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窓のシルエット
しおりを挟む僕は、知人から聞いた、ある女性さんの身に起こった、些か(いささか)妙な、しかし人間の内面を抉る(えぐる)ような話を、ここに記そうと思う。
彼女は、この春、大学を卒業し、ある名のある会社への就職が決まった。親元を離れ、都心から少し離れた杉並の、しかし、路地に面した妙に土台の高い、一見頑丈そうなアパートメントに居を構えたのである。オートロックという、現代の魔法のような鍵に守られ、彼女は自らの「自由」と「安全」を信じて疑わなかった。それは、人間の自尊心(プライド)が生み出す、最初の、そして最大の誤解であったかも知れない。
彼女の職場は、華やかな光に満ちていた。新入社員の歓迎会、顔合わせ、盛り上がる会話。彼女は、その光の中で、自らの未来が、銀鼠色の空の下、輝かしく開けていくのを、確かに感じていた。それは、人間の業(エゴイズム)が生み出す、甘美な、しかし虚妄の夢に他ならなかった。
事件は、その夢の、ほんの僅かな裂け目から始まった。
その夜、彼女は、慣れない酒と、職場の熱気に当てられ、半ば意識を失うように、炬燵(こたつ)の中に突っ込んで眠っていた。深夜、路地から声が聞こえた。
「ともえさん、、ともえさん、」
男の声だった。彼女は、その声を、犬か猫の名を呼ぶ、散歩中の人間の、ありふれた行為だと思い込んだ。人間のエゴイズムは、自分にとって都合の悪い事象を、常に、無邪気な日常へと、すり替えようとする。
翌日も、同じ声が聞こえた。
「ともえさん、、ともえさん、」
今度は、昨夜よりも、明らかに、近くなっていた。彼女は、その声が、自分へと向けられていることに、気づいた。彼女の心に、冷たい風が吹き抜けた。それは、自尊心が、恐怖によって抉られる、その瞬間であった。
彼女は、炬燵の中で、動けずにいた。声は、さらに近づいてきた。そして、窓ガラスに、シルエットが映った。人影は、曇りガラスの向こうで、ぶら下がっていた。その土台の高いアパートメントの窓に、人間が立てるはずがなかった。しかし、その人影は、確かに、中を見ていた。
「ともえさん、、ともえさん、」
人影は、執拗に、彼女の名を呼び続けた。人間の業は、自らの目的を、他者の都合を無視して、貫こうとする。
彼女は、恐怖に、全身を硬直させた。人間の自尊心は、恐怖の前で、一瞬にして、無力なものと化した。彼女は、炬燵の中に、顔を突っ込んだまま、動けなかった。
「ともえさん、、ともえさん、」
声は、部屋の中から聞こえた。人影は、部屋の中に入ってきていた。オートロックという魔法の鍵は、人間の自尊心を守ることはできなかった。
「ともえさん、、ともえさん、明日何にしよう」
人影は、彼女の炬燵の布団を、上から、グーッと押した。彼女は、その重みに、息が詰まった。それは、人間の業が、他者の生命を、自らの意志によって、支配しようとする、その瞬間であった。
そして、耳元で、冷たい息とともに、声が聞こえた。
「そんなことしたって、出て行かないよ」
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