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9章 あの日本一の誠実系ナンパ師、子凛が逮捕!?

9-14 テストステロンという魔物には気をつけろ

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「日本人の大人はクズ……。確かにそうかもしれませんね」
「まあな。実効性のある性教育やないと意味がない。学校における性教育のさらなる充実も必要だが、足りない部分は家庭内で補うことが肝心やな」
「そうですね。でも、ガリさん。自分は話を聞いていて別のことを思いました。何だか性欲って怖いなって」
「性欲に対する恐怖感か……。せやな」
 眉間に皺を寄せて、腕組みしながら話し始めた。
「性欲っちゅうものは、男の人生を大きく左右するからな。末吉のように自分の性欲が法に触れる場合、その衝動におけるストレスとの対峙を求められる。通常時ならば理性で抑えることができても、人生には色々な艱難かんなん辛苦しんくがある。何かがきっかけとなり魔が差して違法行為に突き進むということは誰にでもありえることやからな」
 と言うと、末吉を気遣うような視線に変わり、肩をポンポンと叩いた。それを見ていた俺は思わず言葉を発していた。
「疑問なのですが、なぜ、女と比べて男の方が性欲が強いのでしょうか?」
「性差における性欲の強弱を単純化して説明することは難しいのぉ」
「しかし、男性ホルモンが多い男の方が強い気がするのですが」
「それは否定せえへんが。まぁ、一面の真理でいえることとして、性欲や性衝動の正体はテストステロンなわけだが、その分泌量はおなごと比べて10倍~20倍や。それと、セックスをして愛を育みたいという欲求をつくりだしているのが、脳内の内側視索前野で第一性欲中枢と呼ばれてる部位なのだが、おなごと比べて2倍の大きさなんやで」
「なるほど。性衝動ですか」
「そこがポイントになるかもな。男の性欲は衝動性があり、瞬間的にトップギアに入る特徴がある一方で、女はじんわりとギアが入っていく漸進ぜんしん性であり、性欲曲線が違うねん」
「その衝動性が強いおかげで前のめりというか剥き出しというか、つまりは、強く見えてしまう印象を与えているというか」
「せやなぁ」
 そこに泥酔の乳ローが、突然話に割り込み喋り出した。
「なぜ、テストステロン様は前のめりで剥き出しなんだと思う? そこにメッセージが隠されてるからだろ! テストステロン様に言わせりゃ、一人の女とずっとセックスするんじゃなくて、より多くの子孫を残すためにたくさんの女を取っ替え引っ替えしながら、一人でも多くの女とセックスしろと命令してるようなもんなんだよ。わかったか、この地蔵野郎!」
「それが、テストステロン様の教えなんですね……」
「そうだ。世の中をよく観てみろ。ま、お前みてぇな節穴の目じゃ観えねぇから教えてやる。自信満々で仕事もできて金も持ってるテストステロン男は全員、浮気や不倫をしたりして本命以外の女をつくる。それができねぇしょぼいオスどもが、仕方がなく一人の女と真面目に付き合っているに過ぎねぇんだよ」
 乳ローは日本酒をあおった。
「人間も含め哺乳類は、オスはより多くのメスを、メスはより強いオスを求めるさがなんだよ。つまり、『男は多くの種を播く性』であり、『女は優秀な種を選び産む性』なんだよ。これを、『播種本能』や『営巣本能』というんだぜ。グリーン、よく覚えとけよ」
 と言い放つと、お猪口をべろんと舐め上げた。
粗方あらかた間違っていないが、播種本能について付け加えとく」
「あら」
 乳ローはずっこけた。
「生物学において言うと、『哺乳類に播種本能はない』と否定されてんねん」
 俺はガリさんに噛みついてみた。
「しかし、ガリさんは男の身体にはクーリッジ効果が備わっていて、『新しいメスの存在がオスの性衝動を活気づける』と言いました。厳密に言えば播種本能とは違うかもしれませんが、近いものを感じるのですが」
「哺乳類ってのは、その種の保存や維持をはかる上で、誰かが子孫を残せばええという風に考えられている。せやから、個々の身体に播種本能は備わってないといわれてんねん。そこに存在するのは、ただただ性欲なんやで」
「性欲だって本能だろ?」
