1 / 3
第1章
色都の底 ノイズの逃走
しおりを挟む階級都市**色都(イロドリ)**は、光によってその残酷な秩序を保っていた。
都市の天を覆うのは、支配者たる金種(きんしゅ)の民が放つ、目眩いばかりの神光(しんこう)。
それは彼らの富と、世界を「調律」する支配権の象徴だった。
光は熱を持たぬが、重く、都市の隅々まで行き渡り、そこに住まう人々の心までを監視しているようだった。
そして、その神光が届かぬ都市の底、常に薄暗い影に沈むのが、無色の民の領域である。
主人公の少年は、その闇の中で育った。彼の名は、この物語ではまだ語らない。
彼は、この都市にとって**「存在しない色」を持つ者。持てるものは、仲間のためのちっぽけな知恵と、いつかこの冷たい秩序を打ち破りたいという胸の奥の静かな怒り**だけだった。
「――光の周期は、残り三分。」
少年は、自作の粗末な腕時計型端末を指先で叩いた。錆びた鉄と粘土でできた、無色の民の唯一の財産だ。
彼は、色都の底に張り巡らされた魔導炉の廃棄管を這っていた。金種のエネルギー炉から伸びるこの管こそが、彼にとって命綱だった。
目的地は、廃棄管の先にある、電力制御室の裏側。そこには、金種が「ゴミ」として数日後に捨てるはずの小型エネルギーコアが一時保管されている。無色の民の生活をあと一週間支えるには、それだけで十分すぎた。
少年の動きは、都市の機構に詳しすぎるがゆえに、まるで管の一部が動いたかのように滑らかだった。彼の体には、都市のどこに死角があり、どこに監視の目があるか、すべてが刻み込まれている。
彼は、最後のセキュリティ・トラップを、盗んだ細い魔導線一本で解除した。
「成功だ。」
小型コアを背負った袋に収め、少年は安堵の息を漏らした。だが、その瞬間、彼の耳が、微かな、しかし決定的な異音を捉えた。
上層から、金属の靴音が三拍子のリズムで近づいてくる。それは、この時間、この場所を巡回するはずのない音。
「罠……!」
彼は慌てて身を翻し、元来た道を逆に、都市の廃墟へと向かって駆け出した。
無数の廃棄物が積み重なり、迷宮と化した色都の底。
その暗闇の中、金属音が止まり、静寂が訪れる。少年は、古い冷却装置の影に身を潜めたまま、息を殺した。心臓の鼓動が、自分の耳元で轟いている。
「ノイズよ、止まれ。」
声は、冷徹だった。
感情の揺れが一切ない、まるで世界を測る定規のような冷たさ。それが、光の調律者(カガリ)、金種の精鋭隊長の声だと、少年は知っていた。
「調律を拒否する者は、都市の汚点だ。無色の民は、秩序を乱すノイズ。その身を以て、調律を学ぶが良い。」
闇の奥から、数筋の金色の光の線が放たれた。それは、金種が誇る**神光制御(しんこうせいぎょ)**の術。光は壁を貫通し、少年が隠れていた冷却装置の影を精密に切り裂く。
少年は反射的に横へ跳んだ。遅れて、彼のすぐ後ろで、冷却装置の分厚い鉄板が、熱線を浴びて音もなく溶断される。熱気が肌を焼き、金属が焼ける匂いが鼻をついた。一秒でも遅れていれば、彼の体は骨ごと両断されていた。
「チッ……」
少年は、舌を打ちながら、知恵を絞る。光の調律者は、闇の中で正確な位置を把握している。逃げ場はない。
彼は、逃走ルートの途中、過去に金種に破壊された魔導車の残骸が積み上げられた場所を思い出した。彼は懐から、数個の粗末な火薬玉を取り出した。
「どうせ、このまま殺されるだけだ。」
彼は腹を括り、全速力で残骸の山へ向かって駆け出す。背後からは、カガリの「神光」が執拗に追いかけてくる。
残骸の山の直前で、少年は火薬玉を路地の特定のポイントへ叩きつけた。爆発の連鎖が始まる。
ドッ、ドッ、ドォン!
火薬による物理的な破壊と、カガリの放つ熱線による金属の蒸発。二つの力が反発し、残骸の山は予測不能な形で崩れ落ち、路地の幅を完全に塞いだ。
「――小賢しい。」
路地の奥。精鋭隊の先頭に立つカガリは、崩れ落ちた瓦礫を前に、わずかに眉をひそめた。彼の完璧に整えられた服には、一片の土埃もついていない。
部下たちが瓦礫の除去にもたつく中、カガリは静かに撤退を指示する。
「追いすぎるな。我々の使命は秩序の維持であり、無意味な死傷ではない。あのノイズが盗んだ情報の価値は低い。しかし、その予測不能な知恵は危険だ。警戒レベルを上げろ。」
カガリは、路地の壁に残された熱線の痕と、火薬玉の焦げ跡を交互に見つめた。金種の高度な術とは違う、原始的で、しかし彼らの秩序の予測から外れた反抗の跡。
「…面白い。この色都の底で、初めて調律の外の動きを見た。」
カガリは闇の奥へ静かに背を向けた。その心には、**秩序を乱す微かな「異音」**への、冷徹な興味が芽生えていた。
一方、崩れた瓦礫の下を、呼吸器の限界を超えて潜り抜けた少年は、都市の最奥の廃墟に辿り着いていた。
彼は、額の汗を拭い、背中の袋を抱きしめる。
「勝ったのは、たった一度の逃走だ。」
この成功は、金種のシステムを打ち破ったのではない。ただ、一秒先を読む知恵で、一時の命を繋いだにすぎない。彼が知恵でどれだけ足掻いても、金種の精鋭が放つ一筋の光の術の前には、塵にも等しい。
彼は、暗闇の中で、深く握りしめた拳を見つめた。
このままでは、いつか必ず、仲間も自分も**「調律」の名の下に壊される。
彼は、この都市の光に対抗しうる「力」**が必要だと、痛感していた。
(仲間(アユム)は、あと三日の命だ……)
少年の瞳に、怒りとは違う、切実な焦燥が宿る。
そして、その焦燥こそが、彼を禁忌の伝説へと駆り立てていくのだった。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される
clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。
状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
ちょっと大人な物語はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な短編物語集です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
転生先はご近所さん?
フロイライン
ファンタジー
大学受験に失敗し、カノジョにフラれた俺は、ある事故に巻き込まれて死んでしまうが…
そんな俺に同情した神様が俺を転生させ、やり直すチャンスをくれた。
でも、並行世界で人々を救うつもりだった俺が転生した先は、近所に住む新婚の伊藤さんだった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる