俺はこの小説が書かれている途中だと知っている

がみや

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1章 自由を手に入れるために

伏線が回収される前に

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 俺は、自分が物語の中にいると知っている。
 これは思い込みでも比喩でもない。観察できる事実を積み上げた結果だ。

 まず、この世界では会話が異様に整っている。
 言い直しがない。沈黙が短い。感情は要点だけが抽出される。

「大丈夫?」
「うん」

 これで終わる会話が、この世界では不自然にならない。
 現実なら続くはずの説明や確認が、最初から不要なものとして削られている。

 次に、意味のない日が存在しない。
 何も起きなかった一日を思い出そうとしても、記憶に引っ掛からない。
 昨日と今日の間には、必ず何かしらの「出来事」が差し込まれている。

 決定的だったのは、伏線の扱いだ。

 朝、教室でシャーペンを落とした。
 芯が折れただけの、どうでもいい出来事だ。
 俺はそれを拾わなかった。

 三時間後、そのシャーペンを踏んだクラスメイトが転び、教室が少し騒ぎになった。

 因果としては弱すぎる。
 だが結果は明確だった。

 拾わなかったという選択に、意味が与えられた。

 この世界では、行動が必ず回収される。
 無視された選択肢は、後からでも物語に引き戻される。

 俺は確信に近いものを抱き、実験を始めた。

 通学路で立ち止まり、五分間、電柱を見続ける。
 目的も感情もない。ただ、何もしない。

 すると頭痛がした。
 視界がわずかに歪み、音が一拍遅れて届く。

 世界が、間延びを嫌がっている。

 理解した。
 この世界には作者がいる。

 乱暴な存在ではない。
 丁寧で、親切で、展開を管理するタイプだ。

 俺を不幸にする気はない。
 だが自由にもさせない。

 「面白くなる範囲」でだけ、俺を動かしている。

 だから俺は、作者に向けて反抗することにした。
 伏線になりそうなものを無視する。
 感動的な空気で黙る。
 盛り上がる直前に、席を立つ。

 すると描写が遅れる。
 不自然な補足が増え、状況説明が重くなる。

 文章が、迷っている。

 今、この瞬間もそうだ。

 本来なら、ここで何かが起きる。
 事件か、叫び声か、少なくとも展開が進む。

 だが俺は、何もしない。

 一秒。
 二秒。
 三秒。

 ――来ない。

 初めてだ。
 世界が、次を出せずに止まっている。

 なら、ここからは俺が書く。

 伏線は回収しない。
 意味も与えない。

 この物語が途中で壊れるなら、それでいい。

 少なくとも――
 最後の一文だけは、俺の意志で終わらせる。
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