渇いた公爵は、豊潤(ほうじゅん)オメガを離さない

オズジュ

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独占欲と嫉妬

「……アルファス様、誤解しないでください。私はただ、アルファス様に命じられた通りシエル様の護衛を務めていただけです。もっとも、公爵邸の全使用人がシエル様の熱烈な信者へと変貌を遂げた今、私の出番などほとんどありませんでしたが」

「……全使用人が、だと?」

アルファスが不快そうに眉をひそめ、中庭の奥へと視線を向ける。そこには、戻ってきた主人の気配にすら気づかず、料理長が差し出した新作のパイを「美味しいです!」と両手で持って頬張るシエルの姿があった。その周囲には、まるで希少な小動物を愛でるかのように、メイドたちがうっとりと取り囲んでいる。

つい先日まで社交界で【社交界の嫌われ者】と蔑まれ、【うるさい駄犬】とも言われていた青年が、今やこの屋敷の中心に君臨している。
その事実はアルファスにとって嬉しくもあったが、同時に猛烈に面白くないという、ドロドロとした独占欲で胸の奥が埋め尽くされた。

「シエル……随分と無防備な姿だな。……隙だらけだ」

アルファスは苛立ちを隠さず、大股でシエルのもとへ歩み寄った。アルファスの漆黒のマントが翻る。空気を切り裂くような絶対的な支配者の気配に、和やかだった庭の温度が急激に下がる。使用人たちが一斉に居住まいを正し、波が引くように道を開けた。

「あ!アルファス様……! お帰りなさいませ!」

パイの欠片を口元につけたまま、シエルがパッと顔を輝かせて駆け寄ってきた。そのあまりに無邪気な歓迎に、アルファスの胸のうちはさらに複雑にかき乱される。

「……シエル。口元が汚れているぞ。無防備が過ぎるのではないか?」

アルファスはシエルの細い腰を強引に引き寄せると、親指でその柔らかな唇の端をゆっくりと拭った。そのまま指を離さず、シエルの唇を押し潰すようになぞり、周囲の使用人たちに「これは私の所有物だ」と刻み込むように、見せしめのような熱を込めて深く見つめる。

「ふぇ……? む、むぼ……??」

「また無自覚か?シエル…自分が今、誰を、苛立たせているのか分かっていないようだな」

「ふぇ??あっ、あ、あの、皆さんとても優しくて……。お料理も美味しいですし、お花も綺麗で……僕、皆さんと仲良くなれたのが嬉しくて……」

「……そうか。貴様のその幸せそうな姿に、少しばかり嫉妬してしまうな。私が不在の間、その無防備な笑顔を、臆面もなく使用人たちに振りまいていたのか?」

アルファスの冷徹な一言に、先ほどまでシエルを囲んでいた使用人たちは肩をビクッとさせる。その場の空気は、今にも処刑が始まりそうなほどに凍りついた。

「アルファス様、嫉妬深いのも考え物ですね。悪いことをしていない使用人たちにそのように殺気を向けるのはおやめください」

呆れたルークがアルファスとビクついている使用人たちの間に入る。
シエルが何がなんだかわからず、アルファスの腕の中で頭の上にはてなマークを浮かべている。

「はぁ…散れ」

アルファスのその一言で使用人たちは名残惜しそうに中庭から去る。中庭に取り残されたのは、アルファスの強靭な腕の中にすっぽりと収まったシエルと、呆れ顔のルークだけだった。

「……シエル。この二日間、寂しかったか?」

耳元で低く、鼓膜を揺らすような声で囁かれ、シエルは顔を林檎のように真っ赤に染めて視線を彷徨わせた。

「あぅ……少し、だけ……。いえ、その……アルファス様が、その、そばにいないと……不安で、眠れなくて……。たった二日間でしたが、その……死ぬほど、寂しかった、です……」

消え入りそうな声で、しかし確かな依存の言葉を口にしたシエル。その言葉を聞いた瞬間、アルファスの瞳にギラリとした愉悦が宿る。

「ならば今夜は一緒に寝ようか、シエル。たっぷり、埋め合わせをしてやる」

「は、はい!!」

「ルーク。寝室には、蟻の這い入る隙も与えるな。誰も近づけるな。シエルが途中で起きてしまっては可哀そうだからな」

アルファスはシエルを軽々と横抱きに抱え上げると、抵抗する隙も与えず、そのまま吸い込まれるように寝室の方へと消えていった。

一人残されたルークは、主人のあからさまな当てつけに肩をすくめる。

「はぁ、アルファス様も、シエル様の前ではただの嫉妬深い男に成り下がるとはな……。これでは、明日の朝までシエル様を解放するつもりはないらしい」

ルークは、アルファスが消えていった方向を一度だけ見ると、深くため息をつき、「……よし、今夜は特別警戒態勢だ。誰一人として、アルファス様の『聖域』を邪魔させるなよ!」と声を張り上げ、使用人たちを遠ざける任務に就くのだった。
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