俺はこの小説が書かれている途中だと知っている

がみや

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1章 自由を手に入れるために

物語は止まれない

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朝、目が覚めた瞬間に分かった。

 今日は、何かが起きる。

 理由は単純だ。
 昨日、俺は物語を止めた。
 だから今日は、その“帳尻”が合わされる。

 カーテンを開けると、外はいつも通りだった。
 天気も、音も、人の流れも変わらない。

 だが、違和感がある。

 説明が多い。

 鳥の鳴き声。
 風の強さ。
 朝日の角度。

 今までなら省略されていた情報が、
 わざとらしいほど丁寧に描写されている。

 ――埋めに来ている。

 空白だった時間を、
 無理やり文章で満たそうとしている。

 教室に入ると、全員が揃っていた。

 誰一人、遅刻していない。
 雑談もない。

 不自然なほど、静かだ。

「……おはよう」

 俺が言うと、
 全員が、ほぼ同時に顔を上げた。

「おはよう」

 声が重なる。

 個人差がない。
 抑揚も、間も、誤差の範囲。

 理解した。

 キャラクターが、調整されている。

 物語を進めるために、
 余計な揺らぎを削られた状態だ。

 一限目の途中、事件は起きた。

 窓ガラスが割れた。

 突然だった。
 理由も前触れもない。

 誰かが投げたわけでも、
 事故があったわけでもない。

 ただ、割れた。

 教室がざわつく。

「何だ今の?」
「危なくない?」
「大丈夫か?」

 ――来た。

 これが、世界の用意した“展開”だ。

 俺は席を立たない。
 声も上げない。

 昨日と同じ選択をする。

 何もしない。

 すると、違和感が重なり始めた。

 教師が説明を始める。
 警備員が来る。
 安全確認が行われる。

 全部、正しい。
 全部、必要だ。

 だが――
 一つだけ足りない。

 誰も、原因を探さない。

 なぜ割れたのか。
 どうして今だったのか。

 その問い自体が、存在しない。

 物語にとって重要なのは、
 「事件が起きた」という事実だけだからだ。

 俺は確信した。

 世界は、
 俺に役割を与えようとしている。

 気づく役。
 動く役。
 物語を進める役。

 昨日まで、それを拒否していた。
 だから今日は、無理やり舞台が用意された。

 立て。
 調べろ。
 関われ。

 そう言われている。

 だが俺は、従わない。

 昼休み、
 割れた窓の前に立つ人だかりを、横目で通り過ぎる。

 呼び止められる。

「なあ、見なかった?」
「お前、気づいてただろ?」

 その言葉に、
 世界が一瞬、静かになった。

 期待されている。

 ここで俺が何か言えば、
 物語は加速する。

 だが――
 俺は首を横に振った。

「何も」

 それだけ答えて、歩く。

 その瞬間、頭痛が走った。

 昨日より強い。
 視界がぶれる。

 世界が、苛立っている。

 それでも歩く。

 物語が進まなくても、
 俺は困らない。

 困るのは、
 書いている側だ。

 教室の喧騒が、少しずつ遠ざかる。

 代わりに、
 耳鳴りのような静けさが広がる。

 そして、はっきりと理解した。

 この世界は、止められる。

 だが同時に――
 止めた代償は、
 確実に積み上がっていく。

 物語は、
 諦めない。

 次は、
 もっと分かりやすい形で来る。

 それでも俺は、
 まだ何もしない。

 書かれる側が、
 書く側を見限るまで。
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