 乳ローも噛みついた。
「実は、本能というものは生まれつき備わっていて、変更できないものを指している。そのため、変更可能である性欲は本能とはいえないんやで」
「なるほど」
「本能や遺伝子レベルの話は置いといて、現実に神がテストステロンやそれにおけるクーリッジ効果を、ヒトに創ったのは紛れもない事実やねん。テストステロンにおける男の性衝動の力は説明した通りやし、播種本能と命名されるくらい、男の性欲はどこまでも業が深い。せやから、男ってのは恋や愛よりもセックスを求めやすい生き物なんやで」
「セックスを生き物……ですか」
 ガリさんは身を乗り出した。
「せやかて、現実を見渡してみ? ほんの一瞬の快楽のために、男は大枚をはたいて風俗に行くんやで。十万円の超高級ソープに行く男もいれば、百万円もかけてラブドールを買う男もいるし、それらの総額が一千万円を超える男もいる。レイプや痴漢や盗撮や下着泥棒や露出狂など、性犯罪のニュースは次から次へと途絶えることはあらへんし、身体のあちらこちらから蝕もうとするそれらの性欲大妄想を、儚い理性がやっとの思いで食い止めている男も少なくないねん。それだけ男の性欲は女の性欲とは違い、魔物のような怖さが潜んでいるんやで。せやけど、それが男の性欲ってやつだから仕方ないねん。彼女がいようが結婚して子どもがいようが親が死んで号泣していようが会社が倒産して借金まみれだろうが病気で苦しんでしんどい朝を迎えようが、どんな状況であっても二十四時間三百六十五日、セックスを求めて彷徨い続ける人生が男という生き物だと言っても過言ではないんやで」
 男に所属している一員として、全否定したくても全否定できない自分がいる……。
「男は首吊り自殺の際に性欲が高まり、勃起したり射精するときがある。それは、なぜか? 前述した通り、視床下部の背内側核は第二性欲中枢と呼ばれていて、実際にセックスするための行動に関与してるわけやが、このすぐ隣には摂食中枢があるんや。そのため、危機的な空腹状況や死が迫る状態のときに、このような現象が起きんねん。自分の命が最期を迎えているのにも拘わらず、テストステロンは子孫を残そうと足掻あがくんやで」
「でも……。話を聞いてると、逆に男は種を播くことしかできないんだなと思いました。射精時の、これでもかというほどの虚しさを思い出してしまいました。種を播けば、お役目終了でポイ捨てされるのが男の運命なのかもしれませんね」
「まあな」
 と言うと、喋りすぎて喉が渇いたのかウーロン茶を一気に飲み干した。
「性欲というものを、人生の中でプラスに転じて使いこなすことができればええんやが、コントロールを失えば奈落の底に落ちていくねん。男という生き物は、この性欲に苦しめられる側面もあるといえるんやで」
「テストステロンという魔物には気をつけろということですね」
「ご名答。男という生き物は、新たなおなごを求めざるを得ない状態に追い込まれる。と言うのも、隣に奥さんや彼女がいても、すぐ近くで初めて見かけるおなごが気になってしまうことがあんねん。そんな自分がどうしようもない人間だと責め続ける男もいる。女は男を浮気者と罵るが、男はこの性欲という名の怪物と対峙させられるんやで。この怪物はいつ暴れ出すかわからへん。せやから、男は体内に性欲という爆弾を抱えながら生きていかなあかん生き物なんやで」
 人生の落伍者にならないように気をつけないと。
「せやけどな、男の体内にこれらの性欲の構造が備わっていても、理性や道徳心や宗教における戒律や一夫一婦制や家族制度や性犯罪などを取り締まる法律があるからこそ、ある程度の秩序が守られ、実際の行動を阻む抑制に繋がっているんやで。しかし、悲しいかな。それらが崩れたときに男の性欲の歯止めが利かなくなることは、過去の戦争や天災など歴史が証明しているといえるだろう」
 全てを喋り終えると目を真っ赤に腫らした末吉に目をやり、再び肩をポンポンと叩いて慰めていた。それに応えるように末吉はぼそっと呟いた。
「十八歳未満には金輪際、手を出しません……」
「せやけど、だますおなごもいるし、美人局にも気をつけろよ」
「はい……、気をつけます。もうこりごりですから」
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