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第二章 重なる指先
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実験とは、客観的な真理を暴き出すための儀式である。しかし、この薄暗い物理室においては、あらゆる法則が歪曲(わいきよく)され始めているように僕には思えた。
僕が冷ややかな鉄球を保持し、華が記録開始の鍵(スイッチ)を握る。重力という絶対的な独裁者の命を待つ間、僕らの呼吸は不自然に同期していた。しかし、タイミングが合わない。記録紙には無情なエラーの刻印が重なるばかりである。それはあたかも、運命の歯車が噛み合わぬことを嘲笑うかのようであった。
「先輩、一緒に押してもらえませんか?」
華のその言葉は、蜘蛛の糸のように僕の理性を絡め取った。僕は促されるまま、彼女の小さな手に己の手を重ねた。
指先が触れ合う。掌中の硝子板(ガラスいた)のように滑らかで、しかし生々しい体温を宿した皮膚の感触。合成樹脂(プラスチック)の冷たいボタンを媒介(なかだち)として、彼女の拍動が僕の血管へと流れ込んでくる。それは、今昔物語における鬼が、若者の魂を啜(すす)り取る瞬間に似た、戦慄(せんりつ)を伴う法悦(はうえつ)であった。
「い、いくよ。一、二の、三……」
カチッ、という硬質な音が静寂を切り裂いた。
鉄球は重力という不可避の意志に従い、奈落へ向かって墜落した。床に達するまで、僅か零点五秒。物理学的に見れば、それは一瞬の加速度運動に過ぎない。しかし、僕らの時間はその瞬間に凝固した。
鉄球が床を叩く鈍い音が響き渡った後も、重なった手は離れることを拒んでいた。二人の間には、ニュートンもアインシュタインも解明し得なかった、奇妙な沈黙が流れている。それは、真空よりも密度の高い、エゴイズムと熱情の混濁した空気であった。
僕は彼女の瞳の中に、己の醜い自尊心が、剥き出しのまま反射しているのを見た。彼女はこの沈黙を楽しんでいるのか、あるいは僕がこのまま「堕ちる」のを待っているのか。
重力は常に、物体を低い方へと引きずり下ろす。僕の理性もまた、その法則に逆らえず、泥濘(ぬかるみ)のような情欲へと落下しつつあった。
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