【完結】濡れ衣の令嬢は、籠の鳥

白雨 音

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本編

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わたしが眠ってから、クリスは寝室に来た様で、朝目が覚めると、
わたしはクリスの腕の中にいて、驚いた。

「!?」

隅に寄って寝ていた筈なのに、ベッドの真ん中で、クリスに腕枕をされている。

わたしは状況を飲み込み、固まった。

これは、演技よね?
誰かが入って来たら、嘘がバレてしまうもの…

ならば、このまま、じっとしているしかない。
だが、クリスの逞しい裸の胸に、ドキドキしてしまう。
何故、夜着を着ていないのかしら?

触れ合った肌から、体温を感じる…

行為の最中には感じた事が無かった。
そんな余裕は無かったし、感じたいとも思わなかった。
ただただ、恐ろしかった。
それなのに、今、こうしていると、愛おしく思える。

わたしの愛する弟…

わたしはふと、昨日の事を思い出した。

クリスはミレーヌを『最愛の人』と呼んだ。

それならば、クリスの復讐は、ミレーヌの為のものではないか?
クリスがあれ程復讐に燃えているのだ、親しく、近しい者でなければ、考え難い。

「そういえば…」

クリスは以前言っていた。

『姉さんは、壊れないで』

サラの事だとばかり思ったが…
壊されたのは、ミレーヌなのだろうか?
何か恐ろしいものを感じ、わたしはぶるりと震えた。

「姉さん、あんまり動かないで…僕がその気になったらどうするの?」

驚いて顔を上げると、クリスが薄い笑みを見せ、ゆったりとわたしを見ていた。

「ごめんなさい!目が覚めたのだけど、情婦としては、寝ていた方がいいのかと…」
「頑張って寝てくれてたんだね?全く、姉さんは可愛い人だね…」

クリスの手がわたしの髪を撫でる。
寝ぼけているのだろうか?
優しい手付きに、わたしは猫の様に背を反らしていた。

「そろそろ起きた方が良さそうだね…
僕は先に起きて、紅茶を持って来てあげるから、姉さんはまだゆっくりしていてよ」

クリスがベッドを下りる。
クリスは何も身に着けておらず、わたしは「ごくり」と唾を飲んでしまった。
それから、慌てて目を伏せる___

ああ!見てしまった!!

クリスは行為の最中、ほとんど服を脱ぐ事は無かった。
だから、意識した事は無かったが…

初めて見た…
男の人の裸を…

子供の時には見た事があったが、それも、十歳頃までだ。
全く知らない人の体に見えた。
クリスも大人になってしまったのだ。

わたしが知らない事もあって当然ね…

わたしが伏せている間に、クリスは身支度をし、着替えをすませて寝室を出て行った。

幾らかして、カチャリと扉が開き、クリスが戻って来た。

「はい、どうぞ、姉さん」

紅茶のカップを渡してくれ、わたしは起き上がり、それを受け取った。

「ありがとう…」

「今日は久しぶりに姉さんを外に連れて行ってあげるよ。何処に行きたい?」

わたしは迷ったが、「景色の良い、静かな所がいいわ」と答えた。
クリスは「了解」と言い、明るい笑みを見せた。
胸がドキリとし、わたしは急いで紅茶を飲んだ。

クリスにカップを返し、ベッドを下りてから、わたしは自分の格好を思い出し、
悲鳴を上げそうになった。

「!!!!」

肌は透けているし、腕も足も隠せてはいない…
こんな姿をクリスに見られるなんて!
だが、クリスは普通だったと思い出す。

「そうよね…わたしは姉だもの、クリスが意識する筈無いわ…」

もし、意識していれば、こんな夜着など選ばないだろう。
腕枕をしたり、恋人の振りなどもきっと、出来ない…
だって、酷くドキドキして、心臓がもたないもの…


わたしは身支度をし、昨日のドレスに着替えた。
クリスがしてくれた化粧を思い出し、それに近付けた。
口元の黒子も忘れずに描いた。
仮面を着け、《情婦ミレーヌ》になった。



クリスはわたしを馬車に乗せ、館から連れ出してくれた。
外の空気を吸うのは、一月ぶりだろうか…
明るい陽射しも、風も、流れる景色も、全てが心地よかった。

クリスは窓から見える景色を指差し、それを教えてくれた。

「ミレーヌ、見て!花畑だよ、今年も綺麗に咲いたね」
「本当ね!とっても綺麗だわ…」
「この辺りは人が多いね、いつもこんなに多かったかな?」
「わたしもあまり来ないから…」

馬車は郊外に出て、歩みを止めた。
近くに森が見えた。

「さぁ、降りて!ピクニックだよ」

クリスが馬車を降り、わたしが降りるのを手伝ってくれた。
クリスはバスケットと敷物を手に森へ入って行く。
カサカサと風が木々の枝、葉を揺らす。
奥へ向かうと、小さな池があった。

