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第三章 無重力への願い
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実験を繰り返すうちに、僕らの間には、奇妙な調和(ハアモニイ)が芽生え始めていた。鉄球を放つ僕の指先と、鍵(スイッチ)を叩く華の指先。その二つの運動が、まるで一つの生命体であるかのように、精密な円舞(ダンス)を演じ始める。
記録用紙に並ぶ数字は、冷徹な秩序を以て埋まっていく。しかし、その「正解」に近づけば近づくほど、僕の胸底(きようてい)には、氷のような寂寥(せきれう)が広がるのであった。実験の完了は、即ちこの物理室という密室の崩壊を意味する。この「重力の檻」から解放されたとき、僕と彼女を結びつけている細い糸は、跡形もなく断ち切られてしまうに相違ない。
柊の自尊心は、今や「指導役」という高みから滑落し、一人の少女の視線に縋(すが)る無力な迷い子へと堕していた。
そんな時、華がふと手を止め、窓の外を眺めた。銀鼠色の空からは、いつの間にか細い雨が糸のように降り注いでいる。
「重力がなければいいのに。そうすれば、鉄球も、私たちの時間も、もっとゆっくり落ちてくれるのに」
彼女の呟きは、僕の脳髄を直接、麻酔針で刺したような痺れをもたらした。彼女は僕を見つめる。その瞳の奥には、実験の成功を喜ぶような浅薄な色ではなく、もっと暗く、もっと切実な、何か底知れぬ「飢え」のようなものが揺らめいていた。
それは、聖者が抱くような高潔な願いではない。むしろ、現実の義務や責任という引力から逃れ、永遠の虚無の中に二人で漂いたいという、恐るべきエゴイズムの露呈(ろてい)であった。
僕の心臓の鼓動は、自由落下する鉄球の加速度など、とうに超越してしまった。 「……僕も、そう思うよ」 僕は、自分の声が、まるで他人のもののように低く、湿って響くのを聞いた。僕は彼女の瞳の中に、自分と同じ「孤独」という名の猛獣が棲(す)んでいるのを見た。
僕らは今、理性の放物線を描きながら、共に地獄へ向かって墜落している。しかし、その落下(おち)ていく瞬間にこそ、得体の知れぬ法悦が宿っていることを、僕は否定できなかった。
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