、酷な話かも知れませんよ?覚悟して聞いてくださいね……」



 呉野がそう前置きをする。



 颯希が深呼吸をした。そして、ゆっくりと口を開く。



「……まず、結論から言います。今回起こっている『連続殺人事件』の犯人はあなたたちですね?」



 颯希が犯人たちに向って強い瞳で指を差す。そして、犯人たちの名前を上げた。






「浅井さん、栗田さん、斉木さん」






 指を差され、名前を呼ばれた浅井たちの表情が険しく曇る。浅井たちは誰一人として否定しない。



「……浅井さんたちが犯人……?」



 その場にいた、四人のうちの残り一人である理人が驚きを隠せない様子で声を上げる。



「……でも、被害者の人たちって若くてガタイもいい方だったって聞いたけど……。一人ずつ殺すにしても年配の浅井さんたちでは逆にやられるんじゃ……」



 理人がそう言葉を発する。



「睡眠薬……ですよ……」



「睡眠薬?」



 颯希の言葉に理人が頭にはてなマークを浮かべる。



「浅井さんたちは被害者に睡眠薬を飲ませてフラフラにさせて犯行に及んだのです」



「……でも、睡眠薬なんてどうやって……」



 颯希の言葉に理人が苦言を呈する。



「八木さんから受け取った……。そうですよね?栗田さん……」



 颯希が栗田を名指しして言う。



 栗田はその言葉に何も言わない。



「八木さんからお聞きしました。栗田さんから眠れないから良かったら睡眠薬を分けてくれないか?と言われて少しだけ分けてあげた、と……。こちらにいる刑事さんに確認を取って貰ったら八木さんの睡眠薬と犯行に使われた睡眠薬が一致したそうです」



 颯希の言葉に八木が苦しむような表情をする。自分があげた睡眠薬がまさか犯行に使うために貰えないかと言ったのだという事を考えると、自分が知らず知らずの間に犯行に協力していたという事になる。



「……斉木さん、斉木さんの退職した仕事場は酒蔵だそうですね。そして、時々、その酒蔵から日本酒が送られていますよね?」



 斉木がその言葉に目を逸らす。でも、否定はしない。



「でも、なんで浅井さんたちが……?」



 颯希の話に理人が疑問を呈する。



「復讐……ですよね?」



「復讐?」



 颯希の言葉に八木が言葉を返す。



「美亜さんがされたことに対しての復讐……。そうですよね?」



 颯希が力強く言葉を綴る。



「あ……あいつらが悪いんだ!あいつらがあんなことをしなければ……美亜ちゃんは自殺なんかしなかった!!」



 今まで一言も喋らなかった浅井が叫ぶように言葉を吐き出す。



「……まさか、美亜は暴行されてたってことなのか……?」



 今回の被害者たちが何人もの女性を暴行していたことは、岡本が捕まったことにより、近所でその話が広まっていた。理人が信じられないというような顔をする。



「……浅井さんたちはそう思い、今回の犯行に及んだのですよね?ですが……」



 颯希がそこまで話して、表情を正し、言葉を発する。



「美亜さんは暴行事件の被害者ではありません!!」



「「「えっ!!!」」」



 颯希の言葉に浅井たちが驚きの声を上げる。

 

「そ…そんなはずはない!私は聞いたんだ!あいつらが栗色の髪をした女の子を暴行したって話を……!!」



 斉木が堰を切ったように話しだす。



「確かに栗色の髪をした女性で暴行をされた方はいます。ですが、それは美亜さんではありません!」



 颯希が力強い言葉で言う。



「じゃ……じゃあ、美亜ちゃんはどうして自殺を?!」



 栗田が叫ぶように言う。



「……おそらく、美亜さんは自殺ではなく、事故だと思われます……」



「……事故?」



 颯希の言葉に理人が言葉を繰り返す。



「はい、美亜さんはおそらく、歌っている最中に足を踏み外して海に転落したものと思われます。ある子たちから話を聞きました。テンポが速いところで急に歌が途切れた……と。美亜さんは歌うのに夢中になって足を踏み外したのだと思います……」



