最低のピカレスク-死刑囚は神を殺す

オープニング

2020年の東京オリンピックは大成功に終わった。中でも注目されたのは小型VRと翻訳機を組み合わせた自動翻訳機である。
これは世界五十か国の言語に対応し、さらにボディーランゲージやスラングにも対応していたため、身に着けると誰でも一流翻訳者になれた。
言語の問題は世界共通である。外国の人は全員英語を喋る訳ではない。むしろ喋れない人のほうが多い。だからこそ自動翻訳機は魅力的であった。

これを機に日本は数々の製品を発表、技術大国日本の名を復活させた。
さらに政府は日本の大企業百社に特例措置として大量の活動資金を提供する。不公平、国有化という批判がありながらも、大企業は活動資金を元に大規模な技術開発を着手。数々の新製品を発表した。

他国、特に韓国と中国はそれに追いつこうとしたが、それすらも振り切った。
そして2030年、アメリカの大企業、MSおよびGGが日本支社に株を奪われる下剋上が発生。
経済大国日本の躍進の始まりであり、世界のトップであったアメリカに影が差した時代であった。

2035年、日本の企業が世界各国の大企業の買収を開始する。経済戦争の始まりであった。
手始めにドイツのFWG、フォード。自動車の世界シェアは日本が9割を押さえていたため簡単に決着がついた。
そのほかにもサムソン、コルト社など破竹の勢いで買収された。
各国は危機感を覚え、日本に経済制裁を与えようとしたが、すでに世界のトップ300の企業を奪われた後では後の祭りであった。

2045年、ついに日本は合法的に植民地を手に入れる。
長年の内乱で疲弊しきったイラクが財政破綻を発表。ゲリラの反撃も激しく、国民感情の悪化から連合国軍も撤退し、にっちもさっちも行かなくなった状況であった。
日本はすぐに5000億ドルの融資を発表。また財政立て直しのためにイラクに日本自由民主党を設立し、各大臣はイラン人ではなく日本人が務めると発表した。
他国の政治に口出しできる政策は明らかな侵略行為と非難されたが、すでにイラクの首相を丸め込んでいた日本には関係のないことであった。

2050年、世界のパワーバランスが日本に傾く。
世界各国が財政破綻を発表。それは紛れもなく日本に自国の9割の企業を買収されたからであったが、もはや泣いても仕方がない状況であった。日本はイラクと同じく次々に財政破綻した国々へ融資を発表。財政の立て直しという名目で日本の政治家と大臣を送り込み、発言力を増す。
そして同時にアメリカが日本と相互防衛条約を締結。日本とアメリカ、二つの大国で世界の安定を保つと、アメリカの大統領は演説した。

2020年から2050年の間で日本は勝者となり、昔々の大日本帝国が敵えなかったアジア制覇をやり遂げた。
黄金の都、ジパングは経済戦争によって築かれた。
だがその影で数多の挫折者が居た。

高度な技術開発は単純に頭がいる。そのため学歴社会はさらに悪化。2040年では東大、京大は入って当たり前とされた。研究者になるにはハーバード大学やオックスフォード大学といった世界でもトップクラスの大学で優秀な成績を収めなければならない。(世界の大学ランキング100すべて日本が経営しているため受験することは簡単)
もちろんこれについていける人間は限られた人だけだ。
小学生で因数分解を理解できる子は何人いるのだろうか？

科学の発展は生活や仕事を楽にする。効率が良くなる。そうなると使えないものは捨てられる。
AIが発達したため、コンビニのレジ打ちはロボットが担当した。タクシー運転手などどこにも居ない。また人件費よりもロボットの購入費のほうが安くなったため、役所の窓口に人間はいない。
AIの発達はAIよりも劣る人間から職を奪った。
失業率は30%を超えた。
新卒就職率は0.05%と就職浪人が当たり前となった。

格差は広がった。
経済産業省は平均年収3000万円と発表するが、中央値を取ると150万円以下であった。植民地化した国民は、未だに経済打撃から立ち直っていない。

日本政府はこれらを把握していたが、世界への進出を優先した。
日本は数％の成功者と90数％の挫折者であふれていた。
最も、世界の約半分を手中に収めた日本の人口は40億人。数％でも日本国内の人口に匹敵した。だからこそ無視するべきと判断した。
植民地は世界の覇権を取るための道具である。手入れはするが、必要以上に磨かない。

その考えは自国民にも及ぶ。
落伍者はいらない。世界を取るためには、優秀な人間が必要であり、それ以外の存在に構っている暇などない。
文句が出ないようにささやかな支援政策を発表しているが、根本的な解決にはなっていない。

それは必然だったのかもしれない。
2035年を境に日本国内の凶悪犯罪が増加した。
殺人強盗強姦の件数は年に1000万に上った。
専門家は「人口の比率で見ると妥当」と言ったが、増加したことに変わりはない。

そして2040年、世界を震撼させた猟奇殺人、ノーフェイス事件「別名：連続顔なし殺人事件」が発生した。生きた被害者の顔の皮を剥いだ後、殺すという残虐な犯行は公安も出動する大事件となった。だが犯人は捕まらなかった。正確には殺された。結果、真相は闇に葬られた。
2041年、45人の男性を金目的で殺した連続毒殺事件「別名：銀座ホステスの凶行」が発生した。犯人の女性は逮捕されたが、後に獄中で殺害された。
2042年、アメリカンマフィアの新興ファミリーが横浜国際ホテルのラウンジで銃撃戦を繰り広げた「別名：エールファミリー虐殺事件」。エールファミリーのボス、トール・エールは十日間苦しみぬいた末に死亡した。
2043年、全世界で一兆円もの大金をだまし取った風間黒尾が東京ラズベリーホテルのロビーで撲殺された「別名：悪魔王子の公開処刑」。彼の死によりだまし取られた一兆円は闇に消えた。
2044年、東京国際銀行に強盗が入り、警官隊と銃撃戦を繰り広げた「別名：東京銀行銃撃戦事件」。銃撃戦で警官15名が死亡、重傷者は100人以上となった。強盗犯は約一億円を奪い逃走した。
2045年、新財閥の大木戸一家に強盗が入り、主人である大木戸は絞殺、娘、息子、妻は強盗に強姦された。またボディーガードたちも皆殺しにされた「別名：大木戸一家強盗強姦虐殺事件」。娘と息子、妻は生存していたが、のちの証言から、強姦は主人が生きている目の前で行われたことが発覚。その鬼畜さから死刑の判断基準がより厳罰化された。
2046年、イラクの大臣三名が大使館内で死体で発見された。死因は絞殺と撲殺、刺殺であった「別名：日本イラク大臣殺害事件」。死体のポケットに総理大臣を殺すと予告上が入っていたため、第二のジャック・ザ・リッパーとも呼ばれた。
2047年、総理官邸で総理大臣の銃殺体が発見された「別名：総理大臣暗殺事件」。2046年の犯人と同一人物と思われたが、犯人は断定できなかった。日本の警察組織が機関銃を持つ切っ掛けとなり、秘密警察隊も組織された。今もなお陰謀説が囁かれている。
2048年、大井戸公園連続殺傷事件が発生「別名：大井戸公園通り魔事件」。犯人は日本刀とサバイバルナイフを駆使して、わずか十分で45人の男性を殺害した。三十分後には警官隊が駆け付けたが、すでに犯人は消えていた。のちに犯人は犯行後、トイレで女性を強姦していたことが発覚。犯人の異常さに世論は震えた。
2049年、警察庁の特別捜査一課の大石警部補が、これまで記述した2040年から2048年の事件が同一人物の犯行と特定。ローラー作戦で犯人を探す。そして神奈川県の郊外の別荘に犯人が潜んでいることを突き止める。武装した警官隊とともに大石警部補は別荘に突入したが、犯人に返り討ちに合い、警官隊とともに死亡する。犯人は外に出ると待機していた警官隊に発砲、銃撃戦が始まる「別名：狂太郎事件」。銃撃戦は三日三晩続き、警察官150名が死亡、400名が重軽傷を負ったが、四日目の朝、犯人が武器を捨て投降、逮捕される。逮捕されたとき、犯人は「ビールと煙草が無くなったから買って来い」と警官隊に言ったとされる。
2050年、本名不明、国籍不明の犯人は狂太郎と呼ばれるようになる。そして狂太郎の証言から、別荘はもちろん、世界各国の隠れ家に拉致監禁した人間が居ることが判明。調査したところ、狂太郎の証言通り、2300名の人間が囚われていた。大半が若い女性であり、狂太郎に強姦されていたことが、のちの証言で判明した「別名：狂太郎の真相」。
2050年春、狂太郎の証言と目撃者、被害者の証言からこれまでの事件すべて狂太郎の犯行と証明される。またその他判明していなかった強盗、殺人、強姦、放火、その他1000件以上の重犯罪を実行していたことが発覚する。同時期に死刑判決が下される。単独犯では考えられない事件もあったが、世論の圧力で即急な公開処刑が必要となったからである。ちなみに裁判中、狂太郎は一貫して不真面目であり、女性検察官や女性弁護士、女性裁判官に対して「ストリップしてくれたらもっと喋るぜ！」と言ったり、強姦された被害者に向けて、「お前のマンコ締り覚えてるぜ！　もう一回やらねえか！　また逝かせてやるぜ！」と卑猥な言葉を吐いた。これに聴衆者の一人が怒り、狂太郎の胸倉を掴みかかると狂太郎に首を噛みちぎられ、即死する事件が発生した「別名：狂太郎法廷殺人事件」。これを機に狂太郎は法廷には出ず、独房で死刑を待つ身となった。

話は狂太郎の死刑執行当日から始まる。