渇いた公爵は、豊潤(ほうじゅん)オメガを離さない

オズジュ

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共依存と檻

執務室の窓から差し込む陽光がオレンジ色に染まり始めた頃、ようやくアルファスは羽根ペンを置いた。
膝の上でこっくりと船を漕ぎ始めていたシエルの体が、びくりと跳ねる。

「……終わ、りましたか……?」

寝ぼけ眼で自分を見上げるシエルの顔は、驚くほど無防備だった。アルファスはその細い腰を改めて引き寄せ、逃がさぬように抱き締め直す。

「ああ。食堂へ行くぞ」
「あ、自分で歩けます……っ!」

シエルが慌てて降りようとするが、アルファスの強靭な腕はそれを許さない。
公爵はシエルを羽毛のように軽いとでも言うように軽々と横抱きにすると、そのまま執務室を出た。廊下ですれ違う使用人たちが驚愕の表情で固まるが、アルファスは気にする素振りも見せず、堂々と歩を進める。

食堂に到着すると、目を見張るほど豪華な食事が並んでいた。

「……これ、全部二人で食べるんですか?」
「お前の分が八割だ。……見たところ、食事を疎かにしていなかっただろう。激痛でそれどころではなかったのは分かるが、あまりに細すぎる」

アルファスはシエルを自分のすぐ隣に座らせると、自らナイフを握った。肉を一口大に切り分け、それをフォークでシエルの口元へと運ぶ。

「さあ、食え」
「え……あ、あの、自分でできます……っ」
「私の言うことを聞くという条件を忘れたか? 今日一日は、お前のすべてを私に委ねろと言ったはずだ」

逃げ場のない瞳に見つめられ、シエルは観念したように小さく口を開けた。
口の中に広がるのは、とろけるような肉の旨味。そして何より、アルファスが傍にいることで得られる静寂という名の幸福感だった。

「……美味しい、です」
「そうか。ならばもっと食え」

アルファスの手による食事は、シエルの腹が限界を迎えるまで続いた。

食後、客室……ではなく、アルファスの寝室へと再び連れ込まれたシエルは、バルコニーで夜風に当たっていた。
その背後から、熱い体温が忍び寄る。アルファスがシエルを包み込むように後ろから抱きしめ、その首筋に顔を埋めた。
 
「……アルファス、様?」
「静かに。……お前の魔力が、私の中で心地よく馴染んでいる。……手放したくないな、この温もりを」

耳元で囁かれる低く甘い声。
シエルは、自分の心臓がこれまで体験したことのない早鐘を打っていることに気づいた。激痛が消えたあとの空白を、アルファスの熱が埋めていく。

アルファスはシエルの手を取り、その指先に深く口づけた。
シエル・リアトリアという名の聖域を、永遠に公爵家の奥深くに閉じ込めるための、呪いにも似た誓いだった。

「逃がしたくないんだ、わかってくれるか?シエル」
「っ、アルファス様…わか、りません…僕には…」

「ならば、その身に教え込むまでだ」

答えを求めるように、アルファスの腕がシエルの細い腰をさらに強く引き寄せた。
シエルは逃げ場を失い、背中越しに伝わるアルファスのぬくもりに翻弄されるしかなかった。

昨夜までの自分を苛んでいた頭の痛みは、もう遠い記憶の向こう側へと消えていってしまった。代わりに残ったのは、痺れるような、彼へのひそやかな依存心だけだった。

「シエル、お前ももう逃げることはできない。我々は離れられないのだからな」

シエルの脳裏を、あの身を裂くような激痛がよぎった。もしこの腕を振り払えば、またあの孤独な地獄に突き落とされるのだろうか。

「……っ、……はい……」

シエルは恐怖、そして抗いがたい安らぎに負け、アルファスの逞しい胸板に身を委ねた。あの痛みが戻るくらいなら、このまま檻の中に閉じ込められる方がずっといいと思うのだ。

アルファスは満足げに喉を鳴らすと、抗う力のないシエルを抱き上げたまま、寝室の大きなベッドへと運んだ。
柔らかなシーツに横たわされたシエルの上に、アルファスが重なるように覆いかぶさる。

「今夜も、これからも、私の隣で寝ろ。お前のその魔力を、余さず私に注ぐがいい」
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