Two grave holes for three

あきたいぬ

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社員旅行編

事件勃発

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「じゃあ、ハルとスタンリーは以前から面識が?」
「うん。スタンリーの弟に、僕の友人を助けてもらってね。外国に来たばかりで僕も友人も不安だったから、本当に助かったよ。」
「その代わり、空いている時間にハルからは日本語を教えてもらっている。なかなか上達したんだぜ?」
「書かなければ日本語は簡単だよ。スミスもすぐにできるんじゃないかな?」
ハルはまだ英国に来て浅いと言うが、そんなことを感じさせないくらいにはこの国と会社に溶け込んでいるようだった。聞けばスタンリーと同じ部署に所属していて、過去に何回か一緒のプロジェクトに携わったらしい。
「僕も、スタンリーが情報漏洩するとは思ってないよ。ま、十中八九嵌められただろうね。」
と、僅かに笑みを浮かべながらハルは言った。微笑みは彼の国の特徴らしい。
「恩ある身だし、僕も協力するよ。聞き込みは一緒に行こう。顔見知りの方がやりやすいだろう。」
願ったり叶ったりであった。実際、この顔が災いして、今までろくに人と話すこともできなかったのだ。柔らかいしゃべり口と微笑みを持つハルがいれば、少しは緩和されるだろう。
私たちがいるのは一番後ろの六号車、605号室である。二号車から六号車までは社員が、一号車には社長他幹部たちがいる。一つの車両に部屋は五つ存在しており、事情を知っていそうなスタンリーの課の人たちは四号車に固まっているようだ。
「例の上司がいるのは401号室だそうだ。そこは避けていこう。」
その方がいいだろうな、と私も賛成した。私たちまで目をつけられたら叶わない。スタンリーは部屋に残っていると言った。一緒にいると警戒されるだろう、とのことだった。「ハルに習った日本語の練習でもしておくさ。」と手をひらひらと振って、私たちを見送った。
「しかし意外だな。」
二人きりになったところで、ハルが呟いた。揺れの激しい車内でなんとかバランスをとりながら、私は「どういうことだ?」と聞き返した。
「あのスタンリーと仲が良いと聞いていたから、スミスはスタンリーと似たような人間だなと思っていたんだ。」
「ああ。」私は苦笑した。「それは確かにそうだろう。私とスタンリーでは、性格が真逆だからね。」
「うん。だけど納得もしたよ。スタンリーが好くわけだ。」
ハルはちょんちょんと、自分の胸を指さした。
「ロンドン駅の花売りからでも買ったの?よく似合っているよ。」
私は思わず胸に挿したままの花に手をやった。柔らかな花弁はほのかに温かく感じられた。
──
聞き込みの結果は芳しくなかった。
「スタンリー?俺も彼が情報漏洩をする阿呆とは思わないけれどね。誰かに嵌められた、なんて課の人間なら誰でも思っているだろうさ。」
「妬んでいる奴なんてたくさんいるだろう。誰がなんて、なぁ・・」
「近々出世の話もあったんだ。・・蹴落としたい奴はたくさんいるだろうよ。」
「確か、前にもこういうことがあったな。真面目な奴だったんだが、結局クビになったんだっけか。」
等々。405号室と404号室、そして403号室に聞き込み、わかったことは「スタンリーは間違いなく嵌められたと思われるが、犯人は候補が多すぎてわからない」ということ。
「改めて思うが、スタンリーも君も、なかなかに厳しい世界で生きているんだな・・」「基本は足の引っ張り合いだからね。よくあることだよ。」
私の所属する課は、比較的穏やかな人たちで構成されているからか、滅多に言い争う声を聞くことはないし、足を引っ張るとか、誰かを嵌めるとか、そういったこともない。ただ単に私が気がついていないだけなのかもしれないが、それでも私が今まで感じてきた職場への安心感は特別なものだったのだなと身をもって知った。
「じゃあ次、行こうか。」
「そうだな、ええっと・・402号室か。」
トントン、と軽くノックをする。返事はない。ガタゴトと列車の音がうるさいのだろうか、と思い、気持ち強めに扉をたたく。「すまない、少々聞きたいことがあるのだが。」
やはり返事はなかった。さすがに不審に思い、扉を細く開けて中の様子を見ようとすると──ハルに素早く手で制された。ハルは私を後ろに下がらせ、扉にピタリと耳をつける。
「一体何が・・」
「・・・うめき声だ。」
「え?」
ハルはその場にしゃがみ込むと、一気に扉を開いた。その瞬間、パリン!とガラスの割れる大きな音が響く。私はその音に戦いたものの、ハルがまるで何もなかったように──本当にすっとドアの中に首を突っ込んでしまったので、私もつられるように中をのぞき込んだ。個室内は今まで見た四号車のそれと何も変わらない様子だった。しかし、その窓は大きく割れており、細かな破片があたりに散らばっていた。私たちは窓から吹き込む強風に顔を覆いながら、室内の様子を探る。床には男が三人、倒れていた。ここの乗客だろうか。しかし、もう一人は一体どこに──
「おまえは誰だ!」と、不意にそう叫ぶ声が聞こえた。ハルだ。今日会ってから途切れることのなかった微笑みを消し、窓のそばに立っている、フードを被った人物──この客室の四人目の人物をまっすぐに見据え、そう問いただした。フードの人物は、ハルの声を聞いてにやりと笑い──そのまま後ろに、時速六十キロで走行する外に倒れ込んで、私たちの目の前から姿を消した。その直前、一瞬だが確かに、私と目が合った。氷のように冷たい視線の中に、燃えるような恨みの炎があった。しかし、それは本当に一瞬のことで、気がつけば、402号室には、私とハルと、体のあちこちから血を流して呻いている、三人の男が残された。
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