「だが!靴が揃えて置かれていたって聞いたんだ!」



 浅井が堰を切ったように言う。



「理人さん、美亜さんは歌う時は靴を脱いで歌うことがあるんですよね?」



「あ……あぁ………」



「揃えて並んでいた美亜さんの靴はサンダル系の靴でした。そうなると、歌いやすさですぐに裸足になれるサンダルを履いていてもおかしくありません」



「でも……、そうなるとあの遺書のような文章は……?」



 理人が美亜の部屋から発見された『今までの私にさようなら』と言う文のことに疑問を持つ。



 理人の言葉に凛花が答える。



「美亜先輩の友達や先生に聞いて分かったんだけど、美亜先輩、歌手になるのは辞めようとしていたみたいです……」



「「「えっ!!!」」」



 凛花の言葉に浅井たちと理人の声が重なる。



「美亜さん……、ここで浅井さんたちのような利用者と関わるようになってから考え方が変わってきたそうです……。歌うのはたまにこういった場で披露できればいいから、自分も将来は福祉関係の仕事がしたいと言って担任の先生にも音大から福祉大学に変更したいという申し出があったそうです……」



 颯希がどこか苦しそうに淡々と話す。



「……それじゃあ、あの文章の本当の意味って……」



 颯希の話を聞いて理人の声がどこかで震えを持ちながら言葉を綴る。



「はい……、おそらく、『歌手になりたかった自分にさようなら』と、言う意味だと思います……」



 颯希が悲しみを湛えながらそう言葉を綴る。



「あの日、ここで歌う予定をしていた美亜さんは一番好きな服に身を包み、自分なりにけじめをつけ、この場所で披露するはずだった曲を練習するために灯台に来ていたと思います。自分にとって歌手を目指していた最後のステージですから精一杯歌いたかったのでしょう……。……しかし、歌の練習の途中で海に転落してしまった……」



 颯希が苦しみと悲しみを纏いながら静かに言葉を綴る。



「……おそらく、これが真実だと思われます……」



 颯希の言葉に部屋が静寂に包まれる。誰も言葉を発しようとしない。



「なら……なら、私たちは勘違いで復讐をしてしまったというのか……?!」



 斉木が涙を流しながら言葉を吐く。



 そこへ、雄太が斉木に近付き、優しく声を発する。



「……確かに、暴行されたのが真実だったとしたら、復讐をしようと言う気持ちは分からなくはありません……。でも、そんなことをしても大切だった人が空の上で余計に悲しむだけです……。美亜さん……、優しい人だったのでしょう?復讐なんかして、美亜さんが喜ぶと思いますか…?



 きっと、空の彼方で泣いていると思いますよ……」



 雄太の言葉に浅井と栗田も涙を流す。



「呉野、連れて行くぞ……」



「はい……」



 木津がそう言って浅井、栗田、斉木を連れて部屋を出て行こうとする……。



「……八木さん、騙してすまなかった……」



 部屋を出る直前、八木の横を通った時に栗田が八木に詫びる。八木はその言葉に何も答えない。表情を暗くして、今にも流れてきそうな涙を必死に抑えている。



 木津と呉野に連れられて浅井たちが部屋を出て行き、パトカーに乗り込む。颯希たちはその背中を悲しそうに見送った。





「理人さん……、美亜さんの分まで頑張って貰えませんか……?」



 パトカーを見送った後、颯希が真剣な眼差しで理人を一直線に見据えながら言葉を綴る。



「美亜さん、お友達の方にこう言っていたそうです……」



 颯希がそう言って、美亜が言っていた言葉を伝える。





『……あのね。私、理人がバイトで頑張っている姿を見ていたら、もっと一緒に居たいって思うようになったの!でも、音大に行っちゃったら理人と離れ離れになるでしょう?理人ね、凄く頑張っていて利用者にも好かれているんだよ!私、仕事でキラキラしている理人を見ていたら更に大好きになったの。だから、これからも近くにいてキラキラしながら仕事を頑張っている理人を沢山見ていたいんだ!』





 理人の瞳から一筋の涙が零れて、頬を伝う。



「美……亜……」



「美亜さんのためにも、前を向いて進んでください……。きっと、美亜さんもそれを望んでいるはずです……」



 颯希が優しく理人に問いかける。





 沢山の小人に愛されていた花……。



 突然命を摘まれてしまった花……。



 その花が摘まれてしまったことを悲しむ小人たち……。



 そして、思い違いから起こってしまった事件……。







 こうして、静かな町で起きた「連続殺人事件」は幕を下ろした……。

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