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『連れ』
第三章 草叢の記譜
しおりを挟む第三章 草叢(くさむら)の記譜
僕は全身の毛穴が、一斉に逆立つのを感じた。
背後にゐるはずの女の気配が、あたかも最初から存在しなかつたかのやうに、夜の湿つた空気に溶けて消えてゐたのである。僕は肺腑の奥から這ひ上がるやうな悲鳴を噛み殺し、雨に濡れたアスファルトを蹴つて、夢中でその場を逃れ出した。
自宅の玄関へ飛び込み、鍵を三度回し、荒い息を吐きながら床に崩れ落ちた時、僕の脳裏を支配してゐたのは、純粋な物理的論理への絶望であつた。あの細い一本道で、雨を避ける遮蔽物もない場所で、しかも両手に重い荷物を抱へた小太りの女が、一瞬の瞬きの間に霧散するなどといふことが、果たして許されるのであらうか。
数日後、僕は職場の薄暗い喫煙室で、この一件を何気なく後輩に漏らした。それは、自らの理知が捉へた「妙な話」を、他人の哄笑によつて葬り去りたいといふ、僕の卑小な自己防衛の現れでもあつた。
しかし、僕の話を聞き終へた一人の後輩は、笑ふどころか、紙のやうに血の気の失せた貌(かほ)で僕を凝視した。
「その話……僕も、別の人間から聞いたことがあります」
後輩が語るには、僕の体験した怪異と寸分違はぬ挿話が、既に別の知人の身にも降りかかつてゐたのである。
あの雨の夜、黒い服を纏つた女は、道行く人々を呼び止めては「連速(れんそく)」といふ名のマンションを探してゐると執拗に訴へるのだといふ。ある知人は、女の異様な粘りに気圧され、止むを得ず手近な紙片に詳細な道順を記して渡した。女は「有難うございます」と、例の氷のやうな微笑を残して闇へ消えたが、知人は後になつて、自分が教へた場所に果たして何があるのかが気にかかり、後日、その地点を訪ねてみたのだ。
「そこには、マンションなんて建つてゐないんです」
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