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9章 あの日本一の誠実系ナンパ師、子凛が逮捕!?

9-13 一瞬の快楽で、一生の後悔。

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 俺だけでなく、周りにいた連中は、それに対して何も言葉を発することができなかった。しかし、その空気を一切読まずに一人の男が「イェイイェイ!」と叫びながら乱入してきた。
「何? お兄さん。捕まったんだって? 逮捕と聞くと昔を思い出すよ。荒削りでもっとやんちゃしてたガキの頃に喧嘩で逮捕されたし、こんなの持ち歩いてたら職質されて任意同行されちまったからな」
 アーミーナイフをポケットから取り出し、器用に指先でくるくる回すと長い舌で刃先を舐め上げた。
「軽犯罪法一条二号 凶器携帯の罪や」
「そんな罪名だったかな。ガリさん、イェイイェイ!」
「一時間近くの取調べで、色んなことを訊かれて散々だったよ」
「じゃ、チャルミー、これはワイが没収しとくで」
「いやいや、ガリさん。大丈夫だよ。それは、あとでやるフルーツバスケットが終わった後に、俺の剥いたリンゴを皆に振る舞うために持ってきたナイフであって」
 フルーツバスケットって久しぶりに聞いたな。その後はハンカチ落としでもやるのだろうか……。
「嘘をつけ。そんなのやるような爽やかグループじゃねぇだろ。ったく……。また、こんなので取調べされたくないやろ?」
「そうだけどさぁ」
 それを聞いていた乳ローが、末吉の顔を覗き込みながら喋り始めた。
「チャルミーみてぇな喧嘩やナイフだったら笑い話で済むかもしれねぇけど、児童買春で捕まったら人前に出れねぇよな。よぉ、恥ずかしくねぇか。末吉?」
 末吉の目の色が変わり、飛びかかろうとする寸前に俺とガリさんとまあさで押さえつけた。
「乳ローさん! ちょっと言い過ぎじゃないですか」
「本当のことをブチまけてやっただけだろ」
「おい、まあさ。乳ローが絡み始めてきたからあっちに連れてけや」
「はい、ガリ総長。かしこまりました」
 まあさは真っ赤な顔で敬礼しながら言ったので、大丈夫かなと思ってしまった。
 末吉は全身の力が抜けたようにストンと腰を落とすと、呆然としながら口を開いた。
「確かに間違いを起こしたけれど……、性欲に溺れた自分が全て悪いのだけど……、マスコミによる社会的制裁、罰金や懲役などの懲罰。勤め先は解雇、首が繋がっても針のむしろ。前科持ちで再就職できなくて引きこもりになり鬱々な毎日で精神を病む可能性も……。学生ならば噂は一気に広まり白い目で見られたり、影で笑われたり、友達を失ったりして休学、停学や退学の可能性も……。親や兄弟に迷惑をかけてしまうし、近所の目を気にして引っ越しの可能性や、妻帯者なら三行半みくだりはんを叩き付けられたり、子どもがいれば散り散りばらばらになって家庭崩壊の場合も。負の連鎖は止まりません……」
「一瞬の快楽で一生の後悔か」
「そうですね、ガリさん……。さっき、校長の話をしたじゃないですか」
「あぁ」
「家族や親戚は、誰一人面会に来ないと言っていました。『これから、私はどうしたらいいと思う?』って笑ってましたけど、それは空笑いで虚しさだけが漂っていました。その虚しさが心を押し潰したのか、ふと見ると思い詰めた表情で身体を震わしながら一点だけをただただ見つめていました。それから夜通し声を殺して泣いてたんだけど、しばらく耳から離れなくてね」
「性犯罪は家族に、特に妻や娘から見捨てられる可能性が高いからなぁ」
 と言うと、ガリさんはししゃもを食いちぎった。
「校長はいくらか気持ちを取り戻し、『どうせ懲戒免職だろ。再就職できるかな。パパ活なんてするもんじゃないよな』と笑ってましたが、目を見ると校長の心は伽藍堂がらんどうだと感じました」
 末吉は自分でお猪口に注ぐと、水を飲むように一気に日本酒を喉の奥に流し込んだ。
「自分が留置場を出るときに詐欺罪の人からは、手を上げて『達者でな。もう、こんな陰気臭いところに来るんじゃねぇぞ』と笑いながら言われました。落ち込んでいる自分を慰めてくれたり感謝が尽きず、自分は思わず泣いてしまいましたが、『ゲンさんも最後にしてくださいよ』とツッコミを入れてお別れしました。しかし、校長は……」
「校長はどうしたんですか?」
「留置場で首つり自殺をしてしまいました」
「自殺……、パパ活で人生終了ですか……」
 続く言葉が出てこなかった。そこに、いつの間にか戻ってきた乳ローが一升瓶を手に持ち胡坐あぐらをかくと、グラスに注いで一気に飲んでいる。
「おい。酔っ払いの乳ローをあっちに連れてけと言うたやろまあさ!」と言った後、ガリさんと一緒に振り返ってみると、さらに酔い潰れているまあさが、座布団を枕代わりにして足を組みながら気持ち良さそうに寝ていた。超絶イケメンのグースは「ハハン」と言いながら、そんなまあさに優しく毛布をかけている。
 乳ローは飲み干したグラスを勢いよく床に叩き付けると、末吉に向かって唾を飛ばしながら怒鳴った。
「死者に鞭打つ気は更々ねぇが、さすがに校長が児童買春したらダメだろ! 校長のくせに、今まで何を学んできて何を教えてきたんだって話になるからな。そんなバカ校長、誰もフォローできねぇだろ!」
 末吉が静止してしまい無表情になると、ガリさんは口を開いた。
「教員が聖職なんていえない時代になって久しいが、教員による性犯罪が多いのは事実やねん」
「まず、教育者に対して『性教育』をした方がいいかもしれませんね」
「いいこと言うじゃねぇか坊主。そうなんだよ。そんな奴らばかりだから、ガキに全く刺さらねぇゆるゆるな性教育になっちまうし、偏見と誤解に満ちたAVが教科書になっちまうんだよ」
「じゃ、乳ローさんなら、どんな性教育をするのですか?」
「堕胎が実際にどういう手順で行われているのか、ヴィジュアル中心でみっちり教えてやるよ。もちろん、堕胎された胎児の画像や動画も観てもらう。それから、避妊の重要性を説いた方が効果覿面てきめんだろ」
「過激ですが一理ありますね」
「『寝た子を起こすな』とかアホなことを言ってセックスを遠ざけたりしてっから、子どもがセックスで失敗するし性愛も成長しねぇんだよ。不幸な子どもたちは大人が作り出してるんだぜ。要するに、日本人の大人はクズだってことなんだよ!」
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