「ここにしようよ!」

クリスはバスケットを下ろし、敷物を敷いた。

「素敵な所ね、静かで落ち着くわ…」
「姉さんは好きだと思ったよ」
「連れて来てくれて、ありがとう、クリス」
「お礼はいいよ、姉さんを閉じ込めていたのは僕なんだから…」
「わたしは本来なら、外になんて出られない者だもの…感謝しているわ」

クリスはもう反論せず、代わりにバスケットを開いた。

「さぁ、食べようよ!」


昼食を楽しんだ後、クリスは泉に足を浸した。

「姉さんもおいでよ、気持ちいいよ!」

いつもならば、はしたない行為だと避けるだろうが、わたしはクリスから少し離れ、
靴と靴下を脱ぎ、水に足を浸した。

「本当ね、気持ちいいわ…」
「子供の頃は良くやってたね」
「ええ…」

楽しい思い出なのに、心の底から笑う事が出来ない。
あの頃、クリスが苦しんでいたと思うと…
そんなわたしの心中をクリスは読み取ったのだろう、空を見上げて言った。

「サラを失って、僕は辛かったけど、姉さんが居てくれたから、救われたんだ。
それは本当だよ、姉さんには感謝してるよ…」


帰りの馬車で、わたしはクリスから聞かれた。

「イーサンに会いたい?まだ、彼の事が好き?」

わたしは、この時初めて彼の事を思い出した。
わたしは頭を振った。

「会えないわ、彼はわたしを恨んでいるし、殺しても殺し足りないと言ったの。
それに、わたしは死人よ?誰にも会う事は出来ないわ」

わたしは小さく笑う。
だが、クリスは笑っていなかった。
「そう…」と、視線を景色の方へと反らした。


◇◇


翌朝、クリスは早い時間から起き出し、準備していた。

「僕は朝食を食べて直ぐに出掛けるから、姉さんは寝室か、部屋か、
どちらでもいいけど、仮面を外さない様にね、それから、誰とも話さない様に。
危険を感じたら、ここに籠るといいよ、鍵を掛ければ、誰も入って来れないから。
部屋に昼食を運ぶ様に言っておくよ」

クリスは言うだけ言うと、わたしが飲み干し空になったカップを手に、寝室を出て行った。

わたしは身支度をし、ドレスに着替えたものの、寝室から出るのは怖かった。

もし、誰かにバレる様な事になったら…

寝室で過ごす事にしたが、早々に時間を持て余してしまった。
本棚はあるので、本はあるが、音の無い寝室は落ち着かない。
わたしは、ふと、それを思い付いた。

「何か、ミレーヌの事が分かるものは無いかしら…」

クリスに聞いても教えてくれないのであれば、自分で見つけるしかない。
わたしは寝室を調べて周った。

クローゼットを開くと服がズラリと並んでいた。
ほとんどが侯爵子息としての装いだ。
クリスはあまり新調しないが、侯爵子息として招かれる事もあり、相応に揃えている。
大学に通う為に借りている部屋では、違うのだろう。

「きっと、もっと、ずっと、軽装ね…」

クリスは以前から貴族服よりも、動きやすい服装を好んでいた。
「窮屈だよ」と、シャツとズボン姿で芝生に転がったりする。

「貴族服も似合っているわよ」
「そう?だったら、我慢しようかなー」
「クリス、服に葉が付いているわ…」

服に付いた葉を払ってあげると、クリスは「ありがとう、姉さん!」と明るく笑っていた。
思い出すと自然と口元が綻んだ。

「そういえば、大学に入ってからの事は、あまり教えて貰ってないわ…」

勉強は聞いても分からない事だが、大学がどんな風なのか…
友達はどの位居るのか…
楽しく過ごしているのか…

クリスがどんな生活をしているのか、今更ながら気になった。
以前は離れて寂しいと思っても、細かい事は気にしていなかった。
だが、今は、朝から晩まで、クリスの生活を覗いてみたいと思った。
今になって、何故、そんな些細な事が気になっているのか…

靴箱を開けると、綺麗に磨かれた黒い靴が入っていた。

「大きいわ!」

間近で男性の靴を見る事は無く、その大きさに驚いた。
幼少の頃は、わたしよりも小さかったクリスが…
いつの間に、こんなに大きくなってしまったのだろう?

本来の目的を忘れ、靴を眺めていると、「コンコン」と扉が叩かれた。

「掃除に入ってもよろしいですか?」

メイドが掃除に来たのだ!
わたしは慌てて靴箱に蓋をし、クローゼットの扉を閉めた。
寝室の扉に向かい、鍵を開け、扉を開いた。
だが、入って来たのは、メイド二人を従えた、母グリシーヌだった。

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