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第四章 震える記録
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「……さうだね。でも、重力があるから、こうして出会えたのかも知れない」
僕は、喉元まで出かかつた柄にもない台詞を、苦い唾液(つばき)と共に飲み下した。そんな感傷を吐露することは、己の知性が引力に負けて地に塗(まみ)れることを認めるに等しい。僕は冷徹な指導者としての仮面を剥ぎ取られぬよう、最後の実験データを紙面へと刻んだ。
g = 9.8 m/s^2
それは教科書が教える、一点の曇りもない正確な数字である。万物を等しく地表へ引きずり下ろす、峻厳(しゆんげん)なる宇宙の理。しかし、その無機質な数字を記す僕の指先は、隠しようもなく、醜い痙攣(けいれん)を繰り返していた。
実験は終わつた。装置を片付ければ、この密室の魔法は解け、僕は再び「受験生」という名の虚妄の歯車へと戻らねばならぬ。華は、僕の震える手元をじつと見つめていた。その眼差しは、僕の自尊心が崩壊し、ただの「一人の男」へと墜落していく様を、冷ややかに観察しているようでもあつた。
「先輩、また……教えてくれますか?」
華の問いかけは、静寂を切り裂く一筋の稲妻であつた。僕はレポートを閉じる。その時、厚い雲を割つて差し込んだ一筋の残光が、彼女の瞳を金色に染めた。
受験勉強の焦燥も、未来への不安も、この瞬間だけは意味をなさない。僕は、自由落下する鉄球が一点に収束するように、目の前の彼女と過ごす「今」という一瞬の加速度に、この身を委ねる決意を固めた。
しかし、僕らの頭上には、依然として冷徹な重力の法が君臨している。いつか必ず、この幸福な落下の時間は、硬い地面へと叩きつけられ、粉々に砕け散る日が来るに相違ない。
僕は窓の外を流れる銀鼠色の風を感じながら、自嘲気味な微笑を浮かべた。僕らは、止まることの許されぬ墜落の中で、互いの体温を確かめ合っているだけに過ぎないのだから